年末になると、いわゆる「今年の収穫」的なアンケートがいろいろな場所で準備されるのだが、そんな第一次産業的比喩を使うなら、今年の日本SFは短編が大豊作ということになるだろうか。紙媒体のみならず、電子を含めたアンソロジーや雑誌、またインターネットで次々発表される短編群は、質量ともに未曾有(みぞう)の沃野(よくや)を切り開いている。
今回のイチオシ、『Genesis この光が落ちないように』(宮澤伊織ほか 東京創元社 二〇〇〇円+税)は、そんな短編ブームの先駆となった創元SF短編賞の受賞作家を中心とする書き下ろしアンソロジー第五集。巻頭の「応信せよ尊勝寺」は八島游舷(やしま・ゆうげん)の第九回受賞作となった仏教SFの長編版序章。続く宮澤伊織(みやざわ・いおり)の動画配信小説〈ときときチャンネル〉第三話は、家の外部を自動生成された空間に置換する装置で全てが内部になるというお話。初登場・菊石(きくいし)まれほの表題作は「恵みの闇によって守られた」という独特の世界〈階層〉の植物工場を舞台にした昏(くら)いSFミステリ。ベテラン水見稜(みずみ・りょう)「星から来た宴(うたげ)」は、第二集に掲載の「調律師」に続く宇宙音楽SFで、音楽という芸術が照らし出す人間の身体の物理性が醸(かも)し出すエモーションが優しい。空木春宵(うつぎ・しゅんしょう)「さよならも言えない」は、ファッションが数値化されるARデバイスによって差異化の欲望を管理する近未来社会で「自分の好きな服」を選ぶ少女と出会った四十六歳の重役女性の物語。造語を鏤(ちりば)めた過剰な文体が生み出すエモーショナルな陶酔(とうすい)が雪崩(なだ)れ込んでいく結末の余韻が痛い。ラストは第十三回創元SF短編賞受賞作の笹原千波(ささはら・ちなみ)「風になるにはまだ」。二十歳の女性が、仮想世界にデータとして移動した四十二歳の女性に身体を貸すアルバイトで一日を過ごす物語。二人の女性の視点から交互に語られることで、テクスチャーが生み出す身体感覚と感情の揺らめきを繊細に描く。日本語の「からだ」には「から(空・殻)」と「だ(立つ=存在)」という、この世にあることの移ろいやすさの意味が含まれるという説があるが(空蟬【うつせみ】が現身【うつしみ】に通じるように)、技術によって変容する世界での人の変わらぬありようを感じさせる作品だ。ところで、空木作と笹原作はどちらもファッションを媒介にして歳の離れた二人の女性が接触する物語で読後感が真逆(まぎゃく)なのも面白かった。ちなみに、Genesisの単行本は今回で終わり、来年度からは本誌のSF特集として転生する由(よし)。装丁や本の手触り、本文レイアウトなど好きだったので少し寂しい。
終わるものあれば始まるものも。クラウドファンディングで企画された作品集を二冊紹介。まず井上彼方(いのうえ・かなた)編『SFアンソロジー 新月/朧木(おぼろき)果樹園の軌跡』(Kaguya Books 二七〇〇円+税)は、SF企業VGプラス(バゴプラ)がオンラインで主催する掌編(しょうへん)コンテスト「かぐやSFコンテスト」受賞者を中心に編まれた掌編SFのアンソロジー。「時を超えていく」「日常の向こう側」「どこまでも加速する」「物語ることをやめない」という四つのパートに分かれた二十五編を収録。どれも奇妙な世界の親密な情感を鮮やかに切り取った清新な作品。評者の個人的ベスト3は、生きたまま襟巻(えりまき)になった狐(きつね)が語る来歴の怪しさが素晴らしい千葉集(ちば・しゅう)「擬狐偽故(ぎこぎこ)」、散文詩の趣(おもむき)がある赤坂(あかさか)パトリシア「くいのないくに」、さまざまな新しい病気が蔓延(まんえん)する世界で、子どもを失った夫婦が〝あなた〞と暮らす生活を、語り手の視点を複雑に操作し精緻な場面転換で奥行きのある世界を描く枯木枕(かれき・まくら)「私はあなたの光の馬」だ。
『Rikka Zine Vol.1 Shipping』(橋本輝幸責任編集 一八〇〇円+税 電子版あり)は、SF書評家、アンソロジスト、翻訳家の橋本輝幸(はしもと・てるゆき)の個人プロジェクトで、英語と日本語で発行される「あたらしいSFとファンタジーの雑誌」創刊号の日本語版。雑誌に先行してウェブジンが発行されている経緯なども『新月』と似ていて、新しい発信形態として要注目だ。タイトルの通り、全体のテーマは「Shipping(船出、輸送、関係性)」で、「Delivery」「Weird」「Chosen Family」「Immigration to New Worlds」の四章に分かれた小説十八編とアレステア・レナルズ論を収録する。日本に加えブラジル、中国、インドなど多様な国の作家の作品を訳載し、ジャンルや国境、言語、文化、プロとアマチュアの越境を試みているという。過酷な内容の作品も多く、世界の多様な面を垣間(かいま)見せてくれる作品集だ。こちらのベスト3は仮想世界のシステムの隙間で巧(うま)く立ち回る人間と利用される人間の友情をアイロニカルに描く木海【ムーハイ】(橋本訳)「保護区」、世界が反転する美しい幻想小説稲田一声(いなだ・ひとこえ)「きずひとつないせみのぬけがら」、恒星間移民船で少女が死神と出会う、さんかく「新しい星の新しい人々の」。ほどなく英語版も刊行予定とのこと(11/8記)。
■渡邊利道(わたなべ・としみち)
作家・評論家。1969年生まれ。文庫解説や書評を多数執筆。2011年「独身者たちの宴 上田早夕里『華竜の宮』論」が第7回日本SF評論賞優秀賞を、12年「エヌ氏」で第3回創元SF短編賞飛浩隆賞を受賞。