国内ミステリ出張室

2010.12.06

秋梨惟喬『もろこし紅游録』あとがき[2010年12月]

まだ書くべきことはたくさんあります。
まだまだ銀牌侠の旅は続くのです。

(10年12月刊『もろこし紅游録』あとがき[全文])

秋梨惟喬 koretaka AKINASHI

 

 ながらくお待たせしてしまいました、の第二弾。前作とは全く違う趣向の構成になりました。前作は、雲游うんゆう(=抱壺ほうこ)と蒲公英ほこうえい(青霞せいか)の二人の物語だったのに対して、今回の登場人物はまったくばらばら。しかも「子不語しふご」から「風刃水撃ふうじんすいげき」の間は二千数百年、銀牌侠の発端から終焉までを描いています。いえ、これが本当に発端なのか、終焉なのかは作者にも保証できませんが。まだまだいろいろな秘密があるようで……

『子不語』の舞台はいきなりの紀元前、戦国時代です。この後に秦しんの始皇帝が登場して中華世界を統一し、『項羽と劉邦』の世界へと繋がっていくことになります。
 銀牌侠の推理法のベースにある“勢システム”理論を創り上げた説客・慎到しんとうの登場。
 作者が慎到の名を知ったのは安能務氏の講談社文庫の一連のシリーズだったのですが、なんとも魅力的な人物です。とはいっても実のところは『韓非子かんぴし』に書かれた“勢” の理論が魅力的なのであって、慎到の人となりはほとんど不明なのですが。
 ですから慎到の外見もまるで伝わっていません。で、でっちあげたのが逆三角形の頭の大男です。学者先生というとえてして小柄なイメージがありますが、実は孔子こうしも諸葛孔明しょかつこうめいも相当の大男なのです。そして顔はフットレルの“思考機械”ヴァン・ドゥーゼン教授のイメージです。どうも大変な外見です。でも華がないので目立たないという。怪しげでいいですねえ。
 なお“子不語”はもともと清しんの袁枚えんばいの怪異談集のタイトルで、『論語』述而篇の一節、「子ハ怪力乱神ヲ語ラズ」から採ったものです。“子”すなわち孔子が語らなかった話=怪異譚のことです。ただ本作では少し違ったニュアンスで使っていますが。

「殷帝之宝剣いんていのほうけん」の変則度は四作中随一かもしれません。何といっても銀牌侠が登場しません。代わりに活躍するのは第一弾で登場した某コンビ。いわゆるスピンオフです。
 この二人、結構気に入ってます。主人は文ぶんに通じているものの武術がさっぱり、従者は裏世界に通じた中華最強クラスの使い手、転がしていくのが楽しいです。構想中の長編でもチョイ役ながら重要人物として登場する予定です。
 なお他にもスピンオフしたいキャラクターが幾人かいます。いずれ作品になるかもしれません。

 変則的な作品を並べた今回、唯一オーソドックスなのが「鉄鞭一閃てつべんいっせん」です。極端にオーソドックスです。往年の東映時代劇のイメージです。それでも微妙に必殺シリーズの影響はあります。 これはもう性さがですね。
 さて、作者は登場人物を創り上げていく時に、まず“声”を想定することがあります。そうすることで一気にキャラクターが独り歩きを始めます。幻陽げんようの声は関俊彦。『仮面ライダー電王』のモモタロス、あの「俺、参上!」の声です。昔は『新機動戦記ガンダムW』のデュオ・マックスウェルやOVA版『ワイルド7』の飛葉を演っていて、少年声のイメージだったんですが、今やいかした下町親父っていう感じです。
 ちなみに「殺三狼しゃさんろう」の雲游は青野武。独特の平板な台詞回しが気持ちいいベテラン声優です。『宇宙戦艦ヤマト』の真田志郎や『ちびまる子ちゃん』の友蔵が有名ですが、異様に恰好いいのが『ジャイアントロボ THE ANIMATION』(監督今川泰宏!)の一清道人。でも作者の一番のお薦めはPSのゲーム『クーロンズ・ゲート』の陰陽師。いやあしびれますぜ。

「風刃水撃ふうじんすいげき」の舞台はなんと辛亥革命の江南こうなんの架空の城市。二十世紀です。中華民国です。孫文そんぶん、袁世凱えんせいがいです。
 決して奇を衒てらってこの時代を選んだわけではなくて、“あのアイテム”を使うにはこの時代しかなかったからです。実は過去にこのアイテムを使った現代物に挑戦したことがあります。もともと大好きだったんですね、この無駄に強力で無意味なアイテムが。『カリオストロの城』とか『ワイルド7』とか好きだったもので。ただ現代を舞台にした本格物にはやっぱり使いにくいのです。そもそもでかすぎるし、入手先の設定に無理が出る。でもこのシリーズならなんとかなる。そのためのシリーズですからね。

 なおここで一点ご注意を。もろこしシリーズの歴史考証はいい加減です。もちろん様々な資料・史料を調べていますが、その上であえて嘘や想像を交えています。
 例えば「子不語」では、稷下しょっかでの活動時期が慎到とずれている孟子もうしと淳干*(*は髟に兀と書く)じゅんうこんを登場させていたり、諸子百家の解釈がかなり独特のものであったり。稷下の学の細かい仕組みもほぼでっちあげです。
 今更ですが、巻頭及び各作品の冒頭の引用文書もすべて架空のものです(校正の方が一生懸命探してしまったそうでゴメンナサイ)。用語解説も、あくまでもこのシリーズ内での情報ですから、嘘が交じっています。中国には『“銀牌女侠”蒲公英』などというシリーズはありませんから。
 というわけでくれぐれも鵜呑みにしないようにお願いします。学校のテストで書いたりしたらバツです。
 ただ、ここで嘘・想像・でっちあげというのは、現在の学界の定説に沿っていないというだけのことで、作者なりの根拠があるケースも存在する、という点にはご留意ください。
 実は、最近中国古代史の常識はどんどん変わりつつあるのです。従来は『史記』や『春秋左氏伝』などを基本史料としていたのに対して、今は春秋戦国時代や漢代の墳墓から出土した竹簡ちくかん木簡もっかん布帛ふはくの類、或いは青銅器に彫られた金文きんぶんに重きが置かれるようになり、これまでの定説が覆されることもあるようです。ですからこの先、実はこっちの出鱈目が正しかったことが判明する……なんてことはないですね。

 さて作品の最後で、これでもろこしシリーズが終わりであるかのような書き方していますが、これはあくまでも時系列で最後に位置する作品だというだけのことです。まだ書くべきことはたくさんあります。まだまだ銀牌侠の旅は続くのです。


(2010年12月)

秋梨惟喬(あきなし・これたか)
1962年8月17日岐阜県生まれ。広島大学文学部史学科(東洋史学)卒業。1993年「落研の殺人」が鮎川哲也編『本格推理2』に、1995年「憧れの少年探偵団」が北村薫・宮部みゆき選『推理短編六佳撰』に収録される(ともに那伽井聖名義)。2006年、秋梨名義による「殺三狼」で第3回ミステリーズ!新人賞を受賞。著書に『もろこし銀侠伝』がある。


推理小説の専門出版社|東京創元社
バックナンバー