国内ミステリ出張室

2007.11.05

似鳥鶏『理由(わけ)あって冬に出る』あとがき(1/2)[2007年11月]

だから私はハイテクなものが苦手なんですってば。
にわか高校生探偵団が解明した幽霊騒ぎの真相とは?
第16回鮎川哲也賞に佳作入選したコミカルなミステリ。

07年10月刊『理由(わけ)あって冬に出る』あとがき[全文]

似鳥鶏 kei NITADORI

 

 お初にお目にかかります。似鳥鶏(にたどり・けい)と申します。この原稿はパソコンで書いております。

 なぜこんなことをわざわざ書くかというと、私はパソコンが大の苦手だからです。あまりに苦手なためパソコンに触ると肌が痒くなってブツブツができます。アレルギーなのです。小さい頃医者にアトピー性皮膚炎と言われたことはありますがそれは無関係に決まっています。パソコンがアレルゲンで、パソコンを摂取すると体が反応するのです。

 パソコンに限らず私は機械オンチであり、そのためかアナログ人間であり、ちょっと現代文明についていけていないところがあるようです。大学に入ってもまだ携帯電話を買いませんでしたし、テレビも持っていませんでした。やっと買った携帯電話は白黒であり、画像の受信はできるのですが受信した画像が真っ黒に表示されるので何が映っているのか判別できず、 結局受信した意味がないという代物でした。バイト先の塾の生徒はそれを見て「先生それ高くなかった?」と訊いてきました。今思い返すとどうも「ビンテージだからきっと高いだろう」と思われていたようです。そういう人間なので今でも音楽はカセットで聴いています。すいません嘘です。ちゃんとCDで聴いています。

 しかし私の機械オンチは、私自身ではどうにもならないことです。 完全に先天性のものだからです。私の母は触っただけでビデオデッキが壊れ、前を通ればテレビの画像が乱れる程の機械オンチで、それが遺伝したのです。おかげで私も小さい頃から機械オンチでした。ステレオを見ても使い方が分からず、自転車に乗ればおばあちゃんにぶつけ、ドラクエをやればセーブデータが消えていました。

 そういう人間ですので、最初の頃は小説も400字詰め原稿用紙に手書きしていました。しかしある理由から、すぐにワープロを使わなければならなくなりました。

 今でも新人賞の応募規定は「400字詰め原稿用紙換算350~550枚」といった書き方がされているくらいですから、手書きすること自体に問題はありません。問題があるのは私の字のほうでした。私は字がおそろしく下手で、友人は「お前、独特の字を書くよね」と好意的に表現してくれていましたが母には「ミミズがのたくったような字」と言われていました。自分でも「ムカデが這い回ってるような字だな」と思っていましたからおそらく母の方が正しかったのでしょう。だから最初の頃、書きあがった小説を渡したにもかかわらず友人は読んでくれませんでした。読めないのですから仕方がないのでした。

 さらにもう一つ、私の筆圧が問題でした。もともと私は筆圧が強く、鉛筆といわずシャープペンシルといわずすぐ芯を折ります。教育実習に行ったときはチョークを粉々にして次に授業をする先生に迷惑をかけていました。シャープペンシルというやつは便利なのですが使い方を誤るとあれは凶器になります。鉛筆と違って折れた芯が隕石のごとく顔面に飛来します。怖いのでシャープペンシルの芯は必ず「H」を使い、常に筆圧を調節しながら字を書くよう心がけていたのですが、盛り上がるシーンになるとつい我を忘れて筆圧が強くなってしまいます。ギターやバイオリンを弾く人が高音を出す時苦しそうな顔になるのと同じ原理なのですが、漫画ならともかく小説では力を入れて書いても全く意味がありません。誤字が増え、原稿用紙が破れ、折れた細かい芯が机に黒い筋をつけるだけです。それに加えてその筆圧ゆえ、少しまとまった長さのものを書くと、すぐ手首が痛くなりました。おそらく指と手首の関節が筆圧についてゆけず炎症を起こすのでしょう。バスケット選手のジャンパー膝とか野球選手の野球肘と似たようなもので、アスリートならば避けては通れない試練ですが、別にアスリートでないのでワープロを使って避けることにしました。

 そんなわけで、どちらかといえば仕方なくワープロを使い始めたのでした。使い始めの頃は書いたものをどうやって保存するのか分からなかったり印刷するとどうしても紙が斜めになってしまったりしてそれなりに苦労していましたが、慣れてくるとそうしたことも気にならなくなり、けっこう快調に文章を書けるようになりました。何より、ワープロを使って文章を書くという行為はなんとなく格好いいもののように思えました。両手の人差し指をなめらかに動かしてキーボードを叩く自分はなんだかすごく知的で熟練した「専門家」のように思え、書く作業自体が楽しくなりました。ネタがない時でもとにかく何か書きたくなり、ネタがある時に書く物は無駄に長くなりました。ワープロにはどうもそういう、一種の中毒性があるようなのです。

 しかし、勝手なものです。ワープロとの蜜月が終わると、私はすぐその機能に限界を感じ始めました。大学の3年次あたりから、私がミステリというものを書くようになったからです。ワープロでは、ミステリにしばしば登場するあるものを作成するのに非常な困難を伴うことが分かったのです。

 まだワープロをお持ちの方、ぜひ試してみてください。「館の平面図」を全部「罫線」で描いてみてください。そしてそれを印刷してみてください。一枚につき30分くらいかかるはずです。インクリボンが片面なくなるはずです。そしてナナメの線が書けずギザギザになるはずです。そうした問題を解決できるハイテクなワープロも当時、存在するにはしたのでしょうが、だから私はハイテクなものが苦手なんですってば。使っている洗濯機にタイマー機能がついていることを3年以上知らなかったような、バナナを冷蔵庫で保存して真っ黒に腐らせたような機械オンチの私に、そんなハイテクなものが扱えるわけがありません。話はそれますが豆腐を冷凍庫で保存すると凄い状態になってびっくりすることうけあいです。勇気のある人は試してみてください(ただし食べ物を粗末にするのはよくないので、どんな状態になろうと必ず食べるように)。

 そういう苦労もあり、行きつけの電気屋のインクリボンコーナーがどんどん縮小されていって危機感を感じたこともあり、大学院にはパソコンルームが完備されていてゼロックスの超高速レーザープリンタがただで使えるようになったことなどもあり、私もようやくパソコンを使い始めました。もちろん、最初の頃は苦難の連続でした。

 まったくパソコンというやつは、どうしてあんなに難解なのでしょうか。ちょっと変なところをいじるとすぐウインドウが下の方に消えてしまいます。言語バーが何かの後ろに隠れてしまいます。直射日光の下で12時間も使うと画面が止まってしまい、電源を切ることすらできなくなってしまいます。仕方なくコンセントを抜いたら抜いたで、再起動すると得体の知れないファイルが出現しています。パソコンに詳しい友人が「パソコンは壊して覚えろ」という格言があることを教えてくれたので早速マイナスドライバーで壊してみたのですが、細かくて複雑なCPUだかICUだかがややこしく並んでいるだけで、とても覚えられたものではありません。

 しかし、そこで諦めるわけにはいきませんでした。大学院の授業では大量のレポートを書かねばならず、それまでやっていたような、資料となる本をコピーして切り抜いてレポート用紙に貼り付けてそれを再びコピーする、というアナログ式コピー&ペーストではとても間に合いませんでした。そもそもレポートそのものを「添付ファイル」なるものにして提出せねばなりませんでした。

 私はそこでようやく気付きました。これからの時代、パソコンを使えないような人間は社会に適応できず、ドードー鳥のごとく絶滅するに違いないということに。



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