短編ミステリ読みかえ史

2009.07.06

短編ミステリ読みかえ史 【第4回】(1/2)  小森収



 さて、アンブローズ・ビアスです。
 うかつなことに、今回調べるまで、ビアスの短編集が創元推理文庫に入っていたことを、私は知りませんでした。2009年6月現在、品切れのようですが、中村能三訳の『生のさなかにも』がそれです。創土社から出たものの文庫化なんですね。1892年にアメリカとイギリスでほぼ同時に出版された、ビアスの最初の短編集で、「兵士の物語」「市民の物語」の二部構成となっています。最初の短編集といっても、以後、出版されるたびに、収録作品が入れ替えられ、数も増えていって、ビアスには生前に自身の編集になる全集があるので、最終的には、それが定本となっているようです。兵士というのは、南北戦争の兵士を指していて、ビアスは北軍の志願兵として従軍し、そのときの体験をもとに書かれています。一般には、この短編集がすぐれているとされ、日本では、芥川龍之介が第二短編集 Can such things be?(怪奇小説集なのですが、こちらも版によって収録内容に異同があるようです)を買っていた分、そちらも同等に読まれていたようです。芥川の力は大きくて、戦前から読まれ訳されていたのも、そのおかげというところがあります。
 邦訳は独自編集が多いなか、東京美術が全5巻のビアス選集で、全短編を翻訳しています。第1巻の「戦争」『生のさなかにも』「兵士の物語」。第2巻の「人生」「市民の物語」プラス3編。第3巻の「幽霊I」と第4巻の「幽霊II」で、Can such things be?をすべてと、その他の怪奇小説をいくつか。第5巻の「殺人」は、全集に収録されたその他の短編をまとめたものです。ちょっと誤解が生じそうですが、「兵士の物語」の中にも幻想的な手法のものがあり、「市民の物語」の中にも怪奇小説が含まれているので、幻想と怪奇は、ビアスの小説作法の根幹にあるものなのです。前回紹介した「スィドラー氏のトンボ返り」は、この第5巻の中の作品でした。全5巻に全集収録の短編が全部入っているというのは、ありがたいのですが、翻訳はどうもよろしくない。
 岩波文庫の『いのちの半ばに』『生のさなかにも』の抄訳にあたります)を訳した西川正身には『孤絶の諷刺家アンブローズ・ビアス』という、かなり詳しい評伝があります。新潮選書の1冊で40年ほど前の本ですが、絶版なのが惜しい内容です。それを読むと、ビアスは小説家としてよりも、諷刺家として有名になり、評価され、忘れられていった人だと分かります。ジャーナリストというものが、現在と同じあり方で存在していたかどうかは、かなり疑問ですが、サキにしてもビアスにしても、ジャーナリストのような存在、少なくとも、新聞や雑誌に小説以外のものを書いて、まず世に出たことは、まちがいありません。もっとも、このころの定期刊行物に載る文章が、フィクションやノンフィクションといった区分に従っていたかというと、それも怪しい。同時代のオー・ヘンリーは短編小説の名手と誰もが呼びますが、彼は様々な人々の話を聞いて、それを素材に作品を書いていったものだといいます。もちろん、素材は素材ですから、小説と呼んでなんの不都合もありません。ただ、当のオー・ヘンリーがなにを書いていたつもりなのかは、ちょっと図り難いのではないか。オー・ヘンリーの研究家が、その点をつきとめているのか否かを、私は知りませんが、疑問として書いておきましょう。
 逆の面からながめてみます。つい先ごろ、岩波文庫から出た行方昭夫編訳『たいした問題じゃないが』は、「イギリス・コラム傑作選」という副題がついていて、主に20世紀前半のイギリスの定期刊行物で活躍した、4人のコラムニストの雑文を集めたものです。4人の中には、『赤い館の秘密』でミステリファンにはおなじみの、A・A・ミルンも入っています。旧制高校以来、英語のリーダーの素材として、日本でも愛読されたといえば、年配の方には、内容の想像がつくかもしれません。日本語で表現すれば、滋味豊かな随筆ということになるのでしょう。
 ところが、集中の1編E・W・ルーカスの「N一字の差 上流社会での悲劇」を読むと、ちょっと印象がちがってくる。これは全部で14の短い文章(手紙や原稿の抜粋)から成っています。ある原稿が活字になる際に、誤ってnが一字脱落したことから、てんやわんやの騒ぎになるという、一種のファースですが、上質なユーモアで、本書の中でも一、二を争う面白さです。ただ、エッセイという言葉で示されたものを連想するとき、入ってくる種類のものではないでしょう。書簡体のショートショートといったところで、そもそもフィクションでしょうし、小説といっても通用します。アメリカのユーモアスケッチに連なる内容でもあります。一口にコラムといっても、こうしたものも含まれるだけの幅があり、短編小説は、それらと一緒の紙面(ないしは誌面)に、並存していたと考えられるのです。
 ビアスの小説以外の文章を、日本語で読むのは、かなり難しいのですが、例外的に読めるもので、もっとも有名なビアスの著作として『悪魔の辞典』があります。これは辞典の形式を借りた警句集です。近年では筒井康隆訳も出たので、読んだ(あるいは、かつての私のように、ぱらぱら眺めた)人も多いでしょう。さきほど、ビアスを諷刺家として有名になったと書きましたが、『孤絶の諷刺家』を読むと、時事的な事柄に関して、上手に人の悪口を言うことで喝采を浴びた人のようです。ただし、どんなに洒落た言い回しに長けていても、それらが対象とともに忘れ去られてしまうのは、避け難いでしょう。


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