短編ミステリ読みかえ史

2011.05.06

短編ミステリ読みかえ史 【第26回】(1/2)  小森収


 ダシール・ハメットの初期の短編は、コンティネンタル・オプが登場する、探偵が事件を捜査するディテクションの物語と、オプの出ない、ディテクションの小説ではないものとに大別されました。作品の多くは、ブラック・マスクに発表されましたが、ブラック・マスクそのものも、必ずしもディテクションの小説が多かったわけではないようでした。探偵や刑事が主人公ではあっても、必ずしも、ディテクションの小説ではなかったのです。そういう意味では、コンティネンタル・オプの小説は、愚直にディテクションの小説であることを守っているかのよう(狭義のトリックが用いられているものもいくつかありました)で、同時期の他のブラック・マスクの作家に比べて、探偵小説を書こうとしているように見えなくもありません。ヴァン・ダインの『ベンスン殺人事件』についてのハメットの書評は、日本語でも読むことができますが、もっぱら批判しているのは、リアリズムからの観点と、警察が無能すぎるという点で、謎とその解明という小説のパターンを否定してはいないのです。
 ハメットの短編から代表作を選ぶなら、そのひとつに「ターク通りの家」が入ることは、まず間違いのないところでしょうが、同時に、この作品がひとつの画期となって、コンティネンタル・オプものがディテクションの小説の枠組みから飛び出したことは、以前に指摘しました。もちろん、その後もディテクションの小説も書かれてはいます。その中には「黄金の蹄鉄」のように、オプが真犯人を罠にかけることで、真相究明以上の役回りを演じるところまで踏み込んだものや、「パイン街の殺人」のように、ディテクションの興味にプラスアルファ(オプを窮地に陥れる人物が登場し、しかも、その男は真犯人ではない!)を加えたものもあれば、「誰でも彼でも」のように、「ターク通りの家」以前と変わるところのない凡作もあります。しかし、「ターク通りの家」以降は、コンティネンタル・オプものであっても、ディテクションの小説から、はみ出ていく作品が増えるのです。
 ハメットは26年3月号の「うろつくシャム人」「忍び寄るシャム人」)を最後に、約1年ブラック・マスクを離れます。ショウ編集長の下で復帰してからは、27年2月号に「血の報酬第1部 でぶの大女」、5月号に「血の報酬第2部 小柄な老人」、6月号に「メインの死」と書いて、11月号から翌28年2月号にかけて『血の収穫』『赤い収穫』)を連載します。その間に、ミステリーストーリイズに「王様稼業」(27年1月号)を発表しました。『血の収穫』のちょうど1年後、28年11月号から翌29年2月号にかけて、オプものの長編第2作『デイン家の呪い』を連載、29年8月号に「蠅取り紙」、9月号から翌30年1月号にかけて『マルタの鷹』を連載、2月号に「フェアウェルの殺人」、3月号から6月号にかけて『ガラスの鍵』を連載、そして、その年の11月号に最後のコンティネンタル・オプもの「死の会社」を残して、ブラック・マスクから姿を消します。ブラック・マスクに復帰したのちのハメットは、長編4作と、コンティネンタル・オプの登場するふたつの中編からなる連作「血の報酬」、そして、オプものの中短編5本を書いたわけですが、その間わずかに3年半です。



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