本格ミステリ漫画ゼミ

2015.11.25

本格ミステリ漫画ゼミ 【第14講】 福井健太 (1/2)

知的な題材、巧緻な演出、物理的・心理的トリックの数々
90年代後半に"別格の傑作"が現れた

「本格ミステリ漫画の至宝『Q.E.D.』」




QED.jpg  1990年代前半に『金田一少年の事件簿』『名探偵コナン』が支持を得たことで、本格ミステリ漫画が(作り手と読者の)注目を浴び、様々な雑誌が"それ"を載せるようになった。発表の場が広がることは、実作のバリエーションを増やすと同時に、描き手のセンスを育むことにも繋がった。本講ではそこから現れた鬼才・加藤元浩について語りたい。

 加藤は「理系の大学」の建築科を卒業し、90年代初頭に漫画家デビューを遂げた。ファミコンゲームを原作とする『アクトレイザー』(全3巻)を93年から95年まで『月刊Gファンタジー』(エニックス)に掲載した後、同誌に『ツングース・ファイル~四神秘録~』『オーバーロード』を発表。97年から『マガジンGREAT』(講談社)に『Q.E.D. 証明終了』(以下『Q.E.D.』)を連載し、2009年に第33回講談社漫画賞の少年部門を受賞した。第7講で「様々なミステリ漫画がヒットし、掲載誌もその1つを柱にしていた」と書いたが、その柱こそが『Q.E.D.』である。

 書誌データを記しておこう。『Q.E.D.』は1997年から2009年まで『マガジンGREAT』、09年から11年まで『マガジンイーノ』、11年から14年まで『月刊少年マガジン+』に連載された。『月刊少年マガジン』掲載作は2本、刊行ペース(4か月に1冊)を保つための描き下ろしは11本。殆どの単行本が殺人譚と"それ以外の話"で構成されており、全50巻に99本のエピソードが収められた。累計部数は400万部以上。番外篇に「ドラマ殺人事件」(『Q.E.D. 証明終了 ザ・トリック・ファイル』所収)がある。再編集版〈Q.E.D.証明終了 Best Selection〉「衝撃の結末編」「驚愕の密室トリック編」「数学×パズル編」の3冊。15年に『少年マガジンR』で始まった『Q.E.D. iff 証明終了』は、題名からも解るように(iffは"同値")『Q.E.D.』の続篇であり、現在2巻まで刊行されている。

 15歳でマサチューセッツ工科大学を修了し、私立咲坂高校に転入した天才少年・燈馬想(とうまそう)。雑多な趣味を持ちながらも社交性に欠ける彼は、おせっかいな同級生──警視庁警部の娘にして、高い戦闘力と統率力を持つ水原可奈に翻弄され、数々の謎を解明していく。これが『Q.E.D.』の基本設定だが、そこで描かれる謎やアイデアの豊富さには驚くべきものがある。古典的なパズラーの観点からは、図形的発想を活かしたトリックの質と量に注目したい。天城征丸との対談(『Q.E.D. 証明終了 ザ・トリック・ノート』所収)において、加藤は「僕がミステリーを好きになったのは、小説からじゃなくって映画からだったんですよ。もともとトリックは『見る』ものだったので、文章で読むものじゃなかったんです」と語っている。大学で建築を学び、専門書『プロの現場で使えるパース講座』を自費出版したことからも、加藤の図形に対する拘りは明らかだ。物理トリックを示すだけではなく、その性質をプロットに絡めた「密室 No.4」(40巻所収)の工夫も興味深い。

 作品を彩る"広範な知"も重要なファクターだ。高等数学、政治経済、文学などを咀嚼して紹介し、物語と融合させる技量はまさに超一流。人間の抽象的・思索的な面を掘り下げ、意外性と説得力のある"心理の謎"を紡ぐセンスの怜悧さも、ミステリ作家としての強力な武器に違いない。先入観を逆手に取った「多忙な江成さん」(20巻)、物証から犯人の心理を辿る「接がれた紐」(21巻)、妻を殺された外交官の真意を暴く「巡礼」(46巻)などの推理はとりわけ衝撃的である。

 叙述トリックを使ったサスペンスもあれば、コメディ色の強い日常譚もある。幽霊が語り手の「冬の動物園」(11巻)、江戸時代の少女を描く「十七」(38巻)のような変わり種も少なくない。田中芳樹は『Q.E.D. iff』の2巻の帯で「誰が何といおうと、日本の少年ミステリー漫画史上の最高傑作」「硬軟自在のプロット、多彩なキャラクター、自然で明晰なロジック、センシブルな会話」と絶賛したが、この文言に誇張はない。比類のない感性が生んだ名作中の名作である。



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