本格ミステリ漫画ゼミ

2015.06.24

本格ミステリ漫画ゼミ 【第9講】 福井健太 (1/2)

70年代にミステリ漫画が定着・多様化することで
ユニークな探偵たちが次々に生み出された

「70年代から80年代初頭の探偵たち」




名たんていカゲマン(2).jpg  前講でも述べたように、1950年代から60年代には貸本漫画誌だけではなく、低年齢層向けの漫画誌でも"探偵もの"が量産されていた。謎解きがメインではないにせよ、それらが古典的な本格ミステリのスタイルを浸透させたことは疑いない。当時の子供たちの多くは(現代と同じく)探偵が謎に挑む物語に漫画で出逢った。それは乱歩の〈少年探偵団〉と並ぶミステリ原体験として機能したはずだ。

 60年代の演出を継承しつつ、70年代の空気を映した過渡期のヒット作から話を始めよう。山根あおおに(山根青鬼)は35年富山県生まれ。双子の弟・山根赤鬼とともに児童漫画を描き、師匠の田河水泡から『のらくろ』の執筆権を相続した(ペンネームは田河の命名)。2010年に第39回日本漫画家協会賞特別賞を受賞。その代表作『名たんていカゲマン』は、1970年から80年に"小学館の学習雑誌"と『コロコロコミック』(小学館)に連載された。少年探偵カゲマンこと影万太郎が、自分の影であるシャドーマンとともに、怪人19面相やミスターXなどの悪党と戦うコメディだ。当時としては洒脱な推理、癖のあるキャラクターたち、テレビ番組やCMを踏まえたギャグ、ピンチに陥ったカゲマンが懐中電灯でシャドーマンを呼び出す"お約束"などで人気を博した同作は、全11巻の単行本が刊行された後、2004年に〈てんとう虫コミックスライブラリー〉版(全3巻/小学館)に纏められた。"怪人対名探偵"の構図を活かしつつ、同時代性を強調したことが成功の理由だろう。時事ネタの風化はやむを得まい。1984年と85年には『小学二年生』『小学三年生』に万太郎の弟・万次郎が主役の『新名たんていカゲマン』が掲載された。2001年から02年にはテレビアニメ『探偵少年カゲマン』が放送されたが、内容は原作とは大きく異なっていた。

スケバン刑事.jpg  少女漫画にもミステリの傑作は多いが、70年代の代表的な描き手として、和田慎二の名前を挙げておきたい。和田は50年広島県生まれ。東海大学在学中の71年に「パパ!」でデビュー。SFやファンタジーの著作も多いが、本講ではミステリに話を絞り、まずは〈神恭一郎〉シリーズを紹介しよう。スコットランド・ヤードの刑事から私立探偵に転じた神の初登場作は、73年の「愛と死の砂時計」だった。高校の学園長が殺害され、教師に死刑判決が下される。彼の婚約者である女子生徒は神や友人とともに冤罪を晴らそうとするが、執行日が迫る中、証人が次々に殺されていく──というウィリアム・アイリッシュ『幻の女』を彷彿させるサスペンスだ。神は75年までに「オレンジは血の匂い」「左の眼の悪霊」「5枚目の女王」でも活躍している。76年の「神恭一郎白書」は彼のプロフィールを探る特別篇だ。

 しかし和田ミステリの代表作としては、75年から82年まで『花とゆめ』(白泉社)に連載された『スケバン刑事』を選ぶのが妥当だろう(第一部と第二部の間にブランクあり)。母親の死刑執行停止を条件に学生刑事を強いられた少女・麻宮サキが、残忍な悪女・海槌麗巳、正体不明の老人・信楽老などと死闘を繰り広げる本作は、少年院からの脱走や国家規模の陰謀を描くハードサスペンスだが、トリッキーなエピソードも少なくない。印象的なヒロインを創造し、神をはじめとする旧作のキャラクターたちを総動員した名作だ。現在は2004年から05年に上梓された全12巻の完全版(メディアファクトリー)などで入手可能。04年刊の『スケバン刑事if』はパラレルワールドを描く(正篇よりは軽い)作品集である。漫画家・原作者として活躍を続けていただけに、和田が11年に亡くなったことが残念でならない。

 1978年に『花とゆめ』で連載が始まった魔夜峰央『パタリロ!』もミステリ漫画史に残るべき作品だ。マリネラ国王の(人間離れした頭脳と身体を持つ守銭奴)パタリロを中心として、多彩なストーリーが展開される本作は、2015年までに94巻が刊行されている。番外篇を加えれば100冊を越える超ロングセラーだ。"なんでもあり"の器でもある本作には、SFやオカルトや時代劇に加えて、本格ミステリに属する逸話も多い。「世界名探偵友の会」の正会員であるパタリロは、塔の密室殺人、不可能状況の盗難など、数十件の事件を解決している。91年から93年に描かれた〈パタリロ!ミステリー〉シリーズは文庫29巻『パタリロ・ミステリーの巻』に収められた(解説は有栖川有栖)。35巻『パタリロ捜査官の巻』、45巻『謎解きパタリロの巻』、49巻『パタリロ迷推理の巻』もミステリを中心とする文庫版だ。ミステリの書名や人名が言及されることも多く、ディクスン・カーの生んだ探偵アンリ・バンコランが(主要キャラクターの一人)ジャック・バルバロッサ・バンコラン少佐の由来である点からも、著者のミステリ好きは明らかだろう。アガサ・クリスティ「ラジオ」に似ているとして単行本4巻から削除された「マリネラの吸血鬼」は、クリスティー社の許可を得て、文庫50巻『マリネラの吸血鬼の巻』に再録された。



ミステリ、SF、ファンタジー|東京創元社
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