短編ミステリ読みかえ史

2010.06.07

短編ミステリ読みかえ史 【第15回】(1/2)  小森収


 ジョン・コリアは、おもに30年代から40年代にかけて活躍した、短編小説家です。諷刺作家ないしは、シニカルなブラックユーモアの作家という位置づけになるのでしょうが、日本では、ミステリ愛好家が注目し、紹介してきたという経緯があります。江戸川乱歩が『世界短編傑作集』の第5巻に「クリスマスに帰る」を選びましたし、もっとも数多くの短編を掲載したのはミステリマガジンでした。長らく唯一の邦訳書であった『炎のなかの絵』は、異色作家短篇集第1期6巻の掉尾を飾りました。ロアルド・ダールに始まりジョン・コリアに終わるという事実は、それだけで、この叢書の性格を表しているといってもいいでしょう。ただし、ダールの短編集が順調に翻訳されていったのに比べ、コリアの2冊目の邦訳短編集が出るのは、80年代に入ってからのことです。ミステリマガジンの8月号恒例「幻想と怪奇」特集のエース格として、ダールと同等以上に買う人は少なくなかったはずですが、待遇には差がありました。
「クリスマスに帰る」がいち早く紹介されたのには、コリアがアンソロジーによく採用されていたことが背景にあり、『黄金の十二』で、選ばれこそしなかったものの、「クリスマスに帰る」に2票入ったことが大きかったのではないかと、私は考えます。日本語版EQMM創刊号に掲載されたのが「死者を鞭うつ勿れ」「死者の悪口を言うな」「死者について語る」)でした。地下室に細君を埋めるというモチーフで、ふたつ洒落た話が書けるというのは、ちょっとした才能ですし、ミステリファンにはとっつきやすい。このあたりから紹介していくというのは戦略的に見ても、正しかったと思います。もっとも、それと並行して、都筑道夫は『幻想と怪奇(2)』「ビールジーなんているもんか」を収めていますし、ダールの『あなたに似た人』の解説(サキ・コリア・ダールの系譜)では「『クリスマスに帰る』が代表作とされているが、それは探偵作家が支持しているからで彼の作品を全体的に眺めた場合、『夢判断』という短篇が、いちばんすぐれているように、わたしは思う」と書いています。『怪奇小説傑作集2』「みどりの想い」から読み始めた人は、また異なったイメージを持つのかもしれません。
 もうひとつ大切なことは、コリアがニューヨーカーの常連作家だったということです。早川書房の『ニューヨーカー短篇集』(全3巻)には、コリアが2編採られていますが、それは「雨の土曜日」「死者の悪口を言うな」でした。どちらもユーモアを湛えた端正なクライムストーリイで、こういうものが載るところに、ニューヨーカーの趣味と理解を感じますし、編集者が意図してかどうかは別にして、ミステリの洗練の一翼を担ったと私は判断しています。同時代にパルプマガジンに量産せざるをえなかった、ウールリッチの短編と比べると、その差は歴然としています。また、その中間に「クリスマスに帰る」があると考えると、分かりやすいかもしれません。
 コリアはイギリスに生まれ、英仏を行き来しながら、おそらくは食い詰めるに近い形でアメリカへ渡ったのでしょう。短編の舞台も各国様々な場所を用います。サマセット・モームの商業誌(スリックマガジン)での最大の成功が、いみじくも『コスモポリタンズ』であったように、エキゾチシズムは短編小説の重要なセールスポイントでした。コリアは背景の引き出しが多い上、そこにミステリ味や幻想味を加えられるのですから、それは強力な武器になったことでしょう。また、たとえば「夜だ、青春だ、パリだ、月も照ってる!」は、さながら気の違ったフィッツジェラルド(唐十郎が岸田國士戯曲賞の選評で岩松了を評した「気の違った久保田万太郎」を真似ました)といった趣があり、ファンタジーというか、ナンスンスすれすれというか、そういう発想で、パリと芸術という青春のあこがれそのものを揶揄してしまうだけの実力がありました。

「クリスマスに帰る」「雨の土曜日」「死者の悪口を言うな」は、いずれも完全犯罪を狙った人々を描いたクライムストーリイです。「クリスマスに帰る」は、企てた計画が、ひょんなことから破綻するまでを描いています。「雨の土曜日」は人を殺してしまったところから始まり(ただし、途中まで、なかなかそれを直接には描きません)、完全犯罪の計画を思いつき、仕上げるまでを書いたものです。そして「死者の悪口を言うな」は、殺人を糊塗している最中に邪魔が入ったアクシデントの話と見せかけて、その事態が主人公を犯罪に向かわせるという話でした。いずれも謎解きミステリではありません。こういうタイプのクライムストーリイは、えてして、意外な結末といった形での評価の仕方をされるものですが、それは読む側の思考停止の一種でしょう。「クリスマスに帰る」の結末は、もはや、意外ではないでしょうし、それゆえに、つまり、そこにしか美点がないために、この短編は平凡な作品となっています。「クリスマスに帰る」「死者の悪口を言うな」では、話のひねり方の度合いが、まず違うのですが、それ以上に注目すべき点は、その結末の、あからさまを避けたほのめかしの技法の進み具合でしょう。短編ミステリの進化の歴史の中で、コリアが果たしたもっとも大きな役割は、この点だと、私は考えます。
 もともとコリアは凝った小説の書き方をする人です。サキとコリアは、比べられることが多いのですが、ジャーナリスト出身のサキと、詩人を志したコリアとでは、自ずと差が出るというものです。翻訳で読んだだけでも、コリアという人の小説は、翻訳家は苦労したんだろうなと思わせます。ひとつ実験をしてみましょう。「記念日の贈物」「結婚記念日の変ったプレゼント」)という妻殺し(またしても!)のクライムストーリイがあります。そのふたつの訳文の、ある個所を並べてみます。
「この道は、彼がエヴァグレイズ河の北方の、広い、寂しい、迷いやすい沼沢地へしだいに深くはいって行くにつれ、さながら水源に近づく流れのように細くなっていった」
「川をさかのぼって水源に向かうようにどこまでもどんどん飛ばして行くうちに、ひろびろひらけた、ボーッとほほ笑んでいるような田舎へ来た。エバーグレーズ湿地帯の北の方である」
 翻訳の良し悪しを云々する意図はないので、訳者名も原文も記しませんが、こういう訳文になる原文は、おそらく難物なのであろうと推察するばかりです。
「死者の悪口を言うな」は、夫が妻を地下室に呼ぶところで終わりますが、直接的には殺人とも犯罪とも無関係な文章です。「クリスマスに帰る」も見積書で終わっていて、その無機的な文書が主人公の破局を示すところ、すでに、ある種のエレガンスがあります。ただ「クリスマスに帰る」は、その見積書によって破局が明示されますが、「死者の悪口を言うな」は、主人公のこれからの行為は暗示にとどまります。
 結末の暗示的手法は、クライムストーリイにだけ使われているのではありません。コリアには、そもそも、クライムストーリイを書いているという自覚があったかどうかも怪しいですからね。「ささやかな記念品」はクライムストーリイすれすれといった作品ですが、それが、すれすれになったのは、結末の暗示する力のおかげでしょう。「ミッドナイト・ブルー」はクライムストーリイに「夢判断」を連想させるファンタジーを組み合わせたものですが、やはり、奥ゆかしい終り方です。サタイアの傑作「魔女の金」にしても、抜群のほのめかしで終ります。
 こうした暗示による結末が、もっとも深度を深め、効果的で衝撃的なのが「ナツメグの味」という、コリアの中でも一、二を争う好短編でしょう。語り手の職場である研究所に、新人がやってきます。ところが、彼は、殺人の嫌疑をかけられた過去があり、裁判では無罪だったものの、犯行機会の点ではかぎりなく灰色で、ただ、動機がまったくなかったために無罪になったのでした。語り手たちは彼に公平であろうとし、それが良かったのか、彼は自らの過去の出来事を語り手たちに詳しく話して聞かせます。率直な態度に、彼の無実をますます信じる気になり、友好的な雰囲気になったところで、彼は語り手たちに自慢のカクテルをふるまいます。そのカクテルには絶対のレシピがあって、その極めつきがナツメグの一つまみでした。彼はそのナツメグが欠けることを絶対に許せません。そして、その瞬間、読者には、彼の偏執狂的な側面と、指摘されることなく終った犯行の動機が暗示され、小説は終ります。
 犯人か否かのポイントを動機の一点に絞ってしまう、その書き方組み立て方の巧さは、ウールリッチの「一滴の血」(この場合の一点は犯行を示す証拠である血)と比べて、格段の腕前の差を示しています。そして、結末。一人称の語り手さえ気づいたかどうか判然としない真相を、読者には見事にほのめかしてみせる。こうしたクライムストーリイの結末の洗練は、ロアルド・ダールの「女主人」やスタンリイ・エリンの「特別料理」で頂点に達したというのが、私の考えですが、その行き方に先鞭をつけたのはまぎれもなくジョン・コリアであり、「ナツメグの味」は、優にそれらと並ぶ傑作です。
「ナツメグの味」を傑作と判断するひとりに、翻訳ミステリの編集者だった松浦正人さんがいます。「ナツメグの味」は翻訳によって、結末のニュアンスが異なることがあると、彼が教えてくれたことがありました。中西秀男訳(サンリオ文庫『ジョン・コリア奇談集II』)では、最後の台詞が「ところがあれはまがいものさ……」と、「ところが」という接続詞を使っているのです。これだと、異なった解釈が生じ、しかも、そちらの方が自然な読み取り方なので、状況が変わってくるのです。原文の入手が遅れて、この稿には間に合いませんでしたが、この点ははっきりさせたいと思います。



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