国内ミステリ出張室

2017.01.17

『ミステリーズ!80号』(2016年12月号)書評 瀧井朝世[文芸全般]その2

 ところでここ最近、教育というものについて考えさせられる小説も多かった。まず、森絵都 『みかづき』(集英社 1,850円+税)は、塾業界を舞台にした親子三代の物語。昭和38年、小学校の用務員の吾郎は児童たちへの勉強の教え方がうまいと評判になり、保護者の一人、シングルマザーの千明に乞われて共同で学習塾を経営することに。当時の世間はまだ塾という存在に否定的だったが、少しずつ事業は拡大していく。その過程で彼らは結婚し、千明の連れ子のほかに二人の娘をもうけるのだが、その後塾の経営方針を巡って夫婦の意見は対立してしまう。

 詰め込み教育からゆとり教育、そしてゆとりの撤回など、戦後の日本の教育方針は行き当たりばったりで変更されてきたという印象。そのなかで塾の主流も補習塾から進学塾へとなり、教え方もどんどん変わっていく。その流れにもまれながら、吾郎たちの娘やその孫も何らかの教育に携たずさわることになる。が、みな異なるアプローチを見せ、教育とその教育ビジネスに対する考え方の多様性がよく見えてくる。なかでも考えさせられるのは孫の一郎の試みだ。彼は学びたくても学ぶ手段を知らない貧困家庭の子どもたちに手を差し伸べるべく、ボランティアで活動を始めるのだ。確かに、こうした子どもたちが自力で問題を解決するのは難しい。どのように大人たちが手を差し伸べたらよいかは、今この現実の世界において考えるべき事柄でもあるのだ。

 似鳥(にたどり)鶏(けい)『一〇一教室』(河出書房新社 1,600円+税)も、学園サスペンスながら、現実にリンクしていると思わずにいられない怖い一冊。

 カリスマ教育者が創設した中高一貫の進学校で、高等部の生徒が不審な死を遂げる。親戚の男女二人はその真相を探ろうと調べ始めるが、全寮制のその学校の内実はなかなか見えてこない。並行して学園高等部の生徒の男子と女子、それぞれの日常も描かれていくのだが、そこで明かされるのは生徒を完全に服従させようとする学校の体制だ。特に体罰の場面では、肉体だけでなく心まで徹底的に痛めつけ反抗心を奪っていく卑劣なやり方がホラーじみている。が、本当に恐ろしいのは、これらが現実社会でありうる点だ。

 どんなに社会問題になっても体罰の問題がなくならないのは、いつの時代でも、それが正しいと思っている大人がいるからだ。そんな大人たちに囲まれたら、子どもは逃げ場がない。本作はサスペンスフルなエンターテインメントとして一気読みしてしまうが、表面化していない児童虐待についての警告の書でもある。

 冲方(うぶかた)丁(とう)の『十二人の死にたい子どもたち』(文藝春秋 1,550円+税)は、作家生活20周年を迎える著者の初の現代長編ミステリ。廃墟となった病院に、ネットで知り合った12人の少年少女が集まってくる。彼らの目的は集団自殺。が、集合場所の部屋には、正体不明の13人目の少年が横たわっていた。子どもたちは自殺の決行をいったん保留し、この謎について語り合う。その流れで各々の自殺の動機も吐露(とろ)され、互いに批判しあい、時に肯定しあううち、一人また一人と、自殺を思いとどまる者が出てくる。

 タイトルから映画『十二人の怒れる男』が連想できるが、基本的に同じ流れだといっていい。ただし本作は13人目という謎がある。その謎の真相と、どのようにしてそれぞれが自殺を思いとどまるのかという興味で惹きつけてやまない内容だ。

 巧みなのは保険金をかけられた者と、保険金を残したい者がいるように、対(つい)になる動機が存在する点。自分と正反対の地点にいる人間の見解を知ることで、 彼らは自分を客観視できるようになっていく。そして能動的に意見を覆くつがえしていく様は痛快、かつ説得力がある。なかにはバカバカしい動機の子もいて脱力してしまうのだが、「こういう子にこそちゃんとした教育を!」と、大人としてここでも教育問題を考えずにはいられないのだった。

(2017年1月17日)



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