女子高校生の他愛のない手紙のやりとりが、いつしか広く深い人生の物語になっていく。三浦しをん『ののはな通信』(KADOKAWA 1600円+税)は間違いなく、彼女の新たな代表作。

書簡体小説である。ミッション系の女子校に通う野々原茜、通称ののと、牧原はな。ののは庶民的な家で育ち、理知的で毒舌。はなは外交官の父を持つ帰国子女で、ほがらかで甘え上手。親友同士になった二人の間には、いつしか恋愛感情が生まれる。だが、その幸福で熱い関係は、ある裏切りによって破綻(はたん)してしまう……。

恋愛関係が壊れ、卒業して別々になり、違う相手と恋愛したとしても、彼女たちのやりとりは続いていく。別れた恋人同士とはいえ、大親友であり、運命的な恋をした相手だからこそ、簡単には疎遠にならないのだ。そして大人になった二人は、どのような人生を歩んでいくのか。学生時代、80年代のメモや手紙によるやりとりはいつしかメール通信となり、その後数十年にわたるそれぞれの変化が明かされていく。

一生に一度の恋をしてしまった後でも、人生は続く。むしろ忘れられない体験をしたからこそ、その後彼女たちは自分だけの道を切り拓けたのだ。後半には、送られなかった手紙もある。しかし相手に届かなくても、言葉を届けたい誰かがいる、その心強さと甘やかさは、人を支えていくのだ。そのことが胸に突き刺さる。

大切な人と離ればなれになった後の物語といえば、蛭田亜紗子(ひるたあさこ)『エンディングドレス』(ポプラ社 1500円+税)も最近の大きな収穫だった。

病気の夫を亡くした32歳の麻緒(あさお)は、自分も後を追おうと決意、首を吊るロープを買いにいった手芸店で、ある張り紙を見つける。それは、エンディングドレス、つまり死に装束を作る洋裁教室の案内だった。訪れてみると黒ずくめの服を着た先生と、最年長は90代の年配の女性3人の生徒。エンディングドレス制作の前に彼女たちはいくつか課題をこなす。昔着ていた服を再現したり、手持ちの服をリメイクしたり。

それは服にまつわる思い出を振り返る作業でもある。著者は実際に服を縫っているそうで、工程の描写は的確で分かりやすい。また、完成品を発表する際には他の生徒それぞれの人生模様も垣間見え、ドラマを感じさせる。実は先生にも思いもよらぬ過去があることが後半になって見えてくる。

麻緒が向き合わねばならないのは、喪失という大きな悲しみだけでなく、自身の中にあった罪悪感や夫に対するプラスもマイナスも含めた生身の感情だ。そうした面もしっかり描かれるからこそ、彼女の心の変化を、こちらも受け入れることができる。不意打ちで登場するパジャマに泣かされたり、最後にちゃんとエンディングドレスを作ったりと、いいなと思う場面がいくつもあり、設定と話運びの巧(うま)さに唸(うな)る。

過去を背負った話といえば、辻村深月の新作『噛みあわない会話と、ある過去について』(講談社 1500円+税)もそう。

どれも、過去の人間関係と向かい合う人たちの話になっている。「ナベちゃんのヨメ」では、学生時代にコーラス部の女性たちから“男を感じさせない”として慕われていた男の子、ナベちゃんが結婚することに。最初は喜ぶ女性陣だが、婚約者の失礼な言動に触れてみな激怒。しかし仲間の一人、佐和は過去の自分たちの行動を思い出し、後ろめたい気持ちに。

「パッとしない子」では、国民的スターが母校の小学校を訪問。かつて彼を教えたことのある教師は再会を喜ぶが、かつての教え子が口にしたのは思いもよらない言葉。「ママ・はは」は、母親のいうことに従い続け、時に深く傷ついた過去を語る女性の話。「早穂とゆかり」は、雑誌のライターが人気塾経営者となったかつての同級生と再会。思い出話に花が咲くと思ったら……。

読者も一緒になって、これでもかというくらい追い詰められていく気分。読みながら、自分がされた無神経なことを思い出して怒り、自分も誰かに無神経なことをしたかもしれないと思って怖くなる。ただ、それでも本書が痛快なのは、精神的に虐(しいた)げられた人間が、それを乗り越えちゃんと自分の人生を築いたと分かるからだ。それにしても、冷静に理詰めで追い詰めていくほどの会話術、私も身に着けたい……。

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■瀧井朝世(たきい・あさよ)
フリーライター。1970年東京都出身。本の話WEB「作家と90分」、WEB本の雑誌「作家の読書道」ほか、作家インタビューや書評などを担当。著者に『偏愛読書トライアングル』(新潮社)、『あの人とあの本の話』(小学館)がある。

(2018年9月11日)



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