短編ミステリ読みかえ史

2012.01.06

短編ミステリ読みかえ史 【第34回】(1/2)  小森収


 こと短編に話を限るならば、作家エラリー・クイーンよりも、編集者エラリー・クイーンの方が、ミステリの世界に貢献した度合は、比べものにならないほど大きいでしょう。そして、編集者としてのクイーンの仕事は、フレデリック・ダネイひとりのものであること(彼のミステリに関する膨大な書物のコレクションが、その源泉であること)も、知られています。もっとも、編集者クイーンの初期においては、マンフレッド・リーも関わっていたようです。すなわち、1933年にわずか4号で、1年もたずに休刊の憂き目にあったミステリ・リーグ誌の編集は、ふたりで行っていたのです。ミステリ・リーグについての評価は、長らく〈幻の雑誌〉の域を超えることはありませんでした――少なくとも日本においては。しかし、2007年に上下2巻の『ミステリ・リーグ傑作選』が論創社から刊行されて、その中身のかなりの部分――小説のみならず、クイーンのエッセイや作家紹介――が翻訳され、総目次が資料として掲載されました。
 しかしながら、ミステリ・リーグの売りは、毎回の長編ミステリ一挙掲載(コンデンス版ではなく完全掲載)にあったようです。創刊号に『レーン最後の事件』が一挙掲載されたことは有名ですが、4号まで毎号長編掲載は続いていたのです。いきおい、短編ミステリの掲載数は少なくなり、毎号2~3編程度になります。ただし、創刊号の中身は凄いの一言です。連作短編連載のジョン・マーヴェルを除くと、ダシール・ハメットの「夜陰」、ドロシー・セイヤーズの「疑惑」、エラリー・クイーンの「ガラスの丸天井付き時計の冒険」の3編なのです。ここで注記しておかないといけないことがあります。前回「双頭の犬の冒険」をミステリ・リーグ初出と書いていて、それはネヴィンズJr.の『エラリイ・クイーンの世界』に従ったのですが、『ミステリ・リーグ傑作選』の総目次や解説では、クイーンの短編は「ガラスの丸天井付き時計」が創刊号に載った(だけ)とあります。おそらくネヴィンズJr.が間違っているのでしょう。ともあれ、客観的な事実として、70年以上を経て、創刊号に掲載されたこれらの小説(長編の『レーン最後の事件』を含めてもいいです)が、日本語で容易に(太鼓持ちをするなら、創元推理文庫で)読めるというのは、ちょっとした奇跡と言っていいでしょう。そして、そのクォリティは、どれも、70年の時の重みに耐えていると、私は考えます。
『ミステリ・リーグ傑作選』には、クイーンの編集前記である「姿見を通して」が全編収められています。その創刊号の文章は、編集者クイーンのマニフェストとして重要です。単行本で5ページ、イラストスペースを考えると、実質4ページ相当の短い文章で、本当は、ここに全文引用したいくらいです。さすがに、そうはいきませんが、それでも少し長くなることは恐れずに、核心部分を引いておきましょう。
「われらが大衆小説雑誌の編集者連中は、一般読者の好みについて過小評価しすぎなのです。一般大衆が一つの型にはまった小説しか受け入れないという考えは、断固として否定させてもらいます」
「ありていに言えば、本誌は、私の手による一つの実験なのです――知的で楽しめる行が並ぶ印刷物という旗の下に、一般の雑誌購読者が大勢集まってくれるか否か、という。これは『知識人向けの小説対一般大衆向けの小説』の問題とは異なります。知識人か一般大衆かは問題ではありませんし、そのことは百も承知です。この雑誌には『~向け』といった制限を加えるつもりはありません」
『ミステリ・リーグ傑作選』の解説で、編者である飯城勇三さんは、当時のアメリカのミステリとその読者を次のように分析しています。長編の読者は比較的高価な単行本を読み「好みは本格ミステリ寄りで、古典も読んでおり、作品の質にこだわ」るが、他方で、短編の読者は安価なパルプマガジンを読み「好みはハードボイルド寄りで、新作しか読まず、作品の質よりキャラクターに惹かれ」ると。そして「今までの評論・研究では、この二者は別々に扱われてきた。本格ミステリ長編の黄金時代と『ブラック・マスク』の黄金時代は重なっているにもかかわらず、お互いを無視し続けてきたのだ」と指摘しています。加えて、ミステリ・リーグはその「双方に足を置くことになった」と。
 編集者クイーンの特徴は、本人が主張する〈品質第一〉を愚直なまでに守ったことです。たとえば、当時のハメットは、たかだか『マルタの鷹』が評価された、あるいは売れたにすぎない、有象無象のミステリ作家のひとりでしかなかったでしょう。パルプマガジンに書くことはなんの経歴にもならず、本を出せたとして、そして売れたとしても、それがミステリでは、後世に残るかどころか、10年後に人々が憶えてくれているか否かも怪しいものです(ヴァン・ダインを見てください)。そんなハメットに、売れた長編に登場した主人公は出てくるものの、通り一遍な短編を書かせたスリック・マガジンと、「夜陰」を書かせて「ミステリ作家によるノンミステリも時にはお届けしよう」と読者に向けたクイーンの、どちらが文学的に優秀かは、いまとなっては、誰の目にも明らかです。



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