短編ミステリ読みかえ史
2009.12.07
短編ミステリ読みかえ史 【第9回】(1/2) 小森収
まず、前回の補足を少ししておきます。
ウィリアム・フォークナーの短編小説「エミリーに薔薇を」
短編小説ではありませんが、フォークナーとミステリとの関わりで、有名かつ見逃せないものに、物議をかもした長編小説『サンクチュアリ』
『サンクチュアリ』は、売れたがために、過大評価と過小評価の波に呑み込まれた典型だと、私は思います。金に魂を売っただの、いや、良心に恥じない仕事にすべく手を入れただの、かまびすしかったわけですが、ひとつだけハッキリ言えるのは、恐ろしく残虐な暴力を書けば、人にウケるとフォークナーが考えた、そしてウケたということです。結末部分の説明(かなり唐突です)が、作家の良心の表れだという考えに、私はかなり疑いを持っていますし、もっと根底的なところで『サンクチュアリ』に問題点を見る富山太佳夫のような人もいます。富山太佳夫の「ポパイとは何者か」(『ポパイの影に』
今年映画化された「ベンジャミン・バトン/数奇な人生」の公開にあわせ、その原作を表題作にして、スコット・フィッツジェラルドのファンタスティックな作品を集めた短編集が、角川文庫から出ました。フィッツジェラルドはフォークナーより1歳年長。いわゆる、ロスト・ジェネレーションですね。フォークナーよりも派手な人生というか、若くしてもてはやされますが、金に困ったことは共通していて、短編をさかんに雑誌に売っている。フィッツジェラルドの短編をいくつか読んでいたところで、たまたま翻訳家の門野集さんと話をしていると、フィッツジェラルドには「原稿料は高い」という原題の短編集があると教わりました。門野さんは、ウールリッチの研究・翻訳で知られる人ですが、フィッツジェラルドもお好きなんだそうです。というわけで、フィッツジェラルドについて、あるいは、短編小説で稼ぐことについて、門野集さんとお喋りをしてみました。
――フィッツジェラルドには“The Price was high”という短編集があるんですって?
門野 編者はマシュー・ブルッコリといって、フィッツジェラルドの伝記を書いた人です。アメリカの研究者なんですね。フィッツジェラルドの短編は、公表されたものの総数が約160あるんです。そのうちの46編が、生前、4冊の短編集に収められています。死んだのちに6冊出てて、そこに61編。それは46編との重複を除いてです。“The Price was high”は2巻本49編収録で1979年に出たんですが、それまでにアブれたものを拾い上げた。だから選んだといえば聞こえはいいんですが、落穂ひろいというか、残りをあらかた集めた。それで、残りが9つくらいになったんです。ジョン・オハラが書いた序文のタイトルが「106585ドル」となってまして、これが49編の総原稿料のようです。フィッツジェラルドは短編の原稿料が、最盛期には1編2千ドル以上。1ドル100円で換算しても200万円以上。ものすごい高額だったんですね。当時としても破格の高さ。中でも一番高かったのが、サタデー・イヴニング・ポスト。それで、序文にも出てくるんですけど、短編5編書いて1万ドルなのに、『グレート・ギャツビー』
――この“The Price was high”という題名は、含みとしては、原稿料は高いけど、中身の質は低いということでしょう?
門野 そうです。とても洒落たタイトルですよね。質が低い理由は、大きく二つあって、第一に、20年代にサタデー・イヴニング・ポストに売った短編なんかは、サタデー・イヴニング・ポストの枠組みに合わせて書かざるをえない。ラヴストーリイがあって、ハッピーエンドになる。そのせいで話のつくりに無理というかきしみが出てしまう。有名な短編でも「リッチ・ボーイ」や「メイ・デイ」は、サタデー・イヴニング・ポストにリジェクトされて、他の雑誌にまわしてるんですね。ただ「異邦人」はサタデー・イヴニング・ポストなんですよ。だから、なぜ、これが良くて、あれがいけないのかという話になると、分からないことも出てくる。また、だからといって、売れる短編を書くためにどこまで自分を曲げていたのかは、分からないところがある。本人は、自分は娼婦であって、出版社の求めに応じて、どのような体位もこなせると書いてるんですが。
――じゃあ、一応、商才あるつもりで書いてるんですね。
門野 フィッツジェラルドの場合、短編はお金のために書いているというのが定説です。第二に、30年代の大不況以後の短編も入ってるんですが、そのころは作家としても衰えてきていて、それで質的にどうもというものもある。
――サタデー・イヴニング・ポストに書いてるのは20年代?
門野 いや、30年代後半も書いてますね。もちろん、最も華々しい存在だったのは20年代でした。
――こうして聞くと、そりゃ、書きますよね。だけど、落ち着いて考えると、サタデー・イヴニング・ポストになら、それほど節を曲げずに書けるのでは。当時は、サタデー・イヴニング・ポストが、格としては一番上になるんでしょう?
門野 そうですね。あとは、コリアーズ、スマート・セット、晩年はエスクアイア。そんなところに書いていますね。原稿料が安いところには書かないと言っている。
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