短編ミステリ読みかえ史

2011.07.05

短編ミステリ読みかえ史 【第28回】(1/2)  小森収


 ミステリマガジンの8月号が、没後50周年として「なぜハメットが今も愛されるのか」と題した特集を組んでいます。特集の題名は、はったりでつけただけのように見えますが、「チューリップ」など未訳の3編を訳出し、ヒッチコックマガジンに載った田中小実昌訳の「深夜の天使」を再録していて、ファンにはありがたい。「チューリップ」は前後篇の分載なので、まだ読んでいませんが(ツイッターで吉野仁さんが、後篇がスゴいんだと力説していました)、これが目玉でしょう。それ以外では、「拳銃が怖い」が拾い物で、24年の作品だから、初期のものですが、ハメットの中でも類似作や同傾向のものがない異色作と呼んでいいでしょう。
 評論やエッセイでは、諏訪部浩一の文章が、ハメット論のレジュメさながらです。『マルタの鷹』の次はダシール・ハメットで、通年2単位5年がかりくらいが待っていそうです。それよりも短い法月綸太郎の「水と油」というエッセイは、より、この連載に関連しています。『デイン家の呪い』を取り上げて、「パルプ本格のコアモデルとして、後続の作家たちからひそかにリスペクトされているのではないか」という、らしい推論をするものです。題名の「水と油」は石上三登志の「俺を『名』探偵と呼ぶな――ダシール・ハメット」『名探偵たちのユートピア』所収)が出典で、法月綸太郎は、水と油をタフ・ガイノヴェルと知的パズルととらえて、その融合が「アメリカ探偵小説の様式のひとつ」と指摘しています。もっとも、石上三登志の使った「水と油」という言葉が同じものを指しているのかは、ちょっと分からない。微妙に違っている気もします。法月綸太郎の指摘は、ある意味もっともなもので、イザベル・B・マイヤーズとの類似を言う一方、「はるかに展開が早く」と書くことを忘れないのが、さすがです。ディテクションの小説に速度をもたらしたという、前回の話題を思い出してください。ただし、あくまで、水と油の融合という考え方が起きる――実際に起きたとしても――のは、後年のことでしょう。法月綸太郎の言う「知的パズル」がシャーロック・ホームズを指すのか、ヴァン・ダインやエラリイ・クイーンを指すのか、この文章からだけでは、よく分かりませんが、常識的には後者でしょうし、それなら、その発生はタフ・ガイノヴェルと同時進行です。『デイン家の呪い』がヴァン・ダインを意識しているのは明らかだと思われます。あそこに出てくる作家は、ヴァン・ダインとファイロ・ヴァンスを足して2で割ったというか、ふたりまとめてあてこすったというか、そういう存在ですからね。しかし、ハメットがやったことは、ディテクションの小説の現代的な書き方を模索することではあっても、出来あいのなにかを融合させることではなかったはずです。ハメットがそんなことをやったと、法月綸太郎が主張しているとは思いませんが、法月エッセイを読んで、そう誤解する人が出そうなので、書いておくことにしました。



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