国内ミステリ出張室

2008.08.05

田中啓文『辛い飴 永見緋太郎の事件簿』あとがき[2008年8月]

4カ月に1回というスローペースでぼちぼち続けている本シリーズが
こうして1冊にまとまるというのは感無量である。

『落下する緑』に続く、ジャズ連作ミステリ短編集第2弾
(08年8月刊『辛い飴 永見緋太郎の事件簿』)

田中啓文 hirofumi TANAKA

 

 ジャズサックス奏者永見緋太郎の事件簿も、これで2冊目になる。このシリーズ成立の経緯は1巻目『落下する緑』のあとがきに書いておいたが、4カ月に一回というスローペースでぼちぼち続けている本シリーズがこうして一冊にまとまるというのは感無量である。連載は今後も続くので、たぶんそのうち3巻目も出るはずである。
 1巻目は「色」シリーズだったが、2巻目も同じ趣向にすると、すぐにネタ切れになり、カーマインレッドとかビリジアングリーンとかマニアックな色を使わねばならぬようになる、と思い、「味」シリーズにしてみたのだが、これが大失敗で、俗に「五味」というとおり、味の種類って色よりもずっと少ないのであった。最後のほうは、中身を書くよりもタイトルをつけるのに四苦八苦した。
 収録作について簡単にコメントすると、1作目「苦い水」は、亡くなったトロンボーン奏者大原裕氏に捧げたものである。登場するボントロ吹きのイメージは大原さんから一部を借りている(もちろん全部ではなく、大原さんはこんなヤカラではないが)。2作目「酸っぱい酒」は、あるときふと「伝説のブルースマンなんていないんだよ!」というフレーズだけが頭に浮かび、それをふくらませて書いたもの。3作目「甘い土」は、私が世界の音楽小説中最高傑作と考えている筒井康隆先生の「熊の木本線」への捧げものである(当然ながらおよびもつかぬものになったが)。4作目「辛い飴」はタイトル先行の作品。タイトルのネタが切れてきて、「辛い」がまだ残っていたので、とりあえず仮のタイトルを「辛い飴」とつけてみた。そこからミュージシャンの名前がキャンディになり、そのあとなんとなく浮かんだ話がこれである。幸いにも好評で、講談社の『ザ・ベストミステリーズ 2008』に収録された。5作目の「塩っぱい球」は野球をあまり知らないというボロが随所に出ている。6作目の「渋い夢」は、1巻目のクラリネットの話と並んで、実際には絶対に無理! なトリック。いわゆる「机上の空論」というやつです。最後の「淡泊な毒」だけは書き下ろしで、完全に「味」ネタが尽きた状態。
 次巻は、何シリーズにするかまだ未定だが、少なくとも八、九種類はあるものから選ばないと、タイトルでまたまた苦労することになるだろう。数字にしようかな。いくらでもあるもんな。

   平成二十年七月

(2008年8月)

■ 田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪生まれ。神戸大学卒。93年「落下する緑」を『本格推理』に投稿し入選。編者の鮎川哲也に絶賛される。同年長編『凶の剣士』(刊行時に『背徳のレクイエム』と改題)が第2回ファンタジーロマン大賞に入賞する。2002年「銀河帝国の弘法も筆の誤り」が第33回星雲賞日本短編部門を受賞。ミステリ、SF、ファンタジーと様々なジャンルで活躍。近著は、『ハナシをノベル!! 花見の巻』(共著)、『蠅の王』『ハナシがはずむ! 笑酔亭梅寿謎解噺3』『落下する緑』など。

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