国内ミステリ出張室

2018.02.02

貴志祐介『ミステリークロック』、愛川晶『手がかりは「平林」神田紅梅亭寄席物帳』…「ミステリーズ!86号」(2017年12月号)書評 宇田川拓也[国内ミステリ]その1

 なんという堅牢さであろうか。『硝子(ガラス)のハンマー』から始まる〈防犯探偵・榎本(えのもと)〉シリーズの最新作――貴志祐介『ミステリークロック』(KADOKAWA 1700円+税)を読み、感心と唖然(あぜん)が混じったような得難い心持ちを覚えてしまった。今年これほどまでに歯が立たないと思わされた本格ミステリー集はほかにない。

 第一話「ゆるやかな自殺」は、六つもの鍵でロックされたヤクザの組事務所が舞台。鍵開けを依頼された榎本が室内で起きた組員の拳銃自殺の偽装をいかに見破るか――という内容で、まずは序盤のウォームアップ的な短編なのだが、以降の中編から歯応えのレベルが一気に上がる。

 現代アート専門の美術館に侵入を試みた榎本に、館長殺害の容疑が!? ルイス・キャロルの童話をモチーフにした“鏡の国”に仕掛けられた罠に、榎本が繰り出す起死回生の一手(「鏡の国の殺人」)。
 珍しい貴重な時計が並ぶ晩餐会に集められた招待客たち。主催者である著名な女流ミステリー作家が不可解な死を遂げ、弁護士の青砥(あおと)純子とともに居合わせた榎本は、思わぬ事態に巻き込まれることに(表題作)。
 実験船が一隻いただけの海域で、なぜかゴムボートが転覆し、ダイバーが死亡。婚約者が他殺を疑うなか榎本が見抜いた、誰も近づけない逆密室の状況下で犯人が弄(ろう)した奇策とは(「コロッサスの鉤爪(かぎづめ)」)。

 帯の惹句(じゃっく)に「防犯探偵・榎本径史上最難の推理」とあるとおり、いずれのエピソードも長編『硝子のハンマー』に勝るとも劣らない難易度の高さだ。とくに表題作の考え尽くされた緻密さは凄まじく、「読者への挑戦状」こそつけられていないが、頭で推理を巡らせるだけでは到底読者が勝つことはできないだろう。とはいえ、読み手を圧倒する難度だけが本作の美点ではない。シリーズお約束の純子の迷推理、「ゆるやかな自殺」「鏡の国の殺人」に顕著なフィクションならではの可笑(おか)しみ、「コロッサスの鉤爪」のラストがもたらす重みのある余韻(よいん)といった物語の妙味も抜かりなく利かせてあるので読者を選ぶことはない。

 愛川晶『手がかりは「平林」神田紅梅亭寄席物帳』(原書房 1800円+税)は、昨年、5年ぶりに発表された『「茶の湯」の密室』で第2期の幕が上がったシリーズの第6弾。4作目の『三題噺(ばなし)示現流幽霊』まで「福の助」として活躍した主人公も真打ちに昇進し、山桜亭馬伝を襲名。前作で初めての弟子を持つことと相成ったわけだが、本作ではこの馬伝の弟子となった若い娘「お伝」が中心となって話が進んでいく。収録された長めの中編ふたつは、冴え渡るベテランの技と、じつに手の込んだ曲芸的な仕掛けでたっぷりと読ませる。

 表題作は、馬伝の妻――亮子が務める小学校でお伝が披露した『平林』を発端に、キラキラネームの生徒「ライオンくん」が噺に抱いた疑問、子供たちから『アメショーさん』と呼ばれる怪しげな男、「ニーロイ、ニーロイ」という意味不明な言葉など、ちりばめられた要素すべてが伏線と化す、まるで長編のごとき濃密な内容で驚かされる。また、馬伝の師匠である馬春の推理、真相を披露する馬伝の高座、そしてお伝が噺の疑問点に答えを示す、師匠から弟子へと流れるようにつながる謎解きも見事だ。

 続く「カイロウドウケツ」は、シリーズの極北ともいうべきアイデアと労力に仰(の)け反(ぞ)らずにはいられない、誤解を恐れずにいえば「怪作」だ。お伝のテレビ出演が招いたトラブルと、高座に上がった複数の落語家がそれぞれキャラクターを分担して演じる『立体落語』から、このような真相が飛び出すなどいったい誰に想像できようか。突飛だが完全に否定することもできないアイデアを、本シリーズだからこその形で具現化してみせた手腕に大きな拍手を送りたい。違う作家が同じことをやっても、きっとこうはいかなかっただろう。

 ちなみに、『神楽坂謎ばなし』(文春文庫)から始まる寄席ミステリー〈神楽坂倶楽部〉シリーズとの接点もより強くなり、「あとがき」によれば、今後さらに物語世界の奥行きが拡がる準備も進んでいるようで、今後の展開に期待が募る。

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■宇田川拓也(うたがわ・たくや)
書店員。1975年千葉県生まれ。和光大学卒。ときわ書房本店、文芸書、文庫、ノベルス担当。本の雑誌「ミステリー春夏冬中」ほか、書評や文庫解説を執筆。

(2018年2月2日)



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