『空耳の森』から4年、ついに七河迦南の新作が読める、そして扱える!――と売り場で小躍りし、いざ読んでみると、さらに感激倍増。帯に記された、「犯人はすぐそこに。その名は目の前に。でもあなたには、決して言い当てられない」、「考えろ、感じろ。忘却不可能なはなれわざに震えろ!」、「ミステリー・ラバーズに捧ぐ、これは、夢の国からの挑戦状」等の惹句(じゃっく)が、少しも大仰でない出来栄えではないか。

『わたしの隣の王国』(新潮社 1,800円+税)は、第18回鮎川哲也賞受賞作『七つの海を照らす星』でのデビュー以後、東京創元社以外の版元から刊行された初の作品だ。

 古今東西のファンタジー小説やコミックをモチーフにした巨大テーマパーク「ハッピーファンタジア」を訪れた、高校を卒業したばかりの杏那と恋人で研修医の優。愉(たの)しいデートとなるはずが、立ち入り禁止の「研究所の塔」に足を踏み入れたことがきっかけで、ふたりは別々の世界に引き裂かれ、事件に巻き込まれてしまう。 杏那は、ハッピーファンタジアのキャラクターたちが実在し、魔法が発達した異世界で、クマの騎士――エドガーを襲撃した犯人が忽然(こつぜん)と消え失せた密室事件に。いっぽう優は、研究所の二階で、犯人の出入りが不可能な状況下で発生したパークの取締役殺害事件に遭遇する……。

 犯人消失という魅力的な謎に加え、言葉遊びや魔方陣のパズル、魔法使いの博士による『未捨理(ミステリ)』 講義など、愉しい趣向がたっぷりと盛り込まれ、まさにミステリーのテーマパークを体現したような物語である。そうした贅沢(ぜいたく)かつ愛らしい読みどころとあわせて強く目を惹(ひ)くのが、読者に対してフェアであることへの徹底した姿勢だ。つぎつぎと謎が解き明かされていく終盤で、とくに大きな驚きがふたつ用意されているのだが、この真相をアンフェアではない手法で成り立たせてみせる“はなれわざ”には大いに舌を巻いた。確かに読み手の前には謎解きに必要な材料やヒントが示されており、気持ちよく白旗を揚げてしまった。ひとがフィクションを愛し、親しむ心を讃(たた)える温かな眼差(まなざ)しも、じつにいい。野心的な試みを見事に成功させた、2016年の大きな収穫のひとつといえよう。

 ところで、本作はある名作ミステリーの七河迦南版を目指して執筆されたように感じたのだが、願わくはいつの日か、ご本人に伺ってみたいものである。

 鮎川賞作家の新作に続いてご紹介するのは、市川憂人『ジェリーフィッシュは凍らない』(東京創元社 1,900円+税)。帯の惹句「21世紀の『そして誰もいなくなった』登場!」もまぶしい、第26回鮎川哲也賞を受賞したデビュー作だ。

“航空機の歴史を変えた”といわれる新技術で開発された小型飛行船〈ジェリーフィッシュ〉。その新型機の航行試験の最中、参加者のひとりが死体となって発見され、自動航行システムが暴走。雪山に不時着するも、閉鎖された艇内で、ひとりまたひとりと犠牲者が。後日、山の中腹でジェリーフィッシュが燃えていると通報を受けた刑事たちが現場に向かうと、そこで不可解な謎に直面する……。

『そして誰もいなくなった』に挑戦して大成功を収めたデビュー作といえば、綾辻行人『十角館の殺人』だが、本作もまた成果を挙げた一例として高く評価できる。架空の設定にも単なるご都合主義ではない説得力があり、ふたつの筋を交互に展開しながら真相への興味を強く掻き立てる演出力、スケールの大きな仕掛けでアッと驚かせる手並みも申し分ない。傍点の多用に少々難を示す声も耳に届いているが、私は「市川さんは、綾辻作品がお好きなのだなあ」と微笑(ほほえ)ましく、無邪気に愉しんでしまった。こうした先達(せんだつ)からの影響やリスペクトの想いを包み隠さず綴(つづ)るまっすぐな姿勢にも好感を持った。一刻も早い受賞後第一作の完成を祈るとともに、近年の鮎川賞作家の出世頭である“平成のエラリー・クイーン”青崎有吾に並び、追い越すような大きな活躍を期待せずにはいられない。

(2017年1月18日)



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