最初に紹介するのは、ロビン・スティーヴンス著、シヴォーン・ダウド原案『グッゲンハイムの謎』(越前敏弥訳 東京創元社 一九〇〇円+税)。昨年刊行された『ロンドン・アイの謎』に続いて、少年少女の活躍を描くミステリの第二弾である。

 英国で暮らす一二歳の少年テッドは、夏休みを利用して母と姉とともにニューヨークに渡った。三ヶ月前からこの町で暮らす叔母のグロリアと従兄(いとこ)のサリムを訪ねたのだが、到着の翌日、事件が起きた。叔母の勤務先であるグッゲンハイム美術館を五人が訪れた際に発生した火事騒ぎの最中(さなか)に、カンディンスキーの名画〈黒い正方形のなかに〉が盗まれ、グロリアが犯人として逮捕されてしまったのだ……。

 いくつもの切り口で語るべきことがある本書だが、まずは、単体のミステリとしての素敵さから紹介しよう。探偵役であるテッドが、姉と従兄とともにグロリアの無実を証明すべくニューヨークを奔走(ほんそう)し、彼等の年齢なりの探偵っぷりを発揮して真相を追究していく姿が抜群に魅力的だ。テッドを中心とする三人は、容疑者となり得る人物を列挙し、調査や推理を通じて対象を絞り込んでいく。また、犯行の手口についても可能性を列挙し、一つずつ検討していく。『グッゲンハイムの謎』では、そうした推理の道筋を愉(たの)しめるのだ。しかも、意外性も失われていない。なんとも上質なミステリだ。

 続篇としての本書は、『本格ミステリ・ベスト10』で四位に評価された前作同様に名画盗難事件の謎解きが魅力的なのはもちろんのこと、人の気持ちを察することが苦手というテッドの成長もまた、きちんと描かれている。例えば、噓をつくという彼にとって重大な決断を要する行為に関する葛藤(かっとう)がしっかりと語られていて、前作からの読者を満足させてくれるのだ。姉と従兄のそれぞれの成長にも触れられており、特に姉の決意が印象的だ。

 さらにもう一点、本書の著者についても記しておこう。前作『ロンドン・アイの謎』の著者はシヴォーン・ダウドだったが、彼女は二〇〇七年にその作品を発表してほどなく亡くなっている。その時点で『グッゲンハイムの謎』という続篇に関する執筆契約を結んでいたとのことで、そのタイトルを活かしてロビン・スティーヴンスが本作を書き上げたのだ。第一作に熱い序文を寄せていた彼女だけあって、舞台を前作のロンドンからニューヨークに移しつつも、テッドを中心とする作品世界を実にしっかりと引き継いでおり、翻訳者が両作ともに越前敏弥(えちぜん・としや)であることも手伝って、日本の読者としては、書き手の交代を全く意識せずに続篇を堪能(たんのう)できる。第二弾の著者決定に至る経緯(けいい)は、本書の「作者あとがき」を参照されたい。ここには事件を巡る秘話も書かれていて要注目。また「訳者あとがき」もエピソード豊富で、隅から隅まで愉しめる一冊だ。


■村上貴史(むらかみ・たかし)
書評家。1964年東京都生まれ。慶應義塾大学卒。文庫解説ほか、雑誌インタビューや書評などを担当。〈ミステリマガジン〉に作家インタヴュー「迷宮解体新書」を連載中。著書に『ミステリアス・ジャム・セッション 人気作家30人インタヴュー』、共著に『ミステリ・ベスト201』『日本ミステリー辞典』他。編著に『名探偵ベスト101』『刑事という生き方 警察小説アンソロジー』『葛藤する刑事たち 警察小説アンソロジー』がある。