国内ミステリ出張室

2018.07.09

下村敦史『黙過』、小林泰三『ドロシイ殺し』…「ミステリーズ!89号」(2018年6月号)書評 宇田川拓也[国内ミステリ]その1

 大絶賛を巻き起こし、華々しいデビューを飾った作家ほど、その輝かしいスタートを上回る評価を獲得する難しさは並大抵ではない。しかし、下村敦史『黙過』(徳間書店 1600円+税)は、江戸川乱歩賞歴代受賞作のなかでも上位に挙げられるべき傑作『闇に香る嘘』をついに超えた――といっても過言ではない、著者渾身の作品だ。

 一見すると全5話からなる作品集といった装いだが、その構成には秘められたテーマを力強く打ち出すために、微に入り細を穿(うが)つ工夫が凝らされている。

 助かる見込みの薄い意識不明の患者が一夜にして病室から消えてしまう「優先順位」、厚生労働省の事務次官まで務めるもパーキンソン病のため職を辞した父親がじつは病を演じていたことが発覚する「詐病」、養豚場の母豚10頭の胎内から子豚がすべて消え去る「命の天秤(てんびん)」、自殺した“学術調査官”が遺書に『人間として赦(ゆる)されないことでした』と記すほどの禁忌に迫る「不正疑惑」。それぞれに予想外の真相が用意され、どの話も改めて「命の重さ」を深く考えさせられる、じつによく練られた完成度の高い短編ミステリになっている。この4作で1冊にまとめられたとしても、称賛を浴びるに充分値するレベルといえよう。

 しかし本作の真価は、ここからだ。最後に控える「究極の選択」で、物語は完成度の高い作品集以上の、飛び切りの1冊へと鮮やかな変貌を遂げてみせる。これまでの4作の意味、さらなる大きなサプライズ、そして人類がこれからも真剣に向き合っていかなければならない重大なテーマは、言葉を失うほどに読む者を激しく打ちのめす。と同時に、重みと痛みを味わいながらも、本作を見事に紡(つむ)ぎ上げた著者に対して惜しみない賛辞を贈りたくなるはずだ。

 ちなみに本作で採り上げられているテーマは、『闇に香る嘘』でも扱われていたものの延長線上にあるともいえ、著者にとって力を込めて問わずにはいられない特別な題材であることが想像できる。ただ読み終えることを読者に赦さない、下村ミステリの新たな到達点を、くれぐれも読み逃してはならない。

『アリス殺し』『クララ殺し』に続く、小林泰三『ドロシイ殺し』(東京創元社 1700円+税)は、夢のなかでは不思議の国の住人“蜥蜴(とかげ)のビル”になってしまう大学院生の井森が、またもや奇妙奇天烈な事件に遭遇することになる。

 なぜか砂漠を彷徨(さまよ)い、干からびかけていたビルは、案山子(かかし)とブリキの樵(きこり)とライオンを連れた少女――ドロシイに助けられる。オズの国の住人だという彼女たちは、不思議の国への帰り方がわからないビルを〈エメラルドの都〉へと連れて行く。すると、オズの国を支配するオズマ女王の誕生パーティーが開かれている宮殿内で殺人事件が発生。そして今回もまた現実の世界でも、同じように事件が……。

 現実世界と別世界を往還する設定、ふたつの世界の自分が記憶を共有する「アーヴァタール」の関係性とルールが前作以上に当然のごとく、また応用的にも扱われているので、もはや前の2作を読まずにここから足を踏み入れるのは無謀といいたくなるレベルになっている。『オズの魔法使い』をモチーフにした必然性、著者の既刊を読んでいればニヤリとできる趣向、クライマックスの推理、予想することはまず不可能な結末は、いずれも「愉(たの)しみ方をわかっている読者」への特別仕様のエンタテインメントといった趣(おもむき)である。

 この点に難色を示す向きもあるかもしれないが、だからこそ輝き、歓迎される面白さもきっとあるだろう。毎回読み終えるたびに口を大きく開けながら、さすがにもうこれを超える終着点はあるまい――と思いつつ、まさかの続刊があるので、まだまだこれからも「まさか」と大いに驚かせていただきたい。

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■宇田川拓也(うたがわ・たくや)
書店員。1975年千葉県生まれ。和光大学卒。ときわ書房本店、文芸書、文庫、ノベルス担当。本の雑誌「ミステリー春夏冬中」ほか、書評や文庫解説を執筆。

(2018年7月9日)



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