本格ミステリ漫画ゼミ

2015.03.25

本格ミステリ漫画ゼミ 【第6講】 福井健太 (1/2)

最も多く漫画化されたミステリのキャラクターとも
呼べる、シャーロック・ホームズ。
90年代半ばにはホームズ漫画のブームが生じている。

「多様なホームズ・コミカライズ」




lady.jpg  1970年代後期の〈TOMOコミックス 名作ミステリー〉は画期的なシリーズだったが、翻訳ミステリの漫画化を広めるには至らなかった。しかし(前講までに触れた)わたなべまさこや花村えい子の諸作からも解るように、主に女性向けの漫画誌において、ロマンティック・ミステリには安定したニーズがあり、翻訳ミステリが原作に使われることもあった。名香智子が85年に『ASUKA』(角川書店)に発表し、88年に同題の短篇集に収められた「レディに捧げる殺人物語」原作=フランシス・アイルズ)もその一つだ。田舎の富豪の娘「わたし」ことリナが貴族の息子ランディ・アスガースと結婚し、彼が殺人者であることに気付く──というストーリーは批判を浴びたが、著者は2001年刊の講談社漫画文庫版に「私が希望して漫画化したものです」「不快を感じた読者もいたようですが、女性のために描いている漫画ですから、必ずしも結婚がハッピーエンドでない話を描くのも当然と思っています」と記している。「女性が他家に嫁ぐ結婚制度が女性にとって幸せだとも思えません」という著者が、あえてロマンスの定型を壊した野心作なのである。

 最も多く漫画化されたミステリのキャラクターは誰か──と訊かれた場合、大抵の人がシャーロック・ホームズの名前を挙げるだろう。ミステリの小説史だけではなく、漫画史においても〈シャーロック・ホームズ〉シリーズ(原作=アーサー・コナン・ドイル)の重要性は疑いようもない。72年に〈名探偵ホームズ〉シリーズの『4人のサイン』『バスカビル家の犬』『まだらのひも』(作画=望月三起也/実業之日本社)、83年から84年に〈コミック・名探偵ホームズ全集〉『赤い文字の秘密』『バスカービル家の魔犬』『まだらの紐』『赤い輪』『恐怖の4』(作画=旭丘光志/講談社)が上梓された後、90年代半ばにはホームズ漫画のブームが生じている。具体的に作品を見ていこう。

 第2講で"横溝漫画の描き手"として挙げたJETは『月刊ハロウィン』『ネムキ』(朝日ソノラマ)などにホームズ譚のコミカライズを発表し、93年から94年に〈シャーロック・ホームズの冒険〉として『ぶなの木立ち』『ギリシャ語通訳』を刊行した。その文庫化を経て、2006年から09年には〈シャーロック・ホームズの冒険〉『バスカヴィル家の犬』『まだらの紐』『六つのナポレオン胸像』を手掛けている。ちなみにホームズの話ではないが、JETは1994年から翌年にかけて『ミステリーDX』「双頭の犬の冒険」「ひげのある女の冒険」「アフリカ旅商人の冒険」「七匹の黒猫の冒険」(原作=エラリー・クイーン/『エラリー・クイーンの冒険』所収)を描いた。これらは『エラリー・クイーンの冒険』(全2巻/角川書店)に纏められ、ソノラマコミック文庫で再刊されている。

hiiro_kumon.jpg  児童書で知られる岩崎書店は、95年に『赤毛連盟のなぞ』『ブナ屋敷の冒険』『グロリア・スコット号のひみつ』『マスグレーブ家のなぞ』『まだらのひも』『青い宝石事件』『くちびるのねじれた男』の全7巻から成る〈コミック・ホームズ〉シリーズ(作画=杉山卓)を刊行した。くもん出版が96年から97年に上梓した〈シャーロック・ホームズ〉シリーズ(監修=石ノ森章太郎/作画=石川森彦)は『緋色の研究』『まだらの紐/グロリア・スコット号』『ボヘミアの醜聞/唇のねじれた男』『赤髪連合/第二の汚点』『青いガーネット/瀕死の探偵』『恐怖の谷』『四つの署名』『バスカヴィル家の犬』『ぶな屋敷/ボスコム谷の惨劇』『銀星号事件/ウィスタリア荘』の全10巻。各巻に北原尚彦の解説とゲストのエッセイを付した"ホームズ入門"的な叢書である。石川森彦は『仮面ライダー』などの石ノ森作品のコミック版を担当し、2004年から翌年にかけてテレビアニメ『アガサ・クリスティーの名探偵ポワロとマープル』(原作=アガサ・クリスティー)の漫画版『ABC殺人事件』『パディントン発4時50分』『雲の中の死』(NHK出版)を描いた。参考までに記しておくと、くもん出版は1997年から98年に〈怪盗ルパン〉シリーズ(原作=モーリス・ルブラン/作画=一峰大二)の『ルパンの逮捕』『不思議な旅行者』『女王の首飾り』『ハートの7』『ブロンドの貴婦人』も上梓している。一峰大二は特撮ドラマ〈ウルトラ〉シリーズのコミカライズや『黒い秘密兵器』(原作=福本和也)などで知られる漫画家だ。



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