未来を描いた作品でツボにはまりまくったのは新川帆立(しんかわ・ほたて)『令和(れいわ)その他のレイワにおける健全な反逆に関する架空六法』(集英社 一六五〇円+税)。架空の法律が制定された、パラレルワールドが舞台の六篇が収録されている。

 たとえば「動物裁判」の舞台は礼和(れいわ)四年。世の中では人権ではなく、動物を含めた命権が叫ばれている。そんななか、レオというボノボが告発される。タブレット操作で会話も可能な賢いレオは、動画配信サイト「MeTube」の人気チャンネル「黒猫のココアさん」で、猫のココアの通訳として出演していた。だがある時、ライブ配信中に性器を露出してココアにこすりつけるという行動に出たのだ。〈MeTube投稿規約第十四条違反〉だと認定され、さらにココアに多大な精神的苦痛を与えたというのが告発の理由。レオの保護者、琴美(ことみ)はボノボにとってあれは友好の意を示す行為だったと主張、弁護士の〈ぼく〉に弁護を依頼する。やがて裁判が始まって……という内容。

 どぶろくで美味(うま)い酒を造る主婦が評価される風潮のなか、酒づくりが苦手で悩む女性を描く「自家醸造の女」、地上では下半身が脚に替わる歩行型人魚・シレーナが、世界の裏側にあるフィーワールドの秘密を知る「シレーナの大冒険」、過労死撲滅のための労働法が制定された社会で、大手通販サイトの配送センターで死者が出る「健康なまま死んでくれ」等々。どの法律もユニークなうえ、その法律がある場合社会がどうなるのか、一篇一篇とても緻密(ちみつ)に丁寧(ていねい)に世界が構築されていて細部まで全部面白い。さらにどれも、現代社会に対する鋭い風刺と批判が感じられて、スカッとしたり、「ああ、分かるー!」と唸(うな)ったり。そういえば著者、『このミステリーがすごい!』大賞受賞のデビュー作『元彼の遺言状』以前はファンタジーやSFを書いていたと言っていた。今後、そうしたフィールドでも羽ばたいていくのではないか。

 打って変わって河﨑秋子(かわさき・あきこ)『清浄島(せいじょうとう)』(双葉社 一八〇〇円+税)は、事実に基づいたフィクションだ。

 戦後復興期、北海道の礼文島(れぶんとう)出身者から相次いでエキノコックス発症者が見つかり、動物学者の土橋(どばし)は調査のため島に赴任する。当時は今よりなお不明な点が多かったこの寄生虫。土橋は感染源を見つけようと奮闘し、やがて、流行の拡大を防ぐために苦い決断を下さねばならなくなる。

 寄生されたネズミをキツネが食べ、その糞(ふん)とともに卵が排出され、その卵が植物や水を通して人が摂取すると発症するといった経路や症状など、無知な自分にとっては勉強になること多し。当時の研究者や住民がどれほどの努力を払ったか、ドラマティックに煽(あお)らず抑えた筆致で書かれているからこそ、その心情を想像する余地が生まれて胸に迫った。研究者ですら不明なことが多い感染症に立ち向かう様子は、今日のコロナ禍と重なる。


■瀧井朝世(たきい・あさよ)
フリーライター。1970年東京都出身。文藝春秋BOOKS「作家の書き出し」、WEB本の雑誌「作家の読書道」ほか、作家インタビューや書評などを担当。著書に『偏愛読書トライアングル』『あの人とあの本の話』『ほんのよもやま話 作家対談集』、編纂書に『運命の恋 恋愛小説傑作アンソロジー』がある。

紙魚の手帖Vol.09
ほか
東京創元社
2023-02-13