国内ミステリ出張室

2018.03.16

林泰広『分かったで済むなら、名探偵はいらない』、倉知淳『皇帝と拳銃と』…「ミステリーズ!87号」(2018年2月号)書評 宇田川拓也[国内ミステリ]その2

 思わず「おかえりなさい!」と歓声を上げてしまった、林泰広『分かったで済むなら、名探偵はいらない』(光文社 1600円+税)は、光文社の新人発掘企画「KAPPA -ONE」第1期として、石持浅海、東川篤哉、加賀美雅之とともに『Theunseen 見えない精霊』でデビューした著者の2002年以来となる、じつに15年ぶりの新刊だ。

 過去の苦い記憶から仕事にのめりこみ、望んでもいないのに“名探偵”の異名を持つ刑事の“俺”は、今日も行きつけの居酒屋「ロミオとジュリエット」を訪れる。そこで捜査中の事件や持ち込まれた謎に頭を捻(ひね)っていると、店名の由来であるシェイクスピアの戯曲をめぐる酔客(すいかく)たちの談義が聞こえてきて唖然とする――この人の「ロミオとジュリエット」は、どうやら俺の「ロミオとジュリエット」とは違うらしい……。

 収録された7話のエピソードはいずれも、たまたま知ることとなった戯曲の新たな解釈が“俺”の抱える謎を解く重大なヒントにもなるという、じつに手の込んだものになっている。一番の腕の見せ所となる新釈と謎解きの整合性もよく練られて無理がなく、本作を仕上げるために時間を掛け、多大な労力を費やしたことは容易に想像できるが、そんなことを軽やかに笑い飛ばすようなエピローグもいい。

 最後にご紹介する倉知淳『皇帝と拳銃と』(東京創元社 1900円+税)は、本誌掲載作品なのであえてこの位置にしたが、筆頭で採り上げてもおかしくない出来栄えの著者初となる倒叙ミステリー傑作集だ。

 続々と恋愛小説のヒットを飛ばす若手コンビ作家の間で起こった諍(いさか)いが相方殺しに発展してしまう(運命の銀輪)。来年に副学長選挙を控え、学内で“皇帝陛下”の異名を持つ国文学科主任教授が企んだ殺害計画(表題作)。恋人と劇団を守るため、卑劣漢の叔父を殺した若き劇団主宰者が試みた偽装工作(恋人たちの汀(みぎわ))。当初は自殺と思われた首吊り事件の容疑者である美貌の女性フォトグラファーが施したささやかな細工と予想外の動機(吊られた男と語らぬ女)。

 これら4つの難事件を担当するのが、誰もが“死神”を連想してしまう陰気な風貌ながら見た目に似つかわしくない可愛らしい名前を持つ警部――乙姫(おとひめ)だ。犯人たちが必死になって考えた偽装や予防線を、ひとつ、またひとつと破り、じわじわと迫ってくる姿はまさに大鎌を振り上げて近づく死神そのもので、静かに火花を散らす犯人との真剣勝負にはハイレベルな競技を観戦するような趣(おもむき)がある。

 乙姫を相手にしても一切怯(ひる)む気配のない手強い犯人との対決を描いた前半の二編も素晴らしいが、ドラマの厚みが増した残り二編も秀逸。とくに注目は最終話「吊られた男と語らぬ女」で、それまでのエピソードに登場しなかったタイプの犯人像、常人の理解を超えた特異な動機、単に法で罰せられるだけでは贖(あがな)われない罪という収録作中最大級の難問が乙姫の前に立ち塞がる。ただ逮捕しても勝負がつくことのない犯人に対し、乙姫がいかに白旗を上げさせるのか、ぜひ息を呑んで見届けていただきたい。今後、〈刑事コロンボ〉〈古畑任三郎〉〈福家警部補〉に連なる名シリーズとなることを期待せずにはいられない。

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■宇田川拓也(うたがわ・たくや)
書店員。1975年千葉県生まれ。和光大学卒。ときわ書房本店、文芸書、文庫、ノベルス担当。本の雑誌「ミステリー春夏冬中」ほか、書評や文庫解説を執筆。

(2018年3月16日)



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