国内ミステリ出張室

2018.05.08

星野智幸『焔』、吉永南央『花ひいらぎの街角』、浅生鴨『伴走者』…「ミステリーズ!88号」(2018年4月号)書評 瀧井朝世[文芸全般]その2

 短篇集というより連作長篇と呼びたい構成なのは星野智幸『焔』(新潮社 1600円+税)。長年にわたり複数の媒体で発表した短篇を集めた一冊だが、一貫して現代社会が内包する問題を幻想的・非日常的な光景の中で描いてきた著者だけに、作品を並べるだけでストーリー性が生まれるのが妙味。それらをサブテキストで繋(つな)いだ結果、終末の世界で焔を囲んだ人々が、それぞれの物語を語ることで己、そして他者を知り受け入れていくという光景が見えてくる作りとなった。

 動物も人もなぜかくるくると回り始め、世間の思考が進まなくなった猛暑の夏。旧友と話が合わなくなったと不満を感じる女性は、次第に社会の一般的な認識とずれているのは自分ではないかと感じ始める。世の中を見ることを拒否したいという心理が働くのか、世間では涙があふれて視界が霞む突発性落涙症候群が流行、何も聞きたくない気持ちのあらわれなのか、難聴もきたしていく男。人間に貨幣価値が与えられる経済システムが流通し、介護老人を引き取る謎めいたビジネスも生まれ、そして相撲が日本の国技ではなく各国に普及した競技となり……。

 危機的状況の社会の過(あやま)ちが少しずつ表面化し、やがて多様性を受け入れていくという流れを意識して書いたかのようなストーリーが立ち現れる。それはもちろん、著者が小説に託すものが変化してきたことの表れ。最後に希望を感じさせるのは、実社会に希望があるというわけではなく、こうとらえれば世の中にはまだ希望が残されるのではないか、という切実な提言でもある。多様性を認め、自分の言葉を発し、相手の言葉を受け入れる姿勢が肝要。

 考えてみれば、異なる価値観を持つ人々の共存を描いているのは吉永南央の〈紅雲町珈琲屋(こううんちょうコーヒーや)こよみ〉シリーズも同じだ。北関東の町で雑貨と珈琲の店〈小蔵屋〉を開く七十代のお草さんが、周囲に起きるさまざまな事件と真摯(しんし)に向き合う。シリーズ最新作『花ひいらぎの街角』(文藝春秋 1600円+税)でも、旧友が昔書いた小説を製本してもらおうと大小ふたつの印刷会社を訪れたことから、彼女は両者の間のトラブルや、下請け側の複雑な事情を知ることに。

 決して直情的に行動するのではなく、冷静に観察し熟考して行動に移す姿に、相手の感情や立場を慮(おもんぱか)る大人の姿勢を感じる。問題解決の後も「分かり合えたね」と手をとりあって和解するのではなく、それぞれが苦味を残しつつも事実を受け入れるところも現実的。今回は小蔵屋の従業員、久実の恋愛模様もなかなか切ない。いつも元気なスポーツ娘も恋は不器用で、それでも趣味の合う相手に巡り会えたと思ったものの……。そんな彼女を静かに見守るお草さんの姿もまたよいのである。

 異なる価値観がぶつかるのは浅生鴨『伴走者』(講談社 1400円+税)も。視覚障害者の選手らと伴走者との関係構築を描く二部構成のスポーツ小説。

 前半は「夏・マラソン編」。元実業団所属の現市民ランナー、淡島が依頼されたのは事故で視力を失った元サッカー選手、内田のマラソンの伴走。この内田が勝利にこだわる男で、勝つためなら手段を選ばないえげつなさがある。勝利よりも記録を重視する淡島とは最初から相容れない。

 後半は「冬・スキー編」。学生時代、頂点に立った時点で潔くスキーを引退した涼介は、社内のスキー部から有望な選手の伴走を頼まれる。相手はなんとまだ高校生の晴。無邪気な性格の少女だが、実は彼女、大の練習嫌い。共に再び頂点を目指したい涼介と、勝敗に執着しない晴との間には、埋めがたい溝がある。誰かが誰かの夢のために尽力するのでなく、ともに同じ夢を目指した時に、真の信頼関係は生まれる。その醍醐味(だいごみ)がたっぷり味わえる一冊だ。

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■瀧井朝世(たきい・あさよ)
フリーライター。1970年東京都出身。本の話WEB「作家と90分」、WEB本の雑誌「作家の読書道」ほか、作家インタビューや書評などを担当。著者に『偏愛読書トライアングル』(新潮社)、『あの人とあの本の話』(小学館)がある。

(2018年5月8日)



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