『なぜではなく、どんなふうに』
アリアンナ・ファリネッリ著 関口英子、森敦子訳  
海外文学セレクション(単行本)


 昨年末に刊行した『なぜではなく、どんなふうに』という不思議なタイトルの作品をご存じでしょうか?

 著者のアリアンナ・ファリネッリはローマ生まれで26歳でアメリカに移住。政治学の博士号を取得。大学で教えている。この作品の主人公ブルーナと同じ境遇です。
 アメリカの黒人初のノーベル賞受賞作家、トニ・モリスンのデビュー小説『青い眼がほしい』の一節から取られた言葉なのです。黒人の少女がなぜ、青い眼をほしいと思うようになったのかを「なぜ」では答えを出しにくいということから、「どんなふうに」と解き明かしていく作品なのですが、それにならって、ファリネッリは、青年たちが聖戦(ジハード)に参加するようになる理由を解き明かそうと、本書を書いたということです。

 独立心旺盛で進歩的な42歳の学者ブルーナが結婚した相手は極めて保守的な家庭に育った医師。ゴリゴリの保守派の両親に頭が上がらず、ブルーナは大学の仕事と、家庭との板挟みで苦しみ、キャリア的に友人たちに差をつけられ悩んでいます。
 そんな中、優秀で大人びた中学生の娘と性別違和を抱え、人形や姉の服で遊ぶのが好きな小学生の息子を旧弊な義理の両親から守ろうと彼女は奮闘しているのです。

 私たちは新しい時代に生きているつもりでいるのに、つい最近、トランプという悪夢のような存在に驚かされ、というより、そんな存在を熱狂的に支持する人々が、民主主義国家と思っていたアメリカにたくさんいるということに驚愕したわけですが、本書でも知的水準の高い人々の社会にも、差別的で驚くべき言動の人々がこれだけいて、それに苦しむ人がいるのだということを思い知らされました。
 苦しむブルーナが、教え子の20歳のムスリム青年と密かな関係を持つようになり、彼の子供を宿し……、ところが彼は突然イスラムの過激派組織ISISに加わるためにシリアへ旅だってしまう。
 なぜそんなことになってしまったのでしょう……?
 アメリカに住むイタリア出身の著者がイタリア語で描き出したアメリカの現代社会の分断。どのようにして、欧米の若者たちがジハードへと旅立つのでしょうか?

 マフィアの世界の現実を暴いたノンフィクションノヴェル『コカイン ゼロゼロゼロ』で有名なイタリアのジャーナリスト、ロベルト・サヴィアーノが監修したフィクションとノンフィクションのシリーズ〈ムニツィオーニ = 弾薬庫〉の第一弾の本書は、現代に生きる私たちに、一人の女性の苦しみ、悩みを描いてみせながら、現実の社会に広がる深い闇の存在をつきつけてきます。乗り越えるべき闇の存在に気がつくだけでも、未来を変えるきっかけになるのかもしれません。
 日経新聞の書評欄で栩木玲子さんが、こう書かれています。
「不倫小説である。と同時に家族小説であり移民小説であり政治小説でもある」

 是非お読みください。