国内ミステリ出張室

2018.07.06

中島京子『樽とタタン』、奥田亜希子『青春のジョーカー』、渡辺優『地下にうごめく星』…「ミステリーズ!89号」(2018年6月号)書評 瀧井朝世[文芸全般]その2

 子どもの成長を一風変わった設定で描くのが中島京子『樽とタタン』(新潮社 1400円+税)。大人になった女性が、幼い頃に住んでいた町にあった喫茶店の思い出を振り返る形の、連作短編集である。当時の時代設定は、1970年代と思われる。

 学校になじめず、鍵っ子だった〈わたし〉は、放課後は近所にあった赤い樽のある喫茶店に預けられるようになる。コーヒー豆が入っていた大きな樽の中にすっぽり入り込むのを好んだ彼女に、常連客の老小説家は「タタン」というあだ名をつける。その店にはさまざまな客がやってきた。老小説家に小説の執筆を依頼にきた編集者、未来から来たという謎めいた女性、人と距離をおこうとする学生さん、歌舞伎役者の卵と彼を熱愛する神社の神主さん、そしてサンタクロース……。個性豊か、でもみなどこかちょっぴり寂しそうな大人たちの間で、タタンは成長していく。

 ひとつひとつの出来事はとても奇妙でユニークで、時に微笑(ほほえ)ましい。こんな体験をしたことはないのに、何かとても懐かしい気持ちにさせてくれる。いつしかタタンは自分より年下の子をかまうようになり、学校で友達ができたりもする。しかし……。最終話では12歳になり、この町から引っ越すことが決まったタタンと、その友達の話。これがちょっと奇妙な内容になっている。解釈はそれぞれだが、私は、タタンが喫茶店に来られなくなることが悲しくて寂しくて、そして風変わりな大人たちのことが心配で、だから無意識のうちに空想力を働かせたのだ、と感じ、なおさら愛おしくなった。

 もう少し歳上、中学生の切実さを描いたのは奥田亜希子『青春のジョーカー』(集英社 1500円+税)だ。中学3年生の基哉は教室では地味な三人組の一人。クラスの中心的存在の啓太にいつもからかわれても、じっと我慢の子。憧れの咲は男子とも距離を置いている高嶺(たかね)の花だ。そんな高潔な咲を、自分の性的妄想に登場させてしまうことに罪悪感をおぼえている。そう、本作の重要なテーマは、思春期の性である。性欲はもちろん、性体験のあるなしで優劣が決定してしまう思春期男子たちの微妙な人間関係も描かれる。

 ひょんなことから女子大生と知り合い、彼女といるところを啓太に目撃されて彼女だと誤解されて以来、教室内の基哉の立ち位置は変わっていく。つまり彼は、最高の切り札を手に入れたというわけだが……。

 基哉だけでなく、実は劣等感を抱えている啓太や、過剰に潔癖な咲、基哉の兄をふくめ大学生たちの姿や、猫の去勢手術の問題をも絡め、性に対する悩みや問題を多面的に描き出す。人間はどうしてこの欲望に振り回されてしまうのか、と切実に思う基哉に好感がもてる。若いうちに性について考えておくことは必要だなとつくづく感じさせる本書は、大人だけでなく、10代の人たちにも薦めたい。

 さらにもうちょっと年上の人たちの青春を描くのが渡辺優の『地下にうごめく星』(集英社 1400円+税)だ。仙台(せんだい)の40代の会社員、夏美は、同僚に誘われて行った地下アイドルのライブに圧倒され、一人の少女に目が釘付けになる。その少女、楓のグループが解散すると知り、今度は自分が楓(かえで)をプロデュースしようと奮い立つ。新グループのメンバーを募るオーディションを開催し、集まってきたのは……。

 夏美や楓のほか、新しいメンバーたちそれぞれの視点から、現代のアイドルとその周囲の内実を浮き彫りにする。アイドルを目指す事情もそれぞれだが、10代のうちからこんなふうに自分と向き合い、あがいている少年少女たちが愛おしいし、40代で新しい世界に飛び込んだ夏美は頼もしい。パワフルで切なくて、羨(うらや)ましくもなる一冊。

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■瀧井朝世(たきい・あさよ)
フリーライター。1970年東京都出身。本の話WEB「作家と90分」、WEB本の雑誌「作家の読書道」ほか、作家インタビューや書評などを担当。著者に『偏愛読書トライアングル』(新潮社)、『あの人とあの本の話』(小学館)がある。

(2018年7月5日)



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