国内ミステリ出張室

2017.03.23

浅ノ宮遼『片翼の折鶴』、岩木一麻『がん消滅の罠 完全寛解の謎』…「ミステリーズ!81号」(2017年2月号)書評 宇田川拓也[国内ミステリ]その1

 年末ランキング系の売り伸ばしが一段落するも、本屋大賞ノミネート作決定、芥川賞・直木賞発表など、なにかと慌ただしい売り場より今回もお届けする本年最初のレビューは、医療本格ミステリーの優れたデビュー作ふたつのご紹介から始めたい。

 浅ノ宮遼『片翼の折鶴』(東京創元社 1,600円+税)は、ほかの医師たちが見抜けなかった病をつぎつぎと見抜く天才的な診断能力から、医科大学病院内で“臨床探偵”の異名を持つ救急科の医師――西丸豊が探偵役を務める四話に 医学生時代の西丸が登場する第十一回ミステリーズ!新人賞受賞作「消えた脳病変」を加えた全五編からなる連作集だ。

 女性医師が検査を重ねても原因が判明せず、重度の貧血が一向に改善しない患者の謎(血の行方)。傷害事件の犯人をめぐり食い違う十四歳の少女と認知症の祖母による目撃証言の真相(幻覚パズル)。脳外科講義の際に講師が出題した問い――女性患者が昏睡(こんすい)状態に陥ったのち、海馬硬化症の病変が消えてしまったのはなぜか?――に、西丸が出した答え(消えた脳病変)。頭を抱える若手医師が見逃していた、四肢麻痺(まひ)の患者が繰り返す原因不明の呼吸不全の盲点(開眼)。隔離室のベッドの下に落ちていた翼が片方しかない銀色の折り鶴から、西丸が看破した切実な企み(表題作)

 用語や専門知識で読み手を煙(けむ)に巻くことのないフェアな姿勢と簡潔な文章で過不足なく組み立てられた、短編のお手本として挙げたくなるような作品が揃っていて嬉しくなる。西丸を突飛なキャラクターにすることなく、平凡な外見ゆえに名探偵ぶりが際立つ抑えた造形にも好感を覚える。“医療”が単なる仕掛けのための素材や装置に止まっておらず、謎が解かれることで医師の在り方や抱くべき覚悟、ひととして見失ってはならない道義が登場人物たちのなかに芽生える結末は、いずれも忘れがたい。その手練(てだ)れのごとき筆致は、長岡弘樹作品を想起させるほど。現役医師作家の今後の大いなる活躍を期待せずにはいられない。

 もうひとつは、第十五回『このミステリーがすごい!』大賞受賞作である、岩木一麻『がん消滅の罠 完全寛解(かんかい)の謎』(宝島社 1,380円+税)。浅ノ宮作品では脳病変が消えたが、こちらは余命半年の宣告を受けた末期の患者から、がんがきれいさっぱり消えてしまう――しかもこの驚くべき事例が四例も続けて起こるという度肝(どぎも)を抜く難問が提示される。

 日本がんセンター呼吸器内科医員の夏目は、生命保険会社に就職した後輩がもたらしたこの前代未聞の謎に、がん研究者の羽島とともに挑むことになる。すると、この不可解な案件の裏に、かつて 「医師にはできず、医師でなければできず、そしてどんな医師にも成し遂げられなかったこと」をすると告げ、行方をくらませた夏目の恩師の存在があることを知る……。

 実際に国立がんセンターや放射線医学研究所で研究に従事した経験を持つ著者だけに、がん治療の現状や問題提起が薄っぺらではなく、医療ミステリーとして申し分ない。また、“がん消滅”という特大の謎がリーダビリティの要(かなめ)になっていることは確かだが、そこだけに寄り掛かっているわけではなく、序盤の推理、恩師の言葉の謎、 過去の自殺にまつわる犯人探しなど、いくつもの“惹き”が配されていて、このジャンルにありがちな説明の多さも気にならない。肝心の“がん消滅”の真相も、専門的な医学知識がない読者でも「なるほど、その手があったか!」と驚けるかつてない企みなので、乞うご期待。加えて、クライマックスの第三部で描かれる、対決、意表を突く展開、そして最後の最後に繰り出されるサプライズにも唸(うな)ること請け合い。タイトルが新書か健康実用書のようで素っ気なく(『救済のネオプラズム』 が応募時のタイトル)、文芸書売り場での反応が気になるところだが、そうした懸念を跳ね返し、広く歓迎されると確信している。

*****************
■宇田川拓也(うたがわ・たくや)
書店員。1975年千葉県生まれ。和光大学卒。ときわ書房本店、文芸書、文庫、ノベルス担当。本の雑誌「ミステリー春夏冬中」ほか、書評や文庫解説を執筆。

(2017年3月23日)



ミステリ小説の月刊ウェブマガジン|Webミステリーズ! 東京創元社
バックナンバー