短編ミステリ読みかえ史

2011.10.05

短編ミステリ読みかえ史 【第31回】(1/2)  小森収


 レイモンド・チャンドラーの「待っている」は、慎重に読み進むことを要求する短編小説です。私は15年ほど前に稲葉明雄訳で読みました。それから10年ほど経って、田口俊樹訳(現在は『トラブル・イズ・マイ・ビジネス』に入っています)で出て、これが事件だったのですが、そのことは後述します。ここでの引用は、基本的に稲葉訳によります。
 ホテル探偵のトニー・リゼックは、深夜、ラジオ室で、最上階に投宿する女、ミス・クレッシーに声をかけます。彼女はある男を待っている。かつて彼女が「汚い真似」をしたために、男は「暗いところへ入れられた」のですが、彼女はよりを戻したいと考えている。そんなところへ、旧知の間柄のアルというギャングから、トニーは呼び出される。アルは彼女が待っているジョニーという男を、組織の金の拐帯者だと考えて狙っています。アルはトニーに、クレッシーをホテルの外に出すよう要求します。トニーがホテルに戻ると、すでにジョニーは偽名で宿泊している。トニーは彼と対面し、警告を発して逃がしますが、すぐにアルとジョニーが射合いになったという報せが入ります。
 小説で起こる表面上の出来事は、これだけなのですが、これでは、トニーがなぜジョニーを逃したのかが、理解できないでしょう。以下、少し長くなりますが、以前初読のときに「待っている」について書いた文章を再録します。

 アルとトニーとは、旧知の間柄と書いたが、ふたりの会話が緊張感の中にも親密さを持つ一方、トニーはアルを「やくざだよ」と明言し、烈しい軽蔑をこめて「阿呆の集まり」「低能ばかりだ」と酷しい。ふたりの間には、強い感情が隠されている。会話の途中で、アルが母親の様子をトニーに訊ねるところがあり、ふたりを兄弟ととるのが、あるいは、自然かもしれない。
 しかし、ラスト近くの、トニーとフロント係の会話には、トニーが同性愛者であることが、示されている。だから、むしろ、愛する男の母親の面倒をみながら、おそらく厄介事とともにしか現れない、その男アルを、トニーも待っている。そして、愛している男だからこそ、その男に殺人をさせてはならないと、トニーは考えた。そう解釈したい誘惑にかられる。もちろん、そんなことは、直接、この小説には書かれていない。けれど、ホテルのラジオ室で、待っている男と、待っている女がいて、一方の待っている男が、他方の待っている男を殺してしまうというシンメトリカルな結末は、いかにも小説として、きれいではないか。

 トニーを同性愛者だと読んだ一番の理由は、結末で射合いがあったことを知らせる電話をトニーが受け、居合わせたフロント係をはずさせるという一場があって、その後のフロント係の台詞にあります。
「衝立のかげから戻ってきたフロント係は、目をかがやかせてトニーの方を見た。
『おれは金曜が非番なんですよ。いまの電話の主をちょいと拝借できないかな』」
 小説の初めの方で、トニーに早く戻ってきてくれと頼む描写があり、その願いが叶えられないところへかかってきたギャングからの電話を、自分に知られたくない男がいる(だから、その場をはずさせられた)と勘違いした。そんなふうに考えたわけです。トニーはチビでデブな中年男と描かれていますが、一方で細くてしなやかな指がきれいだと、いささか女性的に描写されてもいます。冒頭、深夜のラジオ室がトニーの専用だとあるのは、時代的にもヨーロッパの戦況が気になっていると考えられて(のどかに音楽を流していることに、かすかながら嫌悪感があるのは、そのせいでしょう)、トニーはポーランド人と称していますが、ユダヤ人とならんでナチに忌避されたのは共産主義者と同性愛者でした。そもそも、ウィンダミア・ホテルという名前は、オスカー・ワイルドを連想させますから、そういうふうに読みたくもなるというものです。
 とはいえ、手がかりは、この程度のわずかな暗示だけですから、さすがに断定は出来ない。私の書き方が控えめだったのはそのせいです。しかも「慎重に読み進むことを要求する」なんて書いておきながら(そう、今回の冒頭の文章も、15年前の文章の冒頭をカニバライズしたのです)、ちょっと、タカをくくっていたところもあって、反省しているのです。
 フロント係の台詞の原文は次の通りです。Ⅰ'm off Friday. How about lending me that phone number? 電話番号を「電話の主」と訳していて、この程度は意訳のうちに入らないのかもしれませんが、では「その電話番号をちょいと拝借できないかな」と稲葉明雄が訳していたら、この解釈を私が採れていたかどうか? もっとも、この部分の訳は翻訳家を悩ませているようで、田口訳では「さっきの大金は私があんたから借りたってことでいいかな?」となっていますからね。
 さて、私のこの文章を慎重に読み進んでこられた方は、もうお分かりでしょうが、上に記した私の解釈は、アルとトニーが兄弟であっても、ほぼ、そのまま当てはめることが可能です。恋人に対する愛情ゆえが、兄弟に対する愛情ゆえに変わるだけです。そして、それは、どちらともとれるという解釈もありうることを示しています。



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