短編ミステリ読みかえ史

2010.07.05

短編ミステリ読みかえ史 【第16回】(1/2)  小森収


 ロアルド・ダールの第一短編集『飛行士たちの話』のハヤカワ・ミステリ文庫版解説で、阿刀田高がこう書いています。星新一が「ダール、ダールと言うけれど、本当の傑作はそう多くはないね」と言って、阿刀田高が「ええ、このくらいかな」と両手の指を立てたら、「いや、もっと少ない」と片手を挙げ、さらに指を一、二本折り込んだ。阿刀田高はベストテンをあげることで、その十編を示していますが、星新一が認めた二、三編が具体的にどれとどれなのか、知りたい気がします。この文章が書かれたのは1981年ごろですが、そのころ私が持っていたダールの印象も似たようなものでした。世評の高い第二短編集『あなたに似た人』にしてからが、打率にすれば五割以下、飛びぬけた傑作もあるけれど、半分以上のページは退屈だと考えていたものです。
 さまざまなところで紹介されている有名な事実ですが、ダールが作家になったのは、偶然のことでした。第二次大戦中のワシントンに大使館付きの空軍武官補として滞在していたダールのところへ、C・S・フォレスターが戦闘機乗りの取材に行ったところ、自分の体験を手記にして渡したものが、ほとんどそのままの形で作品として掲載されたのです。掲載誌はサタデー・イヴニング・ポストでした。それをきっかけに、飛行士たちの話を様々な雑誌に発表します。『飛行士たちの話』『昨日は美しかった』)としてまとめられた、それらの短編が、ノンフィクションとか体験手記として括られるものかというと、それは疑問です。「アフリカの物語」のように、あるパイロットの残した手記という体裁を持ちながらも、その枠組みの中で、のちのダールを思わせるクライムストーリイを書いてみせたりしています。「番犬にご注意」は、戦闘機乗りが陥った異常なシチュエーションを切り取って描いた、集中一の作品ですが、そこから発想を広げた映画「36時間」も、また見事な脚色でした。もちろん、体験に近いと思われるものも多いのですが、そこにも幻想的な手法が多く取り入れられています。ただ、それがダールの持ち味なのか、空戦というものが本質的にそういう面を持つものなのか、私には分かりません。今回再読していて、読みながら常に頭を離れなかったのは、ジョーゼフ・ヘラーの『キャッチ=22』で、爆撃機も含めた戦闘機パイロットの真実というのは、平時の私たちには幻想的に見えるものなのかもしれません。
 続く第二短編集『あなたに似た人』は「さりげなく書店の窓に飾られたにもかかわらず、世の絶賛をあびた」とエラリー・クイーンが書いたように、ダールの評価を決定的にしました。「味」「おとなしい凶器」「南から来た男」と冒頭から並んでいて、これに胸を躍らせない人がいたら、短編小説とは無縁だと考えて間違いないでしょう。とりわけ「南から来た男」は、ダールの最高傑作と誰もが認める短編で、発想、展開、人物造形、話のオチ、いずれも間然するところなく、しかも、それらが一体となって相互に作品世界の形成に寄与するという、一種のはなれわざ。この一編を書いて、あとの作家人生はおまけだったのではないかと、思わせるほどの傑作です。
『あなたに似た人』は、当時、まだ、必ずしも一編の短編に出す賞ではなかった、1953年度のMWA賞短編賞を得ます。そして6年後の1960年、前年ニューヨーカーに掲載された「女主人」で再度受賞し、それを巻頭に据えた『キス・キス』が出版される。このあたりまでが、短編作家ダールの活躍の時期と考えていいでしょう。日本語版EQMMでは第2号(56年8月号)に「おとなしい凶器」が載り、創刊号にはジョン・コリアとスタンリイ・エリン、第3号にはフレドリック・ブラウンの「後ろを見るな」が掲載されています。『あなたに似た人』がポケミスに入ったのが57年、『キス・キス』が異色作家短篇集の幕開きとなったのが60年の12月です。『キス・キス』の翻訳刊行が原著と同年というのが、当時にあっては驚異的で、ダールが、日本語版EQMMが知らしめた、新しい短編ミステリの尖兵だったことを示すものと言っていいでしょう。



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