国内ミステリ出張室

2017.07.20

石持浅海『鎮憎師』、獅子宮敏彦『上海殺人人形』…「ミステリーズ!83号」(2017年6月号)書評 宇田川拓也[国内ミステリ]その2

 名探偵が謎を解いても、事件によって生まれた憎しみまでもが消せるとは限らない。石持浅海『鎮憎師(ちんぞうし)』(光文社 1500円+税)は、読んで字のごとく、憎しみを鎮めることで復讐の連鎖を断ち切る、新たな名探偵像を生み出した長編作品だ。

 赤垣真穂は大学時代のテニスサークル仲間の結婚式の二次会で、思わぬ人物の登場に驚く。かつて真穂と同じサークルに属するも、当時の恋人が起こした無理心中に巻き込まれて命を落としかけた、熊木夏蓮。ところが翌日、ひもで首を絞められた夏蓮が渋谷の路上で遺体となって発見される。犯人はサークル仲間のなかにいるのか。悲劇はさらに続くのか。真穂は弁護士の叔父に相談を持ち掛けると、“鎮憎師”の異名を持つ「事件の話を聞いて、上手に終わらせる方法を考えてくれる」会社員――沖田洋平を紹介される……。

 安楽椅子探偵の新たなバリエーションのひとつといえる“鎮憎師”だが、ただ謎を解くのではなく、事件の悪化防止を見据えながら関係者を采配していく点がユニークだ。犯人は誰なのか、いかに憎悪があとに残らない着地点に落ち着かせるか、ふたつの命題に決着をつけなければならない、見た目以上に難易度が高い(しかもデリケートなテーマも内包している)試みゆえ、その分、謎解きの妙味をたっぷりと味わうことができる。“鎮憎師”は裏方的な役割なので、いささか凄味が伝わりにくい点がもったいない気もするが、ふたたびの登場に期待したい。

 最後は、不可能趣味と異国ロマンあふれる連作集、獅子宮(ししぐう)敏彦『上海(シャンハイ)殺人人形(ドール)』(原書房 1900円+税)を。

 満州から魔都・上海へやってきた日本人――早瀬秀一は、『上海蛇報』の記者となり、取材のため高級ナイトクラブ『ルビイ』に赴く際、ふたりの“上海ドール”の存在を知らされる。ひとりは、『ルビイ』に出演している美貌のスター“上海ピュアドール”こと妖恋華(ヨウレンカ)。もうひとりは、正体不明の殺し屋で、悪魔の顔をした少女の西洋人形が描かれたカードを残していく“上海デスドール”。あるきっかけから妖恋華と親しくなった早瀬は、映画監督のシュタインバッハが主催するポオの『赤死病の仮面』になぞらえた仮面舞踏会にふたりで参加することに。謎の怪人物が忽然(こつぜん)と消えるトリックを再現し、参加者に解いてもらう趣向のイベントだったが、実際に現れた怪人物はシュタインバッハの首を刎(は)ね、どこかに消えてしまう。現場に残されたカードから、上海デスドールの仕業と判明するのだが……。

 瞬間消失や出られない密室での殺人など、各話それぞれの謎や奇想も読ませるが、なぜ上海デスドールが仕掛けを凝らした殺しを繰り返すのか――の真相が、なんとも哀しい。こうなるであろうとわかっていても、往年のラブロマンスを彷彿(ほうふつ)とさせるようなラストシーンの描写も悪くない。“魔都の夜に咲く妖しい恋の華”を意味する妖恋華の名前のように、艶(あで)やかで切ない魅力が光る本格ミステリーだ。

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■宇田川拓也(うたがわ・たくや)
書店員。1975年千葉県生まれ。和光大学卒。ときわ書房本店、文芸書、文庫、ノベルス担当。本の雑誌「ミステリー春夏冬中」ほか、書評や文庫解説を執筆。

(2017年7月21日)



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