短編ミステリ読みかえ史

2009.08.05

短編ミステリ読みかえ史 【第5回】(1/2)  小森収



 欧米の短編ミステリの翻訳を読む人が、必ずぶつかる言葉で、曖昧だけれど便利な言葉、あるいは、曖昧だから便利な言葉が、ふたつあります。「奇妙な味」と「異色作家短篇集」あるいは単に「異色作家」です。
 前者は江戸川乱歩の造語で、『幻影城』に収められている「英米短篇ベスト集と『奇妙な味』」という文章の中で、欧米のある種の短編ミステリに共通する魅力を紹介しようとして、用いた言葉です。「異色作家短篇集」は早川書房のロングセラーとなった叢書で、ミステリのみならず、SFやファンタジー、ユーモア小説のジェイムズ・サーバーまで含んでいます。そうした広範囲な作家を、一括りにしたのは、商売と言ってしまえばそれまでですが、しかし「異色作家(短篇集)」という言葉が、ある種のニュアンスをもって生きつづけているところを見ると、商業的要請を超えた意味のある言葉だったのでしょう。このシリーズは1960年代に3期18巻が完結し、その後、巻数を減らして再刊行されていましたが、数年前に18巻版が復刊されました(厳密には、最終巻のアンソロジーだけ再編集され、若島正編のアンソロジーが3冊、18~20巻として加えられました)。私は最初の版の造本・装丁が大好きで、本は読めればいいという主義の人間には珍しく、それで全巻集める志をたてて、いまだ果たせずにいます。志といっても片手間な志ではありますが。中学2年のころ、生まれた町の本屋に全巻並んだのを目にしたときは、壮観だったな。以後、18冊を一度に目撃したことはありません。もっとも、この装丁、パラフィン紙を貼った箱は、愛読しながらの保存には不向きで、一番最初に買ったスタンリイ・エリンの『特別料理』など、すでにビリビリに破れてしまっています。ロアルド・ダールの『キス・キス』に始まる、この叢書については、のちに必ず触れることになるでしょう。

 乱歩の造語「奇妙な味」は、短編ミステリに、謎とその解明やそれに付随したトリックといったもの以外の点に価値を見出した、日本における、ごく初期の例と言えるでしょう。まず、乱歩が「奇妙な味」という概念を持ち出すに到るまでを整理しておきます。
 エラリー・クイーンの『黄金の十二』を中心に、欧米のアンソロジーを読むことで、乱歩は短編ミステリを全体的・歴史的に把握しようとしました。しかも、十数冊のアンソロジーの収録作品の統計をとることで、主要作家や主要作品を割り出そうという、はなはだ論理的学術的なアプローチをしたのです。そうした作業が創元推理文庫の『世界短編傑作集』に結実したことは、連載の第1回にも書きました。研究が嵩じて、自らもベストテン選びをしたくなるのは、古今を問わずファン気質というものでしょうが、乱歩が画期的だったのは、そこで2種類のベストテンを作ったことです。有名なものですが、一応、書き出しておくことにします。以下、この稿の邦訳題名は、引用文中以外は、現在もっとも一般的と思われるもので統一することにします。

(A)謎の構成に重きを置く場合
E・A・ポオ「モルグ街の殺人」
A・C・ドイル「唇のねじれた男」
R・A・フリーマン「オスカー・ブロズキー事件」
A・モリソン「レントン館盗難事件」
E・ブラマ「ブルックベンド荘の惨劇」
M・D・ポースト「ズームドルフ事件」
G・K・チェスタトン「見えない男」
J・フットレル「十三号独房の問題」
ジェプスン&ユーステス「茶の葉」
R・ノックス「密室の行者」

(B)奇妙な味に重きを置く場合
E・A・ポオ「盗まれた手紙」
R・バー「放心家組合」
A・C・ドイル「赤髪連盟」
G・K・チェスタトン「奇妙な足音」
ロード・ダンセイニ「二壜のソース」
H・ウォルポール「銀の仮面」
T・バーク「オッターモール氏の手」
A・クリスティ「夜鶯荘」
A・バークリー「偶然の審判」
C・ウールリッチ(アイリッシュ)「爪」



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