国内ミステリ出張室

2017.09.19

阿津川辰海『名探偵は嘘をつかない』、青木知己『Y駅発深夜バス』…「ミステリーズ!84号」(2017年8月号)書評 宇田川拓也[国内ミステリ]その1

 1990年代、鮎川哲也が編纂者(へんさんしゃ)を務め、一般読者から募った短編を文庫形式で刊行した公募アンソロジー『本格推理』。その常連投稿者に新作長編を依頼することで始まった、光文社の新人発掘企画「KAPPA-ONE」が中断して10年。当時その第一期に選ばれてデビューした、石持浅海と東川篤哉を選考委員に迎え、このたび「KAPPA-TWO」として企画が復活。栄えある第一期デビュー作に選ばれたのが、阿津川辰海『名探偵は嘘をつかない』(光文社 2000円+税)だ。

 物語の舞台は、伝説的な名探偵――阿久津源太郎により、「探偵」が国家資格となり、警察庁の下部組織「探偵機関」に属する形で推理や調査に当たっている世界。そこで前代未聞の「探偵弾劾(だんがい)裁判」が行なわれる。被告は、あの阿久津源太郎の息子で、父と同じく「名探偵」として名を馳(は)せる阿久津透。彼が中学生時代に巻き込まれ、解決したとされる殺人事件において、じつは証拠を捏造(ねつぞう)し、しかも自身の犯罪を隠蔽(いんぺい)していたというのだ。10年にわたり透の助手を務めるも、ある事件がきっかけでコンビを解消した火村つかさは、この弾劾裁判への協力を決意。透の卑劣な行ないにより命を落とした兄の復讐を果たすべく、憎しみを募らせるつかさだったが、彼女の気づかぬところで、なんとかその復讐を思い止まらせようと秘(ひそ)かに近づく者がいた……。

 名作のタイトルやゲームから引用された章立てのみならず、著者のミステリーに対す る敬愛の念がこれでもかと注ぎ込まれていて、「あの作品が本当にお好きなのだなあ」、「ここはきっと、あの作家さんの文体を意識したのかな?」といった具合に、ついあれこれと想像を巡らせて愉(たの)しんでしまった。とはいえ、さすがに470ページのボリュームは何もかもを詰め込み過ぎではないか――と、前半までは思っていた。

 ところが、どうだ。後半以降、そうした懸念を完全に吹き飛ばすダイナミックな二転三転――いや、それどころではない驚きと返し技の強力な連打がビシビシと決まり、ただただ目を見張り続けることに。そして前半はこのための入念な布石であったことを痛感するとともに、著者の大いなる才能を十二分に理解した。本作応募時には二十歳だったというから、まったく末恐ろしい。今後の大活躍を期待せずにはいられない。

 青木知己『Y駅発深夜バス』(東京創元社 1700円+税)は、2007年に長編『偽りの学舎』を刊行後、作品の発表がなかった著者の“再デビュー”を謳(うた)った全5編からなる作品集だ。

 日曜日の夜、酒に酔って終電を逃し、Y駅から深夜バスに乗った男が遭遇した異様な光景。しかし後日、その深夜バスが平日にしか運行していないことを知った彼に驚愕(きょうがく)の真相がもたらされる表題作。当初は猫を寄せつけないためと思われた、隣家の塀にずらりと並べられた水の入ったペットボトルが、じつは女子中学生の受難と意外な形で結びつく「猫矢来」。どちらも奇妙な光景の向こう側から、考えもしなかったシリアスなドラマが浮かび上がる見事な構成に唸(うな)る。続く「ミッシング・リング」は、「読者への挑戦状」を掲げたストレートな犯人当てで、《銀峰荘》なる別荘で発生した指輪盗難事件をめぐる推理遊戯を軽やかに、しかし捻(ひね)りを加えて繰り出してみせる。

 恐怖と論理が融合した「九人病」は、個人的にもっとも惹(ひ)かれた作品。ある村で十年おきに発生し、決まって九人の人間に感染するという謎の伝染病の話を、宿で相部屋になった男から聞いた雑誌編集者が、推理の果てに恐ろしく厭(いや)な結末へと至るホラーミステリーだ。人気のトラベルミステリー作家が、寝台特急《富士》の車内で愛人を殺害するべくアリバイ・トリックを考案する「特急富士」は、容易に着地点を読ませない秀作。いざ作家がトリックを実行に移してみると、予想外の事態がつぎつぎと発生し、なんとも底意地の悪い喜劇を観ているような、ブラックな笑いが込み上げてくる。

 一度は長い沈黙に陥ったとはいえ、本格ミステリー作家としての著者の実力を疑うような瑕疵(かし)はどこにも見当たらない。帯に記された“ミステリー・ショーケース”という惹句(じゃっく)にふさわしい、いずれも高水準で彩(いろど)り豊かな謎解きが並んだ、本年の大きな収穫といえる必読の一冊だ。

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■宇田川拓也(うたがわ・たくや)
書店員。1975年千葉県生まれ。和光大学卒。ときわ書房本店、文芸書、文庫、ノベルス担当。本の雑誌「ミステリー春夏冬中」ほか、書評や文庫解説を執筆。

(2017年9月19日)



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