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    <title>国内ミステリ出張室｜Webミステリーズ！</title>
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    <updated>2010-12-06T09:09:28Z</updated>
    <subtitle>ミステリ・ＳＦ・ファンタジー・ホラーの専門出版社・東京創元社が配信する月刊Webマガジン</subtitle>


<entry>
    <title>秋梨惟喬『もろこし紅游録』あとがき［2010年12月］</title>
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    <published>2010-12-05T16:09:08Z</published>
    <updated>2010-12-06T09:09:28Z</updated>

    <summary>まだ書くべきことはたくさんあります。まだまだ銀牌侠の旅は続くのです。  （10年12月刊『もろこし紅游録』あとがき［全文］）秋梨惟喬　koretaka AKINASHI 　   　ながらくお待たせして...</summary>
    <author>
        <name>東京創元社</name>
        
    </author>
    
        <category term="820 国内ミステリ出張室" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.webmysteries.jp/">


   
      
        <![CDATA[<blockquote></blockquote><font style="FONT-SIZE: 1.25em"><b>まだ書くべきことはたくさんあります。<br>まだまだ銀牌侠の旅は続くのです。</b> <br /></font>
（10年12月刊<a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488413125" target="_blank">『もろこし紅游録』</a>あとがき［全文］）<br /><br /><font color="brown"><b><font style="FONT-SIZE: 1.25em">秋梨惟喬</font></b>　koretaka AKINASHI<br />
<hr color="black" size="1">

<p>　</p>
<div style="FLOAT: right; WIDTH: 155px"><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488413125" target="_blank"><img height="201" alt="もろこし紅游録" hspace="12" src="http://www.tsogen.co.jp/img/cover_image_m/41312.jpg" width="138" vspace="10" border="1" /> 
<div style="TEXT-ALIGN: center"><img height="18" alt="書籍の詳細を見る" src="http://www.webmysteries.jp/images/shosekishosai.jpg" width="100" border="0" /></div></a></font></div>
<p>　ながらくお待たせしてしまいました、の第二弾。前作とは全く違う趣向の構成になりました。前作は、雲游<font style="FONT-SIZE: 0.5em">うんゆう</font>（＝抱壺<font style="FONT-SIZE: 0.5em">ほうこ</font>）と蒲公英<font style="FONT-SIZE: 0.5em">ほこうえい</font>（青霞<font style="FONT-SIZE: 0.5em">せいか</font>）の二人の物語だったのに対して、今回の登場人物はまったくばらばら。しかも「子不語<font style="FONT-SIZE: 0.5em">しふご</font>」から「風刃水撃<font style="FONT-SIZE: 0.5em">ふうじんすいげき</font>」の間は二千数百年、銀牌侠の発端から終焉までを描いています。いえ、これが本当に発端なのか、終焉なのかは作者にも保証できませんが。まだまだいろいろな秘密があるようで……<br><br>

『子不語』の舞台はいきなりの紀元前、戦国時代です。この後に秦<font style="FONT-SIZE: 0.5em">しん</font>の始皇帝が登場して中華世界を統一し、『項羽と劉邦』の世界へと繋がっていくことになります。<br>
　銀牌侠の推理法のベースにある“勢<font style="FONT-SIZE: 0.5em">システム</font>”理論を創り上げた説客・慎到<font style="FONT-SIZE: 0.5em">しんとう</font>の登場。<br>
　作者が慎到の名を知ったのは安能務氏の講談社文庫の一連のシリーズだったのですが、なんとも魅力的な人物です。とはいっても実のところは『韓非子<font style="FONT-SIZE: 0.5em">かんぴし</font>』に書かれた“勢” の理論が魅力的なのであって、慎到の人となりはほとんど不明なのですが。<br>
　ですから慎到の外見もまるで伝わっていません。で、でっちあげたのが逆三角形の頭の大男です。学者先生というとえてして小柄なイメージがありますが、実は孔子<font style="FONT-SIZE: 0.5em">こうし</font>も諸葛孔明<font style="FONT-SIZE: 0.5em">しょかつこうめい</font>も相当の大男なのです。そして顔はフットレルの“思考機械”ヴァン・ドゥーゼン教授のイメージです。どうも大変な外見です。でも華がないので目立たないという。怪しげでいいですねえ。<br> 
　なお“子不語”はもともと清<font style="FONT-SIZE: 0.5em">しん</font>の袁枚<font style="FONT-SIZE: 0.5em">えんばい</font>の怪異談集のタイトルで、『論語』述而篇の一節、「子ハ怪力乱神ヲ語ラズ」から採ったものです。“子”すなわち孔子が語らなかった話＝怪異譚のことです。ただ本作では少し違ったニュアンスで使っていますが。 <br><br>

「殷帝之宝剣<font style="FONT-SIZE: 0.5em">いんていのほうけん</font>」の変則度は四作中随一かもしれません。何といっても銀牌侠が登場しません。代わりに活躍するのは第一弾で登場した某コンビ。いわゆるスピンオフです。<br>
　この二人、結構気に入ってます。主人は文<font style="FONT-SIZE: 0.5em">ぶん</font>に通じているものの武術がさっぱり、従者は裏世界に通じた中華最強クラスの使い手、転がしていくのが楽しいです。構想中の長編でもチョイ役ながら重要人物として登場する予定です。<br>
　なお他にもスピンオフしたいキャラクターが幾人かいます。いずれ作品になるかもしれません。<br><br>

　変則的な作品を並べた今回、唯一オーソドックスなのが「鉄鞭一閃<font style="FONT-SIZE: 0.5em">てつべんいっせん</font>」です。極端にオーソドックスです。往年の東映時代劇のイメージです。それでも微妙に必殺シリーズの影響はあります。 これはもう性<font style="FONT-SIZE: 0.5em">さが</font>ですね。<br>
　さて、作者は登場人物を創り上げていく時に、まず“声”を想定することがあります。そうすることで一気にキャラクターが独り歩きを始めます。幻陽<font style="FONT-SIZE: 0.5em">げんよう</font>の声は関俊彦。『仮面ライダー電王』のモモタロス、あの「俺、参上！」の声です。昔は『新機動戦記ガンダムＷ』のデュオ・マックスウェルやＯＶＡ版『ワイルド７』の飛葉を演っていて、少年声のイメージだったんですが、今やいかした下町親父っていう感じです。<br>
　ちなみに「殺三狼<font style="FONT-SIZE: 0.5em">しゃさんろう</font>」の雲游は青野武。独特の平板な台詞回しが気持ちいいベテラン声優です。『宇宙戦艦ヤマト』の真田志郎や『ちびまる子ちゃん』の友蔵が有名ですが、異様に恰好いいのが『ジャイアントロボ THE ANIMATION』（監督今川泰宏！）の一清道人。でも作者の一番のお薦めはＰＳのゲーム『クーロンズ・ゲート』の陰陽師。いやあしびれますぜ。 <br><br>

「風刃水撃<font style="FONT-SIZE: 0.5em">ふうじんすいげき</font>」の舞台はなんと辛亥革命の江南<font style="FONT-SIZE: 0.5em">こうなん</font>の架空の城市。二十世紀です。中華民国です。孫文<font style="FONT-SIZE: 0.5em">そんぶん</font>、袁世凱<font style="FONT-SIZE: 0.5em">えんせいがい</font>です。 <br>
　決して奇を衒<font style="FONT-SIZE: 0.5em">てら</font>ってこの時代を選んだわけではなくて、“あのアイテム”を使うにはこの時代しかなかったからです。実は過去にこのアイテムを使った現代物に挑戦したことがあります。もともと大好きだったんですね、この無駄に強力で無意味なアイテムが。『カリオストロの城』とか『ワイルド７』とか好きだったもので。ただ現代を舞台にした本格物にはやっぱり使いにくいのです。そもそもでかすぎるし、入手先の設定に無理が出る。でもこのシリーズならなんとかなる。そのためのシリーズですからね。<br><br>

　なおここで一点ご注意を。もろこしシリーズの歴史考証はいい加減です。もちろん様々な資料・史料を調べていますが、その上であえて嘘や想像を交えています。<br>
　例えば「子不語」では、稷下<font style="FONT-SIZE: 0.5em">しょっか</font>での活動時期が慎到とずれている孟子<font style="FONT-SIZE: 0.5em">もうし</font>と淳干＊（＊は髟に兀と書く）<font style="FONT-SIZE: 0.5em">じゅんうこん</font>を登場させていたり、諸子百家の解釈がかなり独特のものであったり。稷下の学の細かい仕組みもほぼでっちあげです。<br>
　今更ですが、巻頭及び各作品の冒頭の引用文書もすべて架空のものです（校正の方が一生懸命探してしまったそうでゴメンナサイ）。用語解説も、あくまでもこのシリーズ内での情報ですから、嘘が交じっています。中国には『“銀牌女侠”蒲公英』などというシリーズはありませんから。<br>
　というわけでくれぐれも鵜呑みにしないようにお願いします。学校のテストで書いたりしたらバツです。<br>
　ただ、ここで嘘・想像・でっちあげというのは、現在の学界の定説に沿っていないというだけのことで、作者なりの根拠があるケースも存在する、という点にはご留意ください。<br>
　実は、最近中国古代史の常識はどんどん変わりつつあるのです。従来は『史記』や『春秋左氏伝』などを基本史料としていたのに対して、今は春秋戦国時代や漢代の墳墓から出土した竹簡<font style="FONT-SIZE: 0.5em">ちくかん</font>木簡<font style="FONT-SIZE: 0.5em">もっかん</font>布帛<font style="FONT-SIZE: 0.5em">ふはく</font>の類、或いは青銅器に彫られた金文<font size="0.5">きんぶん</font>に重きが置かれるようになり、これまでの定説が覆されることもあるようです。ですからこの先、実はこっちの出鱈目が正しかったことが判明する……なんてことはないですね。<br><br>

　さて作品の最後で、これでもろこしシリーズが終わりであるかのような書き方していますが、これはあくまでも時系列で最後に位置する作品だというだけのことです。まだ書くべきことはたくさんあります。まだまだ銀牌侠の旅は続くのです。<br />
<br />
<br />
</p>
<div align="right">（2010年12月）</div>
<hr color="gray" size="1">
<font color="navy">■ <b>秋梨惟喬</b>（あきなし・これたか）</font><br />
1962年8月17日岐阜県生まれ。広島大学文学部史学科（東洋史学）卒業。1993年「落研の殺人」が鮎川哲也編『本格推理2』に、1995年「憧れの少年探偵団」が北村薫・宮部みゆき選<a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488400514" target="_blank">『推理短編六佳撰』</a>に収録される（ともに那伽井聖名義）。2006年、秋梨名義による「殺三狼」で第3回ミステリーズ！新人賞を受賞。著書に<a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488413118" target="_blank">『もろこし銀侠伝』がある。
</a><br />
<br />
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<a href="http://www.tsogen.co.jp/">推理小説の専門出版社｜東京創元社</a>]]>
        
      
    


    </content>
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<entry>
    <title>高城高『ウラジオストクから来た女』あとがき［2010年10月］</title>
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    <published>2010-10-05T06:14:27Z</published>
    <updated>2011-06-06T02:34:12Z</updated>

    <summary>いま私は初めて書いた時代小説に一区切りがついてほっとしているところである。  フェンシングの名手・五条を筆頭に、函館の平穏を守るべく 日夜奔走する刑事たちを活写する、明治警察物語。 （10年10月刊『...</summary>
    <author>
        <name>東京創元社</name>
        
    </author>
    
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.webmysteries.jp/">


   
      
        <![CDATA[<blockquote></blockquote><font style="FONT-SIZE: 1.25em"><b>いま私は初めて書いた時代小説に一区切りがついて<br />ほっとしているところである。</b> <br /></font>
フェンシングの名手・五条を筆頭に、函館の平穏を守るべく<br />
日夜奔走する刑事たちを活写する、明治警察物語。<br />
（10年10月刊<a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488024659" target="_blank">『ウラジオストクから来た女』</a>あとがき［全文］）<br /><br /><font color="brown"><b><font style="FONT-SIZE: 1.25em">高城高</font></b>　koh KOHJO<br />
<hr color="black" size="1">

<p>　</p>
<div style="FLOAT: right; WIDTH: 155px"><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488024659" target="_blank"><img height="201" alt="ウラジオストクから来た女" hspace="12" src="http://www.tsogen.co.jp/img/cover_image_m/2465.jpg" width="138" vspace="10" border="1" /> 
<div style="TEXT-ALIGN: center"><img height="18" alt="書籍の詳細を見る" src="http://www.webmysteries.jp/images/shosekishosai.jpg" width="100" border="0" /></div></a></font></div>
<p>　2009年7月刊行の<b><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488024444">『函館水上警察』</a></b>の続編である。お読みの通り完結編というべきもので、いま私は初めて書いた時代小説に一区切りがついてほっとしているところである。同時に、前編のあとがきで書いたように多くの方々からご教示いただき、お世話になったことに重ねて感謝している。自分でも資料を探すなどして読んだことで勉強にもなり、また改めて考えさせられたことが多かった。例えば明治という時代について。<br />
　私はずっと以前、それこそ若い時から明治維新を日本の近代の起点と評価する歴史家や作家の考え方に漠然とした疑いを持って来たような気がする。もちろん、それについて研究したわけではないから、単に明治維新を手放しで礼賛できない東北地方の古い世代の遺伝子のせいなのだろう。そこで今回書いているうち、どうも近代の始まりをこの作品の明治24（1891）年あたり、つまり1890年代に置いてみたいという考えにとらわれたのである。<br />
　政治でいえば帝国憲法発布が89年、翌90年に帝国議会の開設である。とはいえ、実態を見れば雄藩による藩閥政治は大正初期まで続き、議会そのものが制限選挙による議員で構成されていた。天皇の大権の絶対性を盾とする特異な立憲体制が確立された近代のスタートであった。<br />
　近代経済の前提になる産業革命はどうだろう。維新後、殖産興業に力を借りようとした御雇外国人は、社会、教育など制度的な近代化には貢献したが、まだ土台の貧しい工業化の助けにはならなかった。やっと80年代末の官業払下げをきっかけに企業設立が相次ぎ、綿糸紡績業が勃興してさらに台湾領有に伴う製糖業、木材パルプの原料化成功による製紙業などと日清戦争（94－95年）に前後して工業化が進む。いずれも軽工業の分野で、鉄鋼、機械、造船といった重工業の分野は後れを取る不均衡な産業革命だが、やはり90年代がその始まりといえるのではないだろうか。<br />
　90年代がそれ以前と違ってくるのは、何といっても社会、文化といった分野であろう。風俗を例にとれば女性の髪型で束髪がポピュラーになるのはこの頃からである。文学でいえば、二葉亭四迷が初めて言文一致体の<b>『浮雲』</b>を発表したのが87－89年で、こうした小説を読むことで我々は初めて当時の人たちはこんな喋り方をするのだな、と分かる。そしてこれらの文学に出てくる語彙は今でも使われている言葉なのだが、90年代以前には存在しなかったものが多い。言葉ということでは、明らかに90年代が境目である。それ以前の明治は、いろいろな面でいわば江戸の尻尾をぶら下げていた時代だったような気がする。<br />
　前編は函館が開港150年を祝う年に出版され、明治の函館を少しでも知ってもらいたいという私の創作意図に合致することになった。海外に開かれていたということでは、函館より長崎の方が歴史は古いだろう。しかし、長崎がつながっていた世界はオランダや清国で、それによって独特な異国情緒がすでに町を彩っていた。一方、函館には幕末からロシア船が出入りし、開港後はロシア船よりは英米、特に英国船が多く来航してそれも商船、軍艦、海獣密猟船と多彩であった。19世紀の近代化された西欧文化が北のはずれの町にいきなり流入したのである。函館新聞を読んでいると、当時はほかの都市では恐らく見られないような市民生活や商売をうかがわせる広告が目につくのである。この一足早い町のハイカラさが文学でも大正以降になって、例えば長谷川四兄弟のようなモダニズムの逸材を生み出すのだった。<br />
　後編でも前編同様に実在した人物が数多く登場するが、フィクションであるから時期や場所などで実際の函館の歴史と食い違うところもある。ここで二つばかり大きな相違点をお断りさせていただきたい。<br />
　<b>「聖アンドレイ十字　招かれざる旗」</b>のアークティック号が逃げ込んだ先は函館港ではなく、神奈川県三浦半島金田湾であった。英露の軍艦が対決したその当時の経過は、外務省外交史料館ではうかがいしることができなかった。作品の中で触れているその六年前の事件については、断片的ながら両国のやり取りがうかがえる外交文書があるのに不思議である。マイクロ化作業のため一部封鎖していた資料の中にあったのかもしれなかった。しかし、函館新聞ははるか本州のこの事件を八回にわたって経過を伝えてくれている。水夫たちが太平洋酒店で飲んで暴れるなど市民に迷惑をかけた密猟船だが、地元にカネを落としてくれたし知名度が高かったことから、わざわざ情報を集めて報道したのだろう。<br />
　最終回に描かれたマルモ森田一家による警察署襲撃は、実はこの十年以上も後の事件で、舞台も函館ではなく十勝地方でのことであった。<b>『北海道警察史――明治・大正編』</b>（1968年）が十ページ以上を費やして記録しているが、この時、博徒らは警官たちを署内から追い払い、保護されていた敵方の一丁派系幹部を滅多刺しにして殺してしまったのである。この頃になってもまだ道東などでは警察力が劣勢に立たされていたのだった。<br />
　博徒たちは内部に記録めいた書き物を遺さないし、函館新聞だけでなく当時の新聞は原則として博徒についてはほとんど記事にしなかったので、樺太から一道一府六県にまたがるこの組織の全容と歴史は分からないことの方が多い。そこで存命の関係者からの聞き書きをまとめた大西雄三著<b>『実録北海博徒伝――森田常吉聞書』</b>（1980年、札幌。みやま書房）は、裏付け資料の言及に足りない部分はあるが今となっては貴重である。<br />
　これによると東京進出をもくろむマルモ森田は明治32年夏、吉原の親分に喧嘩状を突きつけて子分たちを東京に送り込んだ。吉原勢を加勢する東京連合と白装束のマルモの決死隊の衝突は警官隊に阻まれてしまう。マルモ側は長引くと見るや品川沖に船を借り切って出撃の本拠とした。結局、武州（神奈川、埼玉）の親分が仲裁に乗り出し、吉原も縄張りに抑える東京の大物と森田常吉が兄弟分となることで収拾した。その固めの儀式が函館で行われることを事実上の勝利と受け止めた祝賀会は、港内に数十艘の艀船を浮かべて畳を敷き詰め、市民も加えた無礼講で三日三晩続いたという。<br />
　明治40年、刑法が改正され、北海道の警察官定員も十年前の二倍になった。同43年、函館地裁検事局の指揮で、常吉親分をはじめ樺太から東京まで計81人の貸元ら幹部が博徒結合罪で逮捕され、組織は壊滅した。服役後の常吉は白い顎ひげの好好爺としてひっそりとした隠居生活を送り昭和10年三月、自宅で84歳の生涯を閉じた。これは函館新聞が二段見出しで、また読売新聞も「丸茂の親分逝く　任侠謳われた生涯」と写真入りで報じた。<br />
　登場人物のその後ということでは、英国領事のジョセフ・ロングフォードは明治35年まで長崎領事を務め、外交官引退後はロンドン大学の初代の日本学教授に就任しており、日本に関する著述もあるようだ。<br />
　前編には、日本で初めて強制集団種痘を行った深瀬洋春を登場させたが、この後編では弟の深瀬鴻堂が活躍する。日本でもよく読まれている英国の旅行作家、イザベラ・バードはその蝦夷地紀行で鴻堂と函館病院を高く評価しており、函館の医学界の黎明期を切り開いた兄弟なのである。私は新聞記者として函館に勤務していた四十数年前、三代目の鴻一郎氏にお会いして函館特有の夏のヤマセ（東風）とリュウマチ症状の相関についての研究を取材し、コラムに書かせていただいたことがある。1891年開業という北海道では最も古い病院である医療法人鴻仁会深瀬病院はいま四代目の晃一氏が院長を務められている。<br />
　最後に函館水上警察署の現状に触れておこう。昭和27年に函館西警察署と改称しており、庁舎もかつての真砂町のなお北東側の海岸町に昭和59年になって移築された。庁舎が岸壁に面しているわけではないが、港内パトロールの任務は変わらず担っており、警備艇おしま（19トン）が明治時代と同じように巴港を巡回している。<br />
<br />
　　2010年7月<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　高城　高<br />
<br />
</p>
<div align="right">（2010年10月）</div>
<hr color="gray" size="1">
<font color="navy">■ <b>高城高</b>（こうじょう・こう）</font><br />
1935年北海道函館市生まれ。東北大学文学部在学中の55年、日本ハードボイルドの嚆矢とされる『宝石』懸賞入選作「Ｘ橋付近」でデビュー。大学卒業後は北海道新聞社に勤務するかたわら執筆を続けたが、やがて沈黙。2006年の『Ｘ橋付近　高城高ハードボイルド傑作選』（荒蝦夷）、08年の<a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488474010" target="_blank">〈高城高全集〉全四巻</a>（創元推理文庫）の刊行で復活を遂げる。09年には時代警察小説<a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488024444" target="_blank">『函館水上警察』</a>（東京創元社）を発表し、絶賛を博した。<br />
<br />
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<a href="http://www.tsogen.co.jp/">推理小説の専門出版社｜東京創元社</a>]]>
        
      
    


    </content>
</entry>

<entry>
    <title>井上尚登『幸せの萌黄色フラッグ』あとがき［2010年8月］</title>
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    <published>2010-08-05T05:00:00Z</published>
    <updated>2010-08-04T09:04:09Z</updated>

    <summary>将来、隣町のクラブと小田急線ダービーなんてのがあるといいな。  プロサッカークラブのホペイロ（用具係）を務める坂上栄作のドタバタを、 愛嬌たっぷりに描いた、ほのぼの連作ミステリ、第二シーズン開幕。 （...</summary>
    <author>
        <name>東京創元社</name>
        
    </author>
    
        <category term="820 国内ミステリ出張室" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.webmysteries.jp/">


   
      
        <![CDATA[<font style="FONT-SIZE: 1.25em"><b>将来、隣町のクラブと小田急線ダービーなんてのがあるといいな。</b> <br /></font>
プロサッカークラブのホペイロ（用具係）を務める坂上栄作のドタバタを、<br />
愛嬌たっぷりに描いた、ほのぼの連作ミステリ、第二シーズン開幕。<br />
（10年8月刊『幸せの萌黄色フラッグ』あとがき［全文］）<br /><br /><font color="brown"><b><font style="FONT-SIZE: 1.25em">井上尚登</font></b>　naoto INOUE<br />
<hr color="black" size="1">

<p>　</p>
<div style="FLOAT: right; WIDTH: 155px"><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488411121"><img height="194" alt="幸せの萌黄色フラッグ" hspace="12" src="http://www.tsogen.co.jp/img/cover_image_m/41112.jpg" width="138" vspace="10" border="1" /> 
<div style="TEXT-ALIGN: center"><img height="18" alt="書籍の詳細を見る" src="http://www.webmysteries.jp/images/shosekishosai.jpg" width="100" border="0" /></div></a></font></div>
<p>　どうも。井上です。<br />
<br />
　ワールドカップ・南アフリカ大会では日本代表がまさかのグループリーグ突破！　はじまるまえは一勝できたら絶賛するべきだな、なんて考えていたので、この結果は大絶賛ものです。なによりも驚いたのは、突然の戦術変更にも対応できた選手たちの潜在能力。それと前線を担当した欧州経験者たちが、身体の大きな者たちへの対応に慣れていたことも勝因のひとつのように思います。<br />
<br />
　さてワールドカップがサッカーの頂点だと言うと、またどこかから文句がでるのでしょうが、サッカーファン以外にも影響をおよぼす力を持っているという点では、頂点と言っても差しつかえないように思います。<br />
<br />
　ワールドカップを頂点とすると、その下には各大陸、その下には各国、それぞれの国にはプロリーグがあり、さらにその下には……というふうに、裾野のようにサッカーの組織は広がっています。日本ではそのひとつに各都道府県のサッカーリーグがあります。とりあえずＪリーグを目指すクラブはここからスタートを切り、ひとつひとつ階段をのぼるわけです。といってもすべてのクラブが上を目指すわけではなく、仲間たちと楽しい時間を過ごすためにリーグ戦を戦ったり、企業のクラブとして試合をしたりと形態はさまざまです。<br />
<br />
　さて僕の住んでいる町にもとうとうＪリーグから準加盟承認をされたクラブが生まれました。将来、Ｊリーグに昇格するための条件だけはクリアしたよ、あとはがんばって成績をあげなさい、というわけです。しかしまだ県の社会人リーグに所属し、その上に地域リーグ、さらにＪＦＬがあり、そしてようやくＪ２です。先は長いわけで、でも隣の町にはすでにＪＦＬに所属するクラブもあり、今年はどうも調子がいいようです。うちの町のクラブもなんとかがんばってほしいな。将来、隣町のクラブと小田急線ダービーなんてのがあるといいな。どちらのホームスタジアムも小田急線からちとはなれているんですけどね、とりあえず。<br />
<br />
　ただサッカークラブはお金がかかるので、むちゃな補強とかするとあっという間に財政危機になっちゃいます。そこら辺を考えて、地味にしかし着実にＪリーグへの階段をのぼってくれるとうれしいです。なによりも自分の町にサッカークラブがあるってのが、大切なんじゃないかな、と思うわけで。無理せずされど望みは高く。そんな感じでがんばってほしいものです。<br />
</p>
<div align="right">（2009年8月）</div>
<hr color="gray" size="1">
<font color="navy">■ <b>井上尚登</b>（いのうえ・なおと）</font><br />
1959年神奈川県生まれ。東海大学卒業。99年『T.R.Y.』で第19回横溝正史賞を受賞しデビュー。同作は織田裕二主演で映画化し話題となる。著作は他に『C.H.E』『キャピタルダンス』『リスク』『T.R.Y.北京詐劇』『クロスカウンター』『厨房ガール』<a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488411114">『ホペイロの憂鬱』</a>がある。サッカーをはじめとしたスポーツ通としても知られ、夕刊紙にコラムを連載中。 <br />
<br />
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    </content>
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<entry>
    <title>神奈川県立近代文学館の「大乱歩展」（会期：10月3日～11月15日）［2009年10月］</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.webmysteries.jp/japanese/togawa0910.html" />
    <id>tag:www.webmysteries.jp,2009://6.399</id>

    <published>2009-10-05T05:59:13Z</published>
    <updated>2009-10-05T16:31:54Z</updated>

    <summary> 見所が随所にある展覧会の開幕 戸川安宣　yasunobu TOGAWA 　   　横浜・山手の港の見える丘公園内にある神奈川県立近代文学館で、10月3日土曜から11月15日日曜まで、「大乱歩展」が開...</summary>
    <author>
        <name>東京創元社</name>
        
    </author>
    
        <category term="820 国内ミステリ出張室" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.webmysteries.jp/">


   
      
        <![CDATA[<b>
<font style="FONT-SIZE: 1.50em" color=navy><strong>見所が随所にある展覧会の開幕</strong></font><br />

<font style="FONT-SIZE: 1.25em" color="brown">戸川安宣</font></b>　yasunobu TOGAWA<br />
<hr color="gray" size="1">
<p>　</p>
<div style="FLOAT: right; width: 230px"><img height="309" alt="大乱歩展" hspace="12" src="http://www.webmysteries.jp//images/rampoL.jpg" width="218" vspace="10" border="1" /> </div>
<p>
<font style="FONT-SIZE: 1em"><br />
　横浜・山手の港の見える丘公園内にある神奈川県立近代文学館で、10月3日土曜から11月15日日曜まで、「大乱歩展」が開かれている。これは同館の25周年記念事業として行われるもので、館長の紀田順一郎氏の肝煎り企画だ。同展の編集委員として、紀田氏とともに藤井淑禎氏が名を連ねているのでもわかるように、平井家から邸や土蔵とともに膨大な資料を受け継いだ立教大学・江戸川乱歩記念大衆文化研究センターとの共催である。ということは、乱歩の旧蔵資料の整理・研究がどこまで進んでいるのか、がわざわざ「大」と銘打った今回の展示最大の見所と言えるだろう。<br /><br />
　オープン初日の前日、２日金曜の２時から行われた内覧会では、紀田館長、藤井編集委員、江戸川乱歩の令孫、平井憲太郎氏などが交々この展覧会にかける思いを語り、44日間に亘る会期の幕が切って落とされた。<br />
<br />
　会場には乱歩が作家となるきっかけを作った小酒井不木の令息未亡人をはじめ、<b>〈宝石〉</b>編集長を務めた大坪直行氏、芦川澄子氏、新保博久氏、図録の表紙を飾った人形作家・写真家の石塚公昭氏なども駆けつけた。<br /><br />
　展示内容は三部に分かれ、まず第一部の「乱歩の軌跡」では、その一生を三つの時期に区分して展示（一、活字を愛する少年――作家以前の時代。二、うつし世はゆめ――デビュー、黄金時代、戦時下の発禁。三、幻影の城主――戦後の活躍）、つづく第二部が「怪人二十面相と少年探偵団」、そして旧乱歩邸の土蔵に遺された文献資料を紹介する第三部「蔵の中へ」、という構成になっている。<br /><br />
　中でも、祖母・わさ手書きの読み札に、父・繁男が絵を描いた百人一首はみごとな出来で、その几帳面さや美術的な才能が乱歩に受け継がれていることを知ることができる貴重な資料だ。<br /><br />
　見所が随所にある同展の開催に合わせ、館長・紀田順一郎氏の講演「江戸川乱歩と少年探偵の夢」（10月24日）や寺田農氏による<b><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488401023">「Ｄ坂の殺人事件」</a></b>朗読会（11月1日）、乱歩原作、渡辺剣次脚本の映画<b>『死の十字路』</b>の上映会（11月7・8日）などのイベントが同館で予定されている。<br /><div align="right"><font size="2">（2009年10月5日）</font></div>
<hr color="gray" size="1">
<br /><strong>
●「大乱歩展」の詳細については下記ページをご覧ください。</strong><br />
　<a href="http://www.kanabun.or.jp/te0162.html" target="blank">http://www.kanabun.or.jp/te0162.html</a>
<br /><br />
会　期：2009年10月3日（土）～11月15日（日）<br >
　休館日は月曜日（10月12日は開館）<br />
開館時間：午前9時30分～午後5時（入館は4時30分まで）<br /> 
会　場：神奈川近代文学館展示室<br />
　<a href="http://www.kanabun.or.jp/index.html" target="_blank">http://www.kanabun.or.jp/index.html</a><br />
観覧料：一般600円（400円）、20歳未満及び学生300円（200円）<br />
高校生以下、65歳以上は入場無料<br />
　＊（　）内は20名以上の団体料金</font>
<div align="right"><font size="2">（2009年10月5日）</font></div>

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    </content>
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<entry>
    <title>『愛の妖精』をもとにした、本格ミステリ・コミック登場！　しかくの『ラ・プティット・ファデット』［2009年7月刊行］</title>
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    <id>tag:www.webmysteries.jp,2009://6.345</id>

    <published>2009-08-05T05:49:30Z</published>
    <updated>2009-09-11T16:16:03Z</updated>

    <summary>   ■内容紹介 汽車で偶然乗りあった男が語った、のどかな田園で暮らす美しい双子と、魔女と呼ばれた少女の「恋愛小説」。いかなるときも一緒で、互いに思い合う固い絆で結ばれた兄と弟。しかし、弟が隣村に奉公...</summary>
    <author>
        <name>東京創元社</name>
        
    </author>
    
        <category term="820 国内ミステリ出張室" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.webmysteries.jp/">


   
      
        <![CDATA[<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="しかくの１" src="http://www.webmysteries.jp/img/sikakuno01.jpg" width="530" height="750" class="mt-image-none" style="" /></span>
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="しかくの２" src="http://www.webmysteries.jp/img/sikakuno02.jpg" width="530" height="749" class="mt-image-none" style="" /></span>
<p>
<hr>
<div style="FLOAT: right; WIDTH: 150px"><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488024475"><font style="FONT-SIZE: 1.25em"><img height="197" alt="ラ・プティット・ファデット" hspace="8" src="http://www.tsogen.co.jp/img/cover_image_m/2447.jpg" width="140" vspace="8" border="1" /></font> 
<div style="TEXT-ALIGN: center"><img height="18" alt="書籍の詳細を見る" src="http://www.webmysteries.jp/images/shosekishosai.jpg" width="100" border="0" /></div></a></div>
<font coloR="brown">■内容紹介</font><br>
汽車で偶然乗りあった男が語った、のどかな田園で暮らす美しい双子と、魔女と呼ばれた少女の「恋愛小説」。いかなるときも一緒で、互いに思い合う固い絆で結ばれた兄と弟。しかし、弟が隣村に奉公に出たことで二人の関係は少しずつ形を変え、さらには少女の登場により、決定的に道をたがえることに……。『爺さんと僕の事件帖』のしかくのによる、確かな描写力と余韻に満ちた、本格ミステリ・コミック堂々登場！　綾辻行人推薦。

</p>
<p><div align="right">（2009年8月5日）</div></p>
<p>　</p>
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<entry>
    <title>高城高『函館水上警察』あとがき［2009年7月］</title>
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    <id>tag:www.webmysteries.jp,2009://6.298</id>

    <published>2009-07-06T06:00:00Z</published>
    <updated>2009-09-11T17:32:17Z</updated>

    <summary> 生まれ故郷である函館を舞台に書くことはすぐ決めた。  異国趣味溢れる明治の函館を舞台にした、 著者約40年ぶりの新作。 （09年7月刊『函館水上警察』あとがき［全文］）高城　高　koh Kohjo ...</summary>
    <author>
        <name>東京創元社</name>
        
    </author>
    
        <category term="820 国内ミステリ出張室" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.webmysteries.jp/">


   
      
        <![CDATA[ <font style="FONT-SIZE: 1.25em"><b>生まれ故郷である函館を舞台に書くことはすぐ決めた。</b> <br /></font>
異国趣味溢れる明治の函館を舞台にした、<br />
著者約40年ぶりの新作。<br />
（09年7月刊『函館水上警察』あとがき［全文］）<br /><br /><font color="brown"><b><font style="FONT-SIZE: 1.25em">高城　高</font></b>　koh Kohjo<br />
<hr color="black" size="1">

<p>　</p>
<div style="FLOAT: right; WIDTH: 150px"><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488024444"><img height="196" alt="函館水上警察" hspace="12" src="http://www.tsogen.co.jp/img/cover_image_m/2444.jpg" width="140" vspace="10" border="1" /> 
<div style="TEXT-ALIGN: center"><img height="18" alt="書籍の詳細を見る" src="http://www.webmysteries.jp/images/shosekishosai.jpg" width="100" border="0" /></div></a></font></div>
<p>
　学生時代から北海道での新聞社勤めまでに書いた旧作が、東京創元社から文庫本４巻の全集として出版されたのは昨年２月から11月のことである。企画段階の一昨年（おととし）春、並行しておよそ37年ぶりに新作をということになり、私はすぐ生まれ故郷である函館を舞台に書くことに決めた。全集でも函館を描いた作品はただ一つ、最後に書いたものだけだったのである。<br />
　ちょうどその頃、私は明治11年に北海道最初の新聞として発刊された函館新聞に興味を持って読んでいた。はっきりしたオピニオン、砕けた文体で綴（つづ）った町ダネなど今の新聞とは違うスタイルで、安政２（1855）年に開港、４年後には外国貿易が始まって早くから西欧文化の波に洗われたこの町の姿を生き生きと伝えていたからである。<br />
　函館は明治５（1872）年開設の測候所、婦人病治療を名目に同13年に始まった海水浴場、さらに市民公園、博物館など日本最初といわれるものに事欠かない。公共施設の建設や新聞、出版などの文化事業、窮民子弟の学校、娼妓の更生施設といった慈善に町の資産家たちが当然のように金を出す習慣があった。それは近代的な市民社会の考え方を根付かせようと、函館に14年間も在勤して実践の先頭に立った当時の英国領事夫妻の影響でもあった。そのころ外国水兵の姿が目立つ街では、フランス料理店が味を競っていたし、英語やロシア語の学校に通うのが不思議ではなく、警察の英語練習所では巡査たちが警備に必要な会話を習っていた。<br />
　こうした町ダネを拾っているうち明治23年、水上警察署に初めて配属される巡回船の試運転、検収をやったという記事が目に留まった。いま函館西警察署では港内を19トンの警備艇「おしま」で巡回しているが、120年近く前すでに水上警察署が13トンの巴丸でポンポン蒸気の音を響かせてパトロールしていたのである。その光景が目に浮かんだ時、翌24年の水上警察署の活躍をシリーズで書いてみようと決めたのだった。<br />
　ところが、６月になって新聞社のかつての同僚だった函館っ子から、森鴎外が明治15年に函館に来ているのを知らないかというメールをもらった。私と同じように函館の古い時代に興味を持って調べていたが、のちの文豪の片鱗も見えない21歳の森林太郎の来函は、北海道文学史でもほとんど無視され、謎に包まれているというのだ。軍医として国内各地に出張していたその年の林太郎の行動から類推するしかないのだが、本人が書いた「日乗」がそうした仕事の内容をちらりとも見せないのが不思議である。だからこそ「補遺」の余地もあるというふうに考えてみた。<br />
　函館新聞には、森林太郎一行の函館滞在を伝える記事も載っている。林太郎の名は最末席の馬医の前という扱いで、緒方惟準軍医監との間には佐官、尉官級の名前がずらりと並んでいる。林太郎が函館でどんな役割を果たしたかはうかがい知れない記事である。しかし、それだけに林太郎を自由に歩かせ、明治の先進的な都市であった函館の案内役とする構想は魅力的であった。こうして水上警察署シリーズの前触れとなる作品が生まれた。三度にわたって幕末の箱館に姿を現わすアーネスト・サトウの名前も、一連のメールのやり取りの中で飛び出したものだが、脇役とはいえないこのキャラクターの登場で、作品は当初予定の枚数をはるかに超え中編ともいうべきものになってしまった。<br />
　萩原延壽氏の<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4022615435?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4022615435" target="blank">「遠い崖－アーネスト・サトウ日記抄」</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4022615435" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></b>が朝日新聞に連載されはじめたのは、私がまだ若い記者としてあくせくしていた頃のことである。私は長い連載を関心の濃淡はあったにせよ、ともかくついていって読んだ記憶がある。幕末から明治にかけて動乱の歴史の黒子役だったその人物像は、私にはこの時にイメージされた以上のものはない。この作品発表直後の昨年４月、朝日文庫で全14巻が完結、発行されたのを機会に全巻改めて読んでみた。サトウの研究者には叱られるかもしれないが、自分ではそれほど大きな逸脱はなかったと思っている。<br />
　今回の本でこの作品は時代が古いのに最後に置かれているが、水上警察署シリーズに登場した人物の９年前の姿がちらちらする、という趣向も悪くはないのではと思っている。この<b>「坂の上の対話」</b>で、私は歴史上実在しなかった人物は数人しか登場させていないが、水上警察署シリーズでも函館新聞で報じられた事件やエピソードを相当忠実に追究したつもりだ。<br />
　北洋漁業が函館の街を潤（うるお）す以前、明治時代の函館の経済に大きく貢献したのは西欧列強の艦隊とラッコ・オットセイの密猟船の入港であった。石炭、水、食糧、日用品、クリーニングなどへの支払い、水兵や乗組員の街での飲食やお土産品の購入と、いわば特需ということになろう。<br />
　明治時代に函館に入港したのは英国をはじめドイツ、フランス、ロシア、米国などの軍艦だが、なかでも英国艦は各国の合計数の二倍の数を記録している。英国の東洋艦隊が函館を避暑港と位置付けたのは明治19年からと思われるが、同30年代までに毎夏、５隻から12隻が入港した。函館新聞は毎秋、英国艦隊の各業界への特需額を集計しており、この短編集に描かれた同24年、Ｊ・Ｈ・トンプソンが納入したパン、肉、野菜の代金１万2500円など総計５万2093円と報じている。同22年、横浜に次いで国内二番目に完成した上水道の総工費23万5000円と比べると、毎年の入港の経済効果の大きさが分かろうというものである。<br />
　水兵が酔って暴れるなど治安、風紀上の問題もあったが、艦隊の入港は函館の市民への文化的な刺激にもなったようだ。函館公園で開かれた英国軍楽隊の演奏会には2000人もの市民が集まったし、フットボール、ボート競漕の見物も賑わった。市民の野球チームが米国艦のチームと試合をしたこともある。明治40年、函館に日本最初の社会人野球チームが誕生したのもこうした背景があったからだろう。<br />
　英国、米国の密猟船は毎年、６月ごろまで金華山や三陸沿岸でオットセイを捕獲、７月に函館に補給のため寄港して千島列島へラッコを狙って出猟した。最盛期の明治20年代には年間数十隻が入港していた。ラッコの毛皮には一枚1000円単位の値がつくだけに乗組員の金遣いも荒く、函館の街にとってお得意さんだったが、政府や北海道庁にしてみれば貴重な資源の密猟を許しておくわけにはいかず頭痛の種だった。明治６年に来函したヘンリー・Ｊ・スノーは、日本の軍艦や道庁の取締船に何度も摘発されたが、その度に英国領事に擁護されて逃れ、20年にわたって密猟を重ねたといわれる。<br />
　執筆にあたっては函館に生まれ、40年以上前のこととはいえ３年間も仕事で過ごしたことが、どんなに役立ったことか。土地勘と何よりも人脈に恵まれ、登場人物の子孫の方々も含めて多くの知識豊富な人たちから話を伺うことができた。度重なる大火で一次資料の少ない土地柄だが、函館税関の所蔵する明治時代の公文書を読んで、古い時代の函館について書かれた多くのものがこの記録をベースにしていることに気づいた。貴重な古文書の閲覧に便宜を図ってくれた広報担当者に感謝の念もひとしおである。諸資料の所在を示唆してくれた函館っ子の友人亀谷隆氏には、甘えついでに面倒な地図、イラストもお願いした。スクーナー型帆船と弁才船の図面、スケッチは、私の描写のつたなさを補って読者の理解を助けてくれるはずである。船の中でも特に好きなこの二つが自分の作品に登場してくれたのが嬉しく、執筆そっちのけで船の資料をひねくり回す楽しみを味わったのだった。<br />
<br />
　　　二〇〇九年四月<br />
</p>
<div align="right">（2009年7月）</div>
<hr color="gray" size="1">
<font color="navy">■ <b>高城高</b>（こうじょう・こう）</font><br />
1935年北海道函館市生まれ。東北大学文学部在学中の1955年、日本ハードボイルドの嚆矢とされる『宝石』懸賞入選作「Ｘ橋付近」でデビュー。大学卒業後は北海道新聞社に勤務するかたわら執筆を続けたが、やがて沈黙。2006年『Ｘ橋付近　高城高ハードボイルド傑作選』（荒蝦夷）で復活を遂げ、2008年<a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488474010">『墓標なき墓場』</a>を第一巻とする〈高城高全集〉全４巻（創元推理文庫）が刊行された。他の著書に『微かなる弔鐘』（光文社）がある。<br />
<br />
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    </content>
</entry>

<entry>
    <title>大矢博子／貫井徳郎『愚行録』解説［2009年4月］</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.webmysteries.jp/japanese/ohya0904.html" />
    <id>tag:www.webmysteries.jp,2009://6.164</id>

    <published>2009-04-06T07:25:09Z</published>
    <updated>2009-08-22T05:49:33Z</updated>

    <summary>愚かなのは誰？ 証言を通して浮かび上がる、人間たちの愚行のカタログ。著者渾身の傑作、待望の文庫化！（09年4月刊　貫井徳郎『愚行録』解説［全文］）大矢博子　hiroko OHYA 　   　これまで多...</summary>
    <author>
        <name>東京創元社</name>
        
    </author>
    
        <category term="820 国内ミステリ出張室" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.webmysteries.jp/">


   
      
        <![CDATA[<font style="FONT-SIZE: 1.25em"><b>愚かなのは誰？</b> <br /></font>証言を通して浮かび上がる、人間たちの愚行のカタログ。<br />著者渾身の傑作、待望の文庫化！<br />（09年4月刊　貫井徳郎『愚行録』解説［全文］）<br /><br /><font color="brown"><b><font style="FONT-SIZE: 1.25em">大矢博子</font></b>　hiroko OHYA<br />
<hr color="black" size="1">

<p>　</p>
<div style="FLOAT: right; WIDTH: 150px"><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488425036"><img height="196" alt="愚行録" hspace="12" src="http://www.tsogen.co.jp/img/cover_image_m/42503.jpg" width="140" vspace="10" border="1" /> 
<div style="TEXT-ALIGN: center"><img height="18" alt="書籍の詳細を見る" src="http://www.webmysteries.jp/images/shosekishosai.jpg" width="100" border="0" /></div></a></font></div>
<p>　これまで多くの小説の解説を書いてきたけれど、ある意味、これほど解説の書きにくい作品はない。ネタばれになるとか、あらすじを紹介しにくいとかというような技術的な面ではなく、もっとこう、心情的にというか何というか、解説を書くことで自分が試されているような気分になるのだ。　既に本編をお読みの方にはその気持ちを分かっていただけるのではないかと思うが、とりあえずその話をする前に、本書<a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488425036"><b>『愚行録』</b></a>のアウトラインを紹介しておこう。<br />　物語の大筋は、一家殺害事件の被害者についてのインタビュー形式で構成されている。閑静な住宅街で起こった殺人事件。夫婦と二人の子供が、残忍な方法で殺された。被害者夫婦とゆかりのある人々へのインタビューを通し、事件の輪郭が少しずつ語られる。と同時に、一流大学を出て人並み以上の生活をしていた被害者夫婦が、いったいどんな人物だったのかも──。<br />　早稲田を出て、大手ディベロッパーに就職し、同世代の男性に比べると破格の収入を得ていた夫。聖心から慶応に入り、美人で常に人の輪の中心にいたお嬢さん育ちの妻。きちんと躾けられた可愛らしい二人の子供。何一つ欠けたところのない、絵に描いたような完璧な一家がいったい本当はどんな人たちだったのか、近所の人、同僚、同窓生などの証言によって浮き彫りになって行く。<br />　ありていに言ってしまえば、ひとつの事件についてのインタビューや会話、あるいはモノローグだけで構成される小説というのは決して珍しい趣向ではない。多方面から見ることで物語に客観性が与えられるし、より多くの情報を読者に提供できるというメリットがあるからだ。特にミステリの場合、複数の関係者から異なる視点での証言を得ることにより、読者にはより多くの推理の手がかりが与えられるという点も忘れてはならない。つまり、物語の中核にある事件もしくはモチーフをより掘り下げるために、このような形式は実に効果的なのである。<br />　が、しかし。<br />　本書の場合は、少し違う。いや、かなり違う。<br />　インタビュイー（インタビューされる人）たちは確かに、被害者となった田向夫妻がどんな人たちだったかを語っている。だから読者は、「ああ、この二人はこういう人となりをしていたんだな」とかなり具体的に想像することができる。なかなかにインパクトのあるエピソードが頻出し、完璧に見えた夫婦の隠された実情に驚いたり唸ったり、そしてゾッとしたり。ひとつひとつの証言に意外な展開があり、まるで幾つもの短編小説を読んでいるかのような気分にさせられるほどだ。<br />　けれど読み進むうちに、違和感が膨らんでくる。<br />　ここで語られているのは被害者である田向夫妻のことだ。それこそがメインであり、そしてそれだけのはずだ。なのに田向夫妻よりも、それを証言しているインタビュイーたちの印象が強く残るのはなぜだろう。<br />　それこそが<b>『愚行録』</b>の真のテーマである。<br /><br />　一人目、近所に住む主婦の証言では、さほどの違和感は覚えなかった。どういう事件だったのかが紹介される最初の証言というせいもあり、語り手よりは事件そのものに興味を引かれたからだ。強いて言えば「こういう話し好きのおばちゃん、いるよね」という程度の印象。<br />　けれど二人目のママ友達、三人目の同僚と進むにつれ次第に気になり始める。それがはっきりとした形をとったのは、私の場合は、四人目の女性証言者のときだった。慶応大学で田向夫人と同級だったというその女性が、被害者の当時の様子と、それを自分がどう感じていたかを述べる。その内容だけ見れば、当時の田向夫人は実に巧妙に立ち回ることのできる自己チューな女であり、人当たりが良さそうに見えて裏ではかなり戦略的だったらしい。そのことにこそ驚かねばならないはずなのだが、それよりも私はこの話をしている証言者のことを「こいつ、イヤな女だなあ」と感じたのである。巧緻な手管で他人を貶める田向夫人よりも、それを嬉々として話す証言者の方がずっとイヤな女だと。<br />　彼女は田向夫人のことを話しながらも、その実は、自分がいかに田向夫人より上位にいたか、自分がいかに田向夫人のことを歯牙にもかけていなかったかを喧伝している。彼女が話したいのは殺人事件の被害者となった人物のことではなく、自分のことだ。彼女はことあるごとに繰り返す。<br />「貶めたいわけじゃないんです。ただ、私とはちょっと感覚が違うなと思うだけ」<br />「今から言うことは私自身の考えやものの見方とはぜんぜん違いますから」<br />　いや、間違いなくアンタの考えでしょーが！　はっきり貶めたいんでしょーが！<br />　……不思議なもので、彼女の独り語りであるにも関わらず、読者は彼女の証言に胡散臭さを感じる。自己防衛と自己宣伝ばかりだということが透けて見える。<br />　これはどういうことか。<br />　他人を評価し他人を語ることは、自分を評価し自分を語ることに他ならないからだ。<br />　例えば、田向夫人は人目を引く美人だった。常に人の輪の中心にいた。事実だけを述べるなら、それで終わりだ。けれどそこに、一人目の証言者は「清楚」「感じのいい奥さん」という印象を加える。二人目は「華やか」「無邪気」と言う。そして四人目は「ひどい人」と断言した。この印象の違いは、もちろん距離の近い遠いもあるだろうが、証言者の主観が大きく入っているからなのは明らかだ。この場合の主観とは「自分がそう思いたい」と言い換えてもいい。二人目の証言者にとっては、出自をさらりと自慢する田向夫人は決して気持ちのいいものではなかったが、そう感じてしまう自分の僻みや卑しさを認めたくないが故に、「無邪気」「育ちがいい」という表現を使った。四人目にとっては、自分が田向夫人に負けているとは決して認めたくないが故に、美人ではあったが性格は悪いという点をことさら強調した。<br />　これは殺された夫への評価にも見られる。彼を頼りないという人もいれば、デキる男だったという人もいる。どちらが間違いというわけではなく、それは、その証言者にとってはそうだった（そうであってほしい）というだけなのである。<br />　他人を語るとは自分を語ることに他ならない、とはそういう意味だ。故意か無意識かは問題ではない。何かを語るとき、人はどうしても自分というフィルタを通してものを見てしまう。そして自分というバイアスのかかった評価しかできないのだ。そこに浮かび上がるのは評者の性格であり考え方である。他人を語るというのは、諸刃の剣なのだ。<br /><br />　ここまで書けば、私がどうして本書の解説を書きにくいと言ったかも分かって戴けると思う。書評家という看板を掲げて、この本は面白いのつまらないのと好き勝手を書いているわけだが、同じ作品に対する批評が他の書評家と異なるというケースは多々ある。それも個人のフィルタを通しているからだ。フィルタという言葉でなければ、基準もしくは価値観と言い換えてもいい。そうして作品を語ること自体、自分を語っていることになる。ある一冊の本をどう評価しどう解説するか。読者は解説を読むと同時に、それを書いた私がどういう人間かも読み取っているのである。<br />　これは、怖い。かなり、怖い。<br />　そしてもうひとつ、お分かり戴けたことがあるはずだ。タイトルの<b>『愚行録』</b>の意味である。最初はほぼ全員の読者が、被害者夫婦の若き日の行動が「愚行」なのだと思ったろう。私もそう思った。しかし、それだけではない。確かに被害者夫婦の行動は褒められたものではないが、それ以上に、自分が見透かされていることに気づかず滔々と他者を評価してみせる証言者たちこそが「愚か」なのであり、そんな人々を集めたものがこの<b>『愚行録』</b>なのである。<br />　愚か、という言葉に注意したい。善悪ではなく、是非でもなく、ただ愚かなのだ。悪なら断罪できる。非なら糾弾できる。しかし愚かであるということは……ただただ哀しい、と感じるのは私だけだろうか。<br /><br />　最後になったが、本書は人間の持つ愚かさとその哀しみを如実に、且つテクニカルに表現しながらも、ミステリとしての趣向も充分用意されている。各章ごとに挿入されるある女性のモノローグ。トリッキーな仕掛けに長けた著者なので、この一見何の関係があるのか分からない箇所がどこに落ち着くか、その技も併せて堪能されたい。</p>
<div align="right">（2009年4月）</div>
<hr color="gray" size="1">
<font color="navy">■ <b>大矢博子</b>（おおや・ひろこ）</font><br />書評家。創元推理文庫ではチャーチル<a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488275129">『飛ぶのがフライ』</a>、樋口有介<a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488459017">『彼女はたぶん魔法を使う』</a>などの解説を担当。<br /><br /><!-- グーグルアドセンス・本の話題用フッタ -->
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    <title>井上尚登『ホペイロの憂鬱』あとがき［2009年3月］</title>
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    <id>tag:www.webmysteries.jp,2009://6.72</id>

    <published>2009-03-05T07:16:31Z</published>
    <updated>2009-08-22T05:42:59Z</updated>

    <summary>僕はサッカーが好きであります。なぜ好きなのか自分でもわからないんですが、とにかく好きであります。 ホペイロ（用具係）が探偵?!“フットボール的”日常の謎連作集。（09年3月刊『ホペイロの憂鬱』あとがき...</summary>
    <author>
        <name>東京創元社</name>
        
    </author>
    
        <category term="820 国内ミステリ出張室" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.webmysteries.jp/">


   
      
        <![CDATA[<font style="FONT-SIZE: 1.25em"><b>僕はサッカーが好きであります。<br />なぜ好きなのか自分でもわからないんですが、<br />とにかく好きであります。 </b></font><br /></font>ホペイロ（用具係）が探偵?!<br />“フットボール的”日常の謎連作集。<br />（09年3月刊『ホペイロの憂鬱』あとがき） <br /><br /><font color="brown"><font style="FONT-SIZE: 1.25em"><b>井上尚登</b>　</font>naoto INOUE</font> 
<hr color="black" size="1">

<p>　</p>
<div style="FLOAT: right; WIDTH: 150px"><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/detail.do?goods_id=3973"><img height="196" alt="ホペイロの憂鬱" hspace="12" src="http://www.tsogen.co.jp/images/cover_image_l/03973.jpg" width="140" vspace="10" border="1" /> 
<div style="TEXT-ALIGN: center"><img height="18" alt="書籍の詳細を見る" src="http://www.tsogen.co.jp/img/shosekishosai.jpg" width="100" border="0" /></div></a></div>
<p>　僕は年に何回かサッカーが好きな連中と某安居酒屋で酒を飲むことにしてます。<br />　だいたい午後７時ぐらいにあつまって日付が変わるぐらいまで飲んでます。ちなみにそんなに長居をしても、その居酒屋はひとり三千円ぐらいですんでしまいます。奇跡のような居酒屋です。<br />　どういうメンバーが集まるかというと、元サッカー選手のモデルさんとか、元放送作家のはぐれ者とか、仕事に追われているのになぜかこの会にはいそいそとやってくるテレビの音声さんとか、大酒飲みのイラストレーターとか、仕事よりもサッカーが好きで応援するプレミア・リーグのクラブの大試合となると仕事を放りだして応援に行ってしまう会社員とか（なんで解雇されないのか、不思議です）、ろくでもない奴ばかりです。<br />　とりあえず乾杯をすると、たいがい日本代表監督の悪口になります。もう十年近く飲んでますが、いつもそうです。監督が誰であろうと、餌食（えじき）にされます。まったくひどい連中です。<br />　たぶん世界中のサッカーファンが自国の代表監督にたいしてこんな感じなんだろうな。サッカーの代表監督ほど悲惨な仕事はないかもしれません。勝ってあたりまえ。負ければぼろくそ。負けなくても試合内容が悪いとぼろくそ。可哀想ですが、代表監督とはそんな仕事なのだとあきらめてもらうしかありません。<br />　というわけで僕はサッカーが好きであります。なぜ好きなのか自分でもわからないんですが、とにかく好きであります。</p>
<p>　今回、サッカーにまつわる物語を書くうえでいろいろなひとに話をうかがいました。協力してくださったみなさん、ありがとうございました。<br />　尚、JFLからＪリーグへの昇格条件等は、連載時のものを参考にしています。</p>
<div align="right">（2009年3月）</div></font>
<hr color="gray" size="1">
<font color="navy">■ 井上尚登（いのうえ・なおと）</font><br />1959年神奈川県生まれ。東海大学卒業。99年『T.R.Y.』で第19回横溝正史賞を受賞しデビュー。同作は織田裕二主演で映画化し話題となる。著作は他に『C.H.E』『キャピタルダンス』『リスク』『T.R.Y.北京詐劇』『クロスカウンター』『厨房ガール』がある。サッカーをはじめとしたスポーツ通としても知られ、夕刊紙にコラムを連載中。 <br /><br /><!-- グーグルアドセンス・本の話題用フッタ -->
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    <title>三村美衣／佐々木丸美『雪の断章』解説［2009年1月］</title>
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    <id>tag:www.webmysteries.jp,2009://6.71</id>

    <published>2009-01-06T07:15:06Z</published>
    <updated>2009-12-26T13:14:45Z</updated>

    <summary>孤独な少女と青年の心の葛藤を雪の結晶の如き繊細な筆致で描く佐々木丸美の代表作 （08年12月刊　佐々木丸美『雪の断章』解説）三村美衣　mii MIMURA  　   　本書『雪の断章』は、1975年に...</summary>
    <author>
        <name>東京創元社</name>
        
    </author>
    
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.webmysteries.jp/">


   
      
        <![CDATA[<b><font style="FONT-SIZE: 1.25em">孤独な少女と青年の心の葛藤を<br />雪の結晶の如き繊細な筆致で描く<br />佐々木丸美の代表作<br /></font></b>
（08年12月刊　佐々木丸美『雪の断章』解説）<br /><br /><font color="navy"><b><font style="FONT-SIZE: 1.25em">三村美衣</font></b>　mii MIMURA</font> 
<hr color="black" size="1">

<p>　</p>
<div style="FLOAT: right; WIDTH: 150px"><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/detail.do?goods_id=3941"><img height="196" alt="雪の断章" hspace="12" src="http://www.tsogen.co.jp/images/cover_image_l/03941.jpg" width="140" vspace="10" border="1" /> 
<div style="TEXT-ALIGN: center"><img height="18" alt="書籍の詳細を見る" src="http://www.tsogen.co.jp/img/shosekishosai.jpg" width="100" border="0" /></div></a></div>
<p>　本書<a href="http://www.tsogen.co.jp/np/detail.do?goods_id=3941"><b>『雪の断章』</b></a>は、1975年に発表された佐々木丸美のデビュー作であり、孤児の少女を主人公に愛と謎と雪の三要素を揃えた著者の原点である。</p>
<p>　私が<b>『雪の断章』</b>を読んだのは中学生の時だったろうか。父の書棚を眺めていたら、水色の背表紙に黒い羊（長年そう思いこんでいたがひょっとすると牛だったかもしれない）が一頭、ぽつんと佇む本があった。タイトルがきれいだし、本がかわいかったので手に取ったのだが、一読、その劇的でロマンチックな佐々木丸美の孤児文学に魅了されてしまった。<br />　子どもの頃に読んだ文学全集の主人公は、たいてい数奇な運命に弄ばれる孤児だった。<b>『赤毛のアン』『小公女』『孤児マリー』『あしながおじさん』『レ・ミゼラブル』『家なき娘』『虐げられし人々』</b>。少女だけではなく<b>『オリバー・ツイスト』</b>だって<b>『トム・ソーヤー』</b>だって孤児だ。おかげですっかり「孤児＝ロマン」という刷り込みを受けた私は、「物語のような出来事」も「運命の出会い」も孤児の身にしか起きないものなのだと思い、罰当たりにも、二親揃う我が身の不幸を嘆いた。<br />　孤児ものの主人公はまず間違いなく不幸だ。養家で虐められ、学校や地域でも孤児というだけでいわれのない差別を受けて育つ。そして長い距離と時間を旅した末に、ようやく努力が実り、夢を掴み、愛する人のもとにたどり着く。不幸の度合いが増せば増すほど、結末で得られるカタルシスも大きい。おまけに出自がわからないというのは悪いことばかりではない。実の両親が目の前にいたのでは、自分は白鳥の子だなんてとうてい思えないが、もし出自不明な孤児ならば、逆に自分に流れる血に無限の可能性を夢見ることもできるのだ。養家の家族が、孤児を虐めるときに、ことさら子どもを捨てた母を見下してみせるのは、孤児が夢見る理想の母（父）親像への、苛立ちもあるのだろう。<br />　本書のヒロイン、倉折飛鳥は両親への思慕の情はほとんど見せない。その代わり彼女は偶然の神秘を信じている。迷子になった５歳の秋、おつかい途中の７歳の秋、そしてお嬢様の不条理な虐めに怒りを爆発させ、引き取られた家を飛びだした７歳の冬。自分と祐也の出会いは偶然の神秘であり、そこには大きな意志が介在している。そしてそれは、孤児という境遇と引きかえに与えられた運命なのだと語る。まさに、この出会いこそが孤児に与えられた至上の特権なのだ。<br />　本書が刊行された1975年は水木杏子・いがらしゆみこの<b>『キャンディ・キャンディ』</b>が<b>「なかよし」</b>で、三原順<b>『はみだしっ子』</b>（孤児という意味ではちょっと微妙な部分もあるが）が<b>「花とゆめ」</b>ではじまった年でもある。同級生たちがアルバート派、アンソニー派、テリィ派に分れ、恋の行方はこうあるべしと盛り上がるなか、お日様のようなキャンディの前向きさに感情移入することができない私は、キャラとしては深みにかけるし、悪計の底が浅すぎると思いつつも、イライザ派を名乗るしかなかった。<br />　それに比べ佐々木丸美のヒロインには、キャンディにも、海外の作品のヒロインにもなかった、影や負の感情がある。引き取られた家で差別され、虐められ、いわれのない憎しみの対象にされてしまったヒロインは、天真爛漫な夢見る少女ではいられない。飛鳥にしても強情っぱりという言葉では表しきれないくらい、プライドが高く、気が強くて頑固だ。思いこみも強いが、他人を信用していないので悩みを相談することもできず、自分の思いこみに填り込んでしまう。この頑なさは彼女の凜とした魂を守る殻となるが、同時に人間関係を阻害し、人を見る目を曇らせる。物証を頼りに殺人事件を解くことはできても、祐也の心を理解できず、もつれてしまった関係をなかなか修復できない所以だ。<br />　ヒロインだけではない。奈津子お嬢様の激烈さ、スーパー家政婦トキさんの陰湿さの波状攻撃は、セーラを虐めるミンチン先生のはるか上を行く嫌らしさ。やっぱり<b>『細腕繁盛記』</b>や<b>『おしん』</b>を生んだ日本のスーパーヒールはこうじゃなきゃいけない。</p>
<p>　佐々木丸美の作品には多くの孤児が登場するが、その中でも本書とその後に書かれた<a href="http://www.tsogen.co.jp/np/detail.do?goods_id=3951"><b>『忘れな草』</b></a>（1978年）<b>『花嫁人形』</b>（1979年、創元推理文庫近刊）、それから<b>『風花の里』</b>（1981年、創元推理文庫近刊）は、《孤児》４部作と呼ばれている。最初の３作のヒロイン、飛鳥、葵、昭菜は同じ年齢で、全員が札幌で暮らしている。本書では、ほかの少女の存在には触れられていないが、シリーズを読み進んで行くと、３人が孤児となった背景に、祐也や史郎、それに本岡剛造が勤める、東邦産業、北一商事、北斗興産という企業が深く関わっていることがわかってくる。そして飛鳥の行動から始まる連鎖が、まるでバタフライ効果のように、順送りに他の少女に影響を与えていくことがつぶさに見えてくる。最後の<b>『風花の里』</b>に登場する第４のヒロイン星玲子（れいこ）は３人よりほんの少し年上。彼女もまた陰謀に巻きこまれて両親を亡くし、孤児となり札幌にやってくるのだ。<br />　札幌は、1970年代には人口100万人の大都市だが、街の規模自体はそれほど大きいわけではない。買い物に行くなら大通りのデパート、受験参考書を買うならあの書店、お茶を飲むならユーハイム。同じ年頃の少女の立ち寄り先は自ずと似通い、それとは気づかぬうちにすれ違う。その出会いは偶然なのか、それとも陰謀なのか……。<br />　４部作と書いたが、実は佐々木丸美の世界は、ほぼすべての作品が、登場人物の血縁、転生、事件の連鎖などによってつながりを持つ。それぞれの作品は別個の物語として鑑賞できるが、実は作品にはさらなる謎が仕掛けられており、それが大きな物語宇宙を形成しているのだ。既に当文庫より刊行されている<a href="http://www.tsogen.co.jp/np/detail.do?goods_id=3687"><b>『夢館』</b></a>などは、《孤児》と《館》が絡みあった複雑な物語となっている。<br />　トキさんはこの後<b>『忘れな草』</b>に、奈津子は<b>『花嫁人形』</b>に再登場し、重要な役割を果たす。ヒロインとなるべく生まれてきたような美少女奈津子が、なぜヒールとなったのか、その憎しみや怒りの源を解き明かす鍵が<b>『花嫁人形』</b>にはつまっているのでお楽しみに。 </p>
<p>　さて、本書は1983年に刊行された講談社文庫版を底本としている。<br />　著者の経歴や人となり、ミステリ史における位置付けなどは、講談社文庫版から再録された山村正夫氏の解説をお読みいただくとして、83年以降のことだけ簡単に補足しておこう。<br />　佐々木丸美は、1984年に17作目の<b>『榛（はしばみ）家の伝説』</b>を上梓した後、文庫収録時に改稿は手がけたものの、新作を発表することはなかった。<br />　そして2005年12月25日、愛してやまない雪の季節に、心不全でこの世を去った。<br />　また1985年には、本書が<b>『セーラー服と機関銃』</b>の相米慎二監督によって映画化された。映画のタイトルは<b>『雪の断章～情熱～』</b>。名前は変えられているが、ヒロイン夏樹伊織（飛鳥）をデビューしたての斉藤由貴が、広瀬雄一（祐也）を前年に朝ドラ主演で話題となった榎木孝明、津島大介（史郎）を世良公則が演じている。配役は悪くないし、印象的なカットも多い。しかし尺の問題もあって、７歳からの10年間が描かれていなかったり、ファンタジーにおける神話のような役割を果たすことで大時代的な設定を神秘性にまで高めた<b>『森は生きている』</b>のエピソードが割愛されていたり、全てを浄化する雪の描写が少ないために、原作ファンにはちょっと物足りない結果となった。もしもう一度映像化するなら、韓国ドラマが似合うのではないだろうか。飛鳥の家出が２年間に延び、記憶喪失まで伴いそうで怖いが、本書の情緒と虚構性は、今の日本を舞台にしたのでは表現できない気がするのだ。いかがだろう。</p>
<div align="right">（2009年1月）</div></font>
<hr color="gray" size="1">
<font color="navy">■ <b>三村美衣</b>（みむら・みい）</font><br />1962年生まれ。書評家。現在、〈ＳＦマガジン〉の書評頁でファンタジー欄を担当。また、ポプラ社のＰＲ誌〈asta*（アスタ）〉の偶数月号でブックガイド「ライトノベル☆いいとこどり」を連載中。著書に『ライトノベル☆めった斬り！』（大森望との共著）がある。<br /><br /><!-- グーグルアドセンス・本の話題用フッタ -->
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<br />
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    <title>田中啓文『辛い飴　永見緋太郎の事件簿』あとがき［2008年8月］</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.webmysteries.jp/japanese/tanaka0808.html" />
    <id>tag:www.webmysteries.jp,2008://6.70</id>

    <published>2008-08-05T07:14:09Z</published>
    <updated>2009-08-22T05:18:46Z</updated>

    <summary>４カ月に１回というスローペースでぼちぼち続けている本シリーズがこうして１冊にまとまるというのは感無量である。 『落下する緑』に続く、ジャズ連作ミステリ短編集第２弾（08年8月刊『辛い飴　永見緋太郎の事...</summary>
    <author>
        <name>東京創元社</name>
        
    </author>
    
        <category term="820 国内ミステリ出張室" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.webmysteries.jp/">


   
      
        <![CDATA[<b><font style="FONT-SIZE: 1.25em">４カ月に１回というスローペースでぼちぼち続けている本シリーズが<br />こうして１冊にまとまるというのは感無量である。</font> </b><br />『落下する緑』に続く、ジャズ連作ミステリ短編集第２弾<br />（08年8月刊『辛い飴　永見緋太郎の事件簿』）<br /><br /><font color="brown"><b><font style="FONT-SIZE: 1.25em">田中啓文</font></b>　hirofumi TANAKA</font> 
<hr color="black" size="1">

<p>　</p>
<div style="FLOAT: right; WIDTH: 150px"><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/detail.do?goods_id=3882"><img height="196" alt="辛い飴" hspace="12" src="http://www.tsogen.co.jp/images/cover_image_l/03882.jpg" width="140" vspace="10" border="1" /> 
<div style="TEXT-ALIGN: center"><img height="18" alt="書籍の詳細を見る" src="http://www.tsogen.co.jp/img/shosekishosai.jpg" width="100" border="0" /></div></a></div>
<p>　ジャズサックス奏者永見緋太郎の事件簿も、これで２冊目になる。このシリーズ成立の経緯は１巻目<a href="http://www.tsogen.co.jp/np/detail.do?goods_id=3872"><b>『落下する緑』</b></a>のあとがきに書いておいたが、４カ月に一回というスローペースでぼちぼち続けている本シリーズがこうして一冊にまとまるというのは感無量である。連載は今後も続くので、たぶんそのうち３巻目も出るはずである。<br />　１巻目は「色」シリーズだったが、２巻目も同じ趣向にすると、すぐにネタ切れになり、カーマインレッドとかビリジアングリーンとかマニアックな色を使わねばならぬようになる、と思い、「味」シリーズにしてみたのだが、これが大失敗で、俗に「五味」というとおり、味の種類って色よりもずっと少ないのであった。最後のほうは、中身を書くよりもタイトルをつけるのに四苦八苦した。<br />　収録作について簡単にコメントすると、１作目<b>「苦い水」</b>は、亡くなったトロンボーン奏者大原裕氏に捧げたものである。登場するボントロ吹きのイメージは大原さんから一部を借りている（もちろん全部ではなく、大原さんはこんなヤカラではないが）。２作目<b>「酸っぱい酒」</b>は、あるときふと「伝説のブルースマンなんていないんだよ！」というフレーズだけが頭に浮かび、それをふくらませて書いたもの。３作目<b>「甘い土」</b>は、私が世界の音楽小説中最高傑作と考えている筒井康隆先生の<b>「熊の木本線」</b>への捧げものである（当然ながらおよびもつかぬものになったが）。４作目<b>「辛い飴」</b>はタイトル先行の作品。タイトルのネタが切れてきて、「辛い」がまだ残っていたので、とりあえず仮のタイトルを<b>「辛い飴」</b>とつけてみた。そこからミュージシャンの名前がキャンディになり、そのあとなんとなく浮かんだ話がこれである。幸いにも好評で、講談社の<b>『ザ・ベストミステリーズ 2008』</b>に収録された。５作目の<b>「塩っぱい球」</b>は野球をあまり知らないというボロが随所に出ている。６作目の<b>「渋い夢」</b>は、１巻目のクラリネットの話と並んで、実際には絶対に無理！　なトリック。いわゆる「机上の空論」というやつです。最後の<b>「淡泊な毒」</b>だけは書き下ろしで、完全に「味」ネタが尽きた状態。<br />　次巻は、何シリーズにするかまだ未定だが、少なくとも八、九種類はあるものから選ばないと、タイトルでまたまた苦労することになるだろう。数字にしようかな。いくらでもあるもんな。<br /><br />　　　平成二十年七月 
<div align="right">（2008年8月）</div>
<hr color="gray" size="1">
<font color="navy">■ 田中啓文（たなか・ひろふみ）</font><br />1962年大阪生まれ。神戸大学卒。93年「落下する緑」を『本格推理』に投稿し入選。編者の鮎川哲也に絶賛される。同年長編『凶の剣士』（刊行時に『背徳のレクイエム』と改題）が第２回ファンタジーロマン大賞に入賞する。2002年「銀河帝国の弘法も筆の誤り」が第33回星雲賞日本短編部門を受賞。ミステリ、ＳＦ、ファンタジーと様々なジャンルで活躍。近著は、『ハナシをノベル!!　花見の巻』（共著）、『蠅の王』『ハナシがはずむ！　笑酔亭梅寿謎解噺３』<a href="http://www.tsogen.co.jp/np/detail.do?goods_id=3872">『落下する緑』</a>など。<br /><br />
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<entry>
    <title>柴田よしき『謎の転倒犬　石狩くんと（株）魔泉洞』あとがき［2008年5月］</title>
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    <id>tag:www.webmysteries.jp,2008://6.69</id>

    <published>2008-05-07T07:12:54Z</published>
    <updated>2009-08-22T21:29:05Z</updated>

    <summary>単行本にあとがきをつけるのは久しぶりのような気がします。 カリスマ占い師・麻耶優麗の名推理と、優麗に翻弄される石狩くんの受難を、ユーモラスに描いた、本格ミステリ連作集（08年5月刊『謎の転倒犬　石狩く...</summary>
    <author>
        <name>東京創元社</name>
        
    </author>
    
        <category term="820 国内ミステリ出張室" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        <![CDATA[<font style="FONT-SIZE: 1.25em"><b>単行本にあとがきをつけるのは<br />久しぶりのような気がします。 </b><br /></font>カリスマ占い師・麻耶優麗の名推理と、<br />優麗に翻弄される石狩くんの受難を、<br />ユーモラスに描いた、本格ミステリ連作集<br />（08年5月刊『謎の転倒犬　石狩くんと（株）魔泉洞』あとがき［全文］）<br /><br /><font color="navy"><b><font style="FONT-SIZE: 1.25em">柴田よしき</font></b>　yoshiki SHIBATA</font> 
<hr color="black" size="1">

<p>　</p>
<div style="FLOAT: right; WIDTH: 150px"><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/detail.do?goods_id=3842"><img height="196" alt="謎の転倒犬" hspace="12" src="http://www.tsogen.co.jp/images/cover_image_l/03842.jpg" width="140" vspace="10" border="1" /> 
<div style="TEXT-ALIGN: center"><img height="18" alt="書籍の詳細を見る" src="http://www.tsogen.co.jp/img/shosekishosai.jpg" width="100" border="0" /></div></a></div>
<p>　単行本にあとがきをつけるのは久しぶりのような気がします。あとがきを書くのがあまり得意ではなくて、いつも短くなってしまうので、あまりつけなくなりました。</p>
<p>　で、今回どうしてあとがきをつけようと思ったのか、理由は二つあります。ひとつは、本作が雑誌に連載されていた時から数年が経ち、時代の変化があまりにも早くて、すでに「え、なにそれ」と違和感をおぼえられるだろうな、という部分が出て来てしまったからです。そもそもの冒頭から、主人公は大変な就職難と戦っているのですが、あれから数年、多々疑問はあるものの、とりあえず今は「景気は悪くない」状態だそうですね。新卒者の就職も、「難」というほどではない、そうです。その他にも、指紋認証キーが意外と普及しなかったな、とか、パスネットなんて今月で廃止でしょ、とか、なんとまあ、めまぐるしく変化するのでしょうか、現代は！</p>
<p>　しかしこれは小説ですから、そんな変化は「えい」と目をつぶればそれでいいわけですが、とりあえず、読まれて違和感をおぼえられた方がいるかもしれませんので、巻末の「初出一覧」を参考に、いつ頃書かれたものかな、と確かめていただければ、と思います。って、そんなめんどくさいことしませんよね、ふつう（笑）<br />　この本が文庫になる頃には、パスネット、なんて単語自体、注釈でもつけないとわからない言葉になってしまっているのかも。ああ、時が経つのは早い。あまりにも早い。わたしも歳をとるわけです……</p>
<p>　もうひとつ。これはお詫びです。本作のシリーズが雑誌<b>〈ミステリーズ！〉</b>で完成する前に、<a href="http://www.tsogen.co.jp/np/detail.do?goods_id=3726"><b>『朝顔はまだ咲かない』</b></a>の連載が始まってしまい、そちらが先に本になってしまいました。石狩くんとその愉快な仲間たちのファンだった皆様は、さぞかしご立腹だったことと思います。もうしわけありません。でも、なんとか今回本にすることができて、わたしも担当者もとても喜んでいます。もしこの本が売れたら、もっと続きも書かせてもらえるかもしれませんので、どうぞよろしくお願いいたします。</p>
<p>　実は、本作の最終話は書き下ろしなのですが、ほんの十分ほど前に脱稿したばかりです。その原稿をメールにつけて担当者に送信した時、一通のメールが届きました。石狩くんのファンの方からのメールでした。東京創元社のメルマガを購読されていて、それでこの本の発売を知ったらしく、とても嬉しいと書いてくださっていました。何しろ、最終話を脱稿したその瞬間に届いたメールですから、あまりのタイミングのよさに思わず、「あとがきに言及させてください」と返信してしまいました。<br />　愛読者の存在というのは、本当に、本当にありがたいものだなあと、しみじみ思います。心から嬉しいです。雑誌で掲載していた物語を、何年も本になるまで待っていてくださるなんて。</p>
<p>　こうした愛読者の皆様、そして、こうやって本を買ってくださった皆様（含・買おうかどうしようか、あとがきを立ち読みして思案中の皆様）に支えられて、わたしはこれまで、作家としてなんとかやって来られました。これからも、相変わらず不器用にではありますが、読者に楽しんでいただける作品を書くよう努力してまいります。</p>
<p>　日々、（株）魔泉洞で悪戦苦闘する石狩くんともども、なにとぞ、よろしくお願いいたします。</p>
<div align="right">二〇〇八年三月某日　　　　　 </div>
<div align="right">（2008年5月）</div>
<hr color="gray" size="1">
<font color="navy">■ <b>柴田よしき</b>（しばた・よしき）</font><br />1959年東京生まれ。青山学院大学卒。95年『RIKO――女神（ヴイーナス）の永遠』で第15回横溝正史賞を受賞しデビュー。本格ミステリから、ホラー、ファンタジーなど多ジャンルで活躍する。近著は『所轄刑事・麻生龍太郎』『小袖日記』<a href="http://www.tsogen.co.jp/np/detail.do?goods_id=3726">『朝顔はまだ咲かない』</a>『やってられない月曜日』。<br /><br /><!-- グーグルアドセンス・本の話題用フッタ -->
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    <title>大倉崇裕『聖域』あとがき［2008年5月］</title>
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    <id>tag:www.webmysteries.jp,2008://6.68</id>

    <published>2008-05-07T07:11:35Z</published>
    <updated>2009-08-22T21:28:33Z</updated>

    <summary>『聖域』は、私とともに変化を続けてきた物語でもある。 未踏峰を夢見た男たちの友情と死静かな感動を呼ぶ渾身の山岳ミステリ！（08年4月刊『聖域』あとがき［全文］）大倉崇裕　takahiro OKURA ...</summary>
    <author>
        <name>東京創元社</name>
        
    </author>
    
        <category term="820 国内ミステリ出張室" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.webmysteries.jp/">


   
      
        <![CDATA[<font style="FONT-SIZE: 1.25em"><b>『聖域』は、私とともに<br />変化を続けてきた物語でもある。 </b><br /></font>未踏峰を夢見た男たちの友情と死<br />静かな感動を呼ぶ渾身の山岳ミステリ！<br />（08年4月刊『聖域』あとがき［全文］）<br /><br /><font color="navy"><b><font style="FONT-SIZE: 1.25em">大倉崇裕</font></b>　takahiro OKURA</font> 
<hr color="black" size="1">

<p>　</p>
<div style="FLOAT: right; WIDTH: 150px"><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/detail.do?goods_id=3831"><img height="196" alt="聖域" hspace="12" src="http://www.tsogen.co.jp/images/cover_image_l/03831.jpg" width="140" vspace="10" border="1" /> 
<div style="TEXT-ALIGN: center"><img height="18" alt="書籍の詳細を見る" src="http://www.tsogen.co.jp/img/shosekishosai.jpg" width="100" border="0" /></div></a></div>
<p>　大学時代、 私は山岳系の同好会に所属していた。勉強などほとんどせず、山にばかり登っていた。 山に行きすぎて、卒業するまでに五年かかった。<br />　同好会を去るとき、後輩の一人が、私に文庫本を贈ってくれた。新田次郎の<b>『山が見ていた』</b>だった。山岳ミステリを書いてみようと思い始めたのは、そのときからだったかもしれない。<br />　短編を数本書いた後、いよいよという気持ちで長編<a href="http://www.tsogen.co.jp/np/detail.do?goods_id=3831"><b>『聖域』</b></a>に取り組み始めた。だが、山とミステリの融合は想像以上に難しく、試行錯誤をくり返すうち、あっという間に十年がたってしまった。<br />　思い返せば、この十年にはいろいろなことがあった。<b>『聖域』</b>は、私とともに変化を続けてきた物語でもある。<br />　内緒で書き続けてきた<b>『聖域』</b>だが、完成前に読んでもらった人物が二人だけいる。もしこの二人がいなければ、<b>『聖域』</b>が一冊の本となり、書店に並ぶことはなかっただろう。ありったけの感謝をこめて、その二人のことをここに書いておこうと思う。<br />　一人目は、東京創元社の編集者である桂島浩輔氏である。初めて会ったのは、もう十年以上前のこと。私が会社員で、彼が大学生だった。<br />　当時、ミステリを書こうと思い定めていた私は、勉強の意味もあって、あるミステリの愛好会に参加していた。今思い返しても、そこに参加していた人たちは凄かった。ミステリについてはそれなりに勉強しているつもりだったが、会の中では素人同然であった。呆気にとられるほど、参加メンバーの知識は深かった。<br />　そんな濃いメンバーの中にあってなお、皆が全員一致で認めるほど、博識な人物がいた。圧倒的な読書量、圧倒的な記憶力。亡くなられた翻訳家の浅羽莢子氏が歩くデータベースと言った彼こそが、桂島氏であったのだ。<br />　その後、私は新人賞をいただき、ミステリを雑誌に発表するようになった。桂島氏がそれらをどう読んでいたのか、本当のところは判らない。優しい彼は、常に好意的な意見を述べてくれたので。<br />　山岳ミステリの長編を書いているという話題も、そんな語らいの中で出たのだと思う。彼は即座に名作といわれる山岳ミステリのタイトルをいくつか挙げ、有益なアドバイスをくれた。<br /><b>『聖域』</b>の第一稿が完成したとき、桂島氏に読んでもらおうと思ったのは、彼との会話が記憶に残っていたからだ。私はプリントアウトしたものを送った。<br />　桂島氏が東京創元社に入社したという驚くべきニュースを聞いたのは、その少し後だった。<br />　ミステリ好きとして出会った男が、十数年後、一人が作家となり、一人が編集者となった。何とも不思議な巡り合わせではある。<br />　彼が入社した時点で、私には東京創元社に担当編集者の方がいた。だが、 この<b>『聖域』</b>は、桂島氏に担当してもらうのが筋であるような気がした。作品に関し既にアドバイスをもらっていたからだ。<br />　私の願いは聞き届けられ、<b>『聖域』</b>は桂島氏が担当となった。彼との仕事は有意義であり、刺激的だった。大変であったのは確かだが、作家として大いに勉強になった。<br />　優柔不断でいい加減で短気。こんな私に最後までつき合ってくれた桂島氏に心よりの御礼を。本当にありがとう。そして、私の我が儘を聞いて下さった、東京創元社編集部の皆様にも、心より感謝します。<br />　そしてもう一人、<b>『聖域』</b>執筆の最終局面で、私を救ってくれた人物がいる。神谷浩之氏だ。<br />　紆余曲折を経て、何とか完成に近づいた<b>『聖域』</b>だが、最後にまた大きな壁にぶつかった。それは、山岳関係の記述についてである。大学時代山に登っていたとはいえ、既に十年以上の月日がたっている。最近はハイキングにすら行っていない。山を取り巻く状況は大きく変わったであろうし、最新の装備などの知識もない。本などを読んで勉強するにも限界がある。<br />　思案に暮れているとき、知人の一人が神谷氏の存在を教えてくれた。現役の山屋であり、私の本も含め数多くのミステリ、山岳ものの小説を読んでいるという。<br />　私はさっそく、神谷氏にメールを送り、<b>『聖域』</b>の監修を頼めないかと打診した。ほどなく返事が来て、彼は快諾してくれた。<br />　数ヶ月後、神谷氏から監修が終わったとの知らせが来た。その時点ではまだ、神谷氏とは顔を合わせたことがなかった。これを機会に、どこかで会いましょうということになったが、お互い約束の店を間違えて、会うまでにかなり時間がかかったことを覚えている。<br />　神谷氏は私が送りつけた原稿の束をテーブルに置き、チェック点について一つ一つ、語り始めた。それを見て、私は心底驚いた。原稿に入れられた朱は、「監修」 のレベルではなく、立派な 「校正」 だったのだ。誤字脱字、時間経過の齟齬などがすべて洗い出され、表にまとめられていた。山岳描写に関する問題点も徹底的に精査され、きちんとした指摘がなされている。私は誤字脱字の多さに赤面すると同時に、神谷氏の完璧な仕事ぶりに心底、驚愕した。そして、顔を合わせたこともない作家が送りつけてきた原稿に、ここまでの精力を傾けてくれた意気込みに心を打たれた。<br />　もし、神谷氏の監修、校正を受けずに<b>『聖域』</b>が刊行されていたら。<br />　そのことを考えると、正直、背中が寒くなる。神谷氏のおかげで、<b>『聖域』</b>の精度は上がり、山岳ミステリとして自信を持って世に送り出せる作品となった。この機会に、心よりのお礼を述べさせていただこうと思う。本当にありがとう。ただし、後で加筆したところもあり、本書に事実誤認などの誤りが含まれていたら、その責任はすべて筆者に属する。<br />　神谷氏とは、一緒に山へ行く約束をしている。お互いの都合が合わず、なかなか実現できないのだが、いつか必ず。<br />　山行の代わりというわけではないが、二度ほど一緒にクライミングジムへ行った。一番難易度の低い壁で、私が悪戦苦闘している間、彼はするするとあらゆる壁を登っていった。数年前まで一面識もなかった二人が、そろってジムに出かけたりするのだから、これもまた、<b>『聖域』</b>が運んできた不思議な縁というやつなのだろう。<br />　縁といえば、大学時代、私が所属していた山岳系同好会が、部員の減少を理由に廃部の危機にあるという。おまえがこんな小説を書くからだ、というＯＢ、ＯＧ諸氏の叱責が聞こえてきそうだが、「部員数減少」は体育会系クラブ共通の悩みと聞く。何とか続いてもらいたいという思いと、時代に合わなくなったものを延命させることに価値があるのかという疑問が相半ばしている。<br />　山岳ミステリを書くのは、私の目標でもあり願いでもあった。ようやく一区切りして、晴れ晴れとした気持ちでいる。<br />
<div align="right">（2008年5月）</div>
<hr color="gray" size="1">
<font color="navy">■ <b>大倉崇裕</b>（おおくら・たかひろ）</font><br />1968年京都府生まれ。学習院大学法学部卒。97年<a href="http://www.tsogen.co.jp/np/detail.do?goods_id=3714">「三人目の幽霊」</a>で第４回創元推理短編賞に佳作入選、翌年には「ツール＆ストール」で第20回小説推理新人賞を受賞。<a href="http://www.tsogen.co.jp/np/detail.do?goods_id=223">『七度狐』</a><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/detail.do?goods_id=3325">『やさしい死神』</a>『オチケン！』などの落語ミステリをはじめ、アクションを導入した意欲作『無法地帯』、和製〈刑事コロンボ〉シリーズとして注目された<a href="http://www.tsogen.co.jp/np/detail.do?goods_id=3560">『福家警部補の挨拶』</a>など作風は多彩だが、丁寧なプロットの魅力と謎解きの面白さは常に一貫している。本書<a href="http://www.tsogen.co.jp/np/detail.do?goods_id=3831">『聖域』</a>は、大学時代、山岳系同好会に所属していた著者が数年の構想の末に放つ、新たな代表作。<br /><br /><!-- グーグルアドセンス・本の話題用フッタ -->
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    <title>高城高『墓標なき墓場』あとがき［2008年2月］</title>
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    <published>2008-02-05T07:10:20Z</published>
    <updated>2009-08-22T21:21:14Z</updated>

    <summary>霧と原野へのノスタルジア 幻の長編を初文庫化！　〈高城高全集〉第１巻（08年2月刊『墓標なき墓場』あとがき［全文］） 高城 高　kou KOUJOU  　 --&gt; 　原風景のようなものがある。四歳か五...</summary>
    <author>
        <name>東京創元社</name>
        
    </author>
    
        <category term="820 国内ミステリ出張室" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.webmysteries.jp/">


   
      
        <![CDATA[<font style="FONT-SIZE: 1.25em"><b>霧と原野へのノスタルジア </b><br /></font>幻の長編を初文庫化！　〈高城高全集〉第１巻<br />（08年2月刊『墓標なき墓場』あとがき［全文］） <br /><br /><font color="navy"><b><font style="FONT-SIZE: 1.25em">高城 高</font></b>　kou KOUJOU</font> 
<hr color="black" size="1">

<p>　</p><!-- 

<div style="float:right; width:150px">
<a href="http://www.tsogen.co.jp/np/detail.do?goods_id=3816"><img "src="../images/cover_image_l/03816.jpg" width="140" height="196" border="1" alt="墓標なき墓場" vspace="10" hspace="12" / / / / / />
<div style="text-align:center;"><img src="../img/shosekishosai.jpg" border="0" alt="書籍の詳細を見る" width="100" height="18" / / / / / /></div></a></div>

-->
<p>　原風景のようなものがある。四歳か五歳の冬、私は小さなスキーをはいて函館の五稜郭の土手に立っていた。そのころ、この城跡の周辺には家が一軒もなく、原野の白い世界が広がっているだけだった。やがて濠端の道をスキーをつけた十数人の若者が走ってくる。先頭にいるのは、当時函館商業の教諭でスキー部長をしていた私の父である。ストックを力強く突いて濠を一周するコースを遠ざかってゆくのを見送ると、私はまた低い土手を滑り降りたり登ったりして待っている。何周も回っているうち、父の厚い木綿のアノラックからも生徒の黒い服からも湯気が立っているのが見えてくる。私はすっかり飽きてしまって、早く終わらないかなと寒さに震えているのだった。<br />　その後、父の転勤で私は仙台に移転し、小学校から大学まで教育は仙台で受けた。中学生時代から新聞記者を目指していた私は昭和32（1957）年卒業後、世界につながる東京に魅力はあったが、結局は北海道の新聞社に就職を決めた。寒さと雪への志向は函館時代に刷り込まれたのだろうか。今でも北海道を離れられず、都市化で暖かく、雪が少なくなった札幌を嘆きながらも毎年、春が来るとまた次の冬が来るのを楽しみにしているのである。<br />　入社して最初に配属されたのは釧路支社で、市内ではその夏、五所平之助監督の映画<b>『挽歌』</b>のロケが行われていた。前の年、ベストセラーとなり、新聞広告、ファッションにまで話題が広がった原作の小説を書いた原田康子さんは先輩記者の奥さんであった。<br />　翌年の春のことだと思うが、旧<b>『宝石』</b>誌の編集長になられた江戸川乱歩氏が、私が三年前の学生時代、同誌の新人賞を受賞したことを思い出されて何か書いてみないかと声をかけられたのだった。本州とは全く違う道東の街や風土に魅力を感じていた私は当然、この地を舞台に書くことになった。<br />　六月から八月の釧路は霧の季節である。海霧と呼んでいるこの地方の霧は、現在はすっかり都市化で薄くなったというが、普通の霧がコンソメだとするならポタージュといった感じで、外へ出ると上着がじっとり濡れて重くなってしまう。家庭では夏でもストーブを焚いていた。<br />　当時の釧路を支えていたのは、最新の技術で海底炭を掘っていた炭鉱と、サンマ船、独航船の水揚げであった。夏から秋のサンマの漁期、港のある釧路川河口は二重三重に繋留されたサンマ船に占領される。市内のキャバレーも腹巻に千円札の束を入れた漁船員だけがお客さんで、彼らはテーブルにサントリーオールドのボトルを置いてゴム長姿で女たちと踊っていた。中には、札束とともに鯖裂きマキリを入れているものもいる。釧路は物騒だから、というのである。<br />　勤務していた支社は一年ほど後に移転新築されるまで、戦前まであった地方新聞の建物に入っていた。煉瓦造り二階建ての社屋には、かつて石川啄木がわずかの間勤務していた。その二階で夜勤をしているとだれかが「またやってるぞ」という。裏の窓からのぞくと、路地裏の暗い街灯の下でにらみ合っている男二人は、霧にかすんで手にしている鯖裂きまでは見えない。と、みる間に二つの影が一つになり、うつ伏せに崩れた一人を残して相手は逃げ去った。「おい、誰か救急車を呼んでやれよ」で、みな仕事に戻る。死んだのは本州の漁船員、犯人は朝になれば船に乗ってしまう。朝刊に入れるほどのものでなく、夕刊で十行足らずの記事だ。<br />　旧<b>『宝石』</b>誌を中心に道東を舞台とした短編小説を書いていた私が、このたった一つの長編を書いたきっかけは四十数年たった今、どうも思い出せない。当時は東京から北海道は遠く、編集者とのやり取りはすべて手紙だったはずだが、お世話になったはずの編集者の記憶も申し訳ないが定かでないのだ。<br />　釧路を拠点に、根室、網走、阿寒などを歩き回っていた。つてを頼ってさまざまな人に会ってその土地の自然や開拓の話などを聞き、月賦で買ったオリンパスペンで珍しいと感じた風景などを撮り溜めていた。だから、転勤で釧路を離れてから書かれたこの長編も、ごく自然に釧路、根室の港と船が題材になって生まれたのだろうと思う。<br />　いま読み返して、推理小説としての自己評価は文字にするも恥ずかしいが、ここに描かれている霧に包まれた海と原野の風景、そしてそこに生きる人たちの必死な営みは、この通りのものであった。なによりも、男も女も気が荒く、ぶっきらぼうな言葉遣いで、それとは裏腹な不器用にみせる厚い人情が今となっては懐かしい。新聞社の地方支局での日常の生活、そして今とは違って警察の広報などなく、事件の発生から容疑者逮捕まで記者が足と勘で掴まねばならなかった時代も記録されているはずである。若い時の筆力不足でそれらは十分に描き切ってはいないが、感じ取っていただきたいと願っている。</p>
<div align="right">（2008年2月）</div>
<hr color="gray" size="1">
<font color="navy">■ <b>高城高</b>（こうじょう・こう）</font><br />1935年北海道函館市生まれ。東北大学文学部在学中の1955年、日本ハードボイルドの嚆矢とされる『宝石』懸賞入選作「Ｘ橋付近」でデビュー。大学卒業後は北海道新聞社に勤めながら執筆を続けたが、やがて沈黙。2006年『Ｘ橋付近　高城高ハードボイルド傑作選』で復活を遂げた。他の著書に『微かなる弔鐘』。08年、<a href="http://www.tsogen.co.jp/np/detail.do?goods_id=3816">『墓標なき墓場』</a>を第１巻とする〈高城高全集〉全３巻（創元推理文庫）の刊行を開始する。<br /><br /><!-- グーグルアドセンス・本の話題用フッタ -->
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    <title>中町信『三幕の殺意』あとがき［2008年2月］</title>
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    <id>tag:www.webmysteries.jp,2008://6.65</id>

    <published>2008-02-05T07:04:09Z</published>
    <updated>2009-08-22T21:20:09Z</updated>

    <summary>本編は、最後の三行に、ちょっとしたひねりを加えてあるのだ。長編デビューを飾る以前に発表された中編を基に、新たな趣向を盛った７年ぶりの新作長編。（08年1月刊『三幕の殺意』あとがき［全文］）中町 信　s...</summary>
    <author>
        <name>東京創元社</name>
        
    </author>
    
        <category term="820 国内ミステリ出張室" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.webmysteries.jp/">


   
      
        <![CDATA[<font style="FONT-SIZE: 1.25em"><b>本編は、最後の三行に、<br />ちょっとしたひねりを加えてあるのだ。</b><br /></font>長編デビューを飾る以前に発表された中編を基に、<br />新たな趣向を盛った７年ぶりの新作長編。<br />（08年1月刊『三幕の殺意』あとがき［全文］）<br /><br /><font color="navy"><b><font style="FONT-SIZE: 1.25em">中町 信</font></b>　shin NAKAMACHI</font> 
<hr color="black" size="1">

<p>　</p>
<div style="FLOAT: right; WIDTH: 150px"><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/detail.do?goods_id=3800"><img height="196" alt="三幕の殺意" hspace="12" src="http://www.tsogen.co.jp/images/cover_image_l/03800.jpg" width="140" vspace="10" border="1" /> 
<div style="TEXT-ALIGN: center"><img height="18" alt="書籍の詳細を見る" src="http://www.tsogen.co.jp/img/shosekishosai.jpg" width="100" border="0" /></div></a></div>
<p>　本編は今から40年前――昭和43年に双葉社の雑誌<b>〈推理ストーリー〉</b>に掲載された作品を、大幅に加筆、改稿し、長編化したものである。<br />　その作品のタイトルは、<b>「湖畔に死す」</b>。枚数は200余枚だった。 <br />　３年ほど前に、東京創元社の戸川安宣氏から、この中編を読んでみたいので掲載誌を送ってほしい、という連絡をもらった。なにせかなり昔の雑誌なので、書斎から見つけ出すのに苦労したが、手にした代物は思ったとおりページが黄ばんでいた。おまけに私の作品は四段組みの小活字だったので、さらに読みにくくなっている。<br />　大ざっぱにページを繰ってみたが、読み返すまでもなく、出来の悪い作品だという記憶は残っていた。だから、作品を一読した戸川氏から、200枚ほど書き足して長編化してほしいと言われたときは、いささか驚き、そして戸惑った。私が長編化にあまり積極的でなかったのは、不備な凡作であるという理由のほかに、そんな作品にメスを入れる多大な労苦に尻込みしてしまったためである。<br />　戸川氏はその作品を三つの節に分け、きれいにプリントアウトされたが、あの古ぼけた雑誌の読みにくい小活字を思うにつけ、その作業たるや大変なものだったに違いない。とにかく、私は気持ちを新たにし、加筆、改稿にとっかかった。二度にわたり加筆をし、ようやく入稿の運びとなったときには、その内容の良否はともかく、よくぞやったりと、いささか誇らしい気持ちになったものだ。<br />　かの鮎川哲也氏は、短編を手際よく長編化する達人だったが、私はやはりこの手の仕事は不得手で、戸川氏の大きなご助力と的確なアドバイスがなかったら、おそらく途中で投げ出していたことだろう。<br />　さて、本編の舞台は、雪降りしきる尾瀬沼畔の山小屋である。だが、私は雪の尾瀬は知らない。知っているのは、さわやかな７月、８月の夏場の尾瀬である。<br />　私は大学２年のとき――つまり、昭和30年の夏休みの期間、尾瀬沼畔にある長蔵小屋でアルバイトをしたが、それはさらに翌年、翌々年と三年間続いた。三食付きで日給が250円。当時のバイト代としては下（した）のランクだったが、尾瀬という魅惑的なエリアが、それを補って余りあった。<br />　バイトは男女の大学生、女子高校生ら20人近くいて、女性は主として台所と事務、男性は本館、バンガロー事務所、湖畔の船着場のある休憩所の三つを輪番制で受け持っていた。やはり一番骨が折れたのは本館づとめで、早朝から夜まで大旅館の番頭さん、仲居さんなみの仕事をこなさねばならなかったからだ。<br />　夏場の本館の宿泊は、すべて予約制で、一階と二階の客室は連日超満員の盛況ぶりだった。予約組が重なったピーク時には、客室の畳一帖に２人――つまり、一枚の敷き蒲団に２人が抱き合って寝てもらうという、痛ましい処置を取らざるを得ない事態が何日か続いた。<br />　これだけ部屋に詰め込まれたら、蒲団に横になれる頭かずはおのずと限られてくる。そうなれば、蒲団からはみ出したお客は、畳にあぐらをかき、壁に寄りかかって眠るしかなく、私もそんな悲壮な現場を何度か目にしていた。しかし、こんな目にあわされても、かつて一度も苦情を申し出たお客はなかったそうで、まさに信じがたい話である。<br />　週に一、二度、自由時間がもらえ、私はそんな折、大江湿原や尾瀬ヶ原を散策し、燧ヶ岳には二度も登った。そして最初の年に、手漕（こ）ぎの渡し船（和船）の漕ぎ方を習ったのである。「櫂（かい）は三年　櫓（ろ）は三月（みつき）」というが、和船の漕ぎ方を、私は３か月ではなく、たった３日で習得してしまった。いや、マスターしたものと錯覚していたのである。<br />　思いあがった私はある日、都合の悪くなった船頭さんに代わって、対岸の沼尻（ぬまじり）小屋の船着場に向けて、定期の渡し舟を勇躍漕ぎ出したのである。乗船客は、わずか５人。船着場をスタートしてしばらくは、まったく順調だった。ところが中間地点近くにさしかかったとき、いきなり全身に痙攣（けいれん）するような疲れを感じ、櫓をあやつる両手の動きが急に緩慢になった。<br />　無理もない。私はそのとき、未体験の距離とひよわなおのれの体力のことを、まったく念頭に置いていなかったからだ。私は一瞬、冷水を浴びたようになったが、あとへはひき返せない。折悪しく風向きが変わり、にわかに波立ち、船は左右に揺れ動いた。私は狼狽（ろうばい）しながらも、神に祈りつつ、ただただ夢中で櫓を動かした。そして、かなりの時間を要して、やっと沼尻の船着場に辿り着いたとき、私の全身から汗が吹き出し、涙がこぼれ落ちた。「板子（いたご）一枚　下は地獄」という言葉に出合ったのは、その数年後のことだった。<br />　男性のバイトの寝る部屋は、休憩所の奥にあり、仕事を終えたあとは、部屋でよく酒を飲み交わしたものだったが、実は憩いはもう一つあった。それは沼辺のベンチでの歌教室である。歌の上手な、見目（みめ）うるわしき女子大生に、山の歌や当時流行（はや）りの青年歌集のヒット曲を指導してもらい、７、８人で合唱する集いだった。乳色の夜霧のこめた沼辺での男女の合唱は、実に趣きがあり、学校の授業でしか歌を唄ったことのない音痴の私を、すっかりとりこにした。<br />　青春の真っただ中にいた、長蔵小屋での３回にわたる夏の日々は、チャーミングな女子大生の歌声を含めて、50余年も経った今でも脳裡に生きており、私の数少ない良き想い出の一つでもある。<br />　あれから50余年か――。私が気息奄奄（えんえん）たる老骨と化したのも、むべなるかな、である。</p>
<p>　話が前後するが、本編は舞台が雪の山小屋に限定されているせいもあって、私の作品としては珍しくシンプルと言える。読者が犯人の正体に気づくあたりで、その動機もそれなりに予測できるはずである。だがしかし、読者が推理したとおり、そのままに最終行を迎え、そして「終わり」となったのでは、あまりに芸がない。本格推理の書き手としては、ここが踏んばりどころである。<br />　そこで本編は、最後の三行に、ちょっとしたひねりを加えてあるのだ。読者がこの最後の三行をどう受け取り、どう評価してくれるのか、いささか気がかりではある。</p>
<p>　二〇〇八年一月六日</p>
<div align="right">（2008年2月）</div>
<hr color="gray" size="1">
<font color="navy">■ <b>中町信</b>（なかまち・しん）</font><br />1935年１月６日、群馬県生まれ。早稲田大学文学部卒。出版社勤務のかたわら、67年から雑誌に作品を発表。第17回江戸川乱歩賞の最終候補に残ったのが、初長編の<a href="http://www.tsogen.co.jp/np/detail.do?goods_id=3284">『模倣の殺意』</a>である。以降、叙述トリックを得意とし、<a href="http://www.tsogen.co.jp/np/detail.do?goods_id=3470">『空白の殺意』</a><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/detail.do?goods_id=3354">『天啓の殺意』</a>（３冊とも創元推理文庫刊）など、大がかりなトリックで読者を唸らせている。<br /><br /><!-- グーグルアドセンス・本の話題用フッタ -->
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    <title>似鳥鶏『理由（わけ）あって冬に出る』あとがき（1/2）［2007年11月］</title>
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    <id>tag:www.webmysteries.jp,2007://6.63</id>

    <published>2007-11-05T06:59:51Z</published>
    <updated>2009-11-23T17:57:28Z</updated>

    <summary>だから私はハイテクなものが苦手なんですってば。 にわか高校生探偵団が解明した幽霊騒ぎの真相とは？第16回鮎川哲也賞に佳作入選したコミカルなミステリ。 07年10月刊『理由（わけ）あって冬に出る』あとが...</summary>
    <author>
        <name>東京創元社</name>
        
    </author>
    
        <category term="820 国内ミステリ出張室" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.webmysteries.jp/">


   
      
        <![CDATA[<font style="FONT-SIZE: 1.25em"><b>だから私はハイテクなものが苦手なんですってば。</b></font><br />
にわか高校生探偵団が解明した幽霊騒ぎの真相とは？<br />第16回鮎川哲也賞に佳作入選したコミカルなミステリ。
<br /><br />07年10月刊『理由（わけ）あって冬に出る』あとがき［全文］
<br /><br />

<font color="brown" style="FONT-SIZE: 1.25em"><b>似鳥鶏</b>　kei NITADORI</font>

<hr color="gray" size="1">

<p>　</p>
<div style="FLOAT: right; WIDTH: 160px"><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/detail.do?goods_id=3772"><img height="196" alt="理由（わけ）あって冬に出る" hspace="12" src="http://www.tsogen.co.jp/images/cover_image_l/03772.jpg" width="140" vspace="10" border="1" /> 
<div style="TEXT-ALIGN: center"><img height="18" alt="書籍の詳細を見る" src="http://www.tsogen.co.jp/img/shosekishosai.jpg" width="100" border="0" /></div></a></div>
<p>　お初にお目にかかります。似鳥鶏（にたどり・けい）と申します。この原稿はパソコンで書いております。</p>
<p>　なぜこんなことをわざわざ書くかというと、私はパソコンが大の苦手だからです。あまりに苦手なためパソコンに触ると肌が痒くなってブツブツができます。アレルギーなのです。小さい頃医者にアトピー性皮膚炎と言われたことはありますがそれは無関係に決まっています。パソコンがアレルゲンで、パソコンを摂取すると体が反応するのです。</p>
<p>　パソコンに限らず私は機械オンチであり、そのためかアナログ人間であり、ちょっと現代文明についていけていないところがあるようです。大学に入ってもまだ携帯電話を買いませんでしたし、テレビも持っていませんでした。やっと買った携帯電話は白黒であり、画像の受信はできるのですが受信した画像が真っ黒に表示されるので何が映っているのか判別できず、 結局受信した意味がないという代物でした。バイト先の塾の生徒はそれを見て「先生それ高くなかった？」と訊いてきました。今思い返すとどうも「ビンテージだからきっと高いだろう」と思われていたようです。そういう人間なので今でも音楽はカセットで聴いています。すいません嘘です。ちゃんとＣＤで聴いています。</p>
<p>　しかし私の機械オンチは、私自身ではどうにもならないことです。 完全に先天性のものだからです。私の母は触っただけでビデオデッキが壊れ、前を通ればテレビの画像が乱れる程の機械オンチで、それが遺伝したのです。おかげで私も小さい頃から機械オンチでした。ステレオを見ても使い方が分からず、自転車に乗ればおばあちゃんにぶつけ、ドラクエをやればセーブデータが消えていました。</p>
<p>　そういう人間ですので、最初の頃は小説も400字詰め原稿用紙に手書きしていました。しかしある理由から、すぐにワープロを使わなければならなくなりました。</p>
<p>　今でも新人賞の応募規定は「400字詰め原稿用紙換算350～550枚」といった書き方がされているくらいですから、手書きすること自体に問題はありません。問題があるのは私の字のほうでした。私は字がおそろしく下手で、友人は「お前、独特の字を書くよね」と好意的に表現してくれていましたが母には「ミミズがのたくったような字」と言われていました。自分でも「ムカデが這い回ってるような字だな」と思っていましたからおそらく母の方が正しかったのでしょう。だから最初の頃、書きあがった小説を渡したにもかかわらず友人は読んでくれませんでした。読めないのですから仕方がないのでした。</p>
<p>　さらにもう一つ、私の筆圧が問題でした。もともと私は筆圧が強く、鉛筆といわずシャープペンシルといわずすぐ芯を折ります。教育実習に行ったときはチョークを粉々にして次に授業をする先生に迷惑をかけていました。シャープペンシルというやつは便利なのですが使い方を誤るとあれは凶器になります。鉛筆と違って折れた芯が隕石のごとく顔面に飛来します。怖いのでシャープペンシルの芯は必ず「Ｈ」を使い、常に筆圧を調節しながら字を書くよう心がけていたのですが、盛り上がるシーンになるとつい我を忘れて筆圧が強くなってしまいます。ギターやバイオリンを弾く人が高音を出す時苦しそうな顔になるのと同じ原理なのですが、漫画ならともかく小説では力を入れて書いても全く意味がありません。誤字が増え、原稿用紙が破れ、折れた細かい芯が机に黒い筋をつけるだけです。それに加えてその筆圧ゆえ、少しまとまった長さのものを書くと、すぐ手首が痛くなりました。おそらく指と手首の関節が筆圧についてゆけず炎症を起こすのでしょう。バスケット選手のジャンパー膝とか野球選手の野球肘と似たようなもので、アスリートならば避けては通れない試練ですが、別にアスリートでないのでワープロを使って避けることにしました。</p>
<p>　そんなわけで、どちらかといえば仕方なくワープロを使い始めたのでした。使い始めの頃は書いたものをどうやって保存するのか分からなかったり印刷するとどうしても紙が斜めになってしまったりしてそれなりに苦労していましたが、慣れてくるとそうしたことも気にならなくなり、けっこう快調に文章を書けるようになりました。何より、ワープロを使って文章を書くという行為はなんとなく格好いいもののように思えました。両手の人差し指をなめらかに動かしてキーボードを叩く自分はなんだかすごく知的で熟練した「専門家」のように思え、書く作業自体が楽しくなりました。ネタがない時でもとにかく何か書きたくなり、ネタがある時に書く物は無駄に長くなりました。ワープロにはどうもそういう、一種の中毒性があるようなのです。</p>
<p>　しかし、勝手なものです。ワープロとの蜜月が終わると、私はすぐその機能に限界を感じ始めました。大学の３年次あたりから、私がミステリというものを書くようになったからです。ワープロでは、ミステリにしばしば登場するあるものを作成するのに非常な困難を伴うことが分かったのです。</p>
<p>　まだワープロをお持ちの方、ぜひ試してみてください。「館の平面図」を全部「罫線」で描いてみてください。そしてそれを印刷してみてください。一枚につき30分くらいかかるはずです。インクリボンが片面なくなるはずです。そしてナナメの線が書けずギザギザになるはずです。そうした問題を解決できるハイテクなワープロも当時、存在するにはしたのでしょうが、だから私はハイテクなものが苦手なんですってば。使っている洗濯機にタイマー機能がついていることを３年以上知らなかったような、バナナを冷蔵庫で保存して真っ黒に腐らせたような機械オンチの私に、そんなハイテクなものが扱えるわけがありません。話はそれますが豆腐を冷凍庫で保存すると凄い状態になってびっくりすることうけあいです。勇気のある人は試してみてください（ただし食べ物を粗末にするのはよくないので、どんな状態になろうと必ず食べるように）。</p>
<p>　そういう苦労もあり、行きつけの電気屋のインクリボンコーナーがどんどん縮小されていって危機感を感じたこともあり、大学院にはパソコンルームが完備されていてゼロックスの超高速レーザープリンタがただで使えるようになったことなどもあり、私もようやくパソコンを使い始めました。もちろん、最初の頃は苦難の連続でした。</p>
<p>　まったくパソコンというやつは、どうしてあんなに難解なのでしょうか。ちょっと変なところをいじるとすぐウインドウが下の方に消えてしまいます。言語バーが何かの後ろに隠れてしまいます。直射日光の下で12時間も使うと画面が止まってしまい、電源を切ることすらできなくなってしまいます。仕方なくコンセントを抜いたら抜いたで、再起動すると得体の知れないファイルが出現しています。パソコンに詳しい友人が「パソコンは壊して覚えろ」という格言があることを教えてくれたので早速マイナスドライバーで壊してみたのですが、細かくて複雑なCPUだかICUだかがややこしく並んでいるだけで、とても覚えられたものではありません。</p>
<p>　しかし、そこで諦めるわけにはいきませんでした。大学院の授業では大量のレポートを書かねばならず、それまでやっていたような、資料となる本をコピーして切り抜いてレポート用紙に貼り付けてそれを再びコピーする、というアナログ式コピー＆ペーストではとても間に合いませんでした。そもそもレポートそのものを「添付ファイル」なるものにして提出せねばなりませんでした。</p>
<p>　私はそこでようやく気付きました。これからの時代、パソコンを使えないような人間は社会に適応できず、ドードー鳥のごとく絶滅するに違いないということに。</p>
<p>
<div align="center"><a href="http://www.tsogen.co.jp/web_m/nitadori0711_2.html"><font color="brown"><b>つづきへ</b></font></a></div>

<br />

<div align="center">【 <b>１</b> ｜ <a href="http://www.tsogen.co.jp/web_m/nitadori0711_2.html">２</a> 】</div>

<br />

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