国内ミステリ出張室

2017.11.09

池上永一『ヒストリア』、向山義彦『ちゅうちゃん』…「ミステリーズ!85号」(2017年10月号)書評 瀧井朝世[文芸全般]その1

『テンペスト』『風車祭(カジマヤー)』など沖縄の歴史や文化を盛り込んだ壮大なエンターテインメントを発表してきた池上永一。新作『ヒストリア』(KADOKAWA 1900円+税)も非常にダイナミックな作品だが、沖縄が舞台となるのはほんの一部。主人公は沖縄からボリビアへと渡るのだ。

 第二次世界大戦下、米軍の沖縄上陸作戦の凄絶な混乱のなか、家族を喪(うしな)っただけでなく、マブイ(魂)まで落としてしまった知花煉(ちばなれん)。聡明で商才に長(た)け、気の強さは人一倍の彼女は、戦後は自力で商売を始め、成功をおさめる。が、思わぬ落とし穴にハマり絶体絶命になった時、彼女は謎の声に導かれるように、政府の移民政策に乗じて知り合ったばかりの男とボリビアへと逃亡する。

 そこは先住民も移民も動物たちも入り乱れるカオス。しかも彼女たちに与えられたのはゴミ捨て場のような場所にある小さな農作業小屋だ。しかもここでも、持ち前の強引さと瞬発力とビジネス感覚を発揮して、自分の運命を変えていく。成功しては突き落とされ、それでも新たな活路を見出していく煉の姿がたくましく、痛快だ。かつ、ボリビアの風俗や歴史的背景も盛り込まれ、当時の猥雑(わいざつ)な町の中に自分も放り込まれたくらいの臨場感がある。そのなかでの女性プロレスラーとの格闘、原生林だった農地の開拓、飛行機の操縦……彼女のやることなすこと何もかもが大胆で無鉄砲だが、爽快な光景を見せてくれる。

 不穏なのは、時折聞こえる謎の声。実はその正体は彼女が落としたマブイだ。沖縄戦の衝撃で、ボリビアまで飛ばされていたのだ。マブイは自分の肉体に戻ろうとし、これがひとつの肉体をふたつの魂が奪い合うという奇妙な展開になっていく。

 チェ・ゲバラまで登場、実はキューバ危機にも煉が関係していた!? というトンデモ裏歴史が繰り広げられ、圧倒的な熱量が伝わってくる。興奮せずにはいられない一大エンターテインメントだ。

 戦後に海外に渡った日本人の話といえば、まったく赴きは異なるが、向山義彦『ちゅうちゃん』(幻冬舎 1700円+税)も興味深かった。作家・向山貴彦氏の父親の自伝的青春小説である。

 大正十一年に山梨に生まれた義彦は、親戚の家で英語の雑誌を見たことをきっかけに、米国への憧れを強める。独学で英語を学び始める彼だったが、やがて時代は第2次世界大戦へと突入していく。勉学の道を閉ざされ、大病を患(わずら)い、無一文となった家族を守り、それでも勉学の道を追求し、米国へ行く夢を持ち続ける義彦。『ヒストリア』の煉と同じく、うまくいったと思ったら落とし穴が待ち受けている過酷な日常を、生来の真面目(まじめ)さと優しさで乗り越えていく。そして英語と米国への堅固な熱意を持ち続けた彼は、30歳を過ぎてようやく、米国留学を果たす――。

 この波乱万丈な人生が実話をベースにしているのだから驚きだ。向山義彦さんは帰国後、山口県の大学で88歳まで現役の教授として勤め、2015年に本書の初稿を書き上げた直後に逝去。享年92。今頃空の上で著作の完成を喜んでいるに違いない、と思いたい。

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■瀧井朝世(たきい・あさよ)
フリーライター。1970年東京都出身。本の話WEB「作家と90分」、WEB本の雑誌「作家の読書道」ほか、作家インタビューや書評などを担当。著者に『偏愛読書トライアングル』(新潮社)がある。

(2017年11月9日)



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