国内ミステリ出張室

2017.07.13

宮内悠介『あとは野となれ大和撫子』、東山彰良『僕が殺した人と僕を殺した人』…「ミステリーズ!83号」(2017年6月号)書評 瀧井朝世[文芸全般]その1

 中央アジアのアラル海が干上がった場所に生まれた、アラルスタンという小国。反政府軍や侵略を謀(はか)る周辺諸国との関係も課題山積のなか、大統領が何者かに暗殺される。政府の男たちは逃げ出し議会がもぬけの殻になった時、立ち上がったのは後宮に暮らす女性たちだった――なんとも大胆な、そしてなんとも魅力的な設定の長篇『あとは野となれ大和撫子(やまとなでしこ)』(KADOKAWA 1600円+税)、著者は吉川英治文学新人賞と三島由紀夫賞を続けて受賞したばかり、幅広い作風を持つ宮内悠介で、本作はエンターテインメントに振り切っている。

 中央アジアが舞台なのになぜタイトルに“大和撫子”とあるのかといえば、主人公が日本人だから。父親の仕事の都合でこの国に暮らしていたナツキは、幼い頃に紛争で両親を亡くし、後宮に引き取られて育った。20歳の現在、彼女は年上のアイシャたちと国家運営のために奔走することになる。持ち前の素直さと明るさと愚直さでもって、軍人たちを説得し、イスラム原理主義勢力のリーダーと向き合い、預言者生誕祭の舞台に担ぎ出され、そして大きな謎に立ち向かう……。

 この国や登場人物一人一人の細やかな背景づくりはさすが。どんな言語が話されているのか、どんな民族が集まっているのか、アラル海の灌漑(かんがい)によってもたらされた深刻な環境破壊はどのような状態になっているのか。20世紀の中央アジアの歴史が学べるほどだ。が、堅苦しい説明に終始することなく、それらが有機的に結合してこの架空の国の有りようを立体的に読者に伝えてくれている。綿密に構築された世界観があるからこそ、女性が政権を握ってはっちゃけるというありえなさそうな展開も、説得力をおびてくる。なんだかアラルスタンに行ってみたくなるのだ。

 アジアを舞台にした作品といえば、東山彰良の『僕が殺した人と僕を殺した人』(文藝春秋 1600円+税)。直木賞受賞作『流』は1970年代の台湾が舞台であったが、本作は1984年の台北の物語。といっても、冒頭はアメリカが舞台だ。全米を震撼させた殺人鬼が捕まり、犯人は台湾出身の男だと判明。彼の少年時代の友人で今はアメリカで弁護士として暮らしている男が、30年前を振り返る。彼らが台北で過ごしたあの夏に、何があったのか。

 13歳の少年4人のきらめくような日々が語られていく。成績優秀なユン、幼なじみのアガンとダーダーの兄弟、直情的な性格のジェイ。三人とも家庭環境にはそれぞれ問題がある。ユンは兄を不幸な事故で亡くしたばかりだ。メンタルに不調をきたした母親の転地療法のため両親はアメリカへ行き、ユンはアガンたちの家に預けられる。そんなアガンらの母親は牛肉麺屋を切り盛りしているが父親はぐうたら。ジェイの父親は姿を消し、母親の再婚相手は暴君だ。ままならない現実を抱えながらも、彼らはジェイの祖父に替わって観衆の前で布袋劇を演じてみせたり、ブレイクダンスに夢中になったり……だが、やはり現実の苦しさは重みを増し、彼らはあることを企てる。

 この中の誰かが大人になり殺人鬼となるのかと思いながら読み進めることになる。でもだからこそ、彼らの13歳の夏がきらめきを増して感じられる。すべてが明かされてからの後半は、大人になった語り手が現実と向き合う様子をじっくり描き、また異なる読み心地。犯人はもちろん、他の3人がその後どういう人生を辿ったのかも分かり、人生の浮き沈みが浮き彫りになる。きらめきとほろ苦さが溶け合った味わいこそが著者の真骨頂なのだと実感。

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■瀧井朝世(たきい・あさよ)
フリーライター。1970 年東京都出身。慶應義塾大学卒。朝日新聞「売れてる本」、本の話WEB「作家と90分」、WEB本の雑誌「作家の読書道」ほか、作家インタビューや書評などを担当。

(2017年7月13日)



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