江戸川乱歩賞出身のミステリ作家、川瀬七緒がエンタメ小説を上梓(じょうし)。これがさまざまな要素の詰まった、楽しくも深みのある作品になっている。タイトルは『テーラー伊三郎』(KADOKAWA 1500円+税)。
 海色と書いて「アクアマリン」と読ませる名を持つ男子高校生、通称アクア。彼が暮らす福島の田舎(いなか)町は非常に保守的だ。この名前に加え、父はおらず、母親が女性向けのポルノ漫画家であることで屈辱を味わったことのある彼は、後ろ指さされぬよう気を配って生き、将来の夢を抱けずにいる少年だ。その一方、母親の仕事のアシスタントをこなすうち、作品の舞台となる中世ヨーロッパの文化に詳しくなっている、という個性も持っている。ある朝、通学路にある紳士服店のウィンドウに、女性用下着が飾られているのを見つけた彼は、それが中世ヨーロッパのコルセット「コール・バレネ」だと気づく。 作り手はテーラーの八十代の店主、伊三郎だ。

 自分は保守的な町の体制に従属してきたことを悔いるこの老人、コルセットによって町に革命を起こそうとしている。その意志に賛同するアクアと、少年の服飾の知識に感心した老人は、手を組んで店の新装オープンを盛り上げようと計画。そこに、サイバーパンクファッションに身を包む芸術肌の女子高生、明日香も加わり彼らの計画はより具体性を帯びてくる。が、輪を乱すものを許さない商工会や、住民たちの行動を監視する元教員の真鍋女史ら、強敵はわんさかといるわけで……。

 老人と少年が師弟関係を結ぶのでなく、対等な信頼関係を育(はぐく)んでいくさまに好感をおぼえる。また、女性を束縛してきたアイテムであるコルセットを、意外性のあるファッションとして提案していく展開も、従来の価値観を壊す改革に直結していて納得できる。

 古い価値観もしくは自分にとって都合がよいだけの判断基準だけを主張する窮屈な共同体の殻を打ち破ろうとするのは、伊三郎だけでなく、アクアや明日香、そして他の老人たちも同じだ。そして、それがこの町自体の変化に繋がる第一歩なのだ。

 大きなことはできなくても、自分自身の殻を破ることが世界を変える第一歩だ――そう思わせてくれるのは行成薫『僕らだって扉くらい開けられる』(集英社 1600円+税)も同じ。主要人物たちは、みな超能力者だ。しかし、ほとんど役に立たない力の持ち主たちである。

 片手で持てる程度の物を十センチだけ動かす能力を持つ青年。相手に触れて金縛りに遭わせることができるが、その力を行使するほど抜け毛が進むことを気にしている薄毛気味の男。怒りに駆られると周囲の可燃物を燃やしてしまう能力をコントロールできない主婦。物に触れるとその残留思念が読み取れるのに、異様なほど潔癖症の女子高生。相手の目を見れば心が読めるのに、対人恐怖症の引きこもりとなった元教員。同じ地域に住む彼らは、ひょんなことから出会い、とある事件に立ち向かっていく。ただし、「三人集まれば文殊の知恵」風の展開ではない。そんなきれいに物事は進みやしないが、それでも、コンプレックスだらけの彼ら一人一人が、自発的に一歩を踏み出そうとした時、何かが起こる。

 デビュー作『名も無き世界のエンドロール』の頃から、細かなパズルのピースをパチリパチリとはめて最後に大きな絵を作り上げる手法が見事。

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■瀧井朝世(たきい・あさよ)
フリーライター。1970年東京都出身。本の話WEB「作家と90分」、WEB本の雑誌「作家の読書道」ほか、作家インタビューや書評などを担当。著者に『偏愛読書トライアングル』(新潮社)がある。

(2018年3月12日)



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