若竹千佐子『おらおらでひとりいぐも』(河出書房新社)が芥川賞を受賞するなどの話題があって、にわかに年配者小説に注目が集まっているが、山本幸久は以前から「おばあさんが主人公の小説」を書きたかったそうで、新作『ふたりみち』(KADOKAWA 1600円+税)も、67歳の元歌手が主人公。まあ、今時の67歳といえばまだまだ若いが、昭和ムード歌謡の全盛期に若手歌手だったという設定から、この年齢になった模様。

 函館(はこだて)のスナックのママ、ゆかりはとある事情で借金を抱え、久々に各地をドサ回りすることを決意。津軽(つがる)海峡を渡るフェリーで出会った12歳の少女、縁(ゆかり)が彼女の歌を気に入ってついてきたことから、55歳差の“ゆかり”コンビの珍道中が始まる。

 しかし、コンサートを開く予定の各地ではトラブル続き。会場を押さえたと約束してくれた長年のファンが実は認知症だったり、同じ芸名の別の人気歌手と間違えてブッキングされていたり。ゆかりのピンチを何かと助けてくれるのが聡明な縁で、この二人、いつしか厚い友情で結ばれていく。安易に疑似親子関係に落とし込むのではなく、対等な関係を育(はぐく)む点が痛快だ。

 ゆかりにはかつて娘がいたようだし、縁が家出した理由は厳しい母親に嫌気がさしたから。そんな母と娘の物語を背景にしながらも、人と人はどんなに歳が離れていても互いに手を差し伸べあうことができるという、関係の柔軟性と可能性の広さを示してくれる。

 道中、女性ラッパーとラップバトルを繰り広げるなど、たっぷり笑わせてくれるが、すこしずつ“ゆかり”たちの事情が明かされてゆき、胸が熱くなる事実も待っている。笑って泣けるエンターテインメントとは、まさにこのこと。

 ロードノベルといえば、今年『かがみの孤城』(ポプラ社)で本屋大賞を受賞した辻村深月の『青空と逃げる』(中央公論新社 1600円+税)は、母と息子の逃亡の旅が描かれる。

 元舞台女優で現在は主婦の早苗には、小学生の息子、力がいる。ある日、舞台俳優の夫が乗った車が事故を起こし、その後彼が失踪してしまう。行方を追う者たち、そして世間の好奇の目から逃れるため、早苗は力を連れて東京を離れる。しかし追っ手たちは執拗(しつよう)で……。

 四万十(しまんと)、家島(えじま)、別府(べっぷ)など、行く先々で仕事を見つけて周囲と人間関係を築いていく早苗がなんともたくましい。力も途中で淡い初恋めいた体験をしたり、母親への思いやりを深めていったりと、成長していく。これまでも母子の関係を描いてきた著者だが、こんなふうに互いに支え合う親子の姿を描くのははじめてではないか。

 しかし早苗が気に病むのは、自分たちの未来や夫の行方、事故の真相だけではない。実は東京を離れる前、力の部屋のクローゼットに不審なものを見つけていたのだ。そのことだけは、早苗は力に問い正す勇気がない。母と息子、それぞれの揺れる思いを、実在する風光明媚(ふうこうめいび)な景色の中でじっくりと追っていく。結末も、真相が明らかになって元に戻る――というのとはちょっと違う。この旅を通して、母子が手に入れた勇気や強さがきちんと反映されていて納得だ。

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■瀧井朝世(たきい・あさよ)
フリーライター。1970年東京都出身。本の話WEB「作家と90分」、WEB本の雑誌「作家の読書道」ほか、作家インタビューや書評などを担当。著者に『偏愛読書トライアングル』(新潮社)、『あの人とあの本の話』(小学館)がある。

(2018年7月5日)



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