国内ミステリ出張室

2017.07.18

似鳥鶏『彼女の色に届くまで』、早坂吝『双蛇密室』…「ミステリーズ!83号」(2017年6月号)書評 宇田川拓也[国内ミステリ]その1

 第16回鮎川哲也賞に投じた『理由(わけ)あって冬に出る』が佳作入選し、2007年に創元推理文庫から刊行されて早10年。似鳥鶏(にたどりけい)『彼女の色に届くまで』(KADOKAWA 1500円+税)は、デビュー10周年にふさわしい、著者の持ち味と研鑽(けんさん)を重ねてきた技量が存分に発揮された、青春アートミステリーだ。

 画廊の息子――緑川礼は、自身に飛び抜けた才能があると信じて画家を目指していたが、さっぱり芽が出ず、期待した高校生活にも倦(う)み始めていた。そんな折、簀(す)の子(こ)の上に座り込み、下駄箱に寄り掛かって眠る同学年の美少女に出会う。一年後、美術部の部長になった緑川は、理事長室に飾られた高価な絵画に悪戯(いたずら)をした疑いを掛けられるも、不意に現れた女生徒の機転によって窮地を救われる。ルネ・マグリットの絵〈光の帝国〉をヒントに事件の真相を見抜いた彼女こそ、下駄箱で出会った謎めいた美少女――千坂桜だった……。

 5つの章を用いて、高校生、美大生、社会人と成長していく、緑川、千坂、そして友人であるマッチョな変人――風戸の三人が関わる、絵画が絡んだ事件の顛末(てんまつ)が綴(つづ)られていく。理事長室の絵画のほかにも学内のあちこちで悪戯を繰り返す“シュールマン”の正体と意図(いと)(第1章)。床にペンキがぶちまけられ、袋に入ったネズミが置かれた展示室で、日本洋画壇の大御所の絵が損壊していた事件(第2章)。美術学部棟にある密室状態の倉庫内で発生した放火の方法と犯人の動機(第3章)。画廊から何者かに盗まれた絵が、2、3日で返すという予告どおりに返却された理由(第4章)。そして、緑川と千坂にとって人生の転機となる謎解きが描かれる終章まで、じつに目が行き届き隙がない。真相に踏み込む直前に、解明のきっかけとなる有名絵画が「読者への挑戦状」の代わりに掲げられ、鑑賞眼と推理力が試される知的遊戯を愉(たの)しむことができる。加えて、自分よりも抜きん出た才能を持つ者への眼差(まなざ)しが、事件のみならず、緑川と千坂のもどかしい恋模様にも投影され、ライトなテイストのなかにハッとするような苦みを利かせてみせる巧(うま)さは著者の独擅場。若い読者から読み巧者まで、だれにでもオススメしたくなる逸品である。

 早坂吝(やぶさか)『双蛇密室』(講談社ノベルス 800円+税)は、自称18歳の女子高生娼婦――“援交探偵”上木らいちが活躍する、エロミスシリーズの第4弾。

 常連客のひとりである警視庁捜査一課の警部補――藍川広重は、蛇が大の苦手で、物心がついた頃から月に一度は2匹の蛇が出てくる奇妙な夢を見てしまうのだという。どうやら一歳のときに蛇に襲われたのが原因らしいのだが、話を聞いたらいちはそこに不可解な点があることを指摘。この一件には裏があると感じた藍川は、しばらく足を向けていなかった実家へ赴き、そこで両親から蛇が関係したふたつの密室事件があったことを教えられる……。

 出入りが不可能な状況下のプレハブで、毒蛇に咬まれたとおぼしき男と妊婦が発見される“地の密室”。侵入経路が考えつかない高層マンションの27階の部屋に、なぜか蛇が現れた“天の密室”。らいちが娼婦ならではの方法で真相究明に挑み、仰(の)け反(ぞ)るような突飛な仕掛けが明らかになるあたりは、いかにもこのシリーズならではだが、なんといっても本作最大の驚きは“蛇の悪夢”の真相だ。これまでの『○○○○○○○○殺人事件』、『虹の歯ブラシ 上木らいち発散』、『誰も僕を裁けない』にも、よくこんなことを――と感心と困惑が入り混じったような気持ちにさせられる衝撃は確かにあった。しかし、本作のそれがもたらす威力は、間違いなくシリーズ最大級といえよう。作中の言葉を借りれば“人類史上初と思われる”事件を見抜くべく、すべての本格ミステリーファン――といってしまうと問題があるか。18歳以上の本格ミステリーファンは、ぜひとも気合いを入れて挑んでいただきたい。

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■宇田川拓也(うたがわ・たくや)
書店員。1975年千葉県生まれ。和光大学卒。ときわ書房本店、文芸書、文庫、ノベルス担当。本の雑誌「ミステリー春夏冬中」ほか、書評や文庫解説を執筆。

(2017年7月18日)



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