短編ミステリ読みかえ史

2009.12.07

短編ミステリ読みかえ史 【第9回】(1/2) 小森収



 まず、前回の補足を少ししておきます。
 ウィリアム・フォークナーの短編小説「エミリーに薔薇を」の、ホーマーを同性愛とする解釈についてです。『フォークナー事典』「エミリーに薔薇を」の項を引くと、リンドン・チュバック監督による同名の映画化(短編映画だそうです)には「ホーマー・バロンが同性愛者であることを強く示唆する場面が登場する」とあります。ただし、この項目には、一人称複数の叙述であることは説明されていても、同性愛説にはとりたてて触れられていませんから、解釈としては異端というか少数派というか、そういうことになるでしょう。また、一人称複数の叙述については、当時のフォークナーが多用したとありますから、おそらく充分な研究がなされているはずです。興味のある方は調べてみることをお奨めします。
 短編小説ではありませんが、フォークナーとミステリとの関わりで、有名かつ見逃せないものに、物議をかもした長編小説『サンクチュアリ』があります。1929年ごろに書かれて、31年になって本人が手を入れたものが刊行されました。研究家が、この作品に触れるときに、きまって言及するのが、モダン・ライブラリー版に寄せた著者のはしがきです。すなわち、数冊の著作を出したフォークナーが、あまりはかばかしくない売れ行きに、金になるようなものを書こうとし、そのために、ミシシッピー州の人たちにウケる話とはどんなものだろうと考え、想像しうるかぎりの恐ろしい話を書いたというのです。作品は出版社から拒否され、フォークナーはこのことを、安っぽい思いつきだったと反省し、また、自分でもひどい原稿だと思ったらしく、出しても恥ずかしくないものにすべく手を入れて(それでも、1万人くらいは買ってくれるかもしれないと考えたといいますから、やはり金目当ての売れ筋ねらいだったのです)、出版しました。そして、狙いたがわず売れました。
 『サンクチュアリ』は、売れたがために、過大評価と過小評価の波に呑み込まれた典型だと、私は思います。金に魂を売っただの、いや、良心に恥じない仕事にすべく手を入れただの、かまびすしかったわけですが、ひとつだけハッキリ言えるのは、恐ろしく残虐な暴力を書けば、人にウケるとフォークナーが考えた、そしてウケたということです。結末部分の説明(かなり唐突です)が、作家の良心の表れだという考えに、私はかなり疑いを持っていますし、もっと根底的なところで『サンクチュアリ』に問題点を見る富山太佳夫のような人もいます。富山太佳夫の「ポパイとは何者か」『ポパイの影に』所収)は、フォークナーが、社会進化論思想、優生学思想といった、当時のアメリカで一般的かつ優勢だった俗情(むろん思想でもありますが)と、どのようなところで結託しているかという指摘をしています。

 今年映画化された「ベンジャミン・バトン/数奇な人生」の公開にあわせ、その原作を表題作にして、スコット・フィッツジェラルドのファンタスティックな作品を集めた短編集が、角川文庫から出ました。フィッツジェラルドはフォークナーより1歳年長。いわゆる、ロスト・ジェネレーションですね。フォークナーよりも派手な人生というか、若くしてもてはやされますが、金に困ったことは共通していて、短編をさかんに雑誌に売っている。フィッツジェラルドの短編をいくつか読んでいたところで、たまたま翻訳家の門野集さんと話をしていると、フィッツジェラルドには「原稿料は高い」という原題の短編集があると教わりました。門野さんは、ウールリッチの研究・翻訳で知られる人ですが、フィッツジェラルドもお好きなんだそうです。というわけで、フィッツジェラルドについて、あるいは、短編小説で稼ぐことについて、門野集さんとお喋りをしてみました。

――フィッツジェラルドには“The Price was high”という短編集があるんですって?
門野 編者はマシュー・ブルッコリといって、フィッツジェラルドの伝記を書いた人です。アメリカの研究者なんですね。フィッツジェラルドの短編は、公表されたものの総数が約160あるんです。そのうちの46編が、生前、4冊の短編集に収められています。死んだのちに6冊出てて、そこに61編。それは46編との重複を除いてです。“The Price was high”は2巻本49編収録で1979年に出たんですが、それまでにアブれたものを拾い上げた。だから選んだといえば聞こえはいいんですが、落穂ひろいというか、残りをあらかた集めた。それで、残りが9つくらいになったんです。ジョン・オハラが書いた序文のタイトルが「106585ドル」となってまして、これが49編の総原稿料のようです。フィッツジェラルドは短編の原稿料が、最盛期には1編2千ドル以上。1ドル100円で換算しても200万円以上。ものすごい高額だったんですね。当時としても破格の高さ。中でも一番高かったのが、サタデー・イヴニング・ポスト。それで、序文にも出てくるんですけど、短編5編書いて1万ドルなのに、『グレート・ギャツビー』の単行本で得たお金が、アドヴァンスをのぞけば2千ドル弱だった。アドヴァンスは4千ドルだったかあるんですが、それを足したって、短編5本の半分くらいにしかならない。アドヴァンス分を短編1本で稼ぐこともあったわけです。だから、収入はほとんど短編の原稿料で稼ぐことになる。
――この“The Price was high”という題名は、含みとしては、原稿料は高いけど、中身の質は低いということでしょう?
門野 そうです。とても洒落たタイトルですよね。質が低い理由は、大きく二つあって、第一に、20年代にサタデー・イヴニング・ポストに売った短編なんかは、サタデー・イヴニング・ポストの枠組みに合わせて書かざるをえない。ラヴストーリイがあって、ハッピーエンドになる。そのせいで話のつくりに無理というかきしみが出てしまう。有名な短編でも「リッチ・ボーイ」「メイ・デイ」は、サタデー・イヴニング・ポストにリジェクトされて、他の雑誌にまわしてるんですね。ただ「異邦人」はサタデー・イヴニング・ポストなんですよ。だから、なぜ、これが良くて、あれがいけないのかという話になると、分からないことも出てくる。また、だからといって、売れる短編を書くためにどこまで自分を曲げていたのかは、分からないところがある。本人は、自分は娼婦であって、出版社の求めに応じて、どのような体位もこなせると書いてるんですが。
――じゃあ、一応、商才あるつもりで書いてるんですね。
門野 フィッツジェラルドの場合、短編はお金のために書いているというのが定説です。第二に、30年代の大不況以後の短編も入ってるんですが、そのころは作家としても衰えてきていて、それで質的にどうもというものもある。
――サタデー・イヴニング・ポストに書いてるのは20年代?
門野 いや、30年代後半も書いてますね。もちろん、最も華々しい存在だったのは20年代でした。
――こうして聞くと、そりゃ、書きますよね。だけど、落ち着いて考えると、サタデー・イヴニング・ポストになら、それほど節を曲げずに書けるのでは。当時は、サタデー・イヴニング・ポストが、格としては一番上になるんでしょう?
門野 そうですね。あとは、コリアーズ、スマート・セット、晩年はエスクアイア。そんなところに書いていますね。原稿料が安いところには書かないと言っている。




ミステリ、SF、ファンタジー、ホラーの月刊Webマガジン|Webミステリーズ!
バックナンバー