短編ミステリ読みかえ史

2012.07.05

短編ミステリ読みかえ史 【第40回】(1/2)  小森収


 ドロシー・L・セイヤーズの短編は、ピーター・ウィムジー卿ものだけではありません。ただ、彼女の短編集が創元推理文庫に入ったときに、〈シャーロック・ホームズのライヴァルたち〉のひとつとして、従って、必然的に『ピーター卿の事件簿』と題して短編集が編まれたため、結果として、ピーター卿もの以外の短編は日本では冷遇されることになりました。戦前と戦後に『アリ・ババの呪文』という、同題名ながら中身の異なる短編集も出ていますが、いまや稀覯本と呼んで差し支えないでしょう。セイヤーズにはピーター卿のほかに、ワインのセールスマン、モンタギュー・エッグが探偵役をつとめる作品がありますが、いくつか読んでみても、改めて取り上げる価値があるようには思えません。むしろ、シリーズもの以外のクライムストーリイに、読むべきものがあるように思います。
「殺人法を知っていた男」は、ある意味で、セイヤーズの特徴がはっきりと出た短編と言えるでしょう。主人公が列車で奇妙な客と乗り合わせる。主人公がミステリを読んでいたことから、殺人の話題になり、半ば売り言葉に買い言葉から、その客は、自分は絶対確実な殺人の方法を知っていると言い、安く手に入り、痕跡を残さないという毒薬の名前をあげます。ただし、熱い湯が化学的に必要な条件なので、死体は浴槽で発見されることになる。男の言葉は妙に自信ありげですが、主人公は半信半疑のまま(男の言った毒薬の名前も失念しています)、男と別れます。ところが、翌日の新聞に、謎の客がここで片づけなければならない仕事があると列車を降りた街で、会社社長が風呂場で死んでいたという記事が出る。主人公は、新聞に、浴室での死亡事件の記事を探すようになっていき、彼自身の近所でも、ついにそれが起きる。そして、事件の翌日、主人公が、犬の散歩のおりに、被害者の家に足を向けると、件の乗り合い客とばったり出会うのです。
 セイヤーズの短編での代表作とされる「疑惑」と、ある面で同一パターンの作品です。しかし、この手の話は、主人公の疑心が高まるのに比例して、話のオチはそこからはずれると読者が考えてしまうのを、避けることが出来ません。「殺人法を知っていた男」は、「疑惑」と違って、主人公の疑いが高まっていくところが、やや苦しい。というのは、謎の乗り合い客の態度に不自然なところがあるせいです。最後まで読めば、そもそも人を食ったところのある話として、成立してはいるのですが、前半部分で、不自然さか作為を感じさせてしまうのは、作者の計算違いというものでしょう。
「骨皮荘」は、題名となった不気味な屋敷にメイドの奉公に出ることになった主人公が、「傾いだ怒り肩の奇妙な建物」に到着するところから始まります。太った醜女のコック、顔の歪んだその夫、怒鳴りちらす主人と従順なその妻。前のメイドは姿を消したらしい。と、いささか紋切型の不気味さが型通りに描かれていきます。そして、着いたその夜、早々に、彼女は庭を掘り返す音を聞き……。
「殺人法を知っていた男」「骨皮荘」といった作品を読むと、セイヤーズがディレッタントであることが、よく分かります。才能はあるのかもしれないけれど、アマチュア的で甘さが残る。旦那芸に近いものを、私などは感じてしまいます。EQMMアンソロジーに採られた「豹の女」などは、その不気味さだけを見るならば、たいへんユニークな作品で、セイヤーズのクライム・ストーリイの中では、もっとも注目すべき作品でしょうが、それでも、ある種の甘さが残ります。
「豹の女」の一行目は、囁き声から始まります。「もしもその子が邪魔だったら、ラバロのところでスミス&スミスのことを尋ねるがいい」と。主人公はあたりを見回しますが、声の主は見当たりません。雑誌(ストランド)を買うと、「スミス&スミス 引越業」というカードが挟み込んである。主人公は憑かれたように、スミス&スミスを探し始めます。彼には、自分が後見人となっている、莫大な相続権をもつ子ども、すなわち〈邪魔な子ども〉がいました。ようやく出会えたスミス&スミスの一党は「いらない人間をあの世に引越しさせる」組織だったのです。
「豹の女」はセイヤーズの個人短編集では、39年のものに入っていますが、スミス&スミス引越業は幻想的な組織となっています。それが、後年の異色作家短篇集と、この作品を分かつところで、スタンリイ・エリンにしろ、リチャード・マシスンにしろ、そうした人たちが書いたなら、もっと現実的な存在として描いたでしょう。どこからともない声や、主人公が探すことをあてにするといった展開には、しなかったように思います。私には、セイヤーズの書き方は、単に幻想的なだけでなく、構成がいささか甘く感じられます。ただし、それが、作家としての資質ゆえか、時代的なものか、あるいは英米の違いなのか、私には分かりません。結末の手紙も、もっと、活きる使い方があったようにも思います。



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