本格ミステリ漫画ゼミ

2016.02.25

本格ミステリ漫画ゼミ 【第17講】 福井健太 (1/2)

超能力や怪奇を取り込むことで
本格ミステリ漫画のフィールドが広がった

「"超自然"を擁する本格ミステリ漫画」



デカガール.jpg
 前講で詳述したように、探偵像とプロットを専門知識で彩ったミステリ漫画は多いが、これは一種の特殊スキルでもある。同じ効果は"広義の超能力"からも得られるはずだ。2006年から11年まで『Kiss PLUS』(講談社)に連載された『デカガール』(原作=長崎尚志/作画=芳崎せいむ/全6巻)はその好例だろう。静岡県警捜査一課の巡査部長・日野まる香は、両親所有のアパートで大勢のペットと暮らしている。日野は人間離れした嗅覚を活かし、犯罪者の摘発や動物保護に活躍する。長崎尚志は浦沢直樹のブレーンでもある元編集者。心理学者が猟奇犯に挑む『SQ』(作画=きら)の原作も担当した。芳崎せいむは『金魚屋古書店』『テレキネシス』『鞄図書館』などで知られる漫画家。両者は『うさぎ探偵物語』(全2巻)や『アブラカダブラ~猟奇犯罪特捜室~』(長崎は"リチャード・ウー"名義)でもコンビを組んでいる。

 森本梢子は『研修医なな子』『ごくせん』を著した人気漫画家。08年に『YOU』(集英社)で始まった『デカワンコ』は、現在12巻まで刊行されている。警察犬並みの嗅覚を持つ警視庁捜査一課の天然ボケ刑事・花森一子がヒロインのコメディだ。『ここはグリーン・ウッド』『魔法使いの娘』などのヒット作を持つ那洲雪絵は、08年から『別冊花とゆめ』(白泉社)に『超嗅覚探偵NEZ』(既刊2巻)を発表しているが、これは超人的な嗅覚を持つペット探偵・松下操が元同級生の刑事を手伝う話。浅暮三文『カニスの血を嗣ぐ』や井上夢人『オルファクトグラム』のような小説の存在からも、ミステリと嗅覚の相性が良いことは確かだろう。

 12年から13年まで『グランドジャンプ』『グランドジャンプPREMIUM』(集英社)に掲載された『ハイリコ』(原作=坂本光陽/作画=箸井地図)は全2巻。見たものを一瞬で記憶する"超絶記憶認識能力者"の私立探偵・能見マナ子とコンビニ店員・堂本雄二をめぐる物語だ。箸井地図は(4講で触れた)はやみねかおる『そして五人がいなくなる』『亡霊(ゴースト)は夜歩く』を漫画化したイラストレーターである。

 02年に「晴れた春には花を愛で」が第27回白泉社アテナ新人大賞(第3席)に選ばれた都戸利津は、神永学『心霊探偵八雲』のコミカライズも手掛けている。12年から『別冊花とゆめ』で連載中の『嘘解きレトリック』(既刊6巻)は、昭和初期を背景にしたレトロ探偵譚。"嘘を聞き分ける能力"を疎まれて村を追われた少女・浦部鹿乃子が、貧乏私立探偵・祝左右馬の助手を務めるストーリーだ。鹿乃子の能力は証明が難しく、彼女自身を傷付けることも少なくない。その葛藤こそが本作の見所である。

 感覚強化系とは異なるが、13年に『グランドジャンプ』に登場した『不能犯』(原作=宮月新/作画=神崎裕也/既刊4巻)も挙げておきたい。催眠術を操る男・宇相吹正が欲に溺れた人々を破滅させる顛末は、毒の強いトリッキーなスリラーとして楽しめる。悪魔に翻弄される人間の悲喜劇と見るのが妥当だろう。宮月新は神奈川県出身の漫画原作者。神崎裕也には『亜熱帯ナイン』『ウロボロス』などの著書もある。

秘密.jpg  作品世界に"新技術"を存在させることも、ミステリ漫画に特殊能力を導入する手法に違いない。清水玲子『秘密-トップ・シークレット-』はその成功例だ。清水玲子は1963年熊本県生まれ。83年に「三叉路物語(ストーリー)」でデビュー。ヒューマノイドが主役の〈ジャック&エレナ〉シリーズ、原発をモチーフにした『月の子』などのSFで人気を博し、2002年に『輝夜姫』で第47回小学館漫画賞・少女部門を受賞した。1999年発表の原型「秘密-トップ・シークレット-1999」を経て、2001年に主役を変えて『MELODY』(白泉社)でシリーズ連載が始まった『秘密-トップ・シークレット-』は、死者の脳に残された記憶を映像化する"MRI捜査"を行う"第九"──科学警察研究所・法医第九研究室の奮闘を描くSFミステリ。08年に『秘密 The Revelation』のタイトルでテレビアニメ化され、11年に第15回文化庁メディア芸術祭優秀賞に輝いた。

 第九に配属された新人刑事・青木一行が、室長の天才警視正・薪剛(まき・つよし)に出逢い、28人を殺した殺人鬼と少年の連続自殺の繋がりを探り、脳を暴くことの危険性を知る──第1話「秘密-トップ・シークレット-2001」はそんな物語だった。第九に送り付けられた脳の解析、数十年前の殺人が"MRI捜査によって"新たな惨劇を生むエピソード、青木の親族が殺される事件など、濃密なプロットでサスペンスを展開する傑作だ。コミックスは12年に全12巻で完結したが、15年末から新装版が刊行中。12年開始の過去篇『秘密-トップ・シークレット- season 0』は3巻まで上梓されている。清水のミステリ漫画では、福岡県の猟奇殺人と"親殺し"の少女にまつわる社会派サスペンス『Deep Water〈深淵〉』も秀逸だ。

 15年から16年まで『月刊コミック@バンチ』(新潮社)に連載された安藤慈朗『ストレイジ 警視庁眼球分析班』(全2巻)は、眼球から映像記憶を再現する特殊チームの話だが、ここに『秘密』の影響を見るのは無理筋でもないだろう。安藤は将棋ミステリ漫画『しおんの王』(原作=かとりまさる/全8巻/講談社)の作画者。かとりまさるは元女流棋士・林葉直子の別名義。同作は07年から08年までテレビアニメ化された。

 SFミステリ漫画に頻出する"時間移動"の作例も見ておこう。12年に『ヤングエース』(KADOKAWA)で始まった三部けい『僕だけがいない街』(既刊7巻)は16年にテレビアニメ化された。売れない漫画家・藤沼悟には、事件や事故の原因が消えるまで(意志とは無関係に)過去へ戻される"リバイバル"の能力があった。18年前の誘拐殺人の真相を知った悟の母・佐知子が殺され、悟は1988年にタイムリープして犯行を阻もうとする。歴史改変と犯人捜しを絡めた話題作である。

 玉木ヴァネッサ千尋『横浜線ドッペルゲンガー』は、2014年から翌年まで『週刊ヤングジャンプ』(集英社)に掲載された。連続殺人犯として処刑された彫刻家・剣崎マコトは、11年前──事件直前の2003年に飛び、過去の自分に協力を仰ぐ。14年の剣崎は復讐、03年の剣崎は事件阻止のために動き出す。SFの常道に反するプロットで"円環"を閉じた試みがユニークだ。



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