本格ミステリ漫画ゼミ

2015.12.25

本格ミステリ漫画ゼミ 【第15講】 福井健太 (1/2)

新たな環境が生んだ多彩な謎解きコミックたち

「金田一・コナン以降の本格ミステリコミック」



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 1990年代前半にメガヒットが続出することで、ミステリ漫画の立ち位置は一変した。人気ジャンルと認識された"それ"は、実験的な試みを受け入れつつ、多くの雑誌に浸透していく。まずは90年代の『週刊少年ジャンプ』(集英社)から話を始めよう。

 競合誌の『週刊少年マガジン』(講談社)と『週刊少年サンデー』(小学館)が成功した以上、同誌がミステリ漫画を載せるのは当然のことだった。そこで生まれたのが『人形草紙あやつり左近』(原作=写楽麿/作画=小畑健)である。95年から96年まで連載された本作(全4巻/文庫版は全3巻)は、99年から2000年にテレビアニメ化された。文楽人形師・橘左衛門を祖父に持つ青年・橘左近は、明治初期の童人形・右近を操る人形使いだ。左近と右近の"二人"が殺人事件に遭遇し、左近が真相を暴く──というのが本作の基本パターン。軸が定まる前に終わった感はあるが、怪奇色の強いフーダニット、明治時代のサブエピソードなどを織り交ぜ、特異な探偵像を築いたことは興味深い。3巻の原作者コメントでは、右近は「左近が操っている人形」「左近の分裂した人格の一部かもしれません」と説明されている。小畑健は1969年新潟県生まれ。89年に『CYBORGじいちゃんG』(土方茂名義)で連載デビュー。2000年に『ヒカルの碁』で第45回小学館漫画賞、03年に第7回手塚治虫文化賞・新生賞を受けている。

 96年から97年まで同誌に連載され、全3巻が刊行された『心理捜査官 草薙葵』(構成=中丸謙一朗/ストーリー=岐澄森/漫画=月島薫)は、プロファイリングを扱った"捜査官もの"だ。科学捜査研究所の"殺人博士"草薙葵は、心理分析と物証を駆使し、新米女性刑事・燈崎要子とともに殺人鬼に立ち向かう。プロファイリングの妥当性は微妙だが、犯人との議論や『刑事コロンボ』風の罠を仕込み、推理劇の面白さを重視した愛すべき一作である。

 97年から98年まで『月刊少年ジャンプ』(集英社)に掲載された小川浩司『明智将之介探偵社』は全2巻(1巻は『明智将之介探偵社 小川浩司短編集』)。推理の要素は薄いものの、変装に長けたヒーローの冒険譚として楽しめる。2001年には続篇『虹色探偵奇譚』が上梓された。1998年に『週刊少年ジャンプ』に連載された『少年探偵Q』(原作=円陣/漫画=しんがぎん)も全2巻。人気ドラマの主演タレント・英久太(はなぶさきゅうた)が謎を解く芸能界ものだが、原作の不出来は否めず、漫画家が2002年に急逝したことも惜しまれる。

 端的に言ってしまえば、これは『ジャンプ』『金田一少年の事件簿』『名探偵コナン』に匹敵するミステリ漫画を生めなかった歴史にほかならない。この試行錯誤が実を結ぶのは、21世紀に入って数年後のことである。

churen.jpg  ミステリ漫画の枠が増えた90年代中期には、野心作が次々に登場している。95年から97年まで『ヤングチャンピオン』(秋田書店)に連載された安富高史『監察医SAYOKO』(全5巻)もその1つだ。監察医にしてプロファイリングの専門家である佃医大の助教授・七浦小夜子は、中学生のような容貌だが、男子校の教師と結婚している。遺体の解剖や心理分析を通じて、彼女は猟奇殺人者たちに対峙していく。グロテスクな描写は多いものの、推理劇としても秀逸なサスペンスである。1巻の「試算では日本の将来のインターネット加入者は330万人を越え」「これを利用した犯罪も今後大いに増加すると見られている」という文言には隔世の感が強い。安富高史(崇史)は大東文化大学卒。望月三起也、峰岸とおる、穴久保幸作、福本伸行などのアシスタントを務め、94年に「花影」でデビューした。

 当時のクラシカルな本格ミステリ漫画では、96年から97年まで『ビッグコミックオリジナル』(小学館)に連載された『焼け跡探偵帖 ポワ朗』(作=金田正太朗/画=円堂たいが)が代表格だろう。1巻には「酒呑童子密室殺人」「殺生姫伝説殺人」「櫻御前伝承殺人」「《小説版》ポワ朗からの挑戦状 完璧すぎるアリバイ」、2巻には「銀幕殺人」「数え唄猟奇殺人」「呪いの白般若殺人」「《小説版》ポワ朗からの挑戦状 お告げ鳥殺人事件」が収められた。紙芝居屋の"ポワ朗"こと伊達星朗は、GHQ大佐に日本語を教えた経験を持ち、世界最大の探偵社"ピンカートン社"の切り札と呼ばれた人物(この設定は『MASTERキートン』を彷彿させる)。昭和20年代初頭の東京を舞台として、ポワ朗は伝承に倣った難事件を解決していく。各エピソードに「挑戦状」を挟み、ゲーム性を強調した構成がすこぶる印象的だ。2巻には「単行本3集は一九九八年秋頃発売予定です」とあるが、3巻は刊行されず「お告げ鳥殺人事件」の解答編も発表されていない。

 同じく96年と97年に『アフタヌーン』(講談社)に掲載された『桜神父の事件ノート』(原作=青木吾郎/漫画=小川幸辰)も、古風な演出に徹した本格ミステリ漫画である。町外れの洋館に住む女子高生・常世田真菜美(とこよだまなみ)は、厳格な祖父・耕介に反発していた。姉の律子が(耕介の意向で)資産家と結納を交わす日、耕介の撲殺死体が密室で発見された。青年神父・桜総一郎は調査を進めるが、新たな惨劇が起きてしまう──1巻『栄光館殺人事件』はそんな物語だ。2巻『孤島館殺人事件』では、カメラマンの助手に雇われた真菜美が玄界灘の孤島を訪れ、冷凍庫から氷漬けの死体を発見する。それは『ヨハネの黙示録』の見立て殺人の始まりだった。いずれも解決編の前に「読者諸兄への挑戦状」を置き、推理を促す作りになっている。難度はさほど高くないが、これはフェアプレイゆえと好意的に見るべきだろう。

 ミステリ漫画の受け皿が増えた実例として、麻雀漫画誌の掲載作を挙げておきたい。97年刊の青山広美『九蓮宝燈殺人事件』(竹書房)には『近代麻雀オリジナル』掲載の四篇──「九蓮宝燈殺人事件」「大三元殺人事件」「大四喜殺人事件」「国士無双殺人事件」「番外編 能面警部殺人事件」が収録された。アルバイト刑事の女子高生・神野鈴子と能面警部が麻雀絡みの事件に挑む連作集だ。青山広美は61年宮城県生まれ。上智大学外国語学部中退。80年代から麻雀漫画(青山パセリ名義)や少女漫画を手掛け、後に"青山広美"に名義を統一した。麻雀SF『トーキョーゲーム』、奇術師と雀士が死闘を演じる『バード 砂漠の勝負師』など、頭脳戦を活かした作風に定評があり、近年は原作者として活動している。著者は「せいぜい十冊位しかミステリーを読んでいない私が、なぜ急にミステリーをやる気になったのか」「たまたまあるおもしろいミステリー物を読んだのです」と執筆動機を述べているが、毒殺の手段をロジカルに暴く表題作、大胆な物理トリックが炸裂する「国士無双殺人事件」など、本書には謎解きのバリエーションが揃っている。センスの持ち主に"参考資料"は不要なのかもしれない。



ミステリ、SF、ファンタジー|東京創元社
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