短編ミステリ読みかえ史

2009.04.06

短編ミステリ読みかえ史 【第1回】(1/2)  小森収



 今月から、海外の短編ミステリの歴史を辿りながら、読み返し、あるいは未読のものを手にとってみようと思います。気楽にのんびりやりますので、おつき合いのほど、よろしく。


 ある程度熱心な翻訳ミステリのファンは、江戸川乱歩編『世界短編傑作集』(創元推理文庫)で、古典的な短編ミステリを、一通りマスターするのが、すでに半世紀以上、日本での通り相場になっているといっていいでしょう。全5巻で44編を網羅し、最終巻には、エラリー・クイーンの評論「黄金の二十」のおまけつき。こういうのを、日本語で、なんて言うんだっけ。イタレリツクセリ。

 このアンソロジーは、エラリー・クイーン他編『黄金の十二』(ハヤカワ・ミステリに邦訳あり)や、ヴァン・ダイン、ドロシー・L・セイヤーズのアンソロジーをベースにしていることは、みなさんご存じのところでしょう。ヴァン・ダイン、セイヤーズはその序文が、ミステリ論としても大きな影響を与えていて、そのことは、この連載でも、おいおい触れることになりそうです。クイーンには、それほどまでの序文はついていませんが、『黄金の十二』が12名の選者による投票で、クイーンひとりのアンソロジーではないし、そもそも、彼には百年におよぶミステリ史『クイーンの定員』(〈EQ〉1981年1月号~82年3月号に訳載)がありますからね。

 江戸川乱歩編『世界短編傑作集』以後の、欧米の短編ミステリは、どうなっていって、それを、日本の先輩ミステリファンは、どのように受け止めてきたのか。この連載は、そのことを辿ってみようというものです


 第1巻巻頭のウィルキー・コリンズ「人を呪わば」は1859年の短編集収録作(森英俊編著『世界ミステリ作家事典[本格派篇]』によります)。第5巻を締めくくるディビッド・C・クック「悪夢」が1950年の作とあります。したがって、おおざっぱに1世紀間の短編ミステリの傑作を集めたものとなっていますが、40年代以降の作品は6編です。20年代が16編と圧倒的に手厚くて、それも後半の5年間に集中しています。ですから、短編ミステリの最初の全盛期は20年代後半であった。少なくとも、そう判断されても不思議ではないような評価が、全5巻を通じて、くだされていたと言えるでしょう。まあ、いくぶん重なるところがなければ、後に続くことができませんから、このページは、おそらく40年代の作品に手をつけることから、始めることになりそうです。

 と書いたはしから恐縮ですが、その前に、まず、それ以前の短編ミステリがどのようなものであったかを、整理してみましょう。いまも書いたように、1920年代の作品が、全5巻の大半を占め、しかも「キプロスの蜂」「茶の葉」「偶然の審判」「二壜のソース」「夜鶯荘」「殺人者」「スペードという男」といった、有名な作品がそこには並んでいます。巻数でいうと、第2巻の最後のふたつ、クロフツの「急行列車内の謎」が20年、コール夫妻の「窓のふくろう」 が23年となっていて、第3巻は10編全部が20年代の作品です。そして第4巻のヘミングウェイ「殺人者」からクイーン「は茶め茶会の冒険(キ印ぞろいのお茶の会の冒険)」ま での4編が20年代の作品です。
 ついでに『世界短編
傑作集』の収録作を『クイーンの定員』の時代区分にあてはめると、次のようになります。

 最初の50年(♯2~♯14の13冊)「人を呪わば」「安全マッチ」の2編
 ドイルの時代(♯15~♯28の14冊)「レントン館盗難事件」「医師とその妻と時計」の2編
 第一期黄金時代(♯29~♯46の18冊)「ダブリン事件」から「奇妙な跡」までの5編
 第二期黄金時代(♯47~♯68の22冊)「ズームドルフ事件」から「急行列車内の謎」までの6編
 近代I(♯69~♯82の14冊)「窓のふくろう」から
は茶め茶会の冒険(キ印ぞろいのお茶の会の冒険)までの15編
 近代II(♯83~♯95の13冊)「信・望・愛」から「見知らぬ部屋の犯罪」までの6編
 ルネッサンス(♯96~♯106の11冊)「クリスマスに帰る」から「悪夢」までの7編

 クイーンの時代区分はドイルの時代を1891年から1900年とし、以下10年刻みになっていることには注意してください。先の20年代という区分では16編でしたが、近代Iは1921年から30年までなので、15編になります。また、カッコ内は、クイーンがあげた定員となる短編集が、その時代区分の間に何冊あるかを示しています。『クイーンの定員』によれば、1911~20年の第二期黄金時代が、10年間で22冊のとりあげるに値する短編集が出たことになり、図抜けています。第一次世界大戦がこの時期ともろに重なっていることを考えると、これは驚異的の一言ですね。

 もっとも、クイーンの区分には気をつける必要があって、短編集の初版年で分けていますから、雑誌初出は、それよりも前だということです。場合によっては、短編集が編まれるまでに年月が経っていることもあります。

 コリンズの「人を呪わば」とチェーホフの「安全マッチ」で、全5巻のアンソロジーが始まったことには、見た目よりも大きな意味がありそうです。この2編に共通するのはユーモアですが、もう少し突っ込んで言えばパロディ精神です。
 『クイーンの定員』では「人を呪わば」は 「探偵小説に喜劇を導入した――これは第一級規模の進歩である」と評されていましたが、同時に、次の指摘も大切です。「当時の犯罪ものの慣例にしたがって物語は〈ロンドン警察の手紙より抜粋され〉」ているというのです。最初の50年で、ディケンズに始まる、警察ものの回想記(模倣者の大半はデッチあげの読物)の流行があったという指摘を、見逃してはいけません。
 一方、チェーホフは自作「安全マッチ」について「本質は犯罪小説のパロディーです」と手紙に書いています。ちくま文庫版チェーホフ全集第2巻の解題には「1880年代の群小ジャーナリズムでは、『犯罪もの』は至極目立った地位を占めていた」とありますから、この点でも、ロシアはイギリス、フランスを追いかけていたのでしょう。

 あるジャンルや傾向が、まず、なにかのもじり、パロディから始まってしまうのは、『ドン・キホーテ』の例を引くまでもなく、文芸の世界で
往々にして起こることですが、ミステリにもそれが起こったようです。確かに、始祖はポオでしょう。コリンズやチェーホフがポオを知らなかったとは言いません。ですが、ポオのデュパンものから、一直線に「人を呪わば」「安全マッチ」ができたわけではありません。


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