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    <title>短編ミステリ読みかえ史｜Webミステリーズ！</title>
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    <updated>2010-09-07T04:38:25Z</updated>
    <subtitle>ミステリ・ＳＦ・ファンタジー・ホラーの専門出版社・東京創元社が配信する月刊Webマガジン</subtitle>


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    <title>短編ミステリ読みかえ史　【第18回】（1/2）　　小森収</title>
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    <published>2010-09-07T04:01:00Z</published>
    <updated>2010-09-07T04:38:25Z</updated>

    <summary>   　リング・ラードナーは1885年生まれ。デイモン・ラニアンのひとつ年下です。高校を出てから新聞記者になったといいますから、記者としての活躍の時期も、同じころになります。やはりスポーツ記者ですが、...</summary>
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        <name>東京創元社</name>
        
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        <![CDATA[<br />
<div style="FLOAT: right; WIDTH: 170px"><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488104252"><img height="194" alt="犯罪文学傑作選" hspace="8" src="http://www.tsogen.co.jp/img/cover_image_m/10425.jpg" width="138" vspace="8" border="1" /> 
<div style="TEXT-ALIGN: center"><img height="18" alt="書籍の詳細を見る" src="http://www.webmysteries.jp/images/shosekishosai.jpg" width="100" border="0" /></div></a></div>
<big>
　リング・ラードナーは1885年生まれ。デイモン・ラニアンのひとつ年下です。高校を出てから新聞記者になったといいますから、記者としての活躍の時期も、同じころになります。やはりスポーツ記者ですが、事件ものも手がけたラニアンと違って、スポーツ専門だったようです。1919年にニューヨークに移り、親交のあったフィッツジェラルドの勧めで、24年に最初の短編集を出しました（それまでは、作品をまとめるという気がなかったらしい）。ラニアンより、小説に手を染めるのは早かったわけです。33年には亡くなっているうえに、最晩年は劇作に関心が移っていたようなので、ラニアン同様、小説を書いていた時期は、案外短く、一方で、同年代であり、似たようなキャリアであるにもかかわらず、小説を書いていた時期は、それほど重なっていません。おおざっぱに言えば、ラードナーは20年代の作家で、ラニアンは30年代の作家ということになります。<br />
　もっとも、この差が大きいだろうことは、日本人にも容易に察せられることで、ラードナーについての文章で、フィッツジェラルドやヘミングウェイといった作家が引き合いに出されるのは、作品の質とか題材といったものもあるのでしょうが、なにより、20年代というアメリカの特殊な時期を表象するという点で、共通していると考えられているからでしょう。<br />
　ラードナーは野球を題材とした小説で、まず名を成し、さらにスポーツを題材にした小説をたくさん書きました。その多くは、特徴としてユーモラスな口語の語り口を持っていました。ただし、その点は功罪相半ばして、おかげで、通俗的なスポーツ小説としてのみ読まれたというのが、ラードナーを文学的な面から支持する人たちが、共通してなげくことです。1970年代前半に、加島祥造が自身の訳で、３冊の短編集（<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4105101013?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4105101013" target="blank">『微笑がいっぱい』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4105101013" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/B000J9535E?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=B000J9535E" target="blank">『息がつまりそう』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=B000J9535E" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/B000J94CI8?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=B000J94CI8" target="blank">『ここではお静かに』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=B000J94CI8" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></b>）にまとめたときも、そのことには触れられていて、野球ものを書いたのちに、ラードナーは市井の人々、おもに中流階級を、ときにいささか辛辣に描いたと指摘しています。<br />
　野球ものは、いまあげた三冊の中でも<b>「弁解屋アイク」「当り屋」「ハリー・ケーン」「ハーモニイ」「相部屋の男」</b>と訳されています。<b>「ハーモニイ」</b>は、ラニアンの<b>「サン・ピエールの百合」</b>に影響を与えたのかしらと思わせる、ちょっと毛色の変わった話です。野球を描いたものとしては、世評の高い<b>「弁解屋アイク」</b>よりも<b>「当り屋」</b>の方を、私は買います。試合そのものを面白く語っているからです。もっとも、ラードナーが主として評価されているのは、一人称の話者の語り口の多様性と巧妙さなので、試合の場面が面白いからという評価は、おそらく少数派になるのでしょう。<br /><br /><br /></big>
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<a href="http://www.webmysteries.jp/">ミステリ、ＳＦ、ファンタジー、ホラーの月刊Webマガジン｜Webミステリーズ！</a>]]>
        
      
    


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    <title>短編ミステリ読みかえ史　【第17回】（1/2）　　小森収</title>
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    <published>2010-08-05T04:00:00Z</published>
    <updated>2010-08-04T08:23:31Z</updated>

    <summary>   　デイモン・ラニアンは、リング・ラードナーと並んで、20世紀前半のアメリカにおける、ジャーナリスト出身のユーモア小説家として、著名な存在です。『犯罪文学傑作選』にも、両者ともに作品が収録されてい...</summary>
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        <name>東京創元社</name>
        
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.webmysteries.jp/">


   
      
        <![CDATA[<br />
<div style="FLOAT: right; WIDTH: 170px"><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488104252"><img height="194" alt="犯罪文学傑作選" hspace="8" src="http://www.tsogen.co.jp/img/cover_image_m/10425.jpg" width="138" vspace="8" border="1" /> 
<div style="TEXT-ALIGN: center"><img height="18" alt="書籍の詳細を見る" src="http://www.webmysteries.jp/images/shosekishosai.jpg" width="100" border="0" /></div></a></div>
<big>
　デイモン・ラニアンは、リング・ラードナーと並んで、20世紀前半のアメリカにおける、ジャーナリスト出身のユーモア小説家として、著名な存在です。<b><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488104252">『犯罪文学傑作選』</a></b>にも、両者ともに作品が収録されていましたね。往年のミステリマガジンでは、都会小説と称して紹介されることが多くて、ほかに、アーウィン・ショウ、ジョン・チーヴァー、ジョン・オハラ、バッド・シュールバーグといった作家が思い出されます。ただし、これらの作家の中で、ラニアンは他の作家に比べて、ミステリの範疇に入れることに抵抗が少ないように思います。というのは、好んでアウトローを描くからです。すなわち、酒と博打を生業とするギャングたち。禁酒法の時代なのです。<br />
　ラニアンは、三代続いた地方ジャーナリストというか、自前の新聞屋の息子で、少年時代から、家業のジャーナリストの修業を、現場で実地に重ねていったようです。1884年生まれで、20世紀に入るか入らないかのころから記事を書いていたと言いますから、アンブローズ・ビアスが現役のころです。Ｏ・ヘンリーの活躍と同時期、おもにスポーツ記者として名を成します。実力を認められ、ニューヨークで仕事をするようになったのです。30年代の大不況に入って、金のために短編小説に手を染め、ブロードウェイの様々な人種を、現在形だけの口語体で描いた作品を次々と発表しました。ブロードウェイものと呼ばれる作品の大半は、30年代に書かれていて、戦後すぐ46年に亡くなっています。<br />
　デイモン・ラニアンを、もっとも精力的に日本に紹介したのは、翻訳家の加島祥造でしょう。リング・ラードナーともども、60年代の常盤新平時代からミステリマガジンにぽつりぽつりと訳し始めて、ラードナーは70年前後に新潮社から短編集を３冊出し、ラニアンは70年代から80年代にかけて新書館から作品集を刊行しました。もっとも、それ以前に、ラニアンの翻訳がなかったわけではありません。日本語版EQMMでは、小泉太郎（生島治郎）編集長のころ、1960年7月号を皮切り（<b>「真夜中のアリバイ」</b>）に、三田村裕訳で数編が翻訳されていますし、ラニアンの「ユーモア感」が収められた<b>『文芸推理小説26人集』</b>（<b>『犯罪文学傑作選』</b>の前身）の第二集刊行は61年のことでした。マンハント末期の62年から63年にかけても、外山一雄訳で、集中して紹介されたことがあるようです。それでも、ラニアンを５冊の短編集に結実させた加島祥造の実績は、認めないわけにはいかないでしょう。<br />
　ラニアンの邦訳短編集は以下の５冊があります。<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/440324002X?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=440324002X" target="blank">『野郎どもと女たち』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=440324002X" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></b>（73年）、<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4403240178?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4403240178" target="blank">『ブロードウェイの出来事』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4403240178" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></b>（77年）、<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/B000J6XR8C?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=B000J6XR8C" target="blank">『ロンリー・ハート』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=B000J6XR8C" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></b>（83年）、<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4102207015?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4102207015" target="blank">『ブロードウェイの天使』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4102207015" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></b>（84年）、<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4403240321?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4403240321" target="blank">『街の雨の匂い』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4403240321" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></b>（87年）です。このうち<b>『ブロードウェイの天使』</b>は新潮文庫で、既訳作品を中心に新訳を一編加えた再編集版です。それ以外が新書館からの出版で、通常ラニアンの短編集というときは、この新書館版の４冊を指します。また、<b>『ロンリー・ハート』</b>と<b>『雨の街の匂い』</b>には、巻末にそれまでの新書館版短編集に収録された作品のリストが、アメリカでの雑誌初出年とともに記されていて、便利なつくりになっています。<b>『ロンリー・ハート』</b>までの３冊は、ほとんどの短編が、60年代後半から70年代にかけてミステリマガジンに掲載されたものです。<br />
　ラニアンの最初の短編集が<b>『野郎どもと女たち』</b>とされたのは、もちろん、第二次大戦後にブロードウェイでミュージカル化され（リヴァイヴァルもされ、来日公演も翻訳上演もありました）、フランク・シナトラで映画にもなった<b>「野郎どもと女たち」</b>（Guys and Dolls）から来ています。これはラニアンの３冊あるブロードウェイものの短編集の１冊目の題名でもあります。ちなみに、他の２冊はBlue Plate SpecialとMoney from Homeです。ただし、ややこしいのは、舞台や映画の、もっとも中心的な原作となったのは、<b>「ミス・サラー・ブラウンのロマンチックな物語」</b>（<b>「ミス・サラ・ブラウンのロマンス」</b>）で、これは、この第一短編集には入っていないのです。しかも、後年に到って、この短編にGuys and Dollsという題名がつけられることもあるのです。邦訳書はいずれも独自のセレクトによる短編集ですが、その１冊目の題名は、やはり<b>『野郎どもと女たち』</b>とされました。<br /><br /><br /></big>
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    <title>短編ミステリ読みかえ史　【第16回】（1/2）　　小森収</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.webmysteries.jp/komori/komori1007-1.html" />
    <id>tag:www.webmysteries.jp,2010://6.744</id>

    <published>2010-07-05T06:00:00Z</published>
    <updated>2010-07-05T01:48:34Z</updated>

    <summary>   　ロアルド・ダールの第一短編集『飛行士たちの話』のハヤカワ・ミステリ文庫版解説で、阿刀田高がこう書いています。星新一が「ダール、ダールと言うけれど、本当の傑作はそう多くはないね」と言って、阿刀田...</summary>
    <author>
        <name>東京創元社</name>
        
    </author>
    
        <category term="640 短編ミステリ読みかえ史" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.webmysteries.jp/">


   
      
        <![CDATA[<br />
<div style="FLOAT: right; WIDTH: 170px"><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488146078"><img height="197" alt="まっ白な嘘" hspace="8" src="http://www.tsogen.co.jp/img/cover_image_m/14607.jpg" width="140" vspace="8" border="1" /> 
<div style="TEXT-ALIGN: center"><img height="18" alt="書籍の詳細を見る" src="http://www.webmysteries.jp/images/shosekishosai.jpg" width="100" border="0" /></div></a></div>
<big>
　ロアルド・ダールの第一短編集<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4150712522?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4150712522" target="blank">『飛行士たちの話』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4150712522" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></b>のハヤカワ・ミステリ文庫版解説で、阿刀田高がこう書いています。星新一が「ダール、ダールと言うけれど、本当の傑作はそう多くはないね」と言って、阿刀田高が「ええ、このくらいかな」と両手の指を立てたら、「いや、もっと少ない」と片手を挙げ、さらに指を一、二本折り込んだ。阿刀田高はベストテンをあげることで、その十編を示していますが、星新一が認めた二、三編が具体的にどれとどれなのか、知りたい気がします。この文章が書かれたのは1981年ごろですが、そのころ私が持っていたダールの印象も似たようなものでした。世評の高い第二短編集<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4150712514?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4150712514" target="blank">『あなたに似た人』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4150712514" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></b>にしてからが、打率にすれば五割以下、飛びぬけた傑作もあるけれど、半分以上のページは退屈だと考えていたものです。<br />
　さまざまなところで紹介されている有名な事実ですが、ダールが作家になったのは、偶然のことでした。第二次大戦中のワシントンに大使館付きの空軍武官補として滞在していたダールのところへ、Ｃ・Ｓ・フォレスターが戦闘機乗りの取材に行ったところ、自分の体験を手記にして渡したものが、ほとんどそのままの形で作品として掲載されたのです。掲載誌はサタデー・イヴニング・ポストでした。それをきっかけに、飛行士たちの話を様々な雑誌に発表します。<b>『飛行士たちの話』</b>（<b>『昨日は美しかった』</b>）としてまとめられた、それらの短編が、ノンフィクションとか体験手記として括られるものかというと、それは疑問です。<b>「アフリカの物語」</b>のように、あるパイロットの残した手記という体裁を持ちながらも、その枠組みの中で、のちのダールを思わせるクライムストーリイを書いてみせたりしています。<b>「番犬にご注意」</b>は、戦闘機乗りが陥った異常なシチュエーションを切り取って描いた、集中一の作品ですが、そこから発想を広げた映画<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/B002D2JAD6?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=B002D2JAD6" target="blank">「36時間」</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=B002D2JAD6" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></b>も、また見事な脚色でした。もちろん、体験に近いと思われるものも多いのですが、そこにも幻想的な手法が多く取り入れられています。ただ、それがダールの持ち味なのか、空戦というものが本質的にそういう面を持つものなのか、私には分かりません。今回再読していて、読みながら常に頭を離れなかったのは、ジョーゼフ・ヘラーの<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4150401330?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4150401330" target="blank">『キャッチ＝22』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4150401330" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></b>で、爆撃機も含めた戦闘機パイロットの真実というのは、平時の私たちには幻想的に見えるものなのかもしれません。<br />
　続く第二短編集<b>『あなたに似た人』</b>は「さりげなく書店の窓に飾られたにもかかわらず、世の絶賛をあびた」とエラリー・クイーンが書いたように、ダールの評価を決定的にしました。<b>「味」「おとなしい凶器」「南から来た男」</b>と冒頭から並んでいて、これに胸を躍らせない人がいたら、短編小説とは無縁だと考えて間違いないでしょう。とりわけ<b>「南から来た男」</b>は、ダールの最高傑作と誰もが認める短編で、発想、展開、人物造形、話のオチ、いずれも間然するところなく、しかも、それらが一体となって相互に作品世界の形成に寄与するという、一種のはなれわざ。この一編を書いて、あとの作家人生はおまけだったのではないかと、思わせるほどの傑作です。<br />
<b>『あなたに似た人』</b>は、当時、まだ、必ずしも一編の短編に出す賞ではなかった、1953年度のMWA賞短編賞を得ます。そして6年後の1960年、前年ニューヨーカーに掲載された<b>「女主人」</b>で再度受賞し、それを巻頭に据えた<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4152086742?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4152086742" target="blank">『キス・キス』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4152086742" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></b>が出版される。このあたりまでが、短編作家ダールの活躍の時期と考えていいでしょう。日本語版EQMMでは第２号（56年８月号）に<b>「おとなしい凶器」</b>が載り、創刊号にはジョン・コリアとスタンリイ・エリン、第３号にはフレドリック・ブラウンの<b><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488146078">「後ろを見るな」</a></b>が掲載されています。<b>『あなたに似た人』</b>がポケミスに入ったのが57年、<b>『キス・キス』</b>が異色作家短篇集の幕開きとなったのが60年の12月です。<b>『キス・キス』</b>の翻訳刊行が原著と同年というのが、当時にあっては驚異的で、ダールが、日本語版EQMMが知らしめた、新しい短編ミステリの尖兵だったことを示すものと言っていいでしょう。<br /><br /></big>
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    <title>短編ミステリ読みかえ史　【第15回】（1/2）　　小森収</title>
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    <published>2010-06-07T04:31:00Z</published>
    <updated>2010-06-07T03:16:36Z</updated>

    <summary>   　ジョン・コリアは、おもに30年代から40年代にかけて活躍した、短編小説家です。諷刺作家ないしは、シニカルなブラックユーモアの作家という位置づけになるのでしょうが、日本では、ミステリ愛好家が注目...</summary>
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        <name>東京創元社</name>
        
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        <![CDATA[<br />
<div style="FLOAT: right; WIDTH: 170px"><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488100056"><img height="197" alt="世界短編傑作集５" hspace="8" src="http://www.tsogen.co.jp/img/cover_image_m/10005.jpg" width="140" vspace="8" border="1" /> 
<div style="TEXT-ALIGN: center"><img height="18" alt="書籍の詳細を見る" src="http://www.webmysteries.jp/images/shosekishosai.jpg" width="100" border="0" /></div></a></div>
<big>
　ジョン・コリアは、おもに30年代から40年代にかけて活躍した、短編小説家です。諷刺作家ないしは、シニカルなブラックユーモアの作家という位置づけになるのでしょうが、日本では、ミステリ愛好家が注目し、紹介してきたという経緯があります。江戸川乱歩が<b><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488100056">『世界短編傑作集』</a></b>の第５巻に<b>「クリスマスに帰る」</b>を選びましたし、もっとも数多くの短編を掲載したのはミステリマガジンでした。長らく唯一の邦訳書であった<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4152087099?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4152087099" target="blank">『炎のなかの絵』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4152087099" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></b>は、異色作家短篇集第１期６巻の掉尾を飾りました。ロアルド・ダールに始まりジョン・コリアに終わるという事実は、それだけで、この叢書の性格を表しているといってもいいでしょう。ただし、ダールの短編集が順調に翻訳されていったのに比べ、コリアの２冊目の邦訳短編集が出るのは、80年代に入ってからのことです。ミステリマガジンの８月号恒例「幻想と怪奇」特集のエース格として、ダールと同等以上に買う人は少なくなかったはずですが、待遇には差がありました。<br />
<b>「クリスマスに帰る」</b>がいち早く紹介されたのには、コリアがアンソロジーによく採用されていたことが背景にあり、<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4150002193?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4150002193" target="blank">『黄金の十二』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4150002193" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></b>で、選ばれこそしなかったものの、<b>「クリスマスに帰る」</b>に２票入ったことが大きかったのではないかと、私は考えます。日本語版EQMM創刊号に掲載されたのが<b>「死者を鞭うつ勿れ」</b>（<b>「死者の悪口を言うな」「死者について語る」</b>）でした。地下室に細君を埋めるというモチーフで、ふたつ洒落た話が書けるというのは、ちょっとした才能ですし、ミステリファンにはとっつきやすい。このあたりから紹介していくというのは戦略的に見ても、正しかったと思います。もっとも、それと並行して、都筑道夫は<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4150002681?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4150002681" target="blank">『幻想と怪奇（２）』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4150002681" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></b>に<b>「ビールジーなんているもんか」</b>を収めていますし、ダールの<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4150712514?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4150712514" target="blank">『あなたに似た人』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4150712514" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></b>の解説（サキ・コリア・ダールの系譜）では「<b>『クリスマスに帰る』</b>が代表作とされているが、それは探偵作家が支持しているからで彼の作品を全体的に眺めた場合、<b>『夢判断』</b>という短篇が、いちばんすぐれているように、わたしは思う」と書いています。<b><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488501075">『怪奇小説傑作集２』</a></b>の<b>「みどりの想い」</b>から読み始めた人は、また異なったイメージを持つのかもしれません。<br />
　もうひとつ大切なことは、コリアがニューヨーカーの常連作家だったということです。早川書房の<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4152030763?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4152030763" target="blank">『ニューヨーカー短篇集』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4152030763" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></b>（全３巻）には、コリアが２編採られていますが、それは<b>「雨の土曜日」</b>と<b>「死者の悪口を言うな」</b>でした。どちらもユーモアを湛えた端正なクライムストーリイで、こういうものが載るところに、ニューヨーカーの趣味と理解を感じますし、編集者が意図してかどうかは別にして、ミステリの洗練の一翼を担ったと私は判断しています。同時代にパルプマガジンに量産せざるをえなかった、ウールリッチの短編と比べると、その差は歴然としています。また、その中間に<b>「クリスマスに帰る」</b>があると考えると、分かりやすいかもしれません。<br />
　コリアはイギリスに生まれ、英仏を行き来しながら、おそらくは食い詰めるに近い形でアメリカへ渡ったのでしょう。短編の舞台も各国様々な場所を用います。サマセット・モームの商業誌（スリックマガジン）での最大の成功が、いみじくも<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4480030026?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4480030026" target="blank">『コスモポリタンズ』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4480030026" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></b>であったように、エキゾチシズムは短編小説の重要なセールスポイントでした。コリアは背景の引き出しが多い上、そこにミステリ味や幻想味を加えられるのですから、それは強力な武器になったことでしょう。また、たとえば<b>「夜だ、青春だ、パリだ、月も照ってる！」</b>は、さながら気の違ったフィッツジェラルド（唐十郎が岸田國士戯曲賞の選評で岩松了を評した「気の違った久保田万太郎」を真似ました）といった趣があり、ファンタジーというか、ナンスンスすれすれというか、そういう発想で、パリと芸術という青春のあこがれそのものを揶揄してしまうだけの実力がありました。<br />
<br />
<b>「クリスマスに帰る」「雨の土曜日」「死者の悪口を言うな」</b>は、いずれも完全犯罪を狙った人々を描いたクライムストーリイです。<b>「クリスマスに帰る」</b>は、企てた計画が、ひょんなことから破綻するまでを描いています。<b>「雨の土曜日」</b>は人を殺してしまったところから始まり（ただし、途中まで、なかなかそれを直接には描きません）、完全犯罪の計画を思いつき、仕上げるまでを書いたものです。そして<b>「死者の悪口を言うな」</b>は、殺人を糊塗している最中に邪魔が入ったアクシデントの話と見せかけて、その事態が主人公を犯罪に向かわせるという話でした。いずれも謎解きミステリではありません。こういうタイプのクライムストーリイは、えてして、意外な結末といった形での評価の仕方をされるものですが、それは読む側の思考停止の一種でしょう。<b>「クリスマスに帰る」</b>の結末は、もはや、意外ではないでしょうし、それゆえに、つまり、そこにしか美点がないために、この短編は平凡な作品となっています。<b>「クリスマスに帰る」</b>と<b>「死者の悪口を言うな」</b>では、話のひねり方の度合いが、まず違うのですが、それ以上に注目すべき点は、その結末の、あからさまを避けたほのめかしの技法の進み具合でしょう。短編ミステリの進化の歴史の中で、コリアが果たしたもっとも大きな役割は、この点だと、私は考えます。<br />
　もともとコリアは凝った小説の書き方をする人です。サキとコリアは、比べられることが多いのですが、ジャーナリスト出身のサキと、詩人を志したコリアとでは、自ずと差が出るというものです。翻訳で読んだだけでも、コリアという人の小説は、翻訳家は苦労したんだろうなと思わせます。ひとつ実験をしてみましょう。<b>「記念日の贈物」</b>（<b>「結婚記念日の変ったプレゼント」</b>）という妻殺し（またしても！）のクライムストーリイがあります。そのふたつの訳文の、ある個所を並べてみます。<br />
「この道は、彼がエヴァグレイズ河の北方の、広い、寂しい、迷いやすい沼沢地へしだいに深くはいって行くにつれ、さながら水源に近づく流れのように細くなっていった」<br />
「川をさかのぼって水源に向かうようにどこまでもどんどん飛ばして行くうちに、ひろびろひらけた、ボーッとほほ笑んでいるような田舎へ来た。エバーグレーズ湿地帯の北の方である」<br />
　翻訳の良し悪しを云々する意図はないので、訳者名も原文も記しませんが、こういう訳文になる原文は、おそらく難物なのであろうと推察するばかりです。<br />
<b>「死者の悪口を言うな」</b>は、夫が妻を地下室に呼ぶところで終わりますが、直接的には殺人とも犯罪とも無関係な文章です。<b>「クリスマスに帰る」</b>も見積書で終わっていて、その無機的な文書が主人公の破局を示すところ、すでに、ある種のエレガンスがあります。ただ<b>「クリスマスに帰る」</b>は、その見積書によって破局が明示されますが、<b>「死者の悪口を言うな」</b>は、主人公のこれからの行為は暗示にとどまります。<br />
　結末の暗示的手法は、クライムストーリイにだけ使われているのではありません。コリアには、そもそも、クライムストーリイを書いているという自覚があったかどうかも怪しいですからね。<b>「ささやかな記念品」</b>はクライムストーリイすれすれといった作品ですが、それが、すれすれになったのは、結末の暗示する力のおかげでしょう。<b>「ミッドナイト・ブルー」</b>はクライムストーリイに<b>「夢判断」</b>を連想させるファンタジーを組み合わせたものですが、やはり、奥ゆかしい終り方です。サタイアの傑作<b>「魔女の金」</b>にしても、抜群のほのめかしで終ります。<br />
　こうした暗示による結末が、もっとも深度を深め、効果的で衝撃的なのが<b>「ナツメグの味」</b>という、コリアの中でも一、二を争う好短編でしょう。語り手の職場である研究所に、新人がやってきます。ところが、彼は、殺人の嫌疑をかけられた過去があり、裁判では無罪だったものの、犯行機会の点ではかぎりなく灰色で、ただ、動機がまったくなかったために無罪になったのでした。語り手たちは彼に公平であろうとし、それが良かったのか、彼は自らの過去の出来事を語り手たちに詳しく話して聞かせます。率直な態度に、彼の無実をますます信じる気になり、友好的な雰囲気になったところで、彼は語り手たちに自慢のカクテルをふるまいます。そのカクテルには絶対のレシピがあって、その極めつきがナツメグの一つまみでした。彼はそのナツメグが欠けることを絶対に許せません。そして、その瞬間、読者には、彼の偏執狂的な側面と、指摘されることなく終った犯行の動機が暗示され、小説は終ります。<br />
　犯人か否かのポイントを動機の一点に絞ってしまう、その書き方組み立て方の巧さは、ウールリッチの<b>「一滴の血」</b>（この場合の一点は犯行を示す証拠である血）と比べて、格段の腕前の差を示しています。そして、結末。一人称の語り手さえ気づいたかどうか判然としない真相を、読者には見事にほのめかしてみせる。こうしたクライムストーリイの結末の洗練は、ロアルド・ダールの<b>「女主人」</b>やスタンリイ・エリンの<b>「特別料理」</b>で頂点に達したというのが、私の考えですが、その行き方に先鞭をつけたのはまぎれもなくジョン・コリアであり、<b>「ナツメグの味」</b>は、優にそれらと並ぶ傑作です。<br />
<b>「ナツメグの味」</b>を傑作と判断するひとりに、翻訳ミステリの編集者だった松浦正人さんがいます。<b>「ナツメグの味」</b>は翻訳によって、結末のニュアンスが異なることがあると、彼が教えてくれたことがありました。中西秀男訳（サンリオ文庫<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/B000J712YC?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=B000J712YC" target="blank">『ジョン・コリア奇談集II』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=B000J712YC" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></b>）では、最後の台詞が「ところがあれはまがいものさ……」と、「ところが」という接続詞を使っているのです。これだと、異なった解釈が生じ、しかも、そちらの方が自然な読み取り方なので、状況が変わってくるのです。原文の入手が遅れて、この稿には間に合いませんでしたが、この点ははっきりさせたいと思います。<br /><br /></big>
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    <title>短編ミステリ読みかえ史　【第14回】（1/2）　　小森収</title>
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    <id>tag:www.webmysteries.jp,2010://6.665</id>

    <published>2010-05-07T06:00:00Z</published>
    <updated>2010-05-06T09:47:15Z</updated>

    <summary>   　この連載は、江戸川乱歩編『世界短編傑作集』全５巻を引き継いで、その後の時代をふり返るのが目的です。これまで、『世界短編傑作集』の時代で、補足しておかなければならないことに､少々手間取りはしまし...</summary>
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        <name>東京創元社</name>
        
    </author>
    
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        <![CDATA[<br />
<div style="FLOAT: right; WIDTH: 170px"><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488100032"><img height="197" alt="世界短編傑作集４" hspace="8" src="http://www.tsogen.co.jp/img/cover_image_m/10003.jpg" width="140" vspace="8" border="1" /> 
<div style="TEXT-ALIGN: center"><img height="18" alt="書籍の詳細を見る" src="http://www.webmysteries.jp/images/shosekishosai.jpg" width="100" border="0" /></div></a></div>
<big>
　この連載は、江戸川乱歩編<b><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488100018">『世界短編傑作集』</a></b>全５巻を引き継いで、その後の時代をふり返るのが目的です。これまで、<b>『世界短編傑作集』</b>の時代で、補足しておかなければならないことに､少々手間取りはしましたが、原則的に、引き継ぎの意味でコーネル・ウールリッチとジョン・コリア（次回やります）から始めますが、補足の部分では、あの1～5巻に登場した作家は取り上げないという方針でやってきました。しかし、今回だけは例外とします。無視するには偉大すぎる存在、アガサ・クリスティです。<br />
　連載の一回目で<b><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488100032">「夜鶯荘」</a></b>の素晴らしさを指摘しておきました。そして、クリスティの短編でひとつとなると、この作品になるという考えに、いまのところ変わりはありませんが（いまのところと歯切れ悪く書いたのは、今回の文章の結末部分と関係があります）、同時に、この短編だけから、クリスティの短編ミステリの全貌を見渡すことなど、出来るわけがありません。<br />
　クリスティの短編は、その大半が1920年代に、おそくとも30年代前半までに書かれているようです。クリスティの三十代、デビューから10年というところです。長編でいえば<b><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488105396">『オリエント急行の殺人』</a></b>が34年、<b><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488105433">『アクロイド殺害事件』</a></b>（<b>『アクロイド殺し』</b>）をのぞけば、代表的な長編は、それ以降に書かれています。<b><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488105068">『ポワロの事件簿』</a><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488105099">『パーカー・パインの事件簿』</a>『おしどり探偵』</b>（<b><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488105129">『二人で探偵を』</a></b>）といった名探偵を主人公とした連作短編集は、どれもこの時期に書かれていますが、いずれも拙さが目立ちます。そのことは、比較的評判のよい<b><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488105082">『ミス・マープルと13の謎』</a></b>（<b>『火曜クラブ』</b>）にもあてはまっていて、私には、この短編集が評価されるのが、よく分かりません。ミス・マープルの思考法として、くり返し現われるのが、かつて似たような人を知っていたという発想ですが、この方式の推論は、強引にしか思えません。それは、ミス・マープルにかぎらない。また、この時期にもかぎらない。たとえば、ポワロものの<b><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488105365">「バグダッドの櫃の謎」</a></b>を改作した<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4151300635?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4151300635" target="blank">「スペイン櫃の秘密」</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4151300635" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></b>にしても、改作のポイントのひとつである、被害者の妻の人となりを示す伏線として、ミス・レモンに過去の事例を語らせるくだりがそうです。また、<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4151300600?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4151300600" target="blank">『ヘラクレスの冒険』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4151300600" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></b>中の佳品<b>「ネメアのライオン」</b>で、ある人物が殺人を企図していることに気づくくだりもそうです。もっとも、後者は気のきいたオマケといった部分なので、少々強引でもいいと言えますが。<br />
　同じような罠に陥っているのがパーカー・パインもので、この探偵が、あまり活躍出来なかったのは、その思考法に限界があるからです。統計データによって、人間の行為をパターン化出来ると考えるのは、ある意味で、ミス・マープルの発想と類似しています。違いは、直接経験か統計データかですから。ミス・マープルにせよ、パーカー・パインにせよ、このころの思考法は、いかにも20世紀前半のものと思わせて、いまとなっては、素朴というか、深みがない。ミス・マープルは類例の検索を捨てることで、あるいは、捨てないまでも、そこを推論の終点ではなく、そこから推論を始めるようになることで、のちの長編で活躍出来るようようになりました。<br />
　もともと、クリスティには、連作短編を始めるにあたって、コンセプトを決めて書く傾きがあります。そのもっとも明らかな例が<b>『おしどり探偵』</b>で、それはのちの<b>『ヘラクレスの冒険』</b>に至るまで続いていますが、ミス・マープルにしてもパーカー・パインにしても、最初の短編集は、同じような発想で計画されたのではないでしょうか。パーカー・パインのシリーズは、前半の紋きり型ロマンスのパロディよりも、パインが旅に出てからの方が好調です（前半のパターンでは、いろんな女性を必要に応じて演じわける協力者の脇役が愉快）。これは、クリスティの資質によるものではないかと思います。<b>『おしどり探偵』</b>でひとつ選ぶなら、<b>「サニングデールの謎」</b>でしょうが、それは、愉快な探偵ごっこというコンセプトから離れて、トミーとタペンスが互いを相補うという初心に返ったからでした。コンセプトの鋳型は、むしろ、マイナスに作用しているようです。<br /><br /></big>
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    <title>短編ミステリ読みかえ史　【第13回】（1/2）　　小森収</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.webmysteries.jp/komori/komori1004-1.html" />
    <id>tag:www.webmysteries.jp,2010://6.627</id>

    <published>2010-04-05T04:00:00Z</published>
    <updated>2010-04-05T04:15:47Z</updated>

    <summary>   　さて、ウールリッチ＝アイリッシュに戻りましょう。 　主人公が窮地に陥り、最後にはそこから脱するにせよ、その間のサスペンスで読者を魅了する。これがウールリッチ＝アイリッシュの根本的な発想です。そ...</summary>
    <author>
        <name>東京創元社</name>
        
    </author>
    
        <category term="640 短編ミステリ読みかえ史" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        <![CDATA[<br />
<div style="FLOAT: right; WIDTH: 170px"><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488120030"><img height="197" alt="晩餐後の物語" hspace="8" src="http://www.tsogen.co.jp/img/cover_image_m/12003.jpg" width="140" vspace="8" border="1" /> 
<div style="TEXT-ALIGN: center"><img height="18" alt="書籍の詳細を見る" src="http://www.webmysteries.jp/images/shosekishosai.jpg" width="100" border="0" /></div></a></div>
<big>
　さて、ウールリッチ＝アイリッシュに戻りましょう。<br />
　主人公が窮地に陥り、最後にはそこから脱するにせよ、その間のサスペンスで読者を魅了する。これがウールリッチ＝アイリッシュの根本的な発想です。そのためには、主人公を摩訶不思議な――できれば読者に恐怖感を与えるような――状況に置かねばなりません。摩訶不思議といっても、謎めいた状況が何者かの作為であったと解き明かされるという行き方は、ウールリッチは不得手でした。クライム・ストーリイの<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4891726709?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4891726709" target="blank">「睡眠口座」</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4891726709" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></b>やディテクションの小説である<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4150007764?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4150007764" target="blank">「悪夢」</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4150007764" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></b>といった例を考えてもらえば分かるでしょう。<br />
　自分だけが知っている犯罪者がいる、あるいは犯罪を目撃してしまうというのは、ひとつの有力なパターンです。さらに、身近な人が失踪し、自分以外の人は「もともとそんな人はいない」と言う、そんなパターンもありました。前者には警察力の相対的な無力さ、後者には、地縁血縁の薄い、ある種のアメリカ社会という背景があります。莫大な財産の相続人がひとりだけで、その人間だけを亡き者にして乗っ取りを図る。そういえば、エラリー・クイーンの著名な中編もこの変種と言えるし、相続人がヨーロッパにいれば、大陸の金持ちが死んで遺産を相続するという、これまたおなじみのパターンです。双方をひとまとめにして、アメリカに生きる個人が抱える脆弱さと言ってもいいかもしれません。たとえば、<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4891726695?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4891726695" target="blank">「ガラスの目玉」</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4891726695" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></b>の犯人は、損害賠償の裁判に勝った男を殺し、その人間になりすまして、賠償金を横取りしようとしましたが、なんとも大ざっぱで野蛮な犯行ではありませんか。しかし、そういう野蛮さが生きている――少なくとも、板戸一枚下くらいのところには――社会であり、そうした安定を欠いたところが、ウールリッチのミステリが背景とする社会には見受けられます。もっとも、<b>「ガラスの目玉」</b>の犯人の行動を大ざっぱで野蛮と感じたのは、20世紀の日本人だった私の感覚であって、21世紀の私の目には、より現実的なものに見えている気がしないでもありません。<br />
　主人公が陥る窮地は、捜査する警察や読者が先回りできず、その上、恐怖を喚起するものが望ましい。簡単に動機が特定できるようでは、警察を出し抜くことは不可能だし、読者に先を読まれてしまう。そこで、ウールリッチが多用したのが、異常者の犯行でした。今回ウールリッチを読み返し、あるいはまとめて読んでみて、異常者の犯行をあつかったものが多いのには、びっくりしました。<b><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488120078">「夜をあばく」</a></b>のような虚言癖放火癖といったものや、<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4891726687?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4891726687" target="blank">「ワルツ」</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4891726687" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></b>のように先天的な殺人者という設定だけが必要とされているもの、サディストの殺人者を描くことが目的のもの（<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4150011532?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4150011532" target="blank">「もう探偵はごめん」</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4150011532" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></b>や最晩年の<b><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488120085">「命あるかぎり」</a></b>）といった具合に、異常性の濃淡は様々ですが、実に多い。<b><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488120085">「目覚める前に死なば」</a></b>の犯人は、いまなら、少女殺しのシリアルキラーと呼ばれるでしょう。<br />
　とはいうものの、では、異常な犯罪者の異常な犯行から浮かび上がるものはといえば、なんのことはない、動機らしい動機のない殺人狂に狙われるという作劇上の必要性を超えるものはありません。たとえば<b><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488120085">「送っていくよ、キャスリーン」</a></b>を見てみましょう。刑務所帰りの主人公が、昔恋したキャスリーンに一目会いに、ダンスパーティへ行き、会場から送っていく途中、林の小道で離れ離れになり、彼女は何者かに殺されます。状況は彼に不利で嫌疑は拭いようもない。そこで、かつて彼が服役した事件の担当刑事が現われて、彼の無実をはらすのです。この刑事の方法は、のちのプロファイリングに、似ているといえば似ていますが、大ざっぱというか雑というか、原始的です。そして、暴かれた犯人は精神病だったことが暴露されて話は終ります（もうちょっと言うと、かの地で人望のある男なので、異常者だと言わないと、それも地元の女性がそれを証言しないと誰も信じないのです）。<br />
　門野集訳が収録されている、コーネル・ウールリッチ傑作短編集第三巻<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4891726695?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4891726695" target="blank">『シンデレラとギャング』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4891726695" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></b>の訳者あとがきには「この犯人の人物造形はいくらなんでもひどすぎるというか、問題だろう。原文では病名まではっきり書かれているが、訳出に際しては意識してぼかしたことを記しておく」とあります。先行する高橋豊訳と村上博基訳では、癲癇とはっきり訳されています。この犯人には、嫉妬という動機が一応はあるのですが、正常な判断の犯行だとは探偵も考えていません。犯人の発作を doing a dance of nameless horror と描くことから考えても、癲癇を禍々しい精神病と考える錯誤の上にたった、さらには、そうした自身と同じ無知を抱えた多数の俗情と結託した、お手軽な通俗性と判断するしかありません。この話を、南部を舞台にした、前科者と精神病患者という偏見にさらされやすい人間を描いていると見ることにも無理があります。その偏見の成り立つ過程を描く素振りさえ見せないからです。<br />
　似たようなことは、マリファナを喫った男が連続殺人に走ってしまう<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4787584944?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4787584944" target="blank">「妄執の夜」</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4787584944" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></b>にも言えます。ここでは、男がマリファナを喫ったという事実は、異常な猜疑心からムチャクチャな殺人をくり返すという設定に対する口実の役割しか果たしていません。<br /><br /></big>
<ul class="pageNavi">
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    <title>短編ミステリ読みかえ史　【第12回】（1/2）　　小森収</title>
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    <published>2010-03-05T03:00:00Z</published>
    <updated>2010-03-02T09:20:08Z</updated>

    <summary>   （編集部注：本稿で言及されている『シャーロック・ホームズの冒険』収録の短編「ぶなの木屋敷の怪」の［ぶな］の字は正しくは［木＋無］ですが、お使いのパソコン環境によっては表示されないため、ひらがなで...</summary>
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        <![CDATA[<br />
<div style="FLOAT: right; WIDTH: 170px"><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488101169"><img height="197" alt="シャーロック・ホームズの冒険" hspace="8" src="http://www.tsogen.co.jp/img/cover_image_m/10116.jpg" width="140" vspace="8" border="1" /> 
<div style="TEXT-ALIGN: center"><img height="18" alt="書籍の詳細を見る" src="http://www.webmysteries.jp/images/shosekishosai.jpg" width="100" border="0" /></div></a></div>
（編集部注：本稿で言及されている『シャーロック・ホームズの冒険』収録の短編「ぶなの木屋敷の怪」の［ぶな］の字は正しくは［木＋無］ですが、お使いのパソコン環境によっては表示されないため、ひらがなで表記しました）<br /><br /><big>
　ウールリッチ＝アイリッシュの代表作について書く予定でしたが、急遽、一回寄り道することにしました。来月は必ずやりますからね。<br />
　で、寄り道の前にクイズをひとつ。次の発言は誰のものでしょう？<br />
「犯罪はありふれたもの。だが的確な論理はまれなもの。だから、犯罪そのものより、それを解明する論理のほうにこそ重きをおいて書くべきだ」<br />
　エラリー・クイーン？　都筑道夫？　違います。正解はシャーロック・ホームズでした。<b>「ぶなの木屋敷の怪」</b>の冒頭の台詞です。出題にあたっては、ちょっとばかりインチキをしていて、正確には「だから、きみも、犯罪そのものより」と、ワトスンに向かって言っているのです。引用は深町眞理子訳から。そう。待望の深町訳シャーロック・ホームズ全集の刊行が、ついに始まりました。先陣を切るのは<b><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488101169">『シャーロック・ホームズの冒険』</a></b>です。今回の寄り道は、この慶事を寿いでのことなのであります。<br />
<br />
<b><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488101152">『緋色の研究』</a><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488101060">『四人の署名』</a></b>の二長編を世に問うたのち、ドイルがストランド・マガジンにシャーロック・ホームズの短編連載を始めたことは、みなさんご存じでしょう。今回の深町訳では、戸川安宣（言わずとしれた、前社長ですね）の解題が、懇切ていねいで、連載開始の経緯にも触れています。コナン・ドイルの代表作をひとつ選ぶとなると、まあ<b>『シャーロック・ホームズの冒険』</b>が妥当なところ。<b><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488101077">『バスカヴィル家の犬』</a></b>をあげる長編偏愛の人もいるかもしれませんが、質的な意味でも史的な意味でも、<b>『シャーロック・ホームズの冒険』</b>の方が上だと、私は思うな。<br />
　たいていの人のホームズ体験と同じように、私も小学生の三、四年のころに、子ども向けの訳で読んで、そのままになるところでした。いまでこそ、子ども向けの完訳本もあるようですが、当時は抄訳というか翻案というかリライトというか、これをして読んだうちに入れていいものやらと、いまだに思案している始末です。その後十代後半に、創元推理文庫の阿部知二訳で四長編と<b>『冒険』<a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488101022">『回想』</a></b>を読み返して、現在に至っていて（<b>『冒険』</b>は二十代のときにもう一回読み返したような気もしますが、定かではありません）、なぜ十代の私が、「ちゃんと創元推理文庫で読もう」と思ったのか、いまとなっては不明ですが、きっと、真面目というか殊勝というか、そういう気分だったのでしょう。<b>『犬』</b>より<b>『冒険』</b>が上というのは、当時の判断です。おそらく、深町訳<b>『バスカヴィル家の犬』</b>を読んでも、この判断は変わらないと思います。その後、大久保康雄（早川書房）、小林司・東山あかね（河出書房新社）、小池滋（ちくま）、日暮雅通（光文社）といった人たちの、ホームズ全訳が出ましたが、私は、それらを追いかけるほどの、ホームズファンではなかった。だけど、今回は違う。なんたって深町眞理子です。<br />
<br />
　ちょっとドキドキしながら読み始めた<b>『シャーロック・ホームズの冒険』</b>ですが、最初のふたつ<b>「ボヘミアの醜聞」</b>と<b>「赤毛組合」</b>を、快適な気分で読めたので嬉しくなりました。どちらもホームズ譚の中で五指に入ろうかという佳品ですが、なにしろ、両作品とも私は手の内や展開をあらかた憶えています。<br />
　まず、ニヤリとさせたられたのは、<b>「ボヘミアの醜聞」</b>の、ホームズが国王に、アイリーン・アドラーが結婚していることを報告するくだり（47ページ）です。ちょっと長くなるけれど引用してみましょう。<br />
<br />
「『まさかその男をアイリーンが愛しているとも思えぬが』<br />
『ぼくとしては、愛していることを願いますね』<br />
『それはまたなにゆえに？』<br />
『そうであれば、陛下にとって、将来の憂いが取り除かれるからですよ。あのご婦人が夫を愛しているとすれば、陛下への愛はもはや失われたと見ていいでしょう。陛下への愛情がもうないとなれば、陛下がなにをなされようと、それを妨害する理由もなくなる』<br />
『いかにも。だがそれにしても――なんと言えばよいのか！　じっさい、アイリーンがわたしと釣りあう身分に生まれてさえおったら！　どれほどすばらしい妃になっていたことか！』それきり王はむっつり黙りこんでしまい（以下略）」<br />
<br />
　最後の、いかにも以下の王様の台詞で、アイリーンへの未練を滲ませる巧さには、ブラボーと呟くくらいの価値があります。「なんと言えばよいのか！」と口ごもるのがいい。そして、同じ報告するにしても、もう少し思いやった言い方があるだろうにと考えた人は、この短編（集）の冒頭でワトスンが「こと愛情問題となると、とんでもなく場ちがいな存在になりさがってしまう」と、ホームズのことを書いていたのを思い出すでしょう。その木石ホームズがポートレイトを所望する。この小説の終り方は、これ以外にはありえませんね。コナン・ドイル、小説が巧いぞ。<br />
　もうひとつは、順番は前後しますが、ホームズがアイリーンに罠を仕掛けるクライマックスの場面です。策略でアイリーンの家の前で騒動を起こすのですが、きっかけは、浮浪者が小銭ほしさに馬車の扉を開けようとして（サーヴィスへのチップねらいです）いざこざが起きたところに、周囲でたむろしていた一群が集まってコトを大きくする。当時のイギリスが不況のまっ只中であったことならではの設定であり、直前にあるのは、その忠実な描写です。そもそも、昼間偵察に赴いたホームズが扮していたのが、失業中の馬丁でした。また、アイリーンの家の前で騒ぎを起こしたのは「今夜一晩、雇っただけ」の人たちですが、そのことにも、慢性的な不況という背景が見てとれます。<br />
　こんなにヴィヴィッドにやっていたのかと、私は驚き、正直ドイルを少しなめていましたから、恥ずかしくなりました。映画<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/B0026P1KF6?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=B0026P1KF6" target="blank">「スティング」</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=B0026P1KF6" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></b>の何度めかを観たときに、冒頭の街頭にたたずむ人々の画面が不況下を表していることに初めて気づき、以下、フッカーが刑事に追われ高架鉄道の駅を逃げる場面の、屋外で煮炊きする人々や、ゴンドルフがロネガンをポーカーでカモっている列車が闇を走る、その窓越しに見える鉄橋足許の灯が、そこに人がいることを暗示していることに気づいた、その遅ればせ加減と同種のものです。<br />
　もう少し補足しましょう。当時のイギリスは不況下とはいえ、労働者の購買力はそれほど落ちてはいなかった。賃金はさほど上がらなかった（それでも下がらなかった背景には、労働組合の隆盛による労使協調があったようです）けれど、それ以上に物価が下落していたのです。30年あまりデフレが続いたといいますから、いま、この時期に、深町眞理子による日本語の新訳が出ることは、案外、時宜を得ているのかもしれない。このあたりの、イギリスの労働者階級が、かねて考えられていたよりは豊かであり、その活力がイギリス帝国主義の末期の輝きと表裏一体を成している様子を、私に教えてくれたのは、井野瀬久美惠の一連の著作でした。とくに中公新書の<b>『子どもたちの大英帝国』</b>（現・中公文庫<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/412203373X?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=412203373X" target="blank">『フーリガンと呼ばれた少年たち』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=412203373X" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></b>）は、フーリガンの発生をとっかかりに、当時の青少年の在り方に気づかせてくれます。<br />
　不況下のイギリスで、青少年が安価な労働力となったことは、容易に理解できますが、それが鉱工業などの第二次産業から、サーヴィス業へシフトしていたという指摘には、目から鱗が落ちました。そこには、砂売り、靴磨き、新聞売り、ゴミ収集といった、調査結果の実例があげられていますが、ここまで来れば、探偵の下働きという職種を思いつくのは、シャーロッキアンならずとも簡単です。ベーカーストリート・イレギュラーズとは、そうした非熟練労働青年のアルバイトであったのでしょう。彼らの平均収入額だという週給7～8シリングは「決して高くはないものの、親方にどなられながら徒弟修行に励まねばならない同年齢の少年よりはましであった」ものだそうです。<br /><br /><br /></big>
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    <title>短編ミステリ読みかえ史　【第11回】（1/2）　　小森収</title>
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    <published>2010-02-05T08:00:00Z</published>
    <updated>2010-02-05T05:38:37Z</updated>

    <summary>   　コーネル・ウールリッチ別名ウィリアム・アイリッシュは、30年代にパルプマガジンの作家として登場し、40年代の長編ミステリで名を残しました。作家としての出発は20年代でしたが、成功とは言えない一...</summary>
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        <name>東京創元社</name>
        
    </author>
    
        <category term="640 短編ミステリ読みかえ史" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        <![CDATA[<br /><br />
<div style="FLOAT: right; WIDTH: 170px"><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488120023"><img height="197" alt="暁の死線" hspace="8" src="http://www.tsogen.co.jp/img/cover_image_m/12002.jpg" width="140" vspace="8" border="1" /> 
<div style="TEXT-ALIGN: center"><img height="18" alt="書籍の詳細を見る" src="http://www.webmysteries.jp/images/shosekishosai.jpg" width="100" border="0" /></div></a></div><big>
　コーネル・ウールリッチ別名ウィリアム・アイリッシュは、30年代にパルプマガジンの作家として登場し、40年代の長編ミステリで名を残しました。作家としての出発は20年代でしたが、成功とは言えない一瞬の脚光を浴びたのち、雌伏のときを過ごして再起したことは、前回触れました。日本が戦争に負けたのち、戦時中のブランクを埋めるべく海外のミステリが紹介されていったとき、もっとも熱烈に読まれ語られたのが、このウールリッチです。一番有名なのは、乱歩が<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4150705518?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4150705518" target="blank">『幻の女』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4150705518" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></b>に興奮したというエピソードでしょう。実際、1961年までには、長編の紹介がほぼ完了しています。同じことは、ダシール・ハメットやレイモンド・チャンドラーにも言えますが、異なるのは、ウールリッチは短編がいくつも翻訳されていることです。大部分は50年代に早川のポケミスに収録されることになりますが、都筑道夫が当時ウールリッチを好んでいたことを差し引いても、厚遇を受けていると言えるでしょう。ハメットやチャンドラーが、短編まで含めて完璧を期すかのように紹介されていくのは、60年代から70年代を待たねばなりません。ウールリッチの短編は数が多く、現在も未訳のものが多数あり、おそらく訳す価値のないものも多いのでしょうが、宝石・別冊宝石の時代から、EQMM、ヒッチコックマガジン、マンハントの三誌鼎立時代を通じて、ウールリッチの短編が読まれていたのは、まぎれもない事実なのです。<br />
　ウールリッチは都会の孤独感を感じさせる文章と、強烈なサスペンスによって評価されました。文章については原文を読んだことがありませんから、措いておくとしても、戦後も10年以上を経て生まれた私には、当時の熱っぽさには、よく分からないところがある。私がミステリに足を踏み入れた1970年前後は、ウールリッチの多くは入手が簡単ではなくて、創元推理文庫の<b><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488120023">『暁の死線』</a></b>と<b><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488120016">『黒いカーテン』</a></b>だったか<b><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488120108">『黒いアリバイ』</a></b>だったかを、書店で見かけることが出来た程度です。76年に稲葉明雄が、精選作品集として、<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4794955553?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4794955553" target="blank">『さらばニューヨーク』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4794955553" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></b>を晶文社から出したときも、なにをいまさらと思ったものです（不遜でした）。ただ、その熱気の恩恵を蒙ったフシがあるのは、子ども向けの翻訳で、ウールリッチの長短編に接しているのです。<b>『幻の女』</b>からして、そうです。そうしたものは、おそらく戦後すぐにウールリッチを読んだ人たちによって、ミステリの第一歩として適すると考えられたのでしょう。長短編というのがミソです。ホームズ、ルパンは例外として、子ども向け翻訳でも多くは長編だったところに、ウールリッチに関しては、短編がいくつも訳されていたのです。<br />
　こうした受け入れられやすさは、作品の質もさることながら、ウールリッチの持つ通俗性が大きいと思います。なにより分かりやすい。にもかかわらず、その筆致は悪く凝ることもなく、しかし、描き方に一工夫はある。後述しますが、ウールリッチの執筆期間は、その量に比して驚くほど短く、短命な量産家でした。前回の門野さんとの会話にも出たとおり、ウールリッチがミステリを書くようになったのは、偶然に近かったのでしょう。謎を組み立て、小説として構成し、それを作中人物に魅力的に解明させるという、ミステリの基本的な段取りは、決して上手ではありませんでした。とくに解決の部分は、唐突な自白に頼ったり、警察が解決後に分かったことを説明する形をとったりと、安易なことがしばしばです。傑作ないしは代表作と目されている<b><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488120030">「晩餐後の物語」</a></b>でさえ、犯人の最後の自白は都合のよさを感じさせます。といった具合に、後者のふたつの点では破綻することも多く、そこが破綻してしまえば、最初の謎がどんなに魅力的に組み立てられても、意味を失います。<br />
<br />
　ウールリッチの最初のミステリ短編は<b><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488120061">「診察室の罠」</a></b>で、1934年の作品です。罠に落ちた歯科医の友人を救うために主人公が真犯人を推理する、ディテクションの小説です。自分が治療したばかりの患者が治療台に坐ったまま毒殺されてしまうという、それなりに魅了的な始まり方をしますが、結局は、パッとしない毒殺トリックを強引な動機とからませた平凡な作品でした。ウールリッチはサスペンス小説の作家と評されますが、それは探偵が推理する小説を書いていないのではなくて、そういう小説はつまらないものが多い、もしくは、そうした小説の場合でも、それ以外のところに美点が多いということです。しかし、嫌疑をかけられた歯科医を、主人公であるその友人が救おうとする、最初の短編で用いられたこのパターンは、<b>『幻の女』</b>その他に現われる、ウールリッチの十八番となりました。<br />
　親しい人のために困難な状況に身を置く、あるいは進んで窮地に陥るというパターンは、手をかえ品をかえくり返されます。<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4891726695?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4891726695" target="blank">「ガラスの目玉」</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4891726695" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></b>の少年は、父親の刑事（失職の危機にさらされているらしい）の手柄になるかもしれないと、自分ひとりだけが気づいているであろう犯罪者を追跡し逆襲されます。同僚のダンサーが殺された<b><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488120054">「踊り子探偵」</a></b>は、自ら怪しげな客に近づきます。<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4891726725?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4891726725" target="blank">「天使の顔」</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4891726725" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></b>では、弟をたぶらかす悪女が殺され、死刑執行を目前にした弟の容疑を、ヒロインがはらします。<b><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488120085">「目覚める前に死なば」</a></b>の少年も刑事の息子ですが、かつて同級生の女の子が殺されたときに、その手がかりを、被害者から聞かされていたのです。そして、同じことがくり返されたとき、初めてその意味に心当たり、二度目の被害者を救うべく追跡を始めます。このパターンの短編の中では、<b>「目覚める前に死なば」</b>のサスペンスが強烈です。それは、ひとえに、連れ去られた被害者が、道端に書き残していくチョークの線という手がかりの持つ、イメージの喚起力（これは掛け値なしに素晴らしく、それゆえサスペンスも強烈です）に帰するところが大きいと思います。<br />
　そして、このパターンでウールリッチを有名にしたのは、<b><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488120078">「妻がいなくなるとき」</a><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488120047">「アリスが消えた」</a><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488120030">「階下で待ってて」</a></b>といった、一連の新妻失踪ものでしょう。結婚してまもなく妻が失踪し、そこで妻のことをなにひとつ知らなかったことに気づく。都会で孤独な存在だった男と女が知りあってすぐに結婚し、幸福の矢先に妻がいなくなる。孤独に対してセンシティヴだったウールリッチに、まことに合った題材だったと言えます。ただし、このパターンは夫が探偵役をつとめることになるため、謎の解明下手という弱点が露呈し、腰砕けになってしまいます。むしろ<b><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488120054">「裏窓」</a><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4891726725?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4891726725" target="blank">「非常階段」</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4891726725" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></b>といった、シンプルに犯罪を目撃した主人公という話の方が、真犯人の逆襲から逃れられるかというサスペンスに焦点が絞られて、最後でがっかりすることがありません。ただし<b>「裏窓」</b>や<b>「非常階段」</b>のサスペンスは<b>「目覚める前に死なば」</b>のそれの強烈さには、一歩譲ると私は思います。それはチョークという小道具の威力もありますが、<b>「目覚める前に死なば」</b>の少年の能動性・積極性のためでもあって、そして、そのことは彼が探偵するところから来るのですから、ことは厄介なのです。<br /><br /><br /></big>
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    <title>短編ミステリ読みかえ史　【第10回】（1/2）　　小森収</title>
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    <id>tag:www.webmysteries.jp,2010://6.515</id>

    <published>2010-01-06T06:00:00Z</published>
    <updated>2010-01-06T02:43:37Z</updated>

    <summary>   　『世界短編傑作集』も第５巻に入ると、第二次大戦後に日本に紹介された作家が入ってきます。そのトップバッターが、コーネル・ウールリッチ＝ウィリアム・アイリッシュでした。収録されたのは江戸川乱歩が褒...</summary>
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        <name>東京創元社</name>
        
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        <![CDATA[<br /><br />
<div style="FLOAT: right; WIDTH: 170px"><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488100056"><img height="197" alt="世界短編傑作集５" hspace="8" src="http://www.tsogen.co.jp/img/cover_image_m/10005.jpg" width="140" vspace="8" border="1" /> 
<div style="TEXT-ALIGN: center"><img height="18" alt="書籍の詳細を見る" src="http://www.webmysteries.jp/images/shosekishosai.jpg" width="100" border="0" /></div></a></div><big>
　<b><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488100056">『世界短編傑作集』</a></b>も第５巻に入ると、第二次大戦後に日本に紹介された作家が入ってきます。そのトップバッターが、コーネル・ウールリッチ＝ウィリアム・アイリッシュでした。収録されたのは江戸川乱歩が褒めていた<b>「爪」</b>ですが、今となってみると、この短編でウールリッチを代表させるのは、無理というものでしょう。<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4150705518?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4150705518" target="blank">『幻の女』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4150705518" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></b>に興奮していたとはいえ、乱歩の評価は、ウールリッチの（とりわけ短編の）全貌を掴んだうえのことでは、なかったのですから。ついでに書いておくと、<b>『幻の女』</b>よりも<b><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488120023">『暁の死線』</a></b>を買うという意見（代表者は亡くなった稲葉明雄さんでしょうか）に、私は賛同しています。<br />
　さて、ウールリッチの短編をふり返る前に、門野集さんとのお喋りを、もう少し続けることにします。門野さんは、学生時代にウールリッチのファンクラブを結成し、Dead Lineという会報誌を発行していたという経歴の持ち主で、全５巻にわたるウールリッチの短編傑作集（白亜書房刊。加えて、別巻として稲葉明雄訳の傑作選も編んでいる）を訳出した人でもあります。前回のフィッツジェラルドの話題からの流れではありますが、当時の雑誌事情にも触れていますから、導入部としては最適です。<br />
<br />
――せっかく門野さんに話を聞くんだから、もうひとり、ウールリッチにも触れたいんだけど、彼はデヴューしたとき、フィッツジェラルドと括られてたんですか？<br />
「フィッツジェラルドは25年に<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4102063013?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4102063013" target="blank">『ギャツビー』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4102063013" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></b>を出して、短編もいっぱい書いて、ジャズ・エイジのアイドルみたいになってるわけです。そのころ、ウールリッチは大学生ですから、作家としてあこがれてたと思います。1926年に書いた処女長編も、フィッツジェラルドの模倣だった。<b>Cover Charge</b>という小説ですが、それがボニー・アンド・リブライトという出版社の目にとまる。そこは大きな出版社だったけど、フィッツジェラルドのような路線は持ってなかったんですね。それで、売られ方も読まれ方も、フィッツジェラルドふうといったものになった。メイン・ストリームの作家になりたくて、フィッツジェラルドを真似てみたということなんでしょうね。で、長編を６冊、短編を20くらい書いて、結局、芽がでない」<br />
――短編はどういうところに書いてたんです？<br />
「スマート・セット、カレッジ・ユーモア、マクルーアズなどでした」<br />
――スマート・セットって、どういう雑誌なんですか？<br />
「Ｈ・Ｌ・メンケンとＧ・Ｊ・ネイサンの作った文芸誌ですね。オー・ヘンリーとかユージン・オニールとか、ああいうタイプの小説が載っていました。ただ、この手の雑誌は商売にならないんですよ。それで、1915年に、彼らはパルプ・マガジンを創刊して、収入源にしようとした。まず、スマート・セットの没原稿や埋め草から、パリの風俗をテーマにした雑誌をでっちあげる。それと、エロティックなパルプと二誌作って、しばらくしたら売却する。そうやってスマート・セットを維持してたんです。数年後に再び苦しくなって作ったパルプ・マガジンが、ブラック・マスクだった」<br />
――じゃあ、いまの企業買収の発想と一緒なんだ。安い会社の価値を高めて、そして売る。<br />
「彼らはパルプ・マガジンをクズだと思ってることは確かなんですけど、結局三誌作っては売ってますね。ブラック・マスクにハメットを掲載したのは、彼らの功績だったようです。ただ、他は泡沫雑誌として消えてしまったけど。ブラック・マスクはジョゼフ・ショーという名編集長がいたおかげで、スタイルを確立して生き延びた」<br />
――スリックとパルプって、そういう関係でもあったんだ。<br />
「パルプ・マガジンは彼らが手を出したころ、ジャンルごとに特化してきてたんですね。ウェスタンとかミステリとか戦争ものとか。第一次大戦をはさんだ時期ですから。ウールリッチに話を戻すと、スマート・セットにいくつか短編を書いて、あと、マクルアーズ。サタデー・イヴニング・ポストは晩年になってから一度だけですね」<br />
――それはミステリ？<br />
「いえ、普通小説、ラヴストーリイですね」<br />
――ウールリッチはミステリ作家になってからも、普通小説を書いてたんですか？<br />
「書いてますね。恋愛もののパルプにも書いてるし……。ただ、ほとんど翻訳されてませんから。ウールリッチは34年にディテクティヴ・フィクション・ウィークリイに短編を書いて、そこから、パルプ・ミステリ作家としてのキャリアが始まるんです。それで、34年にパルプにいくまでに、２年ほどブランクがあるんです。長編を書こうとしてたりして、メイン・ストリームへの執着があったと思うんですけどね」<br />
――そのころは、ニューヨークのホテル暮らし？<br />
「いえ、母親の家です。ウールリッチは両親が離婚してて、子どものころは父親について中南米へ行ってますが、その後は母親と基本的にはニューヨークに住んでいて、わずかな時期、ハリウッドに行っただけです。で、最初の長編<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4150706042?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4150706042" target="blank">『黒衣の花嫁』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4150706042" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></b>が40年ですから、その間はひたすら短編をパルプ・マガジンに書くんです」<br />
――ギャラは、安いんでしょう？<br />
「一語１セント。一万語書いても百ドルですから。フィッツジェラルドの一編２千ドルとは大きな差がある。ギャラにはランクがあったようで、一語３セントだとか４セントだとかと豪語する作家もいたんですが、確かに、相場の三倍といえば三倍なんだけど、それでも知れてる。ハメットも原稿料を上げさせてましたね。だけど、どうしたって一編２千ドルにはならない。それでも、日銭稼ぎなんだけれども、書かなきゃならない。フランク・グルーバーが、<b>The Pulp Jungle</b>という、パルプ作家貧乏記みたいな本を書いてますけど、簡易食堂で置いてあるケチャップにお湯を足して、トマトスープとか言って飲んでたりする。<br />
――グルーバーは、比較的早く売れた人じゃなかったっけ？　それでも、そうなんだ。<br />
「書き始めてからも、パルプ・マガジンは抜け出しにくいんです。というのは、全然評価されていない媒体だから。まず、販路が新聞スタンドだから、新聞のように読んだら捨てられるものなんです。たいてい週刊ですし、サイズも大きい。Ａ４に近い大きさです。最初にアーゴシーが10セントで成功したのは、本の流通経路を省いて、直に駅なんかで売ったからだと言われてますね」<br />
――だけど、EQMMとかF＆SFとかは、サイズが小さいよね。<br />
「だから、あれは、狭義にはパルプ・マガジンじゃないんじゃないですか。初期のパルプ・マガジンは、そこで書いても、よほど奇特な人じゃないと、編集者と呼ばれる人は読んでなかったんじゃないか」<br /><br /><br /></big>
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    <title>短編ミステリ読みかえ史　【第９回】（1/2）　小森収</title>
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    <id>tag:www.webmysteries.jp,2009://6.468</id>

    <published>2009-12-07T04:00:00Z</published>
    <updated>2009-12-26T12:33:52Z</updated>

    <summary>   　まず、前回の補足を少ししておきます。 　ウィリアム・フォークナーの短編小説「エミリーに薔薇を」の、ホーマーを同性愛とする解釈についてです。『フォークナー事典』で「エミリーに薔薇を」の項を引くと...</summary>
    <author>
        <name>東京創元社</name>
        
    </author>
    
        <category term="640 短編ミステリ読みかえ史" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.webmysteries.jp/">


   
      
        <![CDATA[<br /><br />
<div style="FLOAT: right; WIDTH: 170px"><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488104252"><img height="197" alt="犯罪文学傑作選" hspace="8" src="http://www.tsogen.co.jp/img/cover_image_m/10425.jpg" width="140" vspace="8" border="1" /> 
<div style="TEXT-ALIGN: center"><img height="18" alt="書籍の詳細を見る" src="http://www.webmysteries.jp/images/shosekishosai.jpg" width="100" border="0" /></div></a></div><big>
　まず、前回の補足を少ししておきます。<br />
　ウィリアム・フォークナーの短編小説<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4828830782?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4828830782" target="blank">「エミリーに薔薇を」</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4828830782" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></b>の、ホーマーを同性愛とする解釈についてです。<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4775401416?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4775401416" target="blank">『フォークナー事典』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4775401416" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></b>で<b>「エミリーに薔薇を」</b>の項を引くと、リンドン・チュバック監督による同名の映画化（短編映画だそうです）には「ホーマー・バロンが同性愛者であることを強く示唆する場面が登場する」とあります。ただし、この項目には、一人称複数の叙述であることは説明されていても、同性愛説にはとりたてて触れられていませんから、解釈としては異端というか少数派というか、そういうことになるでしょう。また、一人称複数の叙述については、当時のフォークナーが多用したとありますから、おそらく充分な研究がなされているはずです。興味のある方は調べてみることをお奨めします。<br />
　短編小説ではありませんが、フォークナーとミステリとの関わりで、有名かつ見逃せないものに、物議をかもした長編小説<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4102102027?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4102102027" target="blank">『サンクチュアリ』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4102102027" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></b>があります。1929年ごろに書かれて、31年になって本人が手を入れたものが刊行されました。研究家が、この作品に触れるときに、きまって言及するのが、モダン・ライブラリー版に寄せた著者のはしがきです。すなわち、数冊の著作を出したフォークナーが、あまりはかばかしくない売れ行きに、金になるようなものを書こうとし、そのために、ミシシッピー州の人たちにウケる話とはどんなものだろうと考え、想像しうるかぎりの恐ろしい話を書いたというのです。作品は出版社から拒否され、フォークナーはこのことを、安っぽい思いつきだったと反省し、また、自分でもひどい原稿だと思ったらしく、出しても恥ずかしくないものにすべく手を入れて（それでも、１万人くらいは買ってくれるかもしれないと考えたといいますから、やはり金目当ての売れ筋ねらいだったのです）、出版しました。そして、狙いたがわず売れました。<br />
　<b>『サンクチュアリ』</b>は、売れたがために、過大評価と過小評価の波に呑み込まれた典型だと、私は思います。金に魂を売っただの、いや、良心に恥じない仕事にすべく手を入れただの、かまびすしかったわけですが、ひとつだけハッキリ言えるのは、恐ろしく残虐な暴力を書けば、人にウケるとフォークナーが考えた、そしてウケたということです。結末部分の説明（かなり唐突です）が、作家の良心の表れだという考えに、私はかなり疑いを持っていますし、もっと根底的なところで<b>『サンクチュアリ』</b>に問題点を見る富山太佳夫のような人もいます。富山太佳夫の<b>「ポパイとは何者か」</b>（<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4622045966?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4622045966" target="blank">『ポパイの影に』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4622045966" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></b>所収）は、フォークナーが、社会進化論思想、優生学思想といった、当時のアメリカで一般的かつ優勢だった俗情（むろん思想でもありますが）と、どのようなところで結託しているかという指摘をしています。<br />
<br />
　今年映画化された<b>「ベンジャミン・バトン／数奇な人生」</b>の公開にあわせ、その原作を表題作にして、スコット・フィッツジェラルドのファンタスティックな作品を集めた短編集が、角川文庫から出ました。フィッツジェラルドはフォークナーより１歳年長。いわゆる、ロスト・ジェネレーションですね。フォークナーよりも派手な人生というか、若くしてもてはやされますが、金に困ったことは共通していて、短編をさかんに雑誌に売っている。フィッツジェラルドの短編をいくつか読んでいたところで、たまたま翻訳家の門野集さんと話をしていると、フィッツジェラルドには<b>「原稿料は高い」</b>という原題の短編集があると教わりました。門野さんは、ウールリッチの研究・翻訳で知られる人ですが、フィッツジェラルドもお好きなんだそうです。というわけで、フィッツジェラルドについて、あるいは、短編小説で稼ぐことについて、門野集さんとお喋りをしてみました。<br />
<br />
――フィッツジェラルドには<b>“The Price was high”</b>という短編集があるんですって？<br />
<b>門野</b>　編者はマシュー・ブルッコリといって、フィッツジェラルドの伝記を書いた人です。アメリカの研究者なんですね。フィッツジェラルドの短編は、公表されたものの総数が約160あるんです。そのうちの46編が、生前、４冊の短編集に収められています。死んだのちに６冊出てて、そこに61編。それは46編との重複を除いてです。<b>“The Price was high”</b>は２巻本49編収録で1979年に出たんですが、それまでにアブれたものを拾い上げた。だから選んだといえば聞こえはいいんですが、落穂ひろいというか、残りをあらかた集めた。それで、残りが９つくらいになったんです。ジョン・オハラが書いた序文のタイトルが<b>「106585ドル」</b>となってまして、これが49編の総原稿料のようです。フィッツジェラルドは短編の原稿料が、最盛期には１編2千ドル以上。１ドル100円で換算しても200万円以上。ものすごい高額だったんですね。当時としても破格の高さ。中でも一番高かったのが、サタデー・イヴニング・ポスト。それで、序文にも出てくるんですけど、短編５編書いて１万ドルなのに、<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4124035047?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4124035047" target="blank">『グレート・ギャツビー』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4124035047" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></b>の単行本で得たお金が、アドヴァンスをのぞけば２千ドル弱だった。アドヴァンスは４千ドルだったかあるんですが、それを足したって、短編５本の半分くらいにしかならない。アドヴァンス分を短編１本で稼ぐこともあったわけです。だから、収入はほとんど短編の原稿料で稼ぐことになる。<br />
――この<b>“The Price was high”</b>という題名は、含みとしては、原稿料は高いけど、中身の質は低いということでしょう？<br />
<b>門野</b>　そうです。とても洒落たタイトルですよね。質が低い理由は、大きく二つあって、第一に、20年代にサタデー・イヴニング・ポストに売った短編なんかは、サタデー・イヴニング・ポストの枠組みに合わせて書かざるをえない。ラヴストーリイがあって、ハッピーエンドになる。そのせいで話のつくりに無理というかきしみが出てしまう。有名な短編でも<b>「リッチ・ボーイ」</b>や<b>「メイ・デイ」</b>は、サタデー・イヴニング・ポストにリジェクトされて、他の雑誌にまわしてるんですね。ただ<b>「異邦人」</b>はサタデー・イヴニング・ポストなんですよ。だから、なぜ、これが良くて、あれがいけないのかという話になると、分からないことも出てくる。また、だからといって、売れる短編を書くためにどこまで自分を曲げていたのかは、分からないところがある。本人は、自分は娼婦であって、出版社の求めに応じて、どのような体位もこなせると書いてるんですが。<br />
――じゃあ、一応、商才あるつもりで書いてるんですね。<br />
<b>門野</b>　フィッツジェラルドの場合、短編はお金のために書いているというのが定説です。第二に、30年代の大不況以後の短編も入ってるんですが、そのころは作家としても衰えてきていて、それで質的にどうもというものもある。<br />
――サタデー・イヴニング・ポストに書いてるのは20年代？<br />
<b>門野</b>　いや、30年代後半も書いてますね。もちろん、最も華々しい存在だったのは20年代でした。<br />
――こうして聞くと、そりゃ、書きますよね。だけど、落ち着いて考えると、サタデー・イヴニング・ポストになら、それほど節を曲げずに書けるのでは。当時は、サタデー・イヴニング・ポストが、格としては一番上になるんでしょう？<br />
<b>門野</b>　そうですね。あとは、コリアーズ、スマート・セット、晩年はエスクアイア。そんなところに書いていますね。原稿料が安いところには書かないと言っている。<br /><br /><br /></big>
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    <title>短編ミステリ読みかえ史　【第８回】（1/2）　　小森収</title>
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    <published>2009-11-05T06:00:00Z</published>
    <updated>2009-12-26T12:35:53Z</updated>

    <summary>    　ミステリと文学の関係をあつかった、モームの「創作衝動」を取り上げたその月の創元推理文庫は、復刊ラインナップに、エラリー・クイーン選の『犯罪文学傑作選』が並んでいました。このアンソロジーの趣旨...</summary>
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        <name>東京創元社</name>
        
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        <![CDATA[ <br /><br />
<div style="FLOAT: right; WIDTH: 150px"><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488104252"><img height="197" alt="犯罪文学傑作選" hspace="8" src="http://www.tsogen.co.jp/img/cover_image_m/10425.jpg" width="140" vspace="8" border="1" /> 
<div style="TEXT-ALIGN: center"><img height="18" alt="書籍の詳細を見る" src="http://www.webmysteries.jp/images/shosekishosai.jpg" width="100" border="0" /></div></a></div><big>
　ミステリと文学の関係をあつかった、モームの<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/B000JAZVSW?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=B000JAZVSW" target="blank">「創作衝動」</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=B000JAZVSW" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></b>を取り上げたその月の創元推理文庫は、復刊ラインナップに、エラリー・クイーン選の<b><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488104252">『犯罪文学傑作選』</a></b>が並んでいました。このアンソロジーの趣旨は明解で〈文豪もすぐれたミステリを書いている〉というものです。文豪というのは、ちょっと大げさかな。ミステリプロパーではない著名な作家くらいが適当でしょうか。しかし、中には文豪と呼んで遜色ない人も交じっています。1951年刊行のアンソロジーで、各編の初出年は必ずしも書かれていませんが、第二次大戦前の作品が多いようです。むろん、チャールズ・ディケンズ、マーク・トウェイン、ロバート・ルイス・スティーヴンソンといった人たちの短編は、19世紀から20世紀にかけてあたりのものです。<br />
　イギリスでは、19世紀の後半から、雑誌の隆盛が始まります。その隆盛の一翼を担い恩恵を蒙ったのが、シャーロック・ホームズのコナン・ドイルでした。もっとも、ドイルはホームズの存在を負担に感じていたようですから、このことを本人に訊ねても、どんな答えが返ってくるのか分かりません。アメリカでは遅れて、1820年代あたりから雑誌文化が開花します。分類すれば、雑誌はスリックとパルプに分かれますが、ここでは、その差には踏み込みません。ともあれ、短編小説の発表の場が増えました。つまり需要が拡大したのです。アメリカでの作家の食い扶持稼ぎは、一に雑誌への短編執筆、二にハリウッドの台本書きとなったのでした。<br />
<b>『犯罪文学傑作選』</b>の原題は<b>The Literature of Crime</b>です。1951年当時の常識からみて、ミステリの範囲をかなり広く想定していることが、収録作品から見てとれます。ただし、それは、そうしなければ作品集が作れないという消極的な理由からではなく、むしろ、ここまでをミステリとして呼んで（読んで）しまおうという積極性が、編集者クイーンの本領というべきでしょう。1951年といえば、EQMMはもちろん、同誌の年次コンテストもすでに軌道に乗っています。ヴァラエティに富んだ過去の作品発掘が、EQMM成功の鍵のひとつでした。それは新人発掘にもあてはまります。代表はスタンリイ・エリンです。EQMM年次コンテストの1950年度第一席はシャーロット・アームストロングの<b><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488263027">「敵」</a></b>であり、翌51年はトマス・フラナガンの<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4150006466?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4150006466" target="blank">「アデスタを吹く冷たい風」</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4150006466" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></b>でした。<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4150701296?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4150701296" target="blank">『黄金の13／現代篇』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4150701296" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></b>を読んでいただければ分かりますが、ここらを境に、第一席作品の質がガラリと変わるのです。The Literature of Crimeという言葉は、ミステリの総称として残った可能性さえあると夢想するのも、悪いことではないでしょう。<br />
<br />
<b>『犯罪文学傑作選』</b>には、謎解きミステリはあまり含まれていません。モームはその形式の作品も書いていますが、採られているのは<b>「園遊会まえ」</b>（別題<b>「園遊会まで」</b>）です。<a href="http://www.webmysteries.jp/komori/komori0909-1.html">モームについては前々回書いたので</a>、詳述しませんが、クイーンの眼の高さを感じます。パール・バックの<b>「身代金」</b>は、明らかにミステリとしては書かれていません。営利誘拐の被害者となった夫婦を描いていますが、息子の身代金を払うか否か、警察に連絡するか否かで、意見が相違し揺れます。おそらく1930年代に書かれたであろうこの短編は、誘拐犯が身代金を要求する営利誘拐が、アメリカで多発したという背景があります。そのもっとも巨大な例がリンドバーグ事件です。アガサ・クリスティに<b><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488105396">『オリエント急行の殺人』</a></b>を書かせたアレですね。それまでになかった形の得体が知れない理不尽な犯罪と、そこに直面しなければならない人々の不安。それを描くことは、現代の先端を描く文学者としては、当然の仕事だったのでしょう。そこには、営利誘拐をゲームと見る視点は、まったくありません。にもかかわらず、主人公は家から遠く離れた村で匿名の捜査員と落ち合うという、スパイ小説まがいの展開が見られます。鋭さと俗っぽさを同時に持つというのは、小説の美点のひとつだと、私は考えていますが、<b>「身代金」</b>をミステリと呼ぶことで、それを強く意識できるのではないでしょうか？<br />
　一方で、<b>「身代金」</b>が書かれたときには、とうに亡くなっていたマーク・トウェインの<b>「盗まれた白象」</b>は、警察捜査の持ついい加減さの、ナンセンスなサタイアとして大いに楽しめます。<a href="http://www.webmysteries.jp/komori/komori0907-1.html">アンブローズ・ビアスのところで</a>、アメリカの法治国家としての弱さについて書きましたが、この短編の背景にあるのも、同じものでしょう。19世紀の話といってしまえばそれまでです。けれど、警察があてにならない感覚というのは、30年代のコーネル・ウールリッチについて語るときに、必ず出てくることになるでしょう。実際、<b>「身代金」</b>の主人公夫婦は、警察があてになるかならないかで悩むのです。<br />
　このほか、ジョン・スタインベックの<b>「殺人」</b>は、ストレイトなクライム・ストーリイとして、いま読んでも新鮮ですし、ウィラ・キャザーの<b>「ポールの場合」</b>は、ショウビジネスに耽溺して、ドロップアウトしてしまう青年を細密に描いて、どう言ったらいいのか、影をつけるのが巧い書き方です。30年前の私ならば「ミステリとは言えないけれど、ミステリマガジンを面白くするのはこの手の短編」とでも評していたでしょう。もっとも、往年のHMMに載っていた都会小説よりは、少々スクエアな感じはしますが。このアンソロジーに収められた作家で、唯一、この連載で、この先、取り上げる予定でいたのが、デイモン・ラニヨン（私が慣れた表記ではラニアン）です。ここに収録されている<b>「ユーモア感」</b>も楽しい短編ですが、ミステリとして読むということを頭においても<b>「約束不履行」「ミス・サラー・ブラウンのロマンチックな物語」</b>（ミュージカル<b>「野郎どもと女たち」</b>のベースになった話です）<b>「ブッチの子守唄」「三人の賢者」「レモン・ドロップ・キッド」</b>と、またたくまに作品が並びます。<br />
　各作品を一作一作見ていては、きりがありません。私がこのアンソロジーで、とりわけ注意を惹かれたのは、ウィリアム・フォークナーの<b>「修道士」</b>につけられた、クイーンの解説の冒頭でした。「ウィリアム・フォークナーの<b>『騎士の陥穽』</b>は、彼の最初の短編探偵小説集である」フォークナーの？　短編探偵小説集？　フォークナーがEQMM年次コンテストに応募し、二席に入ったことは知っていましたが、一冊分も書いているとは、まったく知らなかったのです。<br /><br /><br /></big>
<ul class="pageNavi">
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    <title>短編ミステリ読みかえ史　【第７回】（1/2）　　小森収</title>
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    <id>tag:www.webmysteries.jp,2009://6.394</id>

    <published>2009-10-05T06:30:00Z</published>
    <updated>2009-12-26T12:36:51Z</updated>

    <summary>    　もう少し、サマセット・モームに寄り道してみましょう。 　実は、先月の回で1冊とばしたモームの短編集があります。『一人称単数』という1931年の短編集がそれです。6編の収録作はみな邦訳がありま...</summary>
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        <category term="640 短編ミステリ読みかえ史" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        <![CDATA[ <br /><br />
<div style="FLOAT: right; WIDTH: 150px"><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488115012"><img height="197" alt="秘密諜報部員" hspace="8" src="http://www.tsogen.co.jp/img/cover_image_m/11501.jpg" width="140" vspace="8" border="1" /> 
<div style="TEXT-ALIGN: center"><img height="18" alt="書籍の詳細を見る" src="http://www.webmysteries.jp/images/shosekishosai.jpg" width="100" border="0" /></div></a></div><big>
　もう少し、サマセット・モームに寄り道してみましょう。<br />
　実は、先月の回で1冊とばしたモームの短編集があります。<b>『一人称単数』</b>という1931年の短編集がそれです。6編の収録作はみな邦訳がありますが、1冊の短編集として全訳されたものはないようです。刊行の順番としては<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4480030077?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4480030077" target="blank">『アー・キン』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4480030077" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></b>に先立ち、執筆時期は、おそらく<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4480030026?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4480030026" target="blank">『コスモポリタンズ』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4480030026" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></b>と同じころか、やや後と思われます。題名のとおり一人称の作品集ですが、そのうちのいくつかは、一人称ながら、語り手がその場には存在しない場面をも描いてあって、当然、そこは三人称のような形態となります。こういう一人称を指し示すテクニカルタームがあるのかどうか、私は知りませんが、仮に、なまくら一人称としましょう。これは、三人称小説の中に、突然作者が「私」という形で出てくるものではなく、また<b>『コスモポリタンズ』</b>にいくつか見られた、「私」は存在するものの、その「私」は小説の中には登場しないといったものでもありません。「私」は登場人物として、他の登場人物と出会い話し、しかし、自分の立ち会わない場面も描くのです。<br />
　ホントのことを言えば、私は、この短編集収録作のうち3編しか入手できなくて、半分しか読んでいないのですが、越川正三という研究者による<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4873541344?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4873541344" target="blank">『サマセット・モームの短編小説群』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4873541344" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></b>を読むと、この特殊な一人称が、短編集全体の特徴としてあげられています。越川正三という人はモームの研究書をいくつも出していて、とくに<b>『サマセット・モームの短編小説群』</b>は、全作を丹念に吟味した労作です。<br />
　さて、なまくら一人称の話ですが、これは、ありそうでない形なんですね。たとえば、ヴァン・ダインの小説は、登場人物ヴァン・ダインの一人称であることを、しばしば読者は忘れてしまいますが、すべての場面にヴァン・ダイン氏は立ち会っていたはずです。ワトソン博士はさすがに登場人物として、しっかりと印象づけられていますが、これがヘイスティングズになると、作品を重ねるにつれて、登場人物としては負担になってきています。それでも、なまくら一人称には、なかなかならないもので、クリスティが<b><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488105389">『ＡＢＣ殺人事件』</a></b>でカストを描いた章を律義に区別したり、栗本薫が<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4062759330?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4062759330" target="blank">『ぼくらの時代』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4062759330" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></b>でわざわざ弁明をつけたりと、相応の配慮がなされるものなのです。<br />
　蔑称ぽく、なまくら一人称なんて呼びましたが、こういういい加減さを許すのは、小説の美点でもあると、考えないわけではありません。そう。10日のうち4日くらいは。ただし、だからといって、この「私」が、あるいは「私」の書き方が、都合のよいインチキくさい存在や方法であることは、否定できません。モームの場合は、私小説の約束事のように、この「私」をモームと決めてかかり、「私」の価値観や人柄が現われるのを楽しむという人もいるようですが、そう考える理由は、たかだか、作中の「私」の見解が、他のモームのエッセイにそっくり出てくるといった程度のことです。この立場はちょっと採用しがたい。この立場からすると、前回触れた<b>「ルイーズ」</b>で、彼女と対決するのは、モームということになります。だったら、ポイズンヴィルを血まみれの混乱に陥れるのは、ハメットだということになるんですかね。それでいいのかな。いささか信じがたい。<br />
　この、なまくら一人称の作品のうち、<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/B000JAZVSW?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=B000JAZVSW" target="blank">「創作衝動」</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=B000JAZVSW" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></b>という1編を、今回はとくに取り上げることにしましょう。というのは、この作品そのものはミステリではありませんが、この作品と、この作品の背景には、ミステリがおおいに関係があるからです。<br /><br /><br /></big>
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    <title>短編ミステリ読みかえ史　【第６回】（1/2）　　小森収</title>
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    <id>tag:www.webmysteries.jp,2009://6.357</id>

    <published>2009-09-07T02:30:00Z</published>
    <updated>2009-09-04T06:09:28Z</updated>

    <summary>    　『世界短編傑作集』がカヴァーしている時代で、広く短編小説の世界を見渡したときに、ミステリの側からも無視しづらい、超の字のつく大物がひとりいます。ミステリの歴史においても、近代的なスパイ小説の...</summary>
    <author>
        <name>東京創元社</name>
        
    </author>
    
        <category term="640 短編ミステリ読みかえ史" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        <![CDATA[ <br /><br />
<div style="FLOAT: right; WIDTH: 150px"><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488115012"><img height="197" alt="世界短編傑作集〈１〉" hspace="8" src="http://www.tsogen.co.jp/img/cover_image_m/11501.jpg" width="140" vspace="8" border="1" /> 
<div style="TEXT-ALIGN: center"><img height="18" alt="書籍の詳細を見る" src="http://www.webmysteries.jp/images/shosekishosai.jpg" width="100" border="0" /></div></a></div><big>
　<a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488100018"><b>『世界短編傑作集』</b></a>がカヴァーしている時代で、広く短編小説の世界を見渡したときに、ミステリの側からも無視しづらい、超の字のつく大物がひとりいます。ミステリの歴史においても、近代的なスパイ小説の始まりとして必ず名前があげられ、ショートショートという形式に初めて手を染めたことでも知られる作家。自らを二流作家の先頭と韜晦し、物語を――ひらたく言えば、お話の面白さを――重んじて、また、そのことを公言もしたイギリスの人気作家。そう。サマセット・モームです。<br />
　もっとも、この連載を続けるのに、なぜモームの短編を放っておけないのかは、いささかデリケイトな問題です。<b>『アシェンデン』</b>（創元推理文庫では<a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488115012"><b>『秘密諜報部員』</b></a>の訳題でしたっけ）が、ミステリ史の中に重要な位置を占めていることに、異を唱える人はまずいないだろうし、<b>『アシェンデン』</b>は連作短編と見ることも可能でしょう。クイーンの<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4150002193?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4150002193" target="blank">『黄金の十二』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4150002193" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></b>のアンケートにも、モームは<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4480030077?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4480030077" target="blank">「密林の足跡」</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4480030077" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></b>が一票入っています。なにより、モーム自身ミステリが好きで、晩年に長いエッセイも書いている（<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/B000JAUFF6?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=B000JAUFF6" target="blank">「探偵小説衰亡史」</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=B000JAUFF6" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></b>）。にもかかわらず、同時期のマンスフィールドの<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4102048014?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4102048014" target="blank">「園遊会」</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4102048014" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></b>は無視できて、モームの<a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488104252"><b>「園遊会まで」</b></a>が捨て置けないのは、なぜか？　という問いに答えるのは、そう簡単ではないのです。<br />
<br />
　短編作家としてのモームは、第一次大戦後に始まり、それは戦時中の南太平洋行きが、ひとつのきっかけになったというのが、定説となっています。<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/433475158X?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=433475158X" target="blank">『月と六ペンス』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=433475158X" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></b>はそれ以前から書く意志があったようですが、俗に南海ものと呼ばれる短編群が書かれることになったのは、かの地に赴いた結果であったようです。のちの<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4480030026?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4480030026" target="blank">『コスモポリタンズ』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4480030026" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></b>も、中国でのメモから簡単な作品を作ったものが、編集者の目にとまって、実現した作品群です。モームにとって、アジア太平洋は、短編小説のインスピレイションを与えるものだったのかもしれません。<br />
　第一次大戦後の最初の短編集<b>『木の葉のそよぎ』</b>の序文には、世紀末から新世紀初頭ごろの話として、編集者は、Ｗ・Ｗ・ジェイコブズのような話か、コナン・ドイルやラッフルズみたいなものを求めていると、エージェントに言われたという、愉快な回想が出てきます（ついでに書いておくと、その両方ともモームには書けなかったと）。その<b>『木の葉のそよぎ』</b>の実質的な巻頭作は<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4102130098?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4102130098" target="blank">「マッキントッシ」</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4102130098" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></b>という短編ですが、すでに、この短編にして、ミステリ的な妙味があります。すなわち、未必の故意、もしくは、犯罪を誘発するための不作為というモチーフです。<br />
<b>「マッキントッシ」</b>は後年モームが<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4480030069?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4480030069" target="blank">「奥地駐屯所」</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4480030069" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></b>で再度手がける、植民地におけるそりの合わない上司と下僚の話です。ふたりの性格の対立ぐあいは、両作品でかなり異なっていて、したがって、単純なリメイク、改作とは言えません。そもそも、対立のあげく殺されてしまうのが、上司と下僚と、それぞれで異なっています。<b>「マッキントッシ」</b>では、現地の人間に慈父的態度をとる一方で、強引傲慢なところもある上司ウォーカーが、その完成が自分の夢でもある、島の道路工事の請負に関して、島民といざこざを起こし、その解決法が無慈悲だったため怨みを買います。部下であるマッキントッシは、それまでに、性格も考えもその上司と合わないことが細かく描かれています。読書家のマッキントッシは、無学で粗野なウォーカーに探偵小説はないかと尋ねられ、ニベもない答えをするのです。さて、島民のひとりで、中心となってウォーカーと対決した男が、マッキントッシに助けを求めに来ますが、そこで、引出しの中にピストルがあることに気づきます。彼が気づいたことに、マッキントッシも気づきます。マッキントッシは、それと一言も口にせず、彼にそのピストルを盗む機会を与え、彼が去った後で、ピストルがなくなっているのを確認します。その後の展開は、定石通りながら、さすがにサスペンスがあります。ピストルが戻ってくることで、事件が起きたことを知るという段取りも見事なものです。<b>「マッキントッシ」</b>と<b>「奥地駐屯所」</b>を比較すると、私は後者に軍配をあげますが、それでも、結末を含めて、前者には後者にない魅力があることも確かです。<br />
　同じ短編集に入っていて、短編の代表作に数えられることもある<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/410213008X?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=410213008X" target="blank">「雨」</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=410213008X" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></b>も、ルース・レンデルあたりが書いていたならば、クライムストーリイと呼ばれていたかもしれません。もっとも、<b>「雨」</b>は、ミステリとしてというよりも、小説として古びていると、私は考えます。半世紀経ってみると、聖職者の肉欲は、あって当然で、<b>「雨」</b>という小説が終わった地点は、現在では、そこから新たな小説が始まる起点でしかないからです。しかし、だからといって、この小説がつまらないとも、お手本にならないとも、私は考えません。<b>「雨」</b>と並んで、早くから日本に紹介された<b>「赤毛」</b>は、結末のつけ方にモームの巧者ぶりが発揮されていると思います。こういう結末は、ミステリ読みやミステリ作家には、まず浮かばない。サキのところでも書いたように、それまでの物語のキイパースンから、彼を見ていた別の登場人物にフォーカスを合わせることで、角度を変えた結末をつけるというのは、抽斗に入れておきたい発想です。<br /><br /></big>
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    <title>短編ミステリ読みかえ史　【第５回】（1/2）　　小森収</title>
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    <id>tag:www.webmysteries.jp,2009://6.333</id>

    <published>2009-08-05T04:00:00Z</published>
    <updated>2009-09-11T16:13:57Z</updated>

    <summary>   　欧米の短編ミステリの翻訳を読む人が、必ずぶつかる言葉で、曖昧だけれど便利な言葉、あるいは、曖昧だから便利な言葉が、ふたつあります。「奇妙な味」と「異色作家短篇集」あるいは単に「異色作家」です。...</summary>
    <author>
        <name>東京創元社</name>
        
    </author>
    
        <category term="640 短編ミステリ読みかえ史" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.webmysteries.jp/">


   
      
        <![CDATA[<br /><br />
<div style="FLOAT: right; WIDTH: 150px"><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488100018"><img height="197" alt="世界短編傑作集〈１〉" hspace="8" src="http://www.tsogen.co.jp/img/cover_image_m/10001.jpg" width="140" vspace="8" border="1" /> 
<div style="TEXT-ALIGN: center"><img height="18" alt="書籍の詳細を見る" src="http://www.webmysteries.jp/images/shosekishosai.jpg" width="100" border="0" /></div></a></div><big>　欧米の短編ミステリの翻訳を読む人が、必ずぶつかる言葉で、曖昧だけれど便利な言葉、あるいは、曖昧だから便利な言葉が、ふたつあります。「奇妙な味」と「異色作家短篇集」あるいは単に「異色作家」です。<br />　前者は江戸川乱歩の造語で、<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4334735894?ie=UTF8&amp;tag=wwwtsogecojp-22&amp;linkCode=as2&amp;camp=247&amp;creative=1211&amp;creativeASIN=4334735894" target="blank">『幻影城』</a><img style="BORDER-RIGHT: medium none; BORDER-TOP: medium none; MARGIN: 0px; BORDER-LEFT: medium none; BORDER-BOTTOM: medium none" height="1" alt="" src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=4334735894" width="1" border="0" /></b>に収められている<b>「英米短篇ベスト集と『奇妙な味』」</b>という文章の中で、欧米のある種の短編ミステリに共通する魅力を紹介しようとして、用いた言葉です。「異色作家短篇集」は早川書房のロングセラーとなった叢書で、ミステリのみならず、ＳＦやファンタジー、ユーモア小説のジェイムズ・サーバーまで含んでいます。そうした広範囲な作家を、一括りにしたのは、商売と言ってしまえばそれまでですが、しかし「異色作家（短篇集）」という言葉が、ある種のニュアンスをもって生きつづけているところを見ると、商業的要請を超えた意味のある言葉だったのでしょう。このシリーズは1960年代に３期18巻が完結し、その後、巻数を減らして再刊行されていましたが、数年前に18巻版が復刊されました（厳密には、最終巻のアンソロジーだけ再編集され、若島正編のアンソロジーが３冊、18～20巻として加えられました）。私は最初の版の造本・装丁が大好きで、本は読めればいいという主義の人間には珍しく、それで全巻集める志をたてて、いまだ果たせずにいます。志といっても片手間な志ではありますが。中学２年のころ、生まれた町の本屋に全巻並んだのを目にしたときは、壮観だったな。以後、18冊を一度に目撃したことはありません。もっとも、この装丁、パラフィン紙を貼った箱は、愛読しながらの保存には不向きで、一番最初に買ったスタンリイ・エリンの<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4152087412?ie=UTF8&amp;tag=wwwtsogecojp-22&amp;linkCode=as2&amp;camp=247&amp;creative=1211&amp;creativeASIN=4152087412" target="blank">『特別料理』</a><img style="BORDER-RIGHT: medium none; BORDER-TOP: medium none; MARGIN: 0px; BORDER-LEFT: medium none; BORDER-BOTTOM: medium none" height="1" alt="" src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=4152087412" width="1" border="0" /></b>など、すでにビリビリに破れてしまっています。ロアルド・ダールの<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4152086742?ie=UTF8&amp;tag=wwwtsogecojp-22&amp;linkCode=as2&amp;camp=247&amp;creative=1211&amp;creativeASIN=4152086742" target="blank">『キス・キス』</a><img style="BORDER-RIGHT: medium none; BORDER-TOP: medium none; MARGIN: 0px; BORDER-LEFT: medium none; BORDER-BOTTOM: medium none" height="1" alt="" src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=4152086742" width="1" border="0" /></b>に始まる、この叢書については、のちに必ず触れることになるでしょう。<br /><br />　乱歩の造語「奇妙な味」は、短編ミステリに、謎とその解明やそれに付随したトリックといったもの以外の点に価値を見出した、日本における、ごく初期の例と言えるでしょう。まず、乱歩が「奇妙な味」という概念を持ち出すに到るまでを整理しておきます。<br />　エラリー・クイーンの<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4150002193?ie=UTF8&amp;tag=wwwtsogecojp-22&amp;linkCode=as2&amp;camp=247&amp;creative=1211&amp;creativeASIN=4150002193" target="blank">『黄金の十二』</a><img style="BORDER-RIGHT: medium none; BORDER-TOP: medium none; MARGIN: 0px; BORDER-LEFT: medium none; BORDER-BOTTOM: medium none" height="1" alt="" src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=4150002193" width="1" border="0" /></b>を中心に、欧米のアンソロジーを読むことで、乱歩は短編ミステリを全体的・歴史的に把握しようとしました。しかも、十数冊のアンソロジーの収録作品の統計をとることで、主要作家や主要作品を割り出そうという、はなはだ論理的学術的なアプローチをしたのです。そうした作業が創元推理文庫の<b>『世界短編傑作集』</b>に結実したことは、連載の第１回にも書きました。研究が嵩じて、自らもベストテン選びをしたくなるのは、古今を問わずファン気質というものでしょうが、乱歩が画期的だったのは、そこで２種類のベストテンを作ったことです。有名なものですが、一応、書き出しておくことにします。以下、この稿の邦訳題名は、引用文中以外は、現在もっとも一般的と思われるもので統一することにします。<br /><br />（A）謎の構成に重きを置く場合<br />E・A・ポオ<b><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488522032">「モルグ街の殺人」</a></b><br />A・C・ドイル<b><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488101015">「唇のねじれた男」</a></b><br />R・A・フリーマン<b><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488100025">「オスカー・ブロズキー事件」</a></b><br />A・モリソン<b><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488100018">「レントン館盗難事件」</a></b><br />E・ブラマ<b><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488100025">「ブルックベンド荘の惨劇」</a></b><br />M・D・ポースト<b><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488100025">「ズームドルフ事件」</a></b><br />G・K・チェスタトン<b><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488110017">「見えない男」</a></b><br />J・フットレル<b><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488100018">「十三号独房の問題」</a></b><br />ジェプスン＆ユーステス<b><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488100032">「茶の葉」</a></b><br />R・ノックス<b><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488100032">「密室の行者」</a></b><br /><br />（B）奇妙な味に重きを置く場合<br />E・A・ポオ<b><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488522049">「盗まれた手紙」</a></b><br />R・バー<b><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488100018">「放心家組合」</a></b><br />A・C・ドイル<b><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488101015">「赤髪連盟」</a></b><br />G・K・チェスタトン<b><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488110017">「奇妙な足音」</a></b><br />ロード・ダンセイニ<b><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488100032">「二壜のソース」</a></b><br />H・ウォルポール<b><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488100049">「銀の仮面」</a></b><br />T・バーク<b><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488100049">「オッターモール氏の手」</a></b><br />A・クリスティ<b><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488100032">「夜鶯荘」</a></b><br />A・バークリー<b><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488100032">「偶然の審判」</a></b><br />C・ウールリッチ（アイリッシュ）<b><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488100056">「爪」</a></b><br /><br /></big>
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    <title>短編ミステリ読みかえ史　【第４回】（1/2）　　小森収</title>
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    <published>2009-07-06T05:00:00Z</published>
    <updated>2009-08-22T06:07:01Z</updated>

    <summary>   　さて、アンブローズ・ビアスです。　うかつなことに、今回調べるまで、ビアスの短編集が創元推理文庫に入っていたことを、私は知りませんでした。2009年６月現在、品切れのようですが、中村能三訳の『生...</summary>
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        <![CDATA[<br /><br />
<div style="FLOAT: right; WIDTH: 150px"><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488501082"><img height="197" alt="怪奇小説傑作集〈３〉" hspace="8" src="http://www.tsogen.co.jp/img/cover_image_m/50108.jpg" width="140" vspace="8" border="1" /> 
<div style="TEXT-ALIGN: center"><img height="18" alt="書籍の詳細を見る" src="http://www.webmysteries.jp/images/shosekishosai.jpg" width="100" border="0" /></div></a></div><big>　さて、アンブローズ・ビアスです。<br />　うかつなことに、今回調べるまで、ビアスの短編集が創元推理文庫に入っていたことを、私は知りませんでした。2009年６月現在、品切れのようですが、中村能三訳の<b>『生のさなかにも』</b>がそれです。創土社から出たものの文庫化なんですね。1892年にアメリカとイギリスでほぼ同時に出版された、ビアスの最初の短編集で、<b>「兵士の物語」</b>と<b>「市民の物語」</b>の二部構成となっています。最初の短編集といっても、以後、出版されるたびに、収録作品が入れ替えられ、数も増えていって、ビアスには生前に自身の編集になる全集があるので、最終的には、それが定本となっているようです。兵士というのは、南北戦争の兵士を指していて、ビアスは北軍の志願兵として従軍し、そのときの体験をもとに書かれています。一般には、この短編集がすぐれているとされ、日本では、芥川龍之介が第二短編集 <b>Can such things be?</b>（怪奇小説集なのですが、こちらも版によって収録内容に異同があるようです）を買っていた分、そちらも同等に読まれていたようです。芥川の力は大きくて、戦前から読まれ訳されていたのも、そのおかげというところがあります。<br />　邦訳は独自編集が多いなか、東京美術が全５巻のビアス選集で、全短編を翻訳しています。第１巻の<b>「戦争」</b>が<b>『生のさなかにも』</b>の<b>「兵士の物語」</b>。第２巻の<b>「人生」</b>が<b>「市民の物語」</b>プラス３編。第３巻の<b>「幽霊I」</b>と第４巻の<b>「幽霊II」</b>で、<b>Can such things be?</b>をすべてと、その他の怪奇小説をいくつか。第５巻の<b>「殺人」</b>は、全集に収録されたその他の短編をまとめたものです。ちょっと誤解が生じそうですが、<b>「兵士の物語」</b>の中にも幻想的な手法のものがあり、<b>「市民の物語」</b>の中にも怪奇小説が含まれているので、幻想と怪奇は、ビアスの小説作法の根幹にあるものなのです。前回紹介した<b>「スィドラー氏のトンボ返り」</b>は、この第５巻の中の作品でした。全５巻に全集収録の短編が全部入っているというのは、ありがたいのですが、翻訳はどうもよろしくない。<br />　岩波文庫の<b>『いのちの半ばに』</b>（<b>『生のさなかにも』</b>の抄訳にあたります）を訳した西川正身には<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/B000J94666?ie=UTF8&amp;tag=wwwtsogecojp-22&amp;linkCode=as2&amp;camp=247&amp;creative=1211&amp;creativeASIN=B000J94666" target="blank">『孤絶の諷刺家アンブローズ・ビアス』</a><img style="BORDER-RIGHT: medium none; BORDER-TOP: medium none; MARGIN: 0px; BORDER-LEFT: medium none; BORDER-BOTTOM: medium none" height="1" alt="" src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=B000J94666" width="1" border="0" /></b>という、かなり詳しい評伝があります。新潮選書の１冊で40年ほど前の本ですが、絶版なのが惜しい内容です。それを読むと、ビアスは小説家としてよりも、諷刺家として有名になり、評価され、忘れられていった人だと分かります。ジャーナリストというものが、現在と同じあり方で存在していたかどうかは、かなり疑問ですが、サキにしてもビアスにしても、ジャーナリストのような存在、少なくとも、新聞や雑誌に小説以外のものを書いて、まず世に出たことは、まちがいありません。もっとも、このころの定期刊行物に載る文章が、フィクションやノンフィクションといった区分に従っていたかというと、それも怪しい。同時代のオー・ヘンリーは短編小説の名手と誰もが呼びますが、彼は様々な人々の話を聞いて、それを素材に作品を書いていったものだといいます。もちろん、素材は素材ですから、小説と呼んでなんの不都合もありません。ただ、当のオー・ヘンリーがなにを書いていたつもりなのかは、ちょっと図り難いのではないか。オー・ヘンリーの研究家が、その点をつきとめているのか否かを、私は知りませんが、疑問として書いておきましょう。<br />　逆の面からながめてみます。つい先ごろ、岩波文庫から出た行方昭夫編訳<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4003720113?ie=UTF8&amp;tag=wwwtsogecojp-22&amp;linkCode=as2&amp;camp=247&amp;creative=1211&amp;creativeASIN=4003720113" target="blank">『たいした問題じゃないが』</a><img style="BORDER-RIGHT: medium none; BORDER-TOP: medium none; MARGIN: 0px; BORDER-LEFT: medium none; BORDER-BOTTOM: medium none" height="1" alt="" src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=4003720113" width="1" border="0" /></b>は、<b>「イギリス・コラム傑作選」</b>という副題がついていて、主に20世紀前半のイギリスの定期刊行物で活躍した、４人のコラムニストの雑文を集めたものです。４人の中には、<b><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488116019">『赤い館の秘密』</a></b>でミステリファンにはおなじみの、Ａ・Ａ・ミルンも入っています。旧制高校以来、英語のリーダーの素材として、日本でも愛読されたといえば、年配の方には、内容の想像がつくかもしれません。日本語で表現すれば、滋味豊かな随筆ということになるのでしょう。<br />　ところが、集中の１編Ｅ・Ｗ・ルーカスの<b>「Ｎ一字の差　上流社会での悲劇」</b>を読むと、ちょっと印象がちがってくる。これは全部で14の短い文章（手紙や原稿の抜粋）から成っています。ある原稿が活字になる際に、誤ってｎが一字脱落したことから、てんやわんやの騒ぎになるという、一種のファースですが、上質なユーモアで、本書の中でも一、二を争う面白さです。ただ、エッセイという言葉で示されたものを連想するとき、入ってくる種類のものではないでしょう。書簡体のショートショートといったところで、そもそもフィクションでしょうし、小説といっても通用します。アメリカのユーモアスケッチに連なる内容でもあります。一口にコラムといっても、こうしたものも含まれるだけの幅があり、短編小説は、それらと一緒の紙面（ないしは誌面）に、並存していたと考えられるのです。<br />　ビアスの小説以外の文章を、日本語で読むのは、かなり難しいのですが、例外的に読めるもので、もっとも有名なビアスの著作として<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4062812525?ie=UTF8&amp;tag=wwwtsogecojp-22&amp;linkCode=as2&amp;camp=247&amp;creative=1211&amp;creativeASIN=4062812525" target="blank">『悪魔の辞典』</a><img style="BORDER-RIGHT: medium none; BORDER-TOP: medium none; MARGIN: 0px; BORDER-LEFT: medium none; BORDER-BOTTOM: medium none" height="1" alt="" src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=4062812525" width="1" border="0" /></b>があります。これは辞典の形式を借りた警句集です。近年では筒井康隆訳も出たので、読んだ（あるいは、かつての私のように、ぱらぱら眺めた）人も多いでしょう。さきほど、ビアスを諷刺家として有名になったと書きましたが、<b>『孤絶の諷刺家』</b>を読むと、時事的な事柄に関して、上手に人の悪口を言うことで喝采を浴びた人のようです。ただし、どんなに洒落た言い回しに長けていても、それらが対象とともに忘れ去られてしまうのは、避け難いでしょう。<br /><br /></big>
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