国内ミステリ出張室

2017.11.10

桜木紫乃『砂上』、古谷田奈月『望むのは』、中村文則『R帝国』…「ミステリーズ!85号」(2017年10月号)書評 瀧井朝世[文芸全般]その2

 著者のプロフィールを知らない人は、これは自伝だと思うのではないか――と唸ったのは桜木紫乃『砂上』(KADOKAWA 1500円+税)。

 北海道・江別(えべつ)に暮らす柊(ひいらぎ)令央は40歳。離婚後実家に戻り母ミオと暮らしていたが、そのミオは数か月前に亡くなった。ビストロ勤務の収入と元夫からの慰謝料はどちらもわずかで、倹(つま)しく生活している。そんな彼女のところに、東京から編集者がやってくる。令央が時折投稿していた小説やエッセイに目を通していたその女性は、小説を書くように強く勧めるのだった。

 令央は書くのはいつも、母と娘の話だった。アドバイスを受けながら改めて原稿を書き始めた彼女は、次第に自分と母親の関係、そして戸籍上は妹だが、実は自分が十代の頃に秘密裏に産んだ娘、美利との関係を見つめ直していくことになる。

 一人の女性が作家として目覚めていく過程をこの著者ならではの情景&心理描写、乾いた人間関係のなかで繊細に描き出していく。「(自分の体験や書きたいことを)フィクションにできなければただの自己憐憫(れんびん)です」といった、編集者の辛辣(しんらつ)な言葉が痛烈であると同時に、なるほどなと思わせる。薄曇りの中、脆(もろ)い砂の上を主人公がずっと彷徨(さまよ)っているような印象の話ではあるが、先人がつけた足跡を見つめながらしっかりと自分自身の足跡を残していく、そんな前向きな姿勢が見えてくる展開が、予想以上の希望と明るさを感じさせてくれる。新たな代表作と言いたい一作。

 古谷田(こやた)奈月の『望むのは』(新潮社 1500円+税)は青春小説だ。3月に15歳になった小春は「若いといえる最後の歳」を迎えたと嘆く。隣の家では、親戚のところで暮らしていた一人息子・歩が一緒に住むことになり、同い年の小春と同じ高校に進学。彼の母親はゴリラだ。比喩(ひゆ)ではない、本当に動物のゴリラである。小春は「お母さんがゴリラだなんて分かったら、学校でいじめられるのではないか」と心配し、彼を守る決意をするが、当の歩はその事実を誇りにすら思っている様子で……。

 色占い師である祖母の影響で色彩に敏感な小春の視点から、色や光の描写をふんだんに盛り込んだカラフルな一年間が描かれる。ゴリラ以外にも意外なところで意外な動物が登場。どうやらこの世界では、動物たちが人間と一緒に暮らし、その特性によって本人(?)がコンプレックスを持ったり、周囲から憧れられたりしている。社会の中で異質と思われるものに対する人々に対する反応を、こんな形でさらりと物語の中で描き出せるとは、やはり古谷田奈月はただ者でない。

 中村文則『R帝国』(中央公論新社 1600円+税)は、社会派小説であり、恋愛小説であり、近未来小説であり……さまざまな読み方ができるが、そこにこめられたメッセージはシリアスだ。

 架空の島国、R帝国に暮らす矢崎は、ある朝、隣国との戦争が始まったことを知る。が、もはや争いが日常茶飯事と化している世界で、動じるわけでもない。が、思いもよらない出来事が待っていた。また別の国から彼の住む街が侵略を受けたのである。さらには謎の組織“L”も動きを見せていて……。

 独裁的な政党による国家統治、他国との政治的対立、宗教問題、AIと人間の関係など、現実世界のこれからを予見するような事柄をたっぷりと盛り込み、スリリングに話が展開されていく。大作『教団X』などにも通じる警鐘小説であるが、こちらも説教臭くはなく、二組の男女が国家に、運命に翻弄(ほんろう)されていく姿を軸に描き、著者らしいエンターテインメントに仕上がっている。だが、ここで書かれているようなことが現実に起こる日は、そう遠くないのかもしれない。

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■瀧井朝世(たきい・あさよ)
フリーライター。1970年東京都出身。本の話WEB「作家と90分」、WEB本の雑誌「作家の読書道」ほか、作家インタビューや書評などを担当。著者に『偏愛読書トライアングル』(新潮社)がある。

(2017年11月10日)



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