国内ミステリ出張室

2017.11.15

岡田秀文『帝都大捜査網』、井上真偽『探偵が早すぎる』…「ミステリーズ!85号」(2017年10月号)書評 宇田川拓也[国内ミステリ]その1

 するすると術中にはまり、作者の掌(てのひら)の上で最後の最後まで見事に転がされてしまう。いまミステリーを読んで、そんな悦(よろこ)びを存分に味わいたいなら、岡田秀文『帝都大捜査網』(東京創元社 1900円+税)に迷わず手を伸ばすべきだ。

 昭和11年の夏、帝都東京で連続刺殺事件が発生する。殺害後に遺棄(いき)された男たちは、いずれも多額の借金を背負っていたものの接点はなく、なにより奇妙なのは、死体が見つかるごとに刺し傷の数が、7、6、5、4、3――といった具合に減っていくことだった。警視庁特別捜査隊の隊長である郷咲は、犯行の目的がはっきりとしない、この凶悪な事件を部下とともに追ういっぽうで、真相究明のため秘(ひそ)かにある人物の“助言”を頼りにしていた……。

 2・26事件に揺れたばかりの不穏な都市が舞台の硬派な捜査小説――といった雰囲気で幕が上がる本作。あるキャラクターの存在が本格ミステリーとしての色味を発揮し、なるほど今回はこうした趣向なのかとページをめくっていくと、ふいにまったく予期していなかった物語の貌(かお)が現れ始めるから驚く。急激な転調や予想外の変容で不意を突いてくる作品は数多く存在するが、この方向性は考えなかった。

 本作にはこれだけでなく、読み手の想像や憶測を裏切る手練手管(てれんてくだ)が様々に施されており、それがただただ翻弄(ほんろう)するだけでなく、全体像がつかめそうでつかめない絶妙なさじ加減となっている点が素晴らしい。まるでパズルのピースをひとつひとつ渡され、どのピースがどことつながるのかもわかっているのに、結果どのような絵が完成するのかは見当もつかないような、なんとも得がたい読み心地で、とにかく先へ先へと急がずにはいられなくなってしまう。

 しかも捜査小説としての着地のあとに、「最後にはまるピースが、これだったとは!」と目を見張る、さらなる強烈な驚きが用意されているからまったく油断がならない。傑作『黒龍荘の惨劇』で、時代推理ならではのあまりにも禍々(まがまが)しい大仕掛けを披露してみせた俊英の面目躍如(めんもくやくじょ)たる必読作だ。

“面目躍如”といえば、井上真偽『探偵が早すぎる』(講談社タイガ 上巻690円+税 下巻720円+税)も負けてない。

 父親の死により、あまりにも莫大な遺産を相続することとなった女子高生――一華。しかし、一族の者たちが黙っているはずもなく、彼女を亡き者にして相続権を得ようと、事故死を装った殺害計画をつぎつぎと立て始める。一華の使用人を務める橋田は、窮地に陥った彼女の身を護(まも)るため、ひとりの探偵を雇うことに……。

『その可能性はすでに考えた』、続く『聖女の毒杯』で主役を務めた、“奇蹟”を証明するために仕掛けの不成立を立証しようとする青髪の探偵――上笠丞(うえおろじょう)もユニークだったが、本作の“探偵”もなかなか型破りなキャラクターだ。姿を見せることなく計画者に忍び寄り、どんな完全犯罪も実行前に見破ってしまう、まさに“早すぎる”探偵なのだ。

 しかも、仕掛けられたトリックは倍返しで張本人に仕返す『トリック返し』を流儀とするのだから、犯罪者にとってはこれ以上ない忌々(いまいま)しい存在である。成功を確信した犯人たちが万全の準備も空(むな)しく敗れていくさまはじつに痛快で、倒叙形式に新たなバリエーションを加えてみせた著者のセンスとアイデアは称賛に値する。

 とはいえ、本作の面白さが真に花開くのは下巻からだ。ハイレベルな攻防も無論読みどころだが、なかでもクライマックスの「第6話ホテル――会食」における、一華に続々と刺客が襲い掛かる一連の展開には大いに唸(うな)ってしまった。本格ミステリーに、時代活劇やガンアクション映画のごときシークエンスを用いた、こんな描き方があったのかと、感心を通り越して衝撃を覚えてしまったほどである。

 また本作を読んで改めてシビレたのが、井上真偽ならではの、ここぞという場面で効果的に描写される「見得」のカッコよさだ。本格ミステリーでは探偵の見せ場が訪れても、割と控え目に描かれがちだが、やはりヒーローにはヒーローがまぶしく映える、思わずそこだけ切り取りたくなるような鮮烈なヴィジュアルがあっていい――と考えるのだが、こんなことに熱くなっているのが私だけでしたら、大変失礼いたしました。

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■宇田川拓也(うたがわ・たくや)
書店員。1975年千葉県生まれ。和光大学卒。ときわ書房本店、文芸書、文庫、ノベルス担当。本の雑誌「ミステリー春夏冬中」ほか、書評や文庫解説を執筆。

(2017年11月15日)



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