リストラされて職を失い、家で留守番状態の新三郎のもとに現れたのは、奇妙な訪問販売の女性二人組。年上の女は米子といい、若い方の女は露子と名乗る。彼女たちが強引に買わせようとするのは、灯籠(とうろう)だ――という内容を聞けば「なんだか聞いたことのあるような……」と思われるだろう。そう、落語の「牡丹(ぼたん)灯籠」だ。紹介したのは松田青子の新刊『おばちゃんたちのいるところ』(中央公論新社 1,400円+税)に収録されている「牡丹柄の灯籠」のあらすじ。この愉快痛快な連作短編集は、歌舞伎(かぶき)や落語などの古典を現代版にアレンジした作品が並ぶ。
 
 読み進めていくと気づくのは、すべて女性の妖(あやかし)が登場すること。さらに、どうやら彼女たちはみな、死後に妖となって現実世界に紛れ込み、時にはシングルマザーの子守をしたり、工場で不思議な魔力を持つ線香を造ったり、天守閣で古城を守ったりと、活躍していることも分かってくる。そのパワフルなこと、なんだか死んだ後のほうが楽しそうなくらい。

 すべて知っているわけではないが、原典では女性がひどい目にあっている話が多い。現代社会においては許されるとは思えない性差別を排除し、女性も男性も、動物も植物も建物も、すべてがフラットな地点で生きていける社会を描き直したのが本作だともいえる。アレンジの上手さもあって、現代女性が安心して楽しめる古典集といえるものになっている。

 一方、死と向き合う人間ドラマを描きだすのが芦沢央『雨利終活写真館』(小学館 1,600円+税)。巣鴨(すがも)にある雨利写真館は、遺影専門の写真館だ。そこを訪れたのは、恋も仕事も失ったばかりの黒子ハナ。彼女の用件は死んだ祖母の遺言状について。手書きのそれには、叔父叔母への遺産の指示はあるが、ハナの母親の名前はなかった。金銭のことよりも、自分は愛されていなかったと落ち込む母親を見かねて、何か手がかりをつかもうと、祖母が遺影を撮影したこの場所を訪れたというわけだ。敏腕風の終活マネージャーの夢子、無愛想なカメラマンの雨利、埼玉出身だが関西弁を話すアシスタントの道頓堀(とうとんぼり)といった個性的な面々と話すうちに、ハナはある真実にたどり着く。

 元美容師の彼女は写真館のスタイリストの職を得て、二話以降は来客たちの抱える人生模様がミステリ仕立てで描かれていく。死がテーマであるため重い内容かと思われるかもしれないが、生前に遺影を撮影しようとするのは、残される人たちを思いやっての行為にほかならない。だからこそ、どの話も温かい思いが湧き上がってくる。また、ハナも実は辛い別れを経験した過去があり、その事実とも向き合って成長していく姿が微笑ましい。 続篇を期待したい。

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■瀧井朝世(たきい・あさよ)
フリーライター。1970 年東京都出身。慶應義塾大学卒。朝日新聞「売れてる本」、本の話WEB「作家と90分」、WEB本の雑誌「作家の読書道」ほか、作家インタビューや書評などを担当。

(2017年3月13日)



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