本格ミステリ漫画ゼミ

2016.01.22

本格ミステリ漫画ゼミ 【第16講】 福井健太 (1/2)

専門知識や特異性を通じて本格ミステリコミックは新たな段階に進んだ

「"現代"の本格ミステリコミック」



喰いタン.jpg
 1990年代に注目を集めたミステリ漫画は、ゼロ年代初頭に"定番"のポジションを獲得し、多彩な作品群を生み出した。本講では(前講に続いて)その実例を見ていきたい。分量の都合上、割愛せざるを得なかったタイトルも多いが、これもジャンルの隆盛ゆえのことである。

 2002年から09年まで『イブニング』(講談社)に連載された寺沢大介『喰いタン』は、歴史小説家にして私立探偵の高野聖也が活躍するユーモアミステリだ。超人的な食欲と胃袋を持つ高野は、食にまつわる蘊蓄を説き、犯罪や日常の謎を解決していく。勝手に飲食をする高野、秘書・出水京子の困惑、内輪ネタめいたギャグなどの定型を確立し、知識に基づく推理劇を紡いだ職人仕事と評したい。単行本は全16巻。11年には子供時代の高野を描く『名探偵聖也くん ボクとパンチの物語』も上梓された。寺沢大介は1959年兵庫県生まれ。慶應義塾大学文学部卒。85年に「イシュク」でデビュー。88年に『ミスター味っ子』で第12回講談社漫画賞、96年に『将太の寿司』で第20回の同賞に輝いた。

 料理漫画の大御所である著者は、料理ネタの『喰いタン』で人気を得た後、別の題材でもミステリ漫画に挑んでいる。2011年から14年まで『ビッグコミック増刊号』『ビッグコミック』(小学館)に掲載された『キッテデカ』(原案=高橋遠州)では、警視庁刑事部特別捜査室の切手マニア刑事・前島郵雅(と宮園密香のコンビ)が切手の知識を活かして謎を解く。手法は『喰いタン』に近いが、コメディ色は本作のほうが薄い。単行本は全2巻である。

 元刑事の鑑識官・羽生涼平が法医昆虫学で犯人を追う『昆虫鑑識官ファーブル』(原作=北原雅紀/作画=あきやまひでき/小学館)は、04年から06年にかけて『ビッグコミックスペリオール』に連載された(全7巻)。06年から07年まで『オースーパージャンプ』『スーパージャンプ』(集英社)に描かれた山口よしのぶ『オサムシ教授の事件簿』では、人間嫌いの生物学者・石塚治虫が虫の生態を人間に重ね、フリーライターの娘アゲハとともに真相を暴く(全5巻)。いずれも鳥飼否宇『昆虫探偵』などに通じる"虫探偵"の推理譚だ。

 甲斐谷忍は1967年鹿児島生まれ。91年に「もうひとりの僕」で第42回手塚賞に準入選。ワインを題材とする『ソムリエ』(原作=城アラキ)や異色の野球漫画『ONE OUTS』で注目を浴びた。2007年に『ビジネスジャンプ』(集英社)で始まった『霊能力者 小田霧響子の嘘』は、高名な"霊能力者"が探偵役のミステリ漫画。霊能力を持たない小田霧響子は、マネージャーの谷口一郎や秘書たちを操り、知識と推理で人々を助けていく(井上夢人『the TEAM』を思わせる設定)。ライバルの存在も示されたが、12年に7巻が出たところで物語は中断している。

幇間探偵しゃろく.jpg  ユニークな造型という点では、08年から12年まで『ビッグコミックオリジナル増刊号』『ビッグコミックオリジナル』に不定期掲載された『幇間探偵しゃろく』(原作=上季一郎/作画=青木朋)も印象的だ。舞台は1927年の向島。酒好きで旦那衆をよく怒らせる変わり者の幇間・牡丹亭舎六は、広い教養をもとに雑多な謎を解き明かす。日本橋の大店の次男・和田宗次郎に手柄を譲り、代わりに座敷に呼ばれる──という舎六の思惑によって、世間は宗次郎を名探偵だと思っている。対照的な二人の気質と関係性から、P・G・ウッドハウスの〈ジーヴス〉シリーズを連想する人もいるだろう。茶道、歌道、三味線などを扱い、昭和初期の風俗を綴り、ミステリと人情噺を絡めた佳作である。原作者が急逝し、全3巻で終わったことが残念でならない。

 いわゆる専門知識屋は珍しくないが、10年から11年まで『月刊コミックゼノン』(徳間書店)に描かれた『冷蔵庫探偵』(原作=遠藤彩見/作画=佐藤いづみ)はとりわけニッチな例だろう。ケータリングサービスを営む蔵前怜子(レイコ)には、他人の冷蔵庫を覗き、性格や環境を分析する趣味があった。その慧眼に感服した刑事・真名部涼(リョウ)は、彼女を"冷蔵庫探偵"と呼称する。風変わりなアイデアを全3巻のシリーズに育てた野心作だ。佐藤が14年から同誌に不定期連載している『鑑識女子の葉山さん』は、名鑑識官を父に持つ堅物女子高生・葉山が(父親譲りの技で)周囲の疑問を解くストーリーである。

 11年から14年にかけて『ビッグコミック増刊号』『ビッグコミック』に載った『和算に恋した少女』(脚本=中川真/監修=根上生也/作画=風狸けん)にも専門家が登場する。和算家の父に育てられた少女・米倉律は、天性の数学センスの持ち主だった。南町奉行所同心・深井転と知り合った律は、彼の助けを借り、江戸の騒動を数学で解決していく。有名なパズルの転用も多いが、失踪した父親探し、関孝和との対立などを通じて、長篇としての見所も用意されている。単行本は全3巻。少女が虚数の概念に迫るプロットは『Q.E.D.』のエピソード「十七」(38巻所収)を彷彿させるものだ。

 11年から13年まで『チャンピオンRED』(秋田書店)に連載された『家電探偵は静かに嗤う。』(原作=藤見泰高/作画=岩澤紫麗)は全4巻。格闘技に長けた女刑事・小野寺アンヌが相談を持ち込み、凄腕の家電サービスマン・家山電(いえやまあかり)が家電の知識で真相を暴く。貴志祐介の〈防犯探偵・榎本〉シリーズや東野圭吾の〈探偵ガリレオ〉シリーズをはじめとして、女刑事と専門家のコンビはミステリの類型だが、本作もその系譜と言えるだろう。専門知識を持たせることは、キャラクターに個性を与え、謎解きやプロットの枠を規定し、蘊蓄を挟むための効率的な手法に違いない。ゼロ年代の"それ"はミステリ漫画が多様化するプロセスの一環でもあった。



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