現在の世界情勢ということで言えば、原著が二〇一四年に刊行されたというデイヴ・ハッチンソンの『ヨーロッパ・イン・オータム』(内田昌之訳 竹書房文庫 一四〇〇円+税)は、英国のEU離脱に新型コロナのパンデミック、さらにロシアによるウクライナ侵攻ときて混沌(こんとん)とするヨーロッパの状況を戯画的に予測したような長編小説だ。米国主導の対テロ戦争がドロ沼化し、西安風と呼ばれる中国由来のパンデミックの影響で不安定化し、サッカークラブやロックバンドのファンなどめちゃめちゃ多様な価値観で結びついたマイクロ国家が、毎週のように乱立しては崩壊する分裂した近未来のヨーロッパ。ポーランドで出自を隠しシェフとして働くルディは、ひょんなことから国境を越えてブツや伝言を届ける運び屋の組織に加わることになる。スパイ映画のような日常に嫌々ながらも慣れていく彼は、次第に驚くべき世界の謎に嵌(はま)っている自分を発見する。往年のスパイ物を彷彿(ほうふつ)とさせる物語から、後半一気にSF的な大仕掛けで世界が変貌する快感は、ビザールでカフカエスクな幻想SFの趣(おもむき)もあるが、新本格や特殊設定ミステリといったジャンルとの親和性も感じられる。本書で積み残された謎の多くは続編で明かされるらしいので、是非とも続いて翻訳が刊行されることを祈りたい。

 最後に、SFマガジン誌上でいま最も注目されている長編評論「戦後初期日本SF・女性小説家たちの足跡」を連載中の伴名練(はんな・れん)編纂(へんさん)のアンソロジー『新しい世界を生きるための14のSF』(ハヤカワ文庫JA 一三六〇円+税)を。ここ五年間に発表された短編の中から、今年五月までにSFの単著を出していない作家という条件で選んだ十四編を収録する(一作例外あり)。伴名練のアンソロジーというと、毎回膨大な量の解説がつくのが通例だが、今回は新人なので作家紹介は少なめ、その代わり作品に関連するテーマ(AIとか異星生物とか)別の作品ガイドが添えられ、ちょっとしたSF入門の趣がある。死体を吸収して愛情の転移現象を惹き起こす異様な植物をめぐるダークな恋愛小説「回樹」(斜線堂有紀【しゃせんどう・ゆうき】 )、遠未来、旅先の宇宙ですれ違う異星人たちのささやかで切ない出会いの物語「あなたの空が見たくて」(高橋文樹【たかはし・ふみき】)、冬眠時に記憶を共有する未来の熊たちの数世代にわたる物語「冬眠世代」(蜂本【はちもと】みさ)、仮想現実を利用して意識のない大切な人と卓球で語り合うスポーツSF「青い瞳がきこえるうちは」(佐伯真洋【さえき・まひろ】)、並行世界で感染症のある世界とない世界がリンクする「それはいきなり繫がった」(麦原遼【むぎはら・はるか】)など、商業誌媒体のみならず、ネットや同人誌などからも選ばれたまさに「今が旬(しゅん)」の作品揃(ぞろ)いで、新世代の特徴なのか、どれも文学作品として非常に洗練されている印象を受け、SFファンのみならず、広く小説好きにオススメしたい。


■渡邊利道(わたなべ・としみち)
作家・評論家。1969年生まれ。文庫解説や書評を多数執筆。2011年「独身者たちの宴 上田早夕里『華竜の宮』論」が第7回日本SF評論賞優秀賞を、12年「エヌ氏」で第3回創元SF短編賞飛浩隆賞を受賞。