鳥飼否宇『紅城奇譚』(講談社 1700円+税)は、戦国時代の九州を舞台にした連作集。「鬼」と恐れられる残忍極まりない城主が住まう、燃えるような紅い色の城で奇怪な事件が続発する。

 死んだ正室の首が消え、月見櫓(やぐら)から転落した側室の死の謎(破の壱 妻妾(さいしょう)の策略)。秘蔵の酒に毒を盛った犯人探しと悪魔的ともいえる恐るべき計略(破の弐 暴君の毒死)。矢によってつぎつぎともたらされる災いのごとき死とあまりにも皮肉な悲劇の結末(破の参 一族の非業)。犯人が密室状態の天守に侵入し、犯行後に脱出した想像を絶する手段とは(破の肆 天守の密室)。こうした数々の謎を、城主である鷹生(たかき)龍政の腹心――弓削月之丞(ゆげつきのじょう)が解き明かしていく。

 どのエピソードもさすが鳥飼作品というべき、強い念を抱いた人間ならではの狂気を感じさせる真相で期待を裏切らない。が、そんな印象をド派手に覆(くつがえ)す、終盤で大爆発する途轍(とてつ)もない奇想には度肝を抜かれた。「紅城」にふさわしい阿鼻叫喚(あびきょうかん)の地獄絵図は凄(すさ)まじく、誤解を恐れずにいえば、しばしページをめくるのも忘れてしまうほど見惚れてしまった。ラストシーンを読むとつい眺めたくなってしまう美麗な装幀にも、ぜひご注目を!

 太平洋戦争の真っ只なか、戡定(かんてい)後のビルマの山村を舞台にした、古処(こどころ)誠二『いくさの底』(KADOKAWA 1600円+税)は、“戦争ミステリの金字塔”という帯の惹句(じゃっく)に偽りなしの作品だ。

 賀川少尉率いる警備隊に通訳として同行した民間人の依井は、村に到着した夜、予期せぬ事態に見舞われる。肩を揺さぶられて目を覚ますと、准尉(じゅんい)の口から「隊長殿が死んでいます」という信じ難い言葉が。急いで厠(かわや)に向かうと、そこには首から大量の血を流して倒れている賀川の痛ましい姿があった……。

 約200ページの分量と、いったい誰が、なぜ賀川を殺したのか?というシンプルな謎の提示に、端正で引き締まったパズラーを期待するが、まさかこのような真相と対峙することになろうとは!終盤で犯人の口から語られる、深い懊悩(おうのう)と譲れない決断から浮かび上がる戦争が招いたやり切れない不幸の重みが、切々と胸に響く。

 なぜ本作は、太平洋戦争中のビルマでなければならなかったのか? なぜ犯人は自らの手を血で汚すことに踏み切ったのか? 本格ミステリーの手法で導き出される真相は、これからどれだけの年月が過ぎようとも強い説得力を失うことはあるまい。夏が訪れるたびに新たな読者が手に取り、そして永く読み継がれるべき、一級のミステリーかつ一級の戦争文学である。ひとりでも多くの方に、ぜひともお求めいただきたい。

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■宇田川拓也(うたがわ・たくや)
書店員。1975年千葉県生まれ。和光大学卒。ときわ書房本店、文芸書、文庫、ノベルス担当。本の雑誌「ミステリー春夏冬中」ほか、書評や文庫解説を執筆。

(2017年11月16日)



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