短編ミステリ読みかえ史

2010.05.07

短編ミステリ読みかえ史 【第14回】(1/2)  小森収


 この連載は、江戸川乱歩編『世界短編傑作集』全5巻を引き継いで、その後の時代をふり返るのが目的です。これまで、『世界短編傑作集』の時代で、補足しておかなければならないことに、少々手間取りはしましたが、原則的に、引き継ぎの意味でコーネル・ウールリッチとジョン・コリア(次回やります)から始めますが、補足の部分では、あの1~5巻に登場した作家は取り上げないという方針でやってきました。しかし、今回だけは例外とします。無視するには偉大すぎる存在、アガサ・クリスティです。
 連載の一回目で「夜鶯荘」の素晴らしさを指摘しておきました。そして、クリスティの短編でひとつとなると、この作品になるという考えに、いまのところ変わりはありませんが(いまのところと歯切れ悪く書いたのは、今回の文章の結末部分と関係があります)、同時に、この短編だけから、クリスティの短編ミステリの全貌を見渡すことなど、出来るわけがありません。
 クリスティの短編は、その大半が1920年代に、おそくとも30年代前半までに書かれているようです。クリスティの三十代、デビューから10年というところです。長編でいえば『オリエント急行の殺人』が34年、『アクロイド殺害事件』『アクロイド殺し』)をのぞけば、代表的な長編は、それ以降に書かれています。『ポワロの事件簿』『パーカー・パインの事件簿』『おしどり探偵』『二人で探偵を』)といった名探偵を主人公とした連作短編集は、どれもこの時期に書かれていますが、いずれも拙さが目立ちます。そのことは、比較的評判のよい『ミス・マープルと13の謎』『火曜クラブ』)にもあてはまっていて、私には、この短編集が評価されるのが、よく分かりません。ミス・マープルの思考法として、くり返し現われるのが、かつて似たような人を知っていたという発想ですが、この方式の推論は、強引にしか思えません。それは、ミス・マープルにかぎらない。また、この時期にもかぎらない。たとえば、ポワロものの「バグダッドの櫃の謎」を改作した「スペイン櫃の秘密」にしても、改作のポイントのひとつである、被害者の妻の人となりを示す伏線として、ミス・レモンに過去の事例を語らせるくだりがそうです。また、『ヘラクレスの冒険』中の佳品「ネメアのライオン」で、ある人物が殺人を企図していることに気づくくだりもそうです。もっとも、後者は気のきいたオマケといった部分なので、少々強引でもいいと言えますが。
 同じような罠に陥っているのがパーカー・パインもので、この探偵が、あまり活躍出来なかったのは、その思考法に限界があるからです。統計データによって、人間の行為をパターン化出来ると考えるのは、ある意味で、ミス・マープルの発想と類似しています。違いは、直接経験か統計データかですから。ミス・マープルにせよ、パーカー・パインにせよ、このころの思考法は、いかにも20世紀前半のものと思わせて、いまとなっては、素朴というか、深みがない。ミス・マープルは類例の検索を捨てることで、あるいは、捨てないまでも、そこを推論の終点ではなく、そこから推論を始めるようになることで、のちの長編で活躍出来るようようになりました。
 もともと、クリスティには、連作短編を始めるにあたって、コンセプトを決めて書く傾きがあります。そのもっとも明らかな例が『おしどり探偵』で、それはのちの『ヘラクレスの冒険』に至るまで続いていますが、ミス・マープルにしてもパーカー・パインにしても、最初の短編集は、同じような発想で計画されたのではないでしょうか。パーカー・パインのシリーズは、前半の紋きり型ロマンスのパロディよりも、パインが旅に出てからの方が好調です(前半のパターンでは、いろんな女性を必要に応じて演じわける協力者の脇役が愉快)。これは、クリスティの資質によるものではないかと思います。『おしどり探偵』でひとつ選ぶなら、「サニングデールの謎」でしょうが、それは、愉快な探偵ごっこというコンセプトから離れて、トミーとタペンスが互いを相補うという初心に返ったからでした。コンセプトの鋳型は、むしろ、マイナスに作用しているようです。



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