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    <title>短編ミステリ読みかえ史｜Webミステリーズ！</title>
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    <updated>2012-01-05T06:04:39Z</updated>
    <subtitle>ミステリ・ＳＦ・ファンタジー・ホラーの専門出版社・東京創元社が配信する月刊Webマガジン</subtitle>


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    <title>短編ミステリ読みかえ史　【第34回】（1/2）　　小森収</title>
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    <published>2012-01-06T05:06:08Z</published>
    <updated>2012-01-05T06:04:39Z</updated>

    <summary>   　こと短編に話を限るならば、作家エラリー・クイーンよりも、編集者エラリー・クイーンの方が、ミステリの世界に貢献した度合は、比べものにならないほど大きいでしょう。そして、編集者としてのクイーンの仕...</summary>
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        <name>東京創元社</name>
        
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        <![CDATA[<br />
<div style="FLOAT: right; WIDTH: 170px"><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488104153"><img height="197" alt="エラリー・クイーンの冒険" hspace="8" src="http://www.tsogen.co.jp/img/cover_image_m/10415.jpg" width="138" vspace="8" border="1" /> 
<div style="TEXT-ALIGN: center"><img height="18" alt="書籍の詳細を見る" src="http://www.webmysteries.jp/images/shosekishosai.jpg" width="100" border="0" /></div></a></div>
<big>
　こと短編に話を限るならば、作家エラリー・クイーンよりも、編集者エラリー・クイーンの方が、ミステリの世界に貢献した度合は、比べものにならないほど大きいでしょう。そして、編集者としてのクイーンの仕事は、フレデリック・ダネイひとりのものであること（彼のミステリに関する膨大な書物のコレクションが、その源泉であること）も、知られています。もっとも、編集者クイーンの初期においては、マンフレッド・リーも関わっていたようです。すなわち、1933年にわずか４号で、１年もたずに休刊の憂き目にあったミステリ・リーグ誌の編集は、ふたりで行っていたのです。ミステリ・リーグについての評価は、長らく〈幻の雑誌〉の域を超えることはありませんでした――少なくとも日本においては。しかし、2007年に上下２巻の<strong><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4846007472/ref=as_li_tf_tl?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4846007472" target="blank">『ミステリ・リーグ傑作選』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4846007472" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></strong>が論創社から刊行されて、その中身のかなりの部分――小説のみならず、クイーンのエッセイや作家紹介――が翻訳され、総目次が資料として掲載されました。<br />
　しかしながら、ミステリ・リーグの売りは、毎回の長編ミステリ一挙掲載（コンデンス版ではなく完全掲載）にあったようです。創刊号に<strong><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488104047">『レーン最後の事件』</a></strong>が一挙掲載されたことは有名ですが、４号まで毎号長編掲載は続いていたのです。いきおい、短編ミステリの掲載数は少なくなり、毎号２～３編程度になります。ただし、創刊号の中身は凄いの一言です。連作短編連載のジョン・マーヴェルを除くと、ダシール・ハメットの<strong>「夜陰」</strong>、ドロシー・セイヤーズの<strong><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488100049">「疑惑」</a></strong>、エラリー・クイーンの<strong><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488104153">「ガラスの丸天井付き時計の冒険」</a></strong>の３編なのです。ここで注記しておかないといけないことがあります。前回<strong>「双頭の犬の冒険」</strong>をミステリ・リーグ初出と書いていて、それはネヴィンズJr．の<strong><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/B000J892RK/ref=as_li_tf_tl?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=B000J892RK" target="blank">『エラリイ・クイーンの世界』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=B000J892RK" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></strong>に従ったのですが、<strong>『ミステリ・リーグ傑作選』</strong>の総目次や解説では、クイーンの短編は<strong>「ガラスの丸天井付き時計」</strong>が創刊号に載った（だけ）とあります。おそらくネヴィンズJr．が間違っているのでしょう。ともあれ、客観的な事実として、70年以上を経て、創刊号に掲載されたこれらの小説（長編の<strong>『レーン最後の事件』</strong>を含めてもいいです）が、日本語で容易に（太鼓持ちをするなら、創元推理文庫で）読めるというのは、ちょっとした奇跡と言っていいでしょう。そして、そのクォリティは、どれも、70年の時の重みに耐えていると、私は考えます。<br />
<strong>『ミステリ・リーグ傑作選』</strong>には、クイーンの編集前記である<strong>「姿見を通して」</strong>が全編収められています。その創刊号の文章は、編集者クイーンのマニフェストとして重要です。単行本で５ページ、イラストスペースを考えると、実質４ページ相当の短い文章で、本当は、ここに全文引用したいくらいです。さすがに、そうはいきませんが、それでも少し長くなることは恐れずに、核心部分を引いておきましょう。<br />
「われらが大衆小説雑誌の編集者連中は、一般読者の好みについて過小評価しすぎなのです。一般大衆が一つの型にはまった小説しか受け入れないという考えは、断固として否定させてもらいます」<br />
「ありていに言えば、本誌は、私の手による一つの実験なのです――知的で楽しめる行が並ぶ印刷物という旗の下に、一般の雑誌購読者が大勢集まってくれるか否か、という。これは『知識人向けの小説対一般大衆向けの小説』の問題とは異なります。知識人か一般大衆かは問題ではありませんし、そのことは百も承知です。この雑誌には『～向け』といった制限を加えるつもりはありません」<br />
<strong>『ミステリ・リーグ傑作選』</strong>の解説で、編者である飯城勇三さんは、当時のアメリカのミステリとその読者を次のように分析しています。長編の読者は比較的高価な単行本を読み「好みは本格ミステリ寄りで、古典も読んでおり、作品の質にこだわ」るが、他方で、短編の読者は安価なパルプマガジンを読み「好みはハードボイルド寄りで、新作しか読まず、作品の質よりキャラクターに惹かれ」ると。そして「今までの評論・研究では、この二者は別々に扱われてきた。本格ミステリ長編の黄金時代と<strong>『ブラック・マスク』</strong>の黄金時代は重なっているにもかかわらず、お互いを無視し続けてきたのだ」と指摘しています。加えて、ミステリ・リーグはその「双方に足を置くことになった」と。<br />
　編集者クイーンの特徴は、本人が主張する〈品質第一〉を愚直なまでに守ったことです。たとえば、当時のハメットは、たかだか<strong><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488130022">『マルタの鷹』</a></strong>が評価された、あるいは売れたにすぎない、有象無象のミステリ作家のひとりでしかなかったでしょう。パルプマガジンに書くことはなんの経歴にもならず、本を出せたとして、そして売れたとしても、それがミステリでは、後世に残るかどころか、10年後に人々が憶えてくれているか否かも怪しいものです（ヴァン・ダインを見てください）。そんなハメットに、売れた長編に登場した主人公は出てくるものの、通り一遍な短編を書かせたスリック・マガジンと、<strong>「夜陰」</strong>を書かせて「ミステリ作家によるノンミステリも時にはお届けしよう」と読者に向けたクイーンの、どちらが文学的に優秀かは、いまとなっては、誰の目にも明らかです。<br />
<br /></big>
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<a href="http://www.tsogen.co.jp/" target="_blank">ミステリ、ＳＦ、ファンタジー｜東京創元社</a>]]>
        
      
    


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    <title>短編ミステリ読みかえ史　【第33回】（1/2）　　小森収</title>
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    <id>tag:www.webmysteries.jp,2011://6.1263</id>

    <published>2011-12-05T02:51:26Z</published>
    <updated>2011-12-05T06:38:23Z</updated>

    <summary>   　第一次大戦の戦勝に沸き、都市を中心に新しい文化の発揚が顕著だった1920年代のアメリカでは、それまで大部分が、イギリスのものか、そのイミテイションであったミステリを、自分たちのものに取り戻そう...</summary>
    <author>
        <name>東京創元社</name>
        
    </author>
    
        <category term="640 短編ミステリ読みかえ史" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.webmysteries.jp/">


   
      
        <![CDATA[<br />
<div style="FLOAT: right; WIDTH: 170px"><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488104153"><img height="197" alt="エラリー・クイーンの冒険" hspace="8" src="http://www.tsogen.co.jp/img/cover_image_m/10415.jpg" width="138" vspace="8" border="1" /> 
<div style="TEXT-ALIGN: center"><img height="18" alt="書籍の詳細を見る" src="http://www.webmysteries.jp/images/shosekishosai.jpg" width="100" border="0" /></div></a></div>
<big>
　第一次大戦の戦勝に沸き、都市を中心に新しい文化の発揚が顕著だった1920年代のアメリカでは、それまで大部分が、イギリスのものか、そのイミテイションであったミステリを、自分たちのものに取り戻そうとする動きが起きました。そのひとつは、ダシール・ハメットを先頭として、ブラック・マスクを中心に発生したハードボイルドミステリでした。そして、その動きとほぼ平行して登場した彗星が、ヴァン・ダインという作家でした。<br />
　ヴァン・ダインについては、ジョン・ラフリーによる評伝<strong><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4336054169/ref=as_li_tf_tl?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4336054169" target="blank">『別名Ｓ・Ｓ・ヴァン・ダイン』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4336054169" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></strong>も翻訳されて、その経歴や、ミステリについての意識が、修正を余儀なくされました。有名な謎解き小説６冊限界説も、なんらかの根拠があってというよりは、そのあたりで本人が金稼ぎを打ち止めにする予定だったという気配が濃厚です。ハメットもヴァン・ダインもともに、アメリカの現実を背景にしたミステリを書いたというと、同じものを背景にしながら、その両者の違いに戸惑うことになるかもしれません。しかし、このころのアメリカが、矛盾と不平等に満ちた、それも剥き出しのままに満ちた社会であったことを、忘れてはなりません。ある面で所得配分政策でもある、アメリカ史上画期的な政策ニューディールが始まるのは、ふたりの登場から10年近くの時を待たなければなりません。<br />
　もちろん、ハメットとヴァン・ダインとでは、作家としての実力に雲泥の差があります。ハメットはワン・アンド・オンリーのパイオニアですが、ヴァン・ダインは後続の才能溢れる作家に、すぐに追い抜かれることになりました。大不況の始まる1929年に登場し、ヴァン・ダインの凋落と入れ替わるようにして、謎解きミステリのスタンダードを確立した作家、エラリー・クイーンです。<br />
　クイーンの処女作<strong><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488104368" target="blank">『ローマ帽子の謎』</a></strong>の新訳が出たので、40年ぶりで再読してみました。最後に謎解きをするのが、父親の警視であることなど、すっかり忘れていて、微笑ましかったのですが、この小説が苦しいのは、警視が難しい事件だとくり返すわりには、その難しさが伝わってこないところにあります。処女作には往々にしてあることですが、読者に真相を見破られることを過度に恐れているのでしょう。小説の進行とともに、謎が深まったり、解けていったりすることがないのです。読者への挑戦を挟むということは、単なる趣向を超えて、ファアプレイというパズルストーリイに特徴的な概念を強調することになりました（ついでに言えば、この概念を文学的に評価したところが、評論家・笠井潔のもっとも大きな貢献だと、私は考えています）。しかし、一方で、謎解きミステリを問題編と解答編に分けてしまう弊害もあって、問題編を妙にスタティックにしてしまう傾きがある。ヴァン・ダインの<strong><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488103019" target="blank">『ベンスン殺人事件』</a></strong>にも、そういうところがありますから、謎解きミステリの陥りやすい穴と言えるかもしれません。ヴァン・ダインは連続殺人を導入することで、それを解消しました。ただ、それは抜本的な解決ではありませんでした。そのことは、同じ行き方をしたように見える、クイーンの<strong><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488104344" target="blank">『エジプト十字架の謎』</a></strong>を見れば明らかでしょう。<strong>『エジプト十字架の謎』</strong>の中盤を支えているものは、不気味な連続殺人でもなく、ラスト近くの追跡劇でもなく、首なし死体が増えていくことで、容疑者の範囲に変化が起き、謎解きの状況が刻々変わっていくその一点なのです。そして、ヴァン・ダインに決定的に欠けていたもの――鮮やかな推論の魅力が、<strong>『エジプト十字架の謎』</strong>にはあります。そう、たったひとつのヨードチンキ瓶から展開されるクイーンの推理です。<br />
　ヴァン・ダインやクイーンが長編小説で世に出たのは、謎解きミステリが長編の時代に入っていたということのほかに、ふたりが短編でデビューできる適当な雑誌媒体がなかったという事実があります。パルプマガジンに行くには、ふたりの狙った読者層は、やや教養が高めだったのでしょう。あるいは、ハメットやグルーバーのように、切羽詰ってはいなかったと言えるかもしれません。ヴァン・ダインには、そもそも、自身に啓蒙家としての自覚と、啓蒙することで支持が得られ、その支持が経済的な成功に繋がるという楽観的な思想があったようです。それに、ミステリを書くこと自体、恥じていたようなので、パルプマガジンに書くなど論外でしょう。ヴァン・ダインよりは現実的なクイーンは、デビューしてまもなく、スリックマガジンに短編を売り込もうと考えました。フランシス・Ｍ・ネヴィンズJr.の<strong><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/B000J892RK/ref=as_li_tf_tl?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=B000J892RK" target="blank">『エラリイ・クイーンの世界』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=B000J892RK" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></strong>には「エージェントに唆されて」となってはいますが、そのあたりのことも書かれていて、結局は失敗に終わり「エラリイが活躍する最初の短編はあまり続かなかったパルプマガジン（ドロシー・セイヤーズ、アール・デル・ビガーズ、それにサックス・ローマーの短篇もいっしょに載っていた）に掲載されただけで、わずか三十五ドルの収入にしかならなかった。これをダネイとリー、それにエージェントで分けたのである」とあります。1933年のことでした。その短編は<strong>「一ペニイ黒切手の冒険」</strong>。のちに<strong><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488104153" target="blank">『エラリー・クイーンの冒険』</a></strong>に収められることになります。<br />
<br /></big>
<ul class="pageNavi">
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    <title>短編ミステリ読みかえ史　【第32回】（1/2）　　小森収</title>
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    <published>2011-11-07T01:56:09Z</published>
    <updated>2011-11-07T08:49:03Z</updated>

    <summary> 　フランク・グルーバーは、パルプマガジン出身のミステリ作家の中で、おそらく二番目に成功した作家でしょう。一番は、アール・スタンリイ・ガードナーです。もちろん、これは商業的な意味においてです。グルーバ...</summary>
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    </author>
    
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.webmysteries.jp/">


   
      
        <![CDATA[<br />
<big>
　フランク・グルーバーは、パルプマガジン出身のミステリ作家の中で、おそらく二番目に成功した作家でしょう。一番は、アール・スタンリイ・ガードナーです。もちろん、これは商業的な意味においてです。グルーバーの人間百科事典ことオリヴァー・クエイドものは、ひところ、各務三郎が肩入れしていて、邦訳の短編集<strong>『探偵人間百科事典』</strong>（のち文庫化され<strong>『グルーバー 殺しの名曲５連弾』</strong>）が存在するのは、氏の孤軍奮闘の賜物と言っていいでしょう。かれこれ40年ミステリを読んでいますが、グルーバーを積極的に評価している日本人を、他に見たことがありません。<br />
　ハメット以後のブラック・マスクについて書いたところで、グルーバーを相対評価しておきましたが、そこで読んだ<strong>「ストライキの死」</strong>も、オリヴァー・クエイドものでした。そのとき「厳密には、ディテクションの小説とは言えないでしょう」と書きましたが、それはオリヴァー・クエイドもの一般にあてはまることです。<br />
　一度読んだ活字は絶対忘れないというクエイドは、百科事典を読破することで雑学知識を身につけ、その知識をセールストーク（どんな質問を出されても必ず正解してみせます！）に、相棒のチャーリー（シリーズ当初は存在していなかったようですが）と簡易版の百科事典を売り歩く、実演販売（と言うんでしょうね、これも）のセールスマンです。クエイドの初登場は1936年。「古今の人間の知識の要約。ありとあらゆる質問への解答。完璧な大学教育が一冊の本に集約」を、２ドル95セントで売り歩くクエイドは、大不況下の申し子でしょう。各務三郎の解説によれば、グルーバーはジョゼフ・Ｔ・ショウとそりが合わなかったらしく、ブラック・マスクにオリヴァー・クエイドが登場するのは、ショウが編集長をおりた翌37年からになります。また、ブラック・マスク時代のオリヴァー・クエイドもの10編は、なんらかの形ですべて邦訳されていますし、66年にオリヴァー・クエイドものの短編集がアメリカで編まれたときにつけられた序文も、<strong>「パルプ小説の生命と時代」</strong>という題名で、ミステリマガジン67年12月～68年2月号に訳されています。<br />
　オリヴァー・クエイドは百科事典売りですから、毎回、事件に巻き込まれる形をとることになります。もっとも、商売としては見るからに胡散臭く、クエイド自身もはったりの強い性格に描かれていますから、余儀なく事件に巻き込まれ、それに立ち向かっていく姿が自然に物語を駆動していく。巻き込まれ型のプロットとシリーズキャラクターという、一見矛盾するような組み合わせは、後年、ローレンス・ブロックがバーニー・ローデンバーもので、ひとつの代表例を作ったと思いますが、オリヴァー・クエイドは、バーニーほど完全なアウトローではないにしても、その先駆者としての地位は主張できるでしょう。<br />
　私の読んだ範囲では、工場のロックアウトに巻き込まれたところ、その工場内で連続殺人が起きる<strong>「ストライキの死」</strong>が、巻き込まれ方も、その後の展開も申し分なく、もっとも面白い作品でした。冒頭の手が込んでいるのが<strong>「不時着」</strong>です。雪の山中に飛行機が不時着し、乗員が命からがら脱出してみると、パイロットが殺されている。一方で、クエイドとチャーリーも雪山で自動車の故障にみまわれ、それら全員が助けを求めたのが、高価な毛皮用キツネの飼育で財を成した老人の家で、そこに、毛皮目当てのギャングが乱入します。<strong>『探偵人間百科事典』</strong>の巻頭をかざった<strong>「鷲の巣荘殺人事件」</strong>にもあてはまりますが、ある閉ざされた状況で、殺人が起こり、そこからいかに脱するかが、クエイドものの眼目になっています。危機からの脱出がポイントなのに注意してください。そこでは事件の解決ないしは犯人の指摘は、危機からの脱出のための手段ではあっても、目的ではありません。グルーバーは、クエイドの陥る危機について、様々な工夫をこらすことはあっても、読者を引きつける魅力的な謎を、事件に与えることはありません。ミステリマガジンに載った<strong>「クエイド馬券を買う」</strong>や、ＥＱのビッグ・ボーナスとなった<strong>「ソングライターの死」</strong>は、シリーズとしてもおしまいに近く、長編作家として打って出る時期の作品です。この２編をシリーズ中の佳編とすることに躊躇しませんが、それでも、謎とその解決には、ありきたりの域を出るものがありません。スピーディに危機を脱出する疾走感が、クエイドものの最大の美点なのです。<br />
<br /></big>
<ul class="pageNavi">
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    <title>短編ミステリ読みかえ史　【第31回】（1/2）　　小森収</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.webmysteries.jp/komori/komori1110-1.html" />
    <id>tag:www.webmysteries.jp,2011://6.1198</id>

    <published>2011-10-05T04:36:26Z</published>
    <updated>2011-10-04T08:03:48Z</updated>

    <summary>   　レイモンド・チャンドラーの「待っている」は、慎重に読み進むことを要求する短編小説です。私は15年ほど前に稲葉明雄訳で読みました。それから10年ほど経って、田口俊樹訳（現在は『トラブル・イズ・マ...</summary>
    <author>
        <name>東京創元社</name>
        
    </author>
    
        <category term="640 短編ミステリ読みかえ史" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        <![CDATA[<br />
<div style="FLOAT: right; WIDTH: 170px"><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488131050"><img height="198" alt="待っている" hspace="8" src="http://www.tsogen.co.jp/img/cover_image_m/13105.jpg" width="138" vspace="8" border="1" /> 
<div style="TEXT-ALIGN: center"><img height="18" alt="書籍の詳細を見る" src="http://www.webmysteries.jp/images/shosekishosai.jpg" width="100" border="0" /></div></a></div>
<big>
　レイモンド・チャンドラーの<strong><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488131050">「待っている」</a></strong>は、慎重に読み進むことを要求する短編小説です。私は15年ほど前に稲葉明雄訳で読みました。それから10年ほど経って、田口俊樹訳（現在は<strong><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4150704600/ref=as_li_tf_tl?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4150704600" target="blank">『トラブル・イズ・マイ・ビジネス』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4150704600" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></strong>に入っています）で出て、これが事件だったのですが、そのことは後述します。ここでの引用は、基本的に稲葉訳によります。<br />
　ホテル探偵のトニー・リゼックは、深夜、ラジオ室で、最上階に投宿する女、ミス・クレッシーに声をかけます。彼女はある男を待っている。かつて彼女が「汚い真似」をしたために、男は「暗いところへ入れられた」のですが、彼女はよりを戻したいと考えている。そんなところへ、旧知の間柄のアルというギャングから、トニーは呼び出される。アルは彼女が待っているジョニーという男を、組織の金の拐帯者だと考えて狙っています。アルはトニーに、クレッシーをホテルの外に出すよう要求します。トニーがホテルに戻ると、すでにジョニーは偽名で宿泊している。トニーは彼と対面し、警告を発して逃がしますが、すぐにアルとジョニーが射合いになったという報せが入ります。<br />
　小説で起こる表面上の出来事は、これだけなのですが、これでは、トニーがなぜジョニーを逃したのかが、理解できないでしょう。以下、少し長くなりますが、以前初読のときに<strong>「待っている」</strong>について書いた文章を再録します。<br />
<br />
　アルとトニーとは、旧知の間柄と書いたが、ふたりの会話が緊張感の中にも親密さを持つ一方、トニーはアルを「やくざだよ」と明言し、烈しい軽蔑をこめて「阿呆の集まり」「低能ばかりだ」と酷しい。ふたりの間には、強い感情が隠されている。会話の途中で、アルが母親の様子をトニーに訊ねるところがあり、ふたりを兄弟ととるのが、あるいは、自然かもしれない。<br />
　しかし、ラスト近くの、トニーとフロント係の会話には、トニーが同性愛者であることが、示されている。だから、むしろ、愛する男の母親の面倒をみながら、おそらく厄介事とともにしか現れない、その男アルを、トニーも待っている。そして、愛している男だからこそ、その男に殺人をさせてはならないと、トニーは考えた。そう解釈したい誘惑にかられる。もちろん、そんなことは、直接、この小説には書かれていない。けれど、ホテルのラジオ室で、待っている男と、待っている女がいて、一方の待っている男が、他方の待っている男を殺してしまうというシンメトリカルな結末は、いかにも小説として、きれいではないか。<br />
<br />
　トニーを同性愛者だと読んだ一番の理由は、結末で射合いがあったことを知らせる電話をトニーが受け、居合わせたフロント係をはずさせるという一場があって、その後のフロント係の台詞にあります。<br />
「衝立のかげから戻ってきたフロント係は、目をかがやかせてトニーの方を見た。<br />
『おれは金曜が非番なんですよ。いまの電話の主をちょいと拝借できないかな』」<br />
　小説の初めの方で、トニーに早く戻ってきてくれと頼む描写があり、その願いが叶えられないところへかかってきたギャングからの電話を、自分に知られたくない男がいる（だから、その場をはずさせられた）と勘違いした。そんなふうに考えたわけです。トニーはチビでデブな中年男と描かれていますが、一方で細くてしなやかな指がきれいだと、いささか女性的に描写されてもいます。冒頭、深夜のラジオ室がトニーの専用だとあるのは、時代的にもヨーロッパの戦況が気になっていると考えられて（のどかに音楽を流していることに、かすかながら嫌悪感があるのは、そのせいでしょう）、トニーはポーランド人と称していますが、ユダヤ人とならんでナチに忌避されたのは共産主義者と同性愛者でした。そもそも、ウィンダミア・ホテルという名前は、オスカー・ワイルドを連想させますから、そういうふうに読みたくもなるというものです。<br />
　とはいえ、手がかりは、この程度のわずかな暗示だけですから、さすがに断定は出来ない。私の書き方が控えめだったのはそのせいです。しかも「慎重に読み進むことを要求する」なんて書いておきながら（そう、今回の冒頭の文章も、15年前の文章の冒頭をカニバライズしたのです）、ちょっと、タカをくくっていたところもあって、反省しているのです。<br />
　フロント係の台詞の原文は次の通りです。Ⅰ'm off Friday. How about lending me that phone number?　電話番号を「電話の主」と訳していて、この程度は意訳のうちに入らないのかもしれませんが、では「その電話番号をちょいと拝借できないかな」と稲葉明雄が訳していたら、この解釈を私が採れていたかどうか？　もっとも、この部分の訳は翻訳家を悩ませているようで、田口訳では「さっきの大金は私があんたから借りたってことでいいかな？」となっていますからね。<br />
　さて、私のこの文章を慎重に読み進んでこられた方は、もうお分かりでしょうが、上に記した私の解釈は、アルとトニーが兄弟であっても、ほぼ、そのまま当てはめることが可能です。恋人に対する愛情ゆえが、兄弟に対する愛情ゆえに変わるだけです。そして、それは、どちらともとれるという解釈もありうることを示しています。<br />
<br /></big>
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    </content>
</entry>

<entry>
    <title>短編ミステリ読みかえ史　【第30回】（1/2）　　小森収</title>
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    <id>tag:www.webmysteries.jp,2011://6.1167</id>

    <published>2011-09-05T03:30:26Z</published>
    <updated>2011-09-05T02:48:56Z</updated>

    <summary>   　1933年に「ゆすり屋は撃たない」でデビューしたレイモンド・チャンドラーは、以後、１年に２～４編の中編（ないしは長い短編と呼ぶべきもの）を書いていきます。37年の「トライ・ザ・ガール」までの1...</summary>
    <author>
        <name>東京創元社</name>
        
    </author>
    
        <category term="640 短編ミステリ読みかえ史" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.webmysteries.jp/">


   
      
        <![CDATA[<br />
<div style="FLOAT: right; WIDTH: 170px"><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488131036"><img height="198" alt="赤い風" hspace="8" src="http://www.tsogen.co.jp/img/cover_image_m/13103.jpg" width="138" vspace="8" border="1" /> 
<div style="TEXT-ALIGN: center"><img height="18" alt="書籍の詳細を見る" src="http://www.webmysteries.jp/images/shosekishosai.jpg" width="100" border="0" /></div></a></div>
<big>
　1933年に<strong>「ゆすり屋は撃たない」</strong>でデビューしたレイモンド・チャンドラーは、以後、１年に２～４編の中編（ないしは長い短編と呼ぶべきもの）を書いていきます。37年の<strong>「トライ・ザ・ガール」</strong>までの12編は、ブラック・マスクが発表の舞台（例外は<strong><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488131067">「ヌーン街で拾ったもの」</a></strong>）であり、ショウ編集長が同誌を去ったのち、37年秋の<strong>「翡翠」</strong>から39年夏の<strong>「トラブル・イズ・マイ・ビジネス」</strong>（<strong><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488131043">「事件屋稼業」</a></strong>）までは、ダイム・ディテクティヴに掲載の場を移しました。この間、38年に執筆した<strong>『大いなる眠り』</strong>が、39年に刊行されます。<strong>「トラブル・イズ・マイ・ビジネス」</strong>が世に出た直後、39年９月にはヨーロッパで戦争が始まりました。そして、チャンドラーはパルプマジンライターを卒業します。次に発表した<strong><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488131050">「待っている」</a></strong>はサタデイ・イヴニング・ポストに掲載され、そこには、ヨーロッパの戦争が影を落としていました。以後、わずかな例外を除いて、短編は書かれなくなり、翌40年に第二長編<strong>『さらば愛しき女よ』</strong>が刊行されます。チャンドラーの執筆活動は、フィリップ・マーロウの活躍する長編小説が、中心となります。<br />
　前回は、初期の中編を概観し、カニバライズ（中編の長編への再利用）について書きました。チャンドラーのプロットの持ち数の少なさは、長編を中心に論じられる際にも、たびたび言われることです。カニバライズをやること自体、それを如実に示しているというわけです。しかし、パルプマガジン時代の中編を読むだけで、展開や中盤での事件の起こし方のパターンが少ないことは、簡単に分かります。主人公が頭を殴られ気絶し、気がつくと死体がある。通俗ハードボイルドで手垢にまみれたこの展開を、最初に誰が用いたのか、もっとも多用したのが誰か、私は知りませんが、パルプマガジン時代のチャンドラーが、ほとんど手癖と言えるほどに用いたことは、間違いありません。これを〈探偵が気絶する〉と〈死体に出くわす〉のふたつに分けると、使用頻度はさらに上がります。事件の解決が公にされず、多くは警察の力を利用して、表面上の辻褄を合わせただけの解決が世の中には知らされるというのも、多く出てきます。作品数も少ないのですが、作品のヴァラエティ、発想の広さという点では、ハメットとは比べものになりません。ハメットが多くの失敗を含みながらも、コンティネンタル・オプの小説の様々な可能性を模索していったのとは、対照的とすら言えます。これは私の邪推ととっていただいて構いませんが、チャンドラーは、読者を引きつけるミステリを書こうとしたとき、こうしたプロット――殴り殴られ死体が出て来て、最後には警察が表面上辻褄を合わせる――しか思いつかなかった、つまり、現実的なミステリとはこのようなものだとしか考えられなかったのではないでしょうか。<br />
<br /></big>
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<entry>
    <title>短編ミステリ読みかえ史　【第29回】（1/2）　　小森収</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.webmysteries.jp/komori/komori1108-1.html" />
    <id>tag:www.webmysteries.jp,2011://6.1138</id>

    <published>2011-08-05T03:12:53Z</published>
    <updated>2011-08-02T07:49:30Z</updated>

    <summary>   　レイモンド・チャンドラーは、ミステリの歴史の中でも逃すことの出来ない名前ですが、どうも、私は相性がよろしくない。最初に読んだ「ヌーン街で拾ったもの」は、子ども向けの翻訳だったので、勘定に入れな...</summary>
    <author>
        <name>東京創元社</name>
        
    </author>
    
        <category term="640 短編ミステリ読みかえ史" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.webmysteries.jp/">


   
      
        <![CDATA[<br />
<div style="FLOAT: right; WIDTH: 170px"><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488131036"><img height="198" alt="赤い風" hspace="8" src="http://www.tsogen.co.jp/img/cover_image_m/13103.jpg" width="138" vspace="8" border="1" /> 
<div style="TEXT-ALIGN: center"><img height="18" alt="書籍の詳細を見る" src="http://www.webmysteries.jp/images/shosekishosai.jpg" width="100" border="0" /></div></a></div>
<big>
　レイモンド・チャンドラーは、ミステリの歴史の中でも逃すことの出来ない名前ですが、どうも、私は相性がよろしくない。最初に読んだ<strong><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488131067">「ヌーン街で拾ったもの」</a></strong>は、子ども向けの翻訳だったので、勘定に入れないにしても、私がミステリを読み始めた60年代後半から70年代にかけては、長編の紹介が終わり、チャンドラーの短編を網羅的に訳してしまおうという時期だったので、ミステリマガジンに訳されたものを、いくつも読んでいるのです。<strong>「トライ・ザ・ガール」</strong>（<strong><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488131067">「女で試せ」</a></strong>）<strong>「シラノの拳銃」</strong>（<strong>「シラノ酒場の射合い」</strong>）<strong>「スペインの血」「レディ・イン・ザ・レイク」</strong>（<strong>「湖中の女」</strong>）<strong>「翡翠」</strong>（<strong>「支那の宝石」</strong>）といったあたりですが、どれも見事に中身を憶えていません。良かったという記憶がないどころか、つまらなかった印象だけが残っていて、それがために長編に手をつけるのがずいぶん遅れ、いまだにたいして読んでいません。<br />
　意識が変わったのは、十数年前に、きっかけがあって<strong><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488131050">「待っている」</a></strong>を読んだときです。その後、村上春樹が長編をいくつか訳して評判になり（20世紀の終わりごろ雑談の席で、早川と創元の編集者に、それぞれ、来たるチャンドラーの著作権消滅のアカツキに、御社はいかなる対応をとる心づもりなるやと訊ねてみたことを思い出します。うかつにしてると、文春文庫が村上春樹訳で全部出すぞと、冗談で脅かしたものです）、ハヤカワ・ミステリ文庫からは、全４巻の短篇全集が刊行されました。これは初出順に配列されていて、この連載には向いているのです。邦訳題名も、この短篇全集版を用いることにします。<br />
　しかしながら、今回の連載では、まず、手元にあった本から、無造作に読み始めたので、チャンドラーの処女作<strong>「ゆすり屋は撃たない」</strong>（<strong><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488131036">「脅迫者は射たない」</a></strong>）は、創元推理文庫の稲葉明雄訳で読むことになりました。読み始めてすぐに、これは、ブラック・マスクの他の作家とは違うと、気づくことになります。描写の意欲が格段に違うのです。登場人物の服装はもちろん、動植物（チャンドラー初期の短編では、植物が多い）の名は、他の作家では滅多にお目にかかりません。各務三郎さんが、人名事典に続いて動植物事典をやった（一冊にまとめなければなりませんね）のも、よく分かるというものです。<br />
　ただし、では、すぐれた短編かというと、そうではない。<strong>「ゆすり屋は撃たない」</strong>は、説明的な文章を排して、出来事また出来事と事件の連続で進んでいきますが、そのわりには、きびきびとした感じがしない。ひとつには、凝った言い回しや描写が、小説を鈍重にしている。志は分かるけれど、技術がついていっていないのでしょう。日本語になりにくい、あるいは、日本語にすると言葉数が増える類の文章なのかもしれません。いまひとつには、構成が巧くない。<strong>「ゆすり屋は撃たない」</strong>に即して言えば、冒頭のマロリーが女優に接触する仕方が、どうにも理解しがたい。つまり、マロリーが目的を達成するために選ぶ手段とは考えがたい。場面の面白さにひきずられて、構成がないがしろにされているように見えるのです。<br />
　この二点は、初期の短編の多くに共通する弱点のように思えます。たとえば<strong>「シラノの拳銃」</strong>の中に、こんな文章があります。「ハンカチーフの端を噛み、左手でそれを引っぱり、まるまる太った右手を空気を押すように前方へ突き出した」。とても、なにか意味のある動作には思えません。おしなべて言えることですが、チャンドラーは行動の描写があまり巧くない。複数の人間の動きを伴った場面を三人称で描くというのが、もっとも苦手なのではないでしょうか。<br />
　二作目の<strong>「スマートアレック・キル」</strong>は、映画会社に雇われた主人公の探偵が、守るべき映画監督の協力を得られないという話ですが、場面の積み重ね、すなわち、出来事の積み重ねが、もたついていて、構成下手を露呈しています。次の<strong>「フィンガー・マン」</strong>は一人称を採用し、マーロウ初登場（初出時は名なしの探偵でしたが、のちに、事務所のドアにフィリップ・マーロウの名がついたそうです）で、やや見どころがある。ルーレットのいかさまで大金を稼いだ男の護衛の途中で、マーロウが襲われ、意識を失っている間に、男が殺されてしまう。狙われていたのが実は……という話なので、悪くないアイデアなのですが、矢継ぎ早に事件を起こすことに熱心なあまり、読後、一連の事件が本当に起きる必要があったのかと、首を傾げることになる。パズルストーリイに対する批判のひとつのパターンとして、そんな大げさな犯行方法をとる必要があったのかという論法がありますが、チャンドラーを読んでいると、しばしば似たような感じをもつことがあります。<br />
　それでも、四作目の<strong>「キラー・イン・ザ・レイン」</strong>（<strong><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488131067">「雨の殺人者」</a></strong>）にたどりついて、ようやくホッとしました。一人称の探偵のところに、自分の放蕩な娘が悪い男にひっかかっているのを助けてくれと依頼人が来る。相手の男は金持ち向けにエロ本を貸すのが商売で、探偵が男の家に行くと、問題の娘が全裸でラリっていて、男は撃ち殺されている。広く知られているように、後年、この短編は<strong>『大いなる眠り』</strong>にカニバライズ（チャンドラーの造語）されますが、冒頭の展開はミステリのお手本といってよいほどです。依頼にやって来るドラヴェックは、スターンウッド将軍よりは大鹿マロイに似ていますが、娘とはなさぬ仲で、秘かに想っているという、カニバライズドされなかった設定も生きていて、なにより、降り続く雨のイメージが効果的です。雨の中、嬌声をあげる娘たちを楽しみながら助ける警官の姿を描く（ここもカニバライズドされました）のが、パターナリズムはそこらにころがっているのだという伏線も兼ねていて、いかにもチャンドラーでしょう。<br />
　こうして初期のチャンドラーの短編を読んでいって、結局、良いと思ったのは、まず<strong><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488131067">「カーテン」</a></strong>で、次に<strong>「キラー・イン・ザ・レイン」</strong>でした。なんのことはない。<strong>『大いなる眠り』</strong>を構成した二編だったのです。<br />
<br /></big>
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<entry>
    <title>短編ミステリ読みかえ史　【第28回】（1/2）　　小森収</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.webmysteries.jp/komori/komori1107-1.html" />
    <id>tag:www.webmysteries.jp,2011://6.1112</id>

    <published>2011-07-05T03:22:54Z</published>
    <updated>2011-07-05T07:23:41Z</updated>

    <summary>   　ミステリマガジンの８月号が、没後50周年として「なぜハメットが今も愛されるのか」と題した特集を組んでいます。特集の題名は、はったりでつけただけのように見えますが、「チューリップ」など未訳の３編...</summary>
    <author>
        <name>東京創元社</name>
        
    </author>
    
        <category term="640 短編ミステリ読みかえ史" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.webmysteries.jp/">


   
      
        <![CDATA[<br />
<div style="FLOAT: right; WIDTH: 170px"><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488130022"><img height="198" alt="マルタの鷹" hspace="8" src="http://www.tsogen.co.jp/img/cover_image_m/13002.jpg" width="138" vspace="8" border="1" /> 
<div style="TEXT-ALIGN: center"><img height="18" alt="書籍の詳細を見る" src="http://www.webmysteries.jp/images/shosekishosai.jpg" width="100" border="0" /></div></a></div>
<big>
　ミステリマガジンの８月号が、没後50周年として「なぜハメットが今も愛されるのか」と題した特集を組んでいます。特集の題名は、はったりでつけただけのように見えますが、<strong>「チューリップ」</strong>など未訳の３編を訳出し、ヒッチコックマガジンに載った田中小実昌訳の<strong>「深夜の天使」</strong>を再録していて、ファンにはありがたい。<strong>「チューリップ」</strong>は前後篇の分載なので、まだ読んでいませんが（ツイッターで吉野仁さんが、後篇がスゴいんだと力説していました）、これが目玉でしょう。それ以外では、<strong>「拳銃が怖い」</strong>が拾い物で、24年の作品だから、初期のものですが、ハメットの中でも類似作や同傾向のものがない異色作と呼んでいいでしょう。<br />
　評論やエッセイでは、諏訪部浩一の文章が、ハメット論のレジュメさながらです。<strong><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488130022">『マルタの鷹』</a></strong>の次はダシール・ハメットで、通年２単位５年がかりくらいが待っていそうです。それよりも短い法月綸太郎の<strong>「水と油」</strong>というエッセイは、より、この連載に関連しています。<strong><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4150773068/ref=as_li_tf_tl?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4150773068" target="blank">『デイン家の呪い』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4150773068" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></strong>を取り上げて、「パルプ本格のコアモデルとして、後続の作家たちからひそかにリスペクトされているのではないか」という、らしい推論をするものです。題名の「水と油」は石上三登志の<strong>「俺を『名』探偵と呼ぶな――ダシール・ハメット」</strong>（<strong><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488015220">『名探偵たちのユートピア』</a></strong>所収）が出典で、法月綸太郎は、水と油をタフ・ガイノヴェルと知的パズルととらえて、その融合が「アメリカ探偵小説の様式のひとつ」と指摘しています。もっとも、石上三登志の使った「水と油」という言葉が同じものを指しているのかは、ちょっと分からない。微妙に違っている気もします。法月綸太郎の指摘は、ある意味もっともなもので、イザベル・Ｂ・マイヤーズとの類似を言う一方、「はるかに展開が早く」と書くことを忘れないのが、さすがです。ディテクションの小説に速度をもたらしたという、前回の話題を思い出してください。ただし、あくまで、水と油の融合という考え方が起きる――実際に起きたとしても――のは、後年のことでしょう。法月綸太郎の言う「知的パズル」がシャーロック・ホームズを指すのか、ヴァン・ダインやエラリイ・クイーンを指すのか、この文章からだけでは、よく分かりませんが、常識的には後者でしょうし、それなら、その発生はタフ・ガイノヴェルと同時進行です。<strong>『デイン家の呪い』</strong>がヴァン・ダインを意識しているのは明らかだと思われます。あそこに出てくる作家は、ヴァン・ダインとファイロ・ヴァンスを足して２で割ったというか、ふたりまとめてあてこすったというか、そういう存在ですからね。しかし、ハメットがやったことは、ディテクションの小説の現代的な書き方を模索することではあっても、出来あいのなにかを融合させることではなかったはずです。ハメットがそんなことをやったと、法月綸太郎が主張しているとは思いませんが、法月エッセイを読んで、そう誤解する人が出そうなので、書いておくことにしました。<br />
<br /></big>
<ul class="pageNavi">
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<a href="http://www.tsogen.co.jp/" target="_blank">ミステリ、ＳＦ、ファンタジー｜東京創元社</a>]]>
        
      
    


    </content>
</entry>

<entry>
    <title>短編ミステリ読みかえ史　【第27回】（1/2）　　小森収</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.webmysteries.jp/komori/komori1106-1.html" />
    <id>tag:www.webmysteries.jp,2011://6.1090</id>

    <published>2011-06-06T03:15:09Z</published>
    <updated>2011-06-06T03:21:00Z</updated>

    <summary>   　1930年11月号の「死の会社」を最後に、ブラック・マスクを去ったダシール・ハメットは、約２年の間、短編を書いていません。すでに『ガラスの鍵』の連載を終え、この年出版された『マルタの鷹』は大成...</summary>
    <author>
        <name>東京創元社</name>
        
    </author>
    
        <category term="640 短編ミステリ読みかえ史" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.webmysteries.jp/">


   
      
        <![CDATA[<br />
<div style="FLOAT: right; WIDTH: 170px"><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488130022"><img height="198" alt="マルタの鷹" hspace="8" src="http://www.tsogen.co.jp/img/cover_image_m/13002.jpg" width="138" vspace="8" border="1" /> 
<div style="TEXT-ALIGN: center"><img height="18" alt="書籍の詳細を見る" src="http://www.webmysteries.jp/images/shosekishosai.jpg" width="100" border="0" /></div></a></div>
<big>
　1930年11月号の<strong>「死の会社」</strong>を最後に、ブラック・マスクを去ったダシール・ハメットは、約２年の間、短編を書いていません。すでに<strong><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488130039">『ガラスの鍵』</a></strong>の連載を終え、この年出版された<strong><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488130022">『マルタの鷹』</a></strong>は大成功を収めていました。ここは短編ミステリを読みかえす場ですが、<strong>『マルタの鷹』</strong>については、少しふれておく必要があるでしょう。<br />
　書き出しを見ればわかるように、この小説は、サミュエル・スペイドという探偵を描くことを主たる目的として書かれています。一人称の主人公は魅力的に描きえない。ハメットがそう判断したのかどうかは分かりませんが、少なくとも、コンティネンタル・オプものの書き方では、<strong>『マルタの鷹』</strong>の冒頭は成立しません。そして、それまでのふたつの長編で、大出版社クノップから、殺戮描写を少なくするよう求められた経験は、ここにおいて奇跡的な効果をもたらします。<strong>『マルタの鷹』</strong>では、殺人は常に起きたのちの出来事としてあっさりと語られるのです。にもかかわらず、スペイドは鷹の像を狙う連中と渡り合う、タフでハードボイルドなヒーローとして、１世紀近く認知されることになり、今後１世紀それが続いても、さして不思議ではないでしょう。<br />
<strong>『マルタの鷹』</strong>に描かれたスペイドという男は、ひや汗をかき、からだを震えさせながら、怪しげな連中と相対していきます。他の登場人物でからだが震えるのは、若い殺し屋のウィルマーで、自分が殺人犯として警察に売られると決まる寸前のことです。今回、私は、あまり広く流布していない宇野利泰訳で読み返してみたのですが、クライマックスにおいて、なんと、スペイドはどもるのです。宇野訳は、確かに大胆な意訳が散見され（にもかかわらず、私には宇野訳<strong>『マルタの鷹』</strong>が憎めないものに思われます。ホンネを言えば、創元推理文庫に入れてほしいくらいです）、この部分は、その最たるもので、結果的には、やりすぎではないかと思うのですが、しかし、スペイドがいわゆる颯爽としたハードボイルドヒーローでないことは、押さえておかねばなりません。ハメットの探偵が警察との良好な関係を築いていることは、以前にも指摘しておきました。<strong>『マルタの鷹』</strong>のスペイドは、確かに、ダンディや地方検事から殺人容疑の追及を受けます。しかし、それが無理な追及であることは、スペイド本人も承知しており、また、ダンディの部下のトム・ボルハウス刑事も承知しています。そのような状況であっても、警察・司法関係者にたてついてみせるスペイドは、綱渡りでもするような慎重さ（弁護士との連絡を欠かさない）で臨み、そして、汗をかく。そんなスペイドという男が「私と同じ釜の飯を食った探偵たちの多くがかくありたいと願った男、少なからぬ数の探偵たちが時にうぬぼれてそうあり得たと思いこんだ男」なのです。<br />
<br /></big>
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    </content>
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<entry>
    <title>短編ミステリ読みかえ史　【第26回】（1/2）　　小森収</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.webmysteries.jp/komori/komori1105-1.html" />
    <id>tag:www.webmysteries.jp,2011://6.1064</id>

    <published>2011-05-06T02:52:55Z</published>
    <updated>2011-05-06T03:41:34Z</updated>

    <summary>   　ダシール・ハメットの初期の短編は、コンティネンタル・オプが登場する、探偵が事件を捜査するディテクションの物語と、オプの出ない、ディテクションの小説ではないものとに大別されました。作品の多くは、...</summary>
    <author>
        <name>東京創元社</name>
        
    </author>
    
        <category term="640 短編ミステリ読みかえ史" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.webmysteries.jp/">


   
      
        <![CDATA[<br />
<div style="FLOAT: right; WIDTH: 170px"><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488130015"><img height="198" alt="血の収穫" hspace="8" src="http://www.tsogen.co.jp/img/cover_image_m/13001.jpg" width="138" vspace="8" border="1" /> 
<div style="TEXT-ALIGN: center"><img height="18" alt="書籍の詳細を見る" src="http://www.webmysteries.jp/images/shosekishosai.jpg" width="100" border="0" /></div></a></div>
<big>
　ダシール・ハメットの初期の短編は、コンティネンタル・オプが登場する、探偵が事件を捜査するディテクションの物語と、オプの出ない、ディテクションの小説ではないものとに大別されました。作品の多くは、ブラック・マスクに発表されましたが、ブラック・マスクそのものも、必ずしもディテクションの小説が多かったわけではないようでした。探偵や刑事が主人公ではあっても、必ずしも、ディテクションの小説ではなかったのです。そういう意味では、コンティネンタル・オプの小説は、愚直にディテクションの小説であることを守っているかのよう（狭義のトリックが用いられているものもいくつかありました）で、同時期の他のブラック・マスクの作家に比べて、探偵小説を書こうとしているように見えなくもありません。ヴァン・ダインの<strong><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488103019">『ベンスン殺人事件』</a></strong>についてのハメットの書評は、日本語でも読むことができますが、もっぱら批判しているのは、リアリズムからの観点と、警察が無能すぎるという点で、謎とその解明という小説のパターンを否定してはいないのです。<br />
　ハメットの短編から代表作を選ぶなら、そのひとつに<strong>「ターク通りの家」</strong>が入ることは、まず間違いのないところでしょうが、同時に、この作品がひとつの画期となって、コンティネンタル・オプものがディテクションの小説の枠組みから飛び出したことは、以前に指摘しました。もちろん、その後もディテクションの小説も書かれてはいます。その中には<strong>「黄金の蹄鉄」</strong>のように、オプが真犯人を罠にかけることで、真相究明以上の役回りを演じるところまで踏み込んだものや、<strong>「パイン街の殺人」</strong>のように、ディテクションの興味にプラスアルファ（オプを窮地に陥れる人物が登場し、しかも、その男は真犯人ではない！）を加えたものもあれば、<strong>「誰でも彼でも」</strong>のように、<strong>「ターク通りの家」</strong>以前と変わるところのない凡作もあります。しかし、<strong>「ターク通りの家」</strong>以降は、コンティネンタル・オプものであっても、ディテクションの小説から、はみ出ていく作品が増えるのです。<br />
　ハメットは26年３月号の<strong>「うろつくシャム人」</strong>（<strong>「忍び寄るシャム人」</strong>）を最後に、約１年ブラック・マスクを離れます。ショウ編集長の下で復帰してからは、27年２月号に<strong>「血の報酬第１部　でぶの大女」</strong>、５月号に<strong>「血の報酬第２部　小柄な老人」</strong>、６月号に<strong>「メインの死」</strong>と書いて、11月号から翌28年２月号にかけて<strong>『血の収穫』</strong>（<strong>『赤い収穫』</strong>）を連載します。その間に、ミステリーストーリイズに<strong>「王様稼業」</strong>（27年１月号）を発表しました。<strong>『血の収穫』</strong>のちょうど１年後、28年11月号から翌29年２月号にかけて、オプものの長編第２作<strong>『デイン家の呪い』</strong>を連載、29年８月号に<strong>「蠅取り紙」</strong>、９月号から翌30年１月号にかけて<strong>『マルタの鷹』</strong>を連載、２月号に<strong>「フェアウェルの殺人」</strong>、３月号から６月号にかけて<strong>『ガラスの鍵』</strong>を連載、そして、その年の11月号に最後のコンティネンタル・オプもの<strong>「死の会社」</strong>を残して、ブラック・マスクから姿を消します。ブラック・マスクに復帰したのちのハメットは、長編４作と、コンティネンタル・オプの登場するふたつの中編からなる連作<strong>「血の報酬」</strong>、そして、オプものの中短編５本を書いたわけですが、その間わずかに３年半です。<br />
<br /></big>
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    </content>
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<entry>
    <title>短編ミステリ読みかえ史　【第25回】（1/2）　　小森収</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.webmysteries.jp/komori/komori1104-1.html" />
    <id>tag:www.webmysteries.jp,2011://6.1034</id>

    <published>2011-04-05T05:23:25Z</published>
    <updated>2011-04-05T05:37:51Z</updated>

    <summary>   　長編に手を染める前のダシール・ハメットを読み返すことで、ハードボイルドミステリの発生に到る道筋を確認する作業の一環として、当時のブラック・マスクの他の作家の小説に目をやっておきましょう。といっ...</summary>
    <author>
        <name>東京創元社</name>
        
    </author>
    
        <category term="640 短編ミステリ読みかえ史" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.webmysteries.jp/">


   
      
        <![CDATA[<br />
<div style="FLOAT: right; WIDTH: 170px"><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488130015"><img height="198" alt="血の収穫" hspace="8" src="http://www.tsogen.co.jp/img/cover_image_m/13001.jpg" width="138" vspace="8" border="1" /> 
<div style="TEXT-ALIGN: center"><img height="18" alt="書籍の詳細を見る" src="http://www.webmysteries.jp/images/shosekishosai.jpg" width="100" border="0" /></div></a></div>
<big>
　長編に手を染める前のダシール・ハメットを読み返すことで、ハードボイルドミステリの発生に到る道筋を確認する作業の一環として、当時のブラック・マスクの他の作家の小説に目をやっておきましょう。といっても、20年代のブラック・マスクの作品は、あまり翻訳が多くありません。おそらく、質も低いのだろうと、私には、数少ない邦訳作品から判断するしかないのですが、断定的なことは言わないでおきましょう。<br />
　1980年代の半ばに、小鷹信光が編者となって、国書刊行会から<strong>『ブラック・マスクの世界』</strong>という６巻のアンソロジー（５巻プラス別巻１）が出ています。正直に言えば、面白い作品はあまり多くなくて、ポール・ケインの<strong><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4309460593/ref=as_li_tf_tl?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4309460593" target="blank">『裏切りの街』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4309460593" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></strong>を１～５巻に分載した（その後、河出文庫に入りました）ことと、当時としては珍しかったハメットの作品――<strong>「帰路」</strong>や<strong>「血の報酬」</strong>――を収めたことで、評価されるものでしょう。第５巻と別巻に掲載された、各務三郎と小鷹信光の対談が、私には有益でしたが、それを有益と感じる人がどれくらいいるかは、分かりません。<br />
　ブラック・マスク創刊号に掲載されたという、スチュワート・ウェルズの<strong>「白い手の怪」</strong>が、このアンソロジーの第１巻には収録されています。歓談の席で、中のひとりが怪異な経験談を話すという、当時としても古典的な設定の怪談と見せかけてという話でした。ハードボイルドミステリの雑誌という誤った先入観を持って読むと、戸惑う人もいるかもしれません。出だしこそ、この連載の最初の回で紹介した、リチャード・ハーディング・デーヴィスの<strong>「霧の夜」</strong>に似ていないでもありませんが、話の落としどころも軽めなら、<strong>「霧の夜」</strong>にあった、世紀末ロンドンの不気味さという、厚みにも欠けています。もちろん、軽さが生きることは、ショートストーリイに珍しくはありません。とくに、毎月なり毎週なりの雑誌を埋めていくには、そうした才能が必要なことは確かです。この問題は、今後も折にふれ出てくるでしょう。ただし、<strong>「白い手の怪」</strong>は、最大限認めても、その程度の出来だと考えます。<br />
　小鷹信光は第１巻の解説で、創刊号12編の内容を分類・紹介していますが、そのうち「内容別にみてみるといちばん多いのは『怪奇ミステリー』の四編」で、<strong>「白い手の怪」</strong>もそこに含まれ、その他に、謎解きミステリ、幻想と怪奇、犯罪小説、ロマンスとあって、「寄せ集めの読物雑誌の印象が強い」としています。<br />
　第４巻にはＪ・ポール・スターの<strong>「蛇の尾」</strong>という1927年の作品が入っています。これが、ドーント神父という探偵の活躍するシリーズもので、謎解きミステリなのです。博物館に展示されている、貴重な蛇のお守りがある。密閉したガラス容器に入ったそのお守りが、ある日ふたつに増えているという、そこだけ取り出せば、現代でも通用しそうな冒頭です。ガラス容器は小さな密室で、なぜ、こんなことが起きたのか首を傾げているうちに、翌晩、新たに現われたお守りが消え失せ、警備員が殺される。この事件を解くのが、ドーント神父なのです。運転手として神父につき従うスタッブスが泥棒あがりというのは、ブラウン神父のさらに俗なパクリという気がします。派手な冒頭のわりには、解決には驚きもなければ工夫の跡もない。シャーロック・ホームズのライヴァルたちの、さらに通俗的な縮小再生産とでも言うべき作品でした。ポール・スターの名は、森英俊編著の<strong><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4336040524/ref=as_li_tf_tl?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4336040524" target="blank">『世界ミステリ作家事典［本格派篇］』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4336040524" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></strong>にもありませんし、この作品がすぐれているから、小鷹信光が採ったとも思えません。おそらく、この手の退屈なミステリというか犯罪読物は、巷に溢れていたと思われます。そして、現在の眼で見て、この<strong>「蛇の尾」</strong>と、たとえばＣ・Ｅ・ベチョファー・ロバーツの<strong>「イギリス製濾過器」</strong>（<strong><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488100032">『世界傑作短編集３』</a></strong>に収められた26年の作品です）との間に、どれだけの差を見ることが出来るのでしょう？<br />
<br />
　ハメットと並んで、初期のブラック・マスクの人気作家であり、ハメットに先んじて私立探偵を主人公にしたとして、歴史に名を刻んでいるのが、キャロル・ジョン・デイリイです。探偵の名はレイス・ウィリアムズ。<strong>『ブラック・マスクの世界』</strong>の第１巻に、その初登場作品<strong>「ＫＫＫの町に来た男」</strong>が収められています。ミステリマガジンの〈ブラック・マスクの伝説〉という特集号（1977年５月号）にも<strong>「脅迫者を暴け」</strong>という32年の中編が訳されていて、レイス・ウィリアムズものの翻訳は、このふたつだけのようです。<br />
<strong>「ＫＫＫの町に来た男」</strong>は、当時隆盛を極めたＫＫＫ（作中でも「上り坂の組織」と書かれています）を題材にして、ＫＫＫに息子が目をつけられた金持ちの父親の依頼で、組織に牛耳られた町に、レイス・ウィリアムズが乗り込みます。<strong>「脅迫者を暴け」</strong>は、深夜、郊外にウィリアムズが呼び出されているシーンから始まり、すぐにウィリアムズが襲撃されます。事態は曖昧なまま、危険を切り抜けたウィリアムズのもとに、翌日、奇妙な依頼が舞い込みます。<br />
　ウィリアムズは私立探偵というよりは、ガンマンであって、拳銃にものを言わせることが多く、自身もそう語ります（彼の一人称なのです）。事件の展開も、多分に力任せで、構成にクレヴァーなところが見られないとはいえ、テンポよく進むので、そう悪いものではありません。<strong>「ＫＫＫの町に来た男」</strong>には、町で唯一ＫＫＫとあからさまに敵対している一家という、味のある脇役が出てきて（ちょっと西部劇的な登場の仕方が面白い）、スパイスを利かせています。<br />
　ただし、ウィリアムズ氏のいきがりようは、さすがに、げんなりです。「そりゃあ、たまには正当な一発ってやつを撃つ――仕事のうちだからな。だけど良心の咎めを感じないのは、殺されて当然のやつしか撃たないからだ。それにいつ何時でも悪党どもを出し抜ける自信はある」「銃を手にしたら、俺は危険人物なのだ――これほどの悪はないほどにな！」といった文章には、説明を通り越して、読者に対する必死の説得を見る思いがします。また、<strong>「脅迫者を暴け」</strong>には「おれは脳天に銃を振り降した、残酷だと言われても仕方がない。こいつは、か弱い娘をかどわかし、殺そうとしているのだ」という文章があります。私立探偵の無軌道な行動には、あくまでも言い訳が必要なのです。また、「おれは奴が嫌いで、正義が好きだ。正しいことをしたような気になっていた」「動き回るのが、おれは好きだ」といった文章が、アクションの合間に表われます。こうした、いきがっているようで、かつ一方では弁明的な文章は、程度の差と表現上の巧拙の差こそあれ、ミッキー・スピレインや、それ以後の通俗ハードボイルド（という表現が、そもそも懐かしいというか、いまや死語でしょうか）まで、連綿と続くことになります。<br />
　小鷹信光の解説によれば、編集長のジョゼフ・Ｔ・ショウは、デイリイを好まなかったようです。やがて、デイリイはブラック・マスクと決別し、そして忘れ去られていきます。<br />
<br /></big>
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    </content>
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    <title>短編ミステリ読みかえ史　【第24回】（1/2）　　小森収</title>
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    <published>2011-03-07T05:01:00Z</published>
    <updated>2011-03-07T03:44:06Z</updated>

    <summary>   　ダシール・ハメットは、ミステリ作家の中では、研究が進んでいる部類なので、商業誌デビューがスマート・セット1922年10月号The Parthian Shotと、つきとめられているようです。ブラ...</summary>
    <author>
        <name>東京創元社</name>
        
    </author>
    
        <category term="640 短編ミステリ読みかえ史" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.webmysteries.jp/">


   
      
        <![CDATA[<br />
<div style="FLOAT: right; WIDTH: 170px"><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488130015"><img height="198" alt="血の収穫" hspace="8" src="http://www.tsogen.co.jp/img/cover_image_m/13001.jpg" width="138" vspace="8" border="1" /> 
<div style="TEXT-ALIGN: center"><img height="18" alt="書籍の詳細を見る" src="http://www.webmysteries.jp/images/shosekishosai.jpg" width="100" border="0" /></div></a></div>
<big>
　ダシール・ハメットは、ミステリ作家の中では、研究が進んでいる部類なので、商業誌デビューがスマート・セット1922年10月号The Parthian Shotと、つきとめられているようです。ブラック・マスク初登場は同年12月の<strong>「帰路」</strong>で、こちらは翻訳があります。<strong>「帰路」</strong>はショートショートといって差し支えない、いたって短い作品です。最初期の４年間には、オプものの短編以外では、しばしば、こういう短い作品が見られます。ハメットは掌編はあまり巧くないし、短編でも、枚数のあるものや、ある程度起伏のあるプロットのものの方が、出来が良いように思います。しかし、この<strong>「帰路」</strong>に関しては、ほぼ唯一の例外といっていい、ショートショートの秀作だと思います。<br />
　痩せたカーキシャツの男が、アジアワニの棲む河に浮かんだ船の上で、ニューヨークから彼を追ってきた探偵と、相対しています。中国とビルマ（いまのミャンマーですね）の国境付近と思われるジャングル。男を見つけるのに、探偵は二年の歳月を費やしたらしい。男は見逃してくれるよう、見返りをちらつかせ、言葉巧みに説得しますが、探偵は寝返りそうにはありません。男はすきを見て、イチかバチか河に飛び込みます。探偵は銃で狙う。河ではアジアワニが男を襲うべく待ち構えている。<br />
　気の遠くなるような追跡行の果てに、追う者と追われる者が接した一瞬を、わずか十枚あまりで描き、さらに気の遠くなるような追跡行を暗示して終わる。ある種、ショートショートのお手本のような作品です。確かに、まだ説明的な文章が残って――それも肝心なところで――いて、ハードボイルドは文体だという人には、習作と感じられるかもしれません。しかし、これが商業誌デビューというのは、端倪すべからざる新人というものです。このプロットでひとつの短い小説が構成できると考えたところに、私は才能を感じます。<br />
　翌23年に入って、<strong>「厄介な男」</strong>は、旧悪を強請られている上院議員が、かつて貸しを作ったことのある男に、問題の解決を頼むという話です。<strong>「帰路」</strong>は、きっかけとなった犯罪も、ごく簡単に説明される――これを不要とする考え方もあるでしょう――だけならば、マンハントの二年間も具体性を与えられていません。それに比べれば<strong>「厄介な男」</strong>は、平凡ではあるけれど、犯罪の顛末を追っていき、よりクライムストーリイに踏み込んでいます。次にブラック・マスクに書いたのが、オプものの第一作<strong>「放火罪および……」</strong>ですが、この間に、他の雑誌にいくつか書いています。<strong>「軽はずみ」</strong>は、不仲の夫婦を題材にした皮肉な話で、現在の目で見れば、よくある話で平均点を取ったといったところでしょう。<strong>「怪傑白頭巾」</strong>はショートショートです。原題は<strong>The Crusader</strong>。邦訳題名はちょっとふざけていますが、シックジョークのような短編なので、一概におかしいとは言えません。そして、もう一編が<strong>「休日」</strong>という短編です。<br />
<strong>「休日」</strong>は、病院にいる主人公のポールが、ひと月の手当80ドルを一日で散財してしまうまでを淡々と描いた、スケッチふうの作品です。ポールは、サンディエゴに行くと届けて「合衆国第六十四公衆衛生病院」の外出許可を得ますが、実際に行くのは国境を越えたティファナでした。抑制の利いた書き方で、刹那的な行動を描出していくところ、私はヘミングウェイの短編に近しいものを感じました。この短編については、野崎六助（<strong><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4309902847?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4309902847" target="blank">『北米探偵小説論』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4309902847" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></strong>第３章の２）や片岡義男（<strong>「一度だけ読んだハメット」</strong>HMM94年７月号）といった人たちの論考があって、論じられることで読まれていく作品と言えるでしょう。<br />
　ついでに触れておくと、野崎六助は「オプの関係する少なからぬ事件が、国を喪った異民族との交感にあてられていることを重視しなければならない」としたうえで「大抵は、素材として投げ出されているにすぎず、深められてはいないが、ハメットの物語がもっと偉大になったかもしれない突破口には成りえただろう」と書いています。具体例としてあげられているのは、<strong>「クッフィニャル島の夜襲」</strong>（<strong>「カウフィグナル島の掠奪」</strong>）<strong>「死んだ中国人」</strong>（<strong>「シナ人の死」</strong>）<strong>「新任保安官」「金の馬蹄」</strong>（<strong>「黄金の蹄鉄」</strong>）です。後続のハードボイルド作家も、その点では「機械的な継承にすぎなかった」という指摘も含めて、的を射た主張だと思います。西海岸にありながら、南や西へ目が行かず、結局は東向きなことが多いのが、アメリカという国ですが、そこに積極的な関心が向かうのは、ミステリに関して言えば、マーガレット・ミラーの後期作品を待たねばなりません。<br />
<br /></big>
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    <title>短編ミステリ読みかえ史　【第23回】（1/2）　　小森収</title>
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    <published>2011-02-07T05:20:14Z</published>
    <updated>2011-02-07T02:13:45Z</updated>

    <summary>   　ブラック・マスクという雑誌については、前回も紹介した、ウィリアム・Ｆ・ノーランの「あるパルプ雑誌の歴史」という文章が、簡明にして要領よく解説してくれています。ブラック・マスクは、資金難にあえぐ...</summary>
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        <name>東京創元社</name>
        
    </author>
    
        <category term="640 短編ミステリ読みかえ史" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.webmysteries.jp/">


   
      
        <![CDATA[<br />
<div style="FLOAT: right; WIDTH: 170px"><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488130015"><img height="198" alt="血の収穫" hspace="8" src="http://www.tsogen.co.jp/img/cover_image_m/13001.jpg" width="138" vspace="8" border="1" /> 
<div style="TEXT-ALIGN: center"><img height="18" alt="書籍の詳細を見る" src="http://www.webmysteries.jp/images/shosekishosai.jpg" width="100" border="0" /></div></a></div>
<big>
　ブラック・マスクという雑誌については、前回も紹介した、ウィリアム・Ｆ・ノーランの<strong>「あるパルプ雑誌の歴史」</strong>という文章が、簡明にして要領よく解説してくれています。ブラック・マスクは、資金難にあえぐ文芸誌スマート・セットの費用を捻出するために1920年に創刊され、すぐにスマート・セットのオウナーに売却されます。1915年に創刊されていたディテクティヴ・ストーリイの成功が、念頭にあったといいます。「<strong>『探偵、ミステリー、冒険、ロマンス、降霊術の絵入り雑誌』</strong>と副題がついていた」といいますから、ウケるものなら、なんでもやってやろうという意図が、ありありとしています。ハードボイルドミステリは、ブラック・マスクにキャロル・ジョン・デイリーとダシール・ハメットが登場した、1922年に始まるというのが定説のようです。世界史の受験参考書ではありませんから、年号に細かい意味を求めても仕方ありませんが、デイリーのレース・ウィリアムズとハメットのコンティネンタル・オプが初登場した、翌23年の方が大きな意味を持っていたという考え方もありうるでしょう。<br />
　どちらの年号を採用しようとも、大切なのは、その年がヴァン・ダインの<strong><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488103019">『ベンスン殺人事件』</a></strong>に先立ち、Ｆ・Ｗ・クロフツはすでにミステリを書いていましたが、フレンチ警部は存在せず、アガサ・クリスティもまだ無名だったということです。まして、エラリー・クイーンもディクスン・カーも世に出る前の話です。すなわち、ハードボイルドミステリはフェアプレイをモットーとするパズルストーリイに対する、なんらかのアンチとして発生したのではありません。黄金期の謎解きミステリとハードボイルドの発生は同時期なのです（早川ポケミスのアンソロジー<strong><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4150002525?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4150002525" target="blank">『名探偵登場』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4150002525" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />
</strong>では、コンティネンタル・オプは第３巻に収められています）。この点をまず押さえておく必要があります。<br />
　クロフツやヴァン・ダインがそうであったように、ハメットも病を得たことをきっかけに、文筆の道に入りました。ハメットがピンカートン探偵社の一員だったことは、有名な事実ですが、実話雑誌の匂いを多分に残していたパルプマガジンに、本物の私立探偵だった人間が、私立探偵が主人公の小説を書くというのは、いささかキワモノの気分さえあります。だからといって、ハメットがキワモノを書いたとか、書こうとしたと言っているのではありません。<br />
　コンティネンタル・オプは、コンティネンタル探偵社の探偵（オプ）の意味で、この一人称の主人公の名前は示されていません。ハメットの勤務したピンカートン探偵社は、探偵に組織の一員として没個性であることを求めたようで、名前のない探偵は、その反映であるとされています。ブラック・マスクに初登場した翌23年の10月<strong>「放火罪および……」</strong>が、コンティネンタル・オプの第一作となります。そして、その後の２年半で21編という大量のコンティネンタル・オプものを書きました。ハメット作品全体の約半数は、コンティネンタル・オプの短編だったのです。<br />
　26年３月の<strong>「うろつくシャム人」</strong>（<strong>「忍び寄るシャム人」</strong>）を最後に、ハメットは一時ブラック・マスクから遠ざかります。原稿料の値上げを断られたためだったようです。しかし、その年の秋に転機が訪れます。ジョゼフ・Ｔ・ショウが編集長に就いたのです。ショウはハメットこそブラック・マスクの中心作家となる人材だと考えました。そう考えたのは、それまでに同誌にハメットが書いた短編を読んでのことです。そして、もっと長いものを書かないかと持ちかけます。ハメットの一年ぶりの復帰作は<strong>「血の報酬」</strong>の第一部。三か月後に掲載された第二部と合わせて、中編あるいは短い長編と呼ぶべきものでした。以後、27年から30年にかけて、ハメットはブラック・マスクに立て続けに長編を連載（体裁上は連作短編の形をとることもありました）し、短編の数はめっきり減ります。そして、27年から28年にかけて連載された<strong><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488130015">『血の収穫』</a></strong>（<strong>『赤い収穫』</strong>）は一流の出版社クノップで29年に単行本化され、翌30年の<strong><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488130022">『マルタの鷹』</a></strong>が決定打となり、ハメットは一流の作家となりました。ハリウッドに作家として招かれ、経済的にも成功します。ハメットは最後のオプものの短編<strong>「死の会社」</strong>を30年11月にブラック・マスクに書き、以後、同誌に登場することはありません。<strong>『マルタの鷹』</strong>で創造したサム・スペードが短編に登場するのは、その後のことで、掲載されたのは、アメリカン・マガジンやコリアーズといったスリックマガジンでした。<br />
<br /></big>
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    <title>短編ミステリ読みかえ史　【第22回】（1/2）　　小森収</title>
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    <id>tag:www.webmysteries.jp,2011://6.943</id>

    <published>2011-01-06T05:32:48Z</published>
    <updated>2011-01-30T09:24:29Z</updated>

    <summary> 　初めにダイムノヴェルがあった。 　こう書きだしたものの、私は、ダイムノヴェルの実物を見たことはおろか、翻訳を読んだことさえありません。資料で把握しようにも、詳しいものを知りません。19世紀後半から...</summary>
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        <name>東京創元社</name>
        
    </author>
    
        <category term="640 短編ミステリ読みかえ史" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        <![CDATA[<br />
<big>
　初めにダイムノヴェルがあった。<br />
　こう書きだしたものの、私は、ダイムノヴェルの実物を見たことはおろか、翻訳を読んだことさえありません。資料で把握しようにも、詳しいものを知りません。19世紀後半から20世紀初めにかけて、アメリカで流行した安手の小説という、きわめて雑駁な知識を、出所も意識せずに持っていました。孫引きや出典を明らかにしない紹介記事で、覚えたことでしょう。今回、パルプマガジンについて、ある程度まとめて知識を得ようと調べた際に、役に立ったのは、ミステリマガジン1974年1月号から翌年1月号にかけて連載された<b>「パルプ・マガジンの時代」</b>でした。これはトニー・グッドストーンのアンソロジーを部分的に訳出したもので、第一回にグッドストーンの序文とウィリアム・Ｐ・マッギヴァーンの短編を載せ、以後、毎月１編ずつジャンルごとに紹介していく感じで12編を掲載していき、最終回には、おそらくグッドストーンの書いた（グッドストーン編となっていますが）ヒーロー・パルプの記事で締めくくっていました。連載時に、さして評判にならず、単行本にもならなかったようなので、不発に終わった部類の企画でしょう。ただ、一回目に載ったグッドストーンの序文<b>「パルプ・マガジンの時代」</b>は、ダイムノヴェルの隆盛から、パルプマガジンへの変容と興亡を簡潔にまとめています。先に「出所も意識せず」と書きましたが、連載中に私は<b>「パルプ・マガジンの時代」</b>もちゃんと読んでいますからね。案外ここで読んだことを覚えていたのかもしれません。<br />
　19世紀の中ごろ、正統派キリスト教徒が信者に向けて作った冊子に、ダイムノヴェルの起源は求められるようです。<b>「サリー・ウィリアムズ、のちの酔いどれサリーの哀れな生涯。彼女はなぜ父の家を出て、自分の誘惑した士官のあとを追ったのか？　なぜ酒を飲みはじめてついには卑しい売春婦にまでなりさがり、病院で死に、外科医の解剖を受けたのか？　ちびちび飲む酒がいかに致命的な影響を与えるかを、ご覧あれ」</b>という題名（なのです！）は、チャールズ・ボーモントも<b>「血まみれのパルプ・マガジン」</b>（日本語版ＥＱＭＭ1964年5、6、8月号）で引いていました。まあ、載っけたくなりますね。そうした冊子を、小間物と一緒に行商人が売り歩いていたというのです。<br />
　ボーモントは「何も知らない大衆を向上させ、教育するふりをして、前代のパルプ作家たちは好んで人生の裏面を取り上げた」と書いています。悪への堕落を戒めるふりをして、悪場所を覗き見たいという好奇心を満足させる。教会関係者の偽善を逆手に取るというわけですが、この点に関しては、そう単純なわけでもありません。（偽）善＝タテマエ、悪＝ホンネと単純に区分するのは、考えものです。亀井俊介の<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4002600947?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4002600947" target="blank">『サーカスが来た！』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4002600947" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></b>は、アメリカのポップカルチュアを、日本の学者が論じたはしりでしょうが、そこには「『品よく清潔』はこの国（アメリカのこと・引用者註）では明らかに売れるのだ」という、鋭い一節があります。この本は、70年代の前半に書かれていて、いささか甘く見えるところもあるのですが、そういう部分でさえ示唆に富む一冊です。とりわけ、アメリカの大衆文化においては、娯楽と啓蒙・教育の両面が一体となっているという指摘は重要です。そこに貧しい国アメリカを見ることも可能でしょうが、娯楽にも実利（事実を知るという、現代ではジャーナリズムに求める程度の実利も含めて）が不可分なのです。脱線しますが、ターザンに比べて「日本の猿人たる猿飛佐助や、鞍馬天狗には、人間としてのリアリティがまるでない。真田幸村や勤王倒幕への奉仕という行動はあるけれども、社会とか文明とかいうものとのかかわり方がほとんど捨象されている」という、亀井俊介の指摘は大切です。そこでは講談に限った議論に、一応はなっていますが、日本のミステリも胸に手をあてた方がいい。さらに言えば、社会派ミステリのどこに限界があったかという議論に、丸谷才一の意見とともに、重要な視点を与えてくれるからです。<br />
　ダイムノヴェル最大のヒーローはバッファロー・ビルでしょう。この実在の人物が、ダイムノヴェルでは誇張のかぎりをつくされ、その虚像を、今度は本人がショーでなぞってみせたことは有名ですが、その背後には、西部の真実を知りたいという読者の欲求があったはずです。このあたり、フィクションをフィクションとして楽しむことに慣れた現代人には、理解しづらいかもしれませんが、小説の黎明期にはそうしたことは当たり前にあって、<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4003220811?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4003220811" target="blank">『ロビンソン・クルーソー』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4003220811" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></b>はデッチあげの体験記として書かれました。アレクサンドル・デュマは、そのころすでに、史実をもてあそぶことで小説を書いていましたが、それは文化の熟したフランスでのお話です。未開の国アメリカの大衆相手とはわけが違います。そして、事実から神話を創ることは、アメリカのお家芸になっていきます。<br />
<br /></big>
<ul class="pageNavi">
<li class="caption">続きを読む……</li>
<li><a class="current" href="http://www.webmysteries.jp/komori/komori1101-1.html">1</a></li>
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    <title>短編ミステリ読みかえ史　【第21回】　　小森収</title>
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    <id>tag:www.webmysteries.jp,2010://6.896</id>

    <published>2010-12-06T09:12:41Z</published>
    <updated>2010-12-09T20:17:12Z</updated>

    <summary> 　前回の文章で、言葉が足りなかったのではないかと思った部分があるので、まず、その補足をしておきます。 「ミステリがおしゃれな時期は確実にあったのです。そして、そこではミステリとして読むなどという愚昧...</summary>
    <author>
        <name>東京創元社</name>
        
    </author>
    
        <category term="640 短編ミステリ読みかえ史" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.webmysteries.jp/">


   
      
        <![CDATA[<br />
<big>
　前回の文章で、言葉が足りなかったのではないかと思った部分があるので、まず、その補足をしておきます。<br />
「ミステリがおしゃれな時期は確実にあったのです。そして、そこではミステリとして読むなどという愚昧な行為は行われていなかったのです」と書きました。そこにつけ加えておいた方がいいと考えたのは、その上で、ミステリとして評価する、あるいは、ミステリではない小説として評価するということです。読んだ上で、これはミステリだろうかと考えることは、無論、あるのです。さらに当然ながら、考えるまでもないという場合が大半ではあります。<br />
　私に関していえば、そもそも、ミステリか小説かという対立項でものを考えることは、どうにも非論理的で不毛と感じています。ミステリは小説の一部であり、小説として成立していないものがミステリとして成立しないのはもちろん、ミステリであることを必要としている小説が、ミステリとして失敗していれば、それは小説としても失敗していると考えます。もっとも、少なくとも日本では、これが少数意見であることは承知していますし、そのことを、あまり強く主張する気もありません。ただし、常々感じるのは、ミステリか小説かと考える人の小説観は、妙に狭苦しいことが多いということです。まあ、ミステリを小説に入れないのだから、狭くて当然ですが。<br />
<br />
　もう少し<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4152030763?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4152030763" target="blank">『ニューヨーカー短篇集』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4152030763" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></b>から、作品を拾ってみることにしましょう。<br />
　クリストファー・ラ・ファージとオリヴァー・ラ・ファージという、ともに作家である兄弟がいます。それぞれ、第１巻と第３巻に１編ずつが収められています。とくに第１巻に入っている、クリストファーの<b>「プライドの問題」</b>と、オリヴァーの<b>「同窓会悲歌」</b>は、成功した（しつつある）アッパーミドルの一員としての立場があるために、主人公が苦しい立場に追い込まれるという点が、似通っています。前者が中年ないし初老の男で、後者が大学生という違いはありますが。ただ、このふたつを比べただけでも、兄のクリストファーの方が、腕前は上のように思います。けれど、弟のオリヴァーの方には、アイデアストーリイやサスペンスストーリイもあります。<br />
　アイデアストーリイなのは、第３巻に収録された<b>「スキッドモア氏の天賦の才」</b>です。スキッドモア氏は45歳の建築家。生活のために自分の趣味を押し殺した仕事をしています。ある日、ポケットの中に残った１ドル札を、むしのいい期待半分から、２枚あったんじゃなかったかと擦ってみると、確かに２枚ある。これをきっかけに、あらゆるものを倍に出来る能力を、突然、自分が身につけたことを知ります。スキッドモア氏はその能力を試し（間違って冷蔵庫をふたつにしたり、本棚をふやそうとして、蔵書がそっくり２冊ずつになるというギャグあり）、やがて、その先、金に困ることがないと確信すると、仕事も趣味優先のものに変えてしまう。そして、孤独な生活をかこっていた彼は、自分自身をふたりにすることを思いつきます。<br />
　SFの黎明期の作品なら、自分の異様な能力に恐れおののくところかもしれませんが、すんなり受け入れるところが、第一次大戦後、20世紀も最初の三分の一を過ぎたのちの作品です。ただし、自分の能力を慎重に試しながら身につけていくところ、自分を増やすという突飛な試みをする理由を、丁寧に描こうとしているところは、あるいは、若い読者にはまどろっこしいかもしれません。似たような感じは、第２巻に入っているクリストファー・イシャーウッドの<b>「待っている」</b>にもあります。ここがまどろっこしくなるか、手厚くなるかが、実は分かれ道で、作家の巧拙はこういうところに出ると、私は思います。残念ながら、この作家は、ここでこの小説を成功させそこなっていると考えます。主人公が自分を増やそうとした理由を描くところはともかく、彼の能力のメカニズムと彼の失敗を描く段になると、説明的になってしまうのです。この部分がマズいというのは、致命的なことで、アイデアストーリイであることを必要としている小説が、アイデアストーリイとして失敗していれば、それは小説として失敗しているのです。<br />
　ミステリマガジンには<b>「傍観者」</b>という作品が訳出されていて、これはサスペンス小説です。ある事件（おそらくはギャングによる殺人）の証拠品をたまたま拾った主人公が、それに気づかれて、拉致され、ボスのところに連行されます。こういう話を書いて、主人公が生きるか死ぬかにサスペンスが生じないようでは、どんな言い訳（これはミステリではないとか）も通用しません。ウールリッチのところで取り上げた<b>「選ばれた数字」</b>と比較してみてください。サスペンスストーリイであることを必要としている小説が、サスペンスストーリイとして失敗していれば、それは小説として失敗しているのです。<br />
　派手な事件のわりに手に汗握らない<b>「傍観者」</b>に比べて、お兄さんのクリストファーが書いた<b>「メアリ・マルカイ」</b>という小品は、敬虔なカトリックの老家政婦の姿をスケッチしただけの短編ですが、彼女が背中の痛みに苦しみながら、雇い主の家政をこなすところ、<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4150400075?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4150400075" target="blank">『女王陛下のユリシーズ号』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4150400075" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></b>のヴァレリー艦長顔負けです。小さくはあっても自分の住処となった家を離れることになる無念を、ささやかな救いで洗い流してくれる結末は、こんなに些細なことが、なぜ、１編のドラマになるのか不思議なくらいです。<br />
　さらに、初めに名前を出しておいた<b>「プライドの問題」</b>が、凡手ではありません。銀行の要職に就き、ある程度休暇が自由にとれるようになっている主人公は、釣りに出かけるのが楽しみですが、年々、その川の共有者の組合が指定しているらしい禁漁区域が広がっていくのを、苦々しく思っています。今年も、友人と日程を組んだところ、奥さんが予定を入れていた、さる名家のパーティの日を失念し、その日に釣りに行くことにしてしまう。パーティを断ろうにも、奥さんが許してくれないので、釣りは早めに切り上げて、夜はパーティという強行日程です。当日、友人とふたり私有の禁漁区に入って釣りをした主人公は、見つかって召喚状を渡されます。召還されれば、いくばくかの罰金です。しかも、夜のパーティのホストは、その組合の有力者なのでした。主人公はホストに「無理なお願い」をします。<br />
　差しさわりがないよう書いたつもり（だから、お願いというのは、あれではありません）ですが、主人公の意図がからまわりする苦さとおかしさは、見事としか言いようがありません。突飛かもしれませんが、菊池寛（この人も短編が巧い）の<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4003106318?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4003106318" target="blank">「忠直卿行状記」</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4003106318" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></b>を連想しました。<br />
<br />
　第１巻のアルバート・マルツの<b>「ある街角の事件」</b>は不気味な迫力があります。これも小品で、ふたりの警官が酔っ払いを見つけたというだけの話なのですが、警官は人ごみに取りまかれる。この緊張感は、日本人には計りかねるものがあります。「カトリック教徒のアイルランド人がおまわりの制服を着れば、そいつはただのおまわりになる」なんて台詞が出てくる。「ただのおまわり」には、原文がイタリックなのか、アマダレが傍点までついています。第２巻に入っているアーウィン・ショウ<b>「ブレーメン号の水夫」</b>は、船乗り同士の暴力沙汰と復讐という、これまた単純な話ですが、ナチと共産党の代理戦争の様相を呈していました。こうした短編の背後には、当然ながら、当時のアメリカ社会が厳然と聳えています。<br />
　ニューヨーカーが地歩を固めた1920年代から30年代にかけては、世界的にも左翼思想の広まった時代でした。直接的には第一次大戦末のロシア革命の成功が大きいのですが、その波は資本主義の牙城であるアメリカにも及んでいました。いや、資本主義の牙城であればこそという方が、いいのかもしれません。なにしろ、日々、資本主義むき出しの資本家に雇用され、対決を余儀なくされていますからね。おまけに共産主義を恐れながら、ファシズムと天秤にかけることで、心ならずも妥協の道を歩んでいく。そもそも、当時の共産主義へのシンパシーは、いまでは考えられないくらい強いものです。欧米の知識層がソヴィエト・ロシアに幻滅し始めるのは、スペイン内戦からで、それは短編小説の隆盛と同時代の内戦でした。第１巻のドロシイ・パーカー<b>「共和軍兵士」</b>を読んでください。あるいはアーウィン・ショウの<b>「アメリカ思想の主潮」</b>です。ラジオの連続ドラマの脚本で、おそらくは並より良い収入を得ている主人公は、しかし、追いまくられるような生活の上に、銀行からは超過引き出しを通告されます。おそらく積ん読に終わるであろう『アメリカ思想の主潮』に二十ドル、スペインに百ドル（カンパなんでしょうね。それを「スペイン、百ドル、ああ、神さま」としか書かないところが、シックな短編のシックたる所以でしょうか）と支出を数え上げていく主人公の、あせりと疲労と後ろめたさ（自分は行動していない）は、30年経って再読しないと、私には分からないことでありました。予告がてらに書いておくと、スペイン内乱への幻滅と挫折が極まったところに咲いたパズルストーリイの名花が、トマス・フラナガンのテナント少佐シリーズです。<br />
　そうした不穏さ、加えて、戦争へと進んでいく不安といったものが、これら荒々しい小説群の背後には感じられてなりません。あるいは、黒人問題なら、第１巻のふたつの作品、アンジェリカ・ギブズ<b>「試験」</b>の、あからさまな軽蔑と、ドロシイ・パーカー<b>「黒と白の配合」</b>の、腫れ物に触るかのような態度の滑稽さを両端にした振れ幅があって、なおかつ、その外に暴力的な差別が存在していました。また、そうしたアメリカ社会でのし上がっていく、恐るべき子どもを描いたのが、第２巻のジェローム・ワイドマン<b>「医者の息子」</b>でした。<br />
　このような、アメリカ社会をヴィヴィッドに反映した短編小説が、クライムストーリイとして形をとった最高の例が、第２巻に収録されている、Ｊ・Ｄ・サリンジャーの<b>「バナナ魚には理想的な日」</b>（<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4102057013?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4102057013" target="blank">「バナナフィッシュにうってつけの日」</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4102057013" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />「バナナ魚日和」</b>）だと、私は考えていますが、この作品については、あとで、たっぷりと時間をかけて読み返すことにしましょう。第二次大戦後の作品ですしね。<br />
　しかし、このころのアメリカで、のちにミステリの大きな流れとなる一群がひしめいていたのは、ニューヨーカーなどのスリックマガジンではありませんでした。スリックマガジンの短編が推し進めていった、ソフィスティケーションとは別の方向を向いた一団がいたのです。偶然なのか必然なのか、両者は、アーネスト・ヘミングウェイという偉大な作家からともに影響を受けていましたが、その道筋も読者も、恐ろしく異なっていたのです。次回からは、そのもう一方の道筋、ブラックマスクに代表されるパルプマガジンのハードボイルドミステリを読み返すことにしましょう。<br /><br /></big>
<hr>
<font style="FONT-SIZE: 1em" color="navy">■<b>小森収（こもり・おさむ）</b></font><br />1958年福岡県生まれ。大阪大学人間科学部卒業。編集者、評論家、小説家。著書に <a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4939138089?ie=UTF8&amp;tag=wwwtsogecojp-22&amp;linkCode=as2&amp;camp=247&amp;creative=1211&amp;creativeASIN=4939138089" target="blank">『はじめて話すけど…』</a> <a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4939138119?ie=UTF8&amp;tag=wwwtsogecojp-22&amp;linkCode=as2&amp;camp=247&amp;creative=1211&amp;creativeASIN=4939138119" target="blank">『終の棲家は海に臨んで』</a><img style="BORDER-RIGHT: medium none; BORDER-TOP: medium none; MARGIN: 0px; BORDER-LEFT: medium none; BORDER-BOTTOM: medium none" height="1" alt="" src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=4939138119" width="1" border="0" /><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4796650237?ie=UTF8&amp;tag=wwwtsogecojp-22&amp;linkCode=as2&amp;camp=247&amp;creative=1211&amp;creativeASIN=4796650237" target="blank">『小劇場が燃えていた』</a>、編書に<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/479661897X?ie=UTF8&amp;tag=wwwtsogecojp-22&amp;linkCode=as2&amp;camp=247&amp;creative=1211&amp;creativeASIN=479661897X" target="blank">『ミステリよりおもしろいベスト・ミステリ論18』</a> <a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4939138313?ie=UTF8&amp;tag=wwwtsogecojp-22&amp;linkCode=as2&amp;camp=247&amp;creative=1211&amp;creativeASIN=4939138313" target="blank">『都筑道夫 ポケミス全解説』</a><img style="BORDER-RIGHT: medium none; BORDER-TOP: medium none; MARGIN: 0px; BORDER-LEFT: medium none; BORDER-BOTTOM: medium none" height="1" alt="" src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=4939138313" width="1" border="0" />等がある。<br /><br />

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    <title>短編ミステリ読みかえ史　【第20回】（1/2）　　小森収</title>
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    <published>2010-11-05T07:00:00Z</published>
    <updated>2010-11-05T05:22:55Z</updated>

    <summary> 　先月触れたロバート・Ｍ・コーツについて、少し補足することから始めましょう。 　コーツには邦訳された長編がひとつあって、しかも、早川のポケミスに入っているのです。『狂った殺意』という1948年の作品...</summary>
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        <name>東京創元社</name>
        
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        <![CDATA[<br />
<big>
　先月触れたロバート・Ｍ・コーツについて、少し補足することから始めましょう。<br />
　コーツには邦訳された長編がひとつあって、しかも、早川のポケミスに入っているのです。<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/B000JALA0A?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=B000JALA0A" target="blank">『狂った殺意』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=B000JALA0A" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></b>という1948年の作品で、邦訳が出たのが62年です。ヘイクラフトとクイーンの名作表に入っていたというのが、お墨付きになっていて、解説（のタイトルからして<b>「『名作表』の中の一篇」</b>）でも、それで翻訳したかのような書き方をしています。アントニー・バウチャーの強力な推薦で、クイーンが名作表に加えたそうです。同じ48年の作品で選ばれているものは、ジョセフィン・テイ<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4150001383?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4150001383" target="blank">『フランチャイズ事件』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4150001383" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></b>、ウィリアム・フォークナー<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/B000JBFGW2?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=B000JBFGW2" target="blank">『墓場への闖入者』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=B000JBFGW2" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></b>、スタンリイ・エリン<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/B000JAV97E?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=B000JAV97E" target="blank">『断崖』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=B000JAV97E" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></b>となっています。<br />
<b>『狂った殺意』</b>そのものは、冗漫なクライムストーリイで、私は買うことができません。しかし、この作品をめぐっては書いておきたいことがあります。<br />
　坪内祐三の<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4620317195?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4620317195" target="blank">『古本的』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4620317195" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></b>第二部<b>「ミステリは嫌いだが古本は好きだからミステリも読んでみた」</b>の最初が<b>「ポケミス686番を探す」</b>という文章で、この686番というのが、<b>『狂った殺意』</b>なのです。この第二部はジャーロに連載されたもので、連載していたのは私も知っていて、読んでいたつもりなのですが、この第一回は読み落としていたらしく、最近になってこの文章の存在を知りました。<br />
　坪内祐三がここで書いていることは、しごくまともで、おそらく、他のジャーロの執筆者の誰が書くよりも、正しく<b>『狂った殺意』</b>を把握していると思います。私とは評価は違うけれど、そんなことは、あまり関係がない。私が問題にしたいのは、その坪内祐三でさえ「面白かった。ただし、ミステリとして読んだら、この作品、つまらなかっただろう」と書いてしまう、そのことです。<br />
　このとき、坪内祐三が書いた「ミステリ」という言葉は、執筆当時の2000年の日本の状況（現状とそんなに変わっていないでしょう）をイメージしているのかもしれません。他の場所では「いくらエラリー・クイーンの名作表に入っていたとはいえ、こんなごりごりの純文学をポケミスに加えるなんて、当時のミステリの範疇はとてもアヴァンギャルドだったわけである」と書いています。確かに、ここは「だった」と過去形で、しかも、ご本人がミステリ嫌いと断っているわけですから、他人ごと他所ごとのような書き方なのも、当然のことでしょう。けれど、ミステリがおしゃれな時期は確実にあったのです。そして、そこではミステリとして読むなどという愚昧な行為は行われていなかったのです。<br />
　いわゆる文学作品をミステリに含めるか否かという問題や、ミステリは文学ないしは純文学たりうるかという議論は、さらにそれ以前からありました。ただし、そういう議論がものの役に立った形跡はあまりありません。<br />
<b>『狂った殺意』</b>に話を戻すと、坪内祐三は「実存主義文学として（中略）味読した」と書いていますが、同時に「<b>『嘔吐』</b>や<b>『異邦人』</b>に比べてしまったら、かなり分は悪いけれど」とも書いています。私が分からないのはそこで、<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4409130315?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4409130315" target="blank">『嘔吐』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4409130315" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></b>や<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4102114017?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4102114017" target="blank">『異邦人』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4102114017" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></b>と比べてかなり分の悪い実存主義文学に、どれほどの魅力があるのだろうということです。それに、実存主義者たちが評価したのは、ロバート・Ｍ・コーツよりも、たとえばホレス・マッコイだったというのは、事実でもあり、またそうなるのは当然なことのように、私には思えます。ついでに書いておきます。コーツはミステリかもしれない作品も書いた作家ですが、マッコイはミステリ作家です。また、坪内祐三はホレス・マッコイの<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4900456128?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4900456128" target="blank">『彼らは廃馬を撃つ』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4900456128" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></b>を文学の側から正当に評価しています。もっとも、<b>『彼らは廃馬を撃つ』</b>をミステリとして評価する場合「いかに、ナチュラルにその『動機』を描けていけるかに、ミステリ作家としての力量がかかっている」と書いていて、そこにだけ成功がかかっていると考えるのは、思考を狭くすると私は考えます。ただし、これは少数意見でしょうし、では、ミステリの側が<b>『彼らは廃馬を撃つ』</b>やホレス・マッコイをどう評価したかとなると、ことは複雑になって、ここで書くには問題が大きすぎます。<br /><br /><br /></big>
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