国内ミステリ出張室

2017.07.14

原田マハ『アノニム』、蛭田亜紗子『凜』、柚木麻子『BUTTER』…「ミステリーズ!83号」(2017年6月号)書評 瀧井朝世[文芸全般]その2

 香港を舞台にしたのは原田マハ『アノニム』(KADOKAWA 1500円+税)。著者得意のアートを題材にしつつ、スリリングなエンタメ作品に仕上げている。

 盗難にあったアート作品がきれいに修復され元の場所に戻される事件が連続発生。それらはすべて、謎の集団「アノニム」によるものだった。構成要員は香港の巨大美術館の建築計画の指揮をとる建築家、ブルックリンのギャラリー経営者、ラグジュアリーブランドのオーナーでファインアートのコレクター、在野でありながら世界的な美術史家、オークション会社のオークショニア……。今、彼らのうち数名が集まってきたのは香港、向かうのはサザビーズのオークション。狙うのは目玉である抽象表現主義を代表する作家、ジャクソン・ポロックの幻の名作だ。その目的とは?

 著者ならではのアートの知識を盛り込みながら、オークション開催に至るまでの数日間のそれぞれの行動を追っていく。その企みの裏にはやはり、芸術への熱い愛情と信頼がこめられていて、こちらの胸も熱くなってくる。ただ、これだけ魅力的な人物たちを創り出してたった一冊で終わるのはもったいないので、シリーズ化できそう。

 もちろん、国内を舞台にした読み応えのある作品も。蛭田亜紗子『凜(りん)』(講談社 1550円+税)のメインの舞台は大正時代の北海道。拉致(らち)同然の状態でこの地に来た東京の学生、麟太郎はトンネル工事の労働者としてタコ部屋へ送られ、一人息子を知人に預けてやってきた八重子は網走の遊郭へと送られる。ともに地獄のような現実に直面し苦しむ彼らだが、それでも日々を生き抜いていくのだった。

 周囲の人間たちもさまざまな過酷な人生を歩んでおり、容赦のない筆致につい引きこまれては打ちのめされるのだが、現代のブラック企業や低賃金労働の痛ましい問題とも重なる部分があり、遠い昔の出来事とは思えないものがある。遊郭もタコ部屋も、形を変えて現代に潜んでいるのだ。著者は女による女のためのR-18文学賞出身で、本作でまたこれまでとは作風を変えてきたので、今後が楽しみだ。

 グサグサ突き刺さる台詞がたくさんあったのが柚木麻子『BUTTER』 (新潮社 1600円+税)。最高傑作という言葉を気軽に使うのはどうかと思うが、本作は間違いなく、現時点での著者の最高傑作。四月に被告の死刑が確定した婚活殺人事件を題材にしつつ、また異なる物語を紡ぎ出している。

 週刊誌の記者の里佳は、交際男性を次々殺したとして捕まった梶井真奈子に取材を申し込むため拘置所に手紙を送るが返答はない。が、友人のアドバイスにより、手紙で梶井の得意料理のレシピを尋ねる一文を添えたところ、面会を許される。男社会で窮屈な思いをしている里佳にとって、自分が女性であることに肯定的な梶井の言動は刺激的だ。男たちにも食事を作っていた彼女が好むのは、バターたっぷりの濃厚な味。面会のたびに指示されて、里佳は彼女が薦めるレストランに足を運ぶ。

 友情というより師弟関係のようなものが芽生える二人だが、この後思いもよらない展開が待っている。今の世の中、これまでの恋愛観、結婚観は上書きせねば男も女も辛いのだと提示する。希望のあるラストに至るまで、濃厚な味わい。堪能した。

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■瀧井朝世(たきい・あさよ)
フリーライター。1970 年東京都出身。慶應義塾大学卒。朝日新聞「売れてる本」、本の話WEB「作家と90分」、WEB本の雑誌「作家の読書道」ほか、作家インタビューや書評などを担当。

(2017年7月14日)



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