短編ミステリ読みかえ史

2012.02.06

短編ミステリ読みかえ史 【第35回】(1/2)  小森収


 エラリー・クイーンの後を追うようにして、アメリカに奇妙なミステリ作家が現われました。アメリカ生まれでアメリカ育ちであるにもかかわらず、生涯の大部分をイギリス――せいぜい広げても西ヨーロッパ――を舞台にしたミステリばかり書くことに費やし、その多くは謎解きミステリでした。自身もイギリスに住むことが多く、そのグレートブリテンに対する偏愛には、微笑ましいものがある。ジョン・ディクスン・カー、またの名をカーター・ディクスン。
 森英俊『世界ミステリ作家事典[本格派篇]』で、今回、その経歴を改めて確認してみたのですが、大学在学中に文筆に手を染め、ヨーロッパ遊学を機に本格的に執筆を開始します。処女作の『夜歩く』は、大学の同人誌に連載したものを改稿して、ハーパー・アンド・ブラザーズに持ち込んだといいますから、京大ミステリ研の同人誌に書いた犯人当て小説を書きなおして、講談社から出すようなものでしょう。これが1930年、大不況の始まった翌年の話です。その10年ほど前には、米国産のミステリには読むべきものがないというのが実態だったのですから、イギリス流のミステリをお手本にするのは、ごく自然なことではあります。もちろん、カーの初期の作品は、フランスを舞台にして、フランス人の探偵アンリ・バンコランが活躍するのですが、そこには自身の遊学体験に基づいた異国趣味を武器にしようという商魂以上のものは見られません。落ち着いて考えてみれば、ロンドン塔を舞台に殺人事件を書こうというのは、一見イギリス人ぽく見えて、実は、観光客の発想とも言えます。イギリスという所詮は外国である場所と人への偏愛と、他の職業経験のないことが、カーというもともとがブッキッシュな作家に、さらに強く側面から影響していたのではないかと、私は考えています。
 カーのミステリを読んで、ほとんどいつも感じるのは、その涙ぐましさです。クイーン、クリスティ、カーと、よく3人並べますが、小説を事件の連鎖と考え、その連鎖を描写しようとすることに、もっとも心を砕いているのは、カーだと思います。しかし、悲しいかな、ここぞというときに見せるクイーンの精密さもなければ、簡単な言葉で確実に意味やイメージを伝えてしまうクリスティの巧さも、この作家は持ち合わせていません。謎めいた状況を作り上げる力に比して、それを描く力に欠ける。伏線を張っていながら、解決の場面で、しばしば読者に効果的に想起させられない。このあたりは、訳者に恵まれなかった不幸も与っているかもしれませんが、この作家の非力なところに思えてならないのです。
 カーの短編ミステリは数が少ないのですが、クイーンの定員に選ばれているのが『不可能犯罪捜査課』です。30年代の後半に集中して書かれました。この短編集と、クイーンの冒険・新冒険という、30年代の試みが、短編における謎解きミステリのひとつの区切りになったと言えるでしょう。



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